2016年4月16日
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焼け太りの捜査権限の拡大を許すな

ニュース・コメンタリー (2016年4月16日)

 かねてから問題を指摘してきた刑事訴訟法の改正案の審議が14日、参議院で始まった。同法案は前国会で既に衆議院は通過していることから、冤罪の危険性を増大させる、焼け太りの捜査権限拡大の可能性が、現実のものになってきた。

 この改正案は、元々郵便不正事件や相次ぐ冤罪事件などで検察の取り調べの在り方が社会問題化したことを受けて、取り調べの録音・録画を義務付けるための法改正を議論することに端を発していた。

 ところが喉元過ぎれば何とやら。不祥事から時間が経ち、世間の風当りが弱まると見るや、法務官僚たちは可視化の範囲を最小限にとどめる一方で、可視化をするのなら捜査権限の強化が必要だと主張し始め、盗聴権限の拡大や司法取引の導入など、自分たちの権限を強化する法改正をごり押しし始めた。

 まさに焼け太りだ。

 今回の法改正で義務付けられる可視化は、裁判員裁判の対象事件と特捜案件に限られるため、全事件の3%にも満たない。97%以上の事件では取り調べは可視化されないのだ。しかも、3%未満の録音・録画も検察の裁量でどこを録るかを決められるので、部分可視化に過ぎない。

 部分可視化では、検察の都合のいい箇所だけが録音・録画され、裁判に証拠提出される恐れがあり、被告の権利がかえって侵害される危険性が大きくなる。部分可視化なら可視化などしない方がましだ。

 しかも、今回の法改正では警察の取り調べしが、可視化の対象になっていない。被疑者が密室の中で行われた警察の取り調べ段階で虚偽の自白をしてしまった場合、その後の検察の取り調べがどれだけ可視化されても意味がない。

 部分可視化ではなく完全可視化が必要だ。また、警察の取り調べを含め、全ての事件を可視化の対象とすべきだ。

 完全可視化されたからといって、弁護人や裁判官、裁判員が、何十時間もの映像を全て見なければならないわけではない。無論、映像が一般公開されるわけでもない。自白の強要や高圧的な取り調べによって被告人の権利が侵害されていないことを確認するために、弁護人が必要に応じて映像を証拠として使えるようにするだけで、冤罪の危険性は大幅に減少する。また、全てが録音・録画されれば、検察が都合の悪い部分は隠し、都合のいい部分だけを恣意的に録音・録画し、証拠とすることも防げる。

 完全可視化をすると、犯罪者を有罪にできなくなる危険性が上がってしまうディメリットを主張する向きも一部であるようだ。しかし、自白の強要や不当な取り調べによって得られた自白や供述は、本来は証拠にしてはならないものだ。仮に被告が本当の犯人だったとしても、そのような証拠を元に被告人を有罪にすることはできないのが、近代司法の要諦だ。不当な取り調べで犯人を有罪にすることによって得られる正義よりも、損なわれる正義の方が遥かに大きいと考えるのが、近代民主主義の大前提だからだ。

 今回の法改正では可視化と引き換えに、盗聴法の対象事件を大幅に拡大し、事実上、ほとんどの事件で盗聴を可能にする盗聴法の改正と、共犯者が捜査に協力することで刑が軽減される司法取引の導入が謳われている。

 最も警察権限が濫用されやすい捜査手法といっていい盗聴は、不断の監視が必要だ。特に日本の盗聴法は元々、盗聴通話のの録音操作が警察の裁量に委ねられているため、盗聴した全ての通話が録音されることが担保されていないため、濫用の危険性が高い。全てが録音されなければ、試し聞きの名目で違法な盗聴が行われていても、わからないからだ。

 しかも、今回の改正ではこれまで要求されていた盗聴の際の立会人が不要になり、警察署に居ながらにして、警察官のみで盗聴が可能になる。

 これでは濫用されない方が不思議だ。

 また、司法取引も可視化が不十分な中で導入されれば、共犯者が他者を陥れるために警察や検察と共謀の上、虚偽の証言をする危険性がある。司法取引を導入するのであれば、濫用を防ぐためにも警察の取り調べ段階からの完全可視化を条件とすべきだ。

 警察も検察もそろそろ前時代的な人質司法を卒業し、先進国の刑事司法制度として恥ずかしくない、物証を中心とする捜査体制を整えるべきだ。

 また、政治やメディアがこの露骨な法の改悪を黙って見ているのが不思議だ。これでは政治やメディアも共犯者だ。

 警察や検察の捜査権限の露骨な焼け太りにつながる刑事訴訟法の改正案の問題点を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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