2012年10月27日
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誤認逮捕の教訓:
前時代的な刑事司法制度を根本から改めよ

 遠隔操作ウィルスによる犯行予告書き込み事件で4人が誤認逮捕された問題は、かねてから指摘されてきた日本の刑事司法の問題点を、あますところなく露わにしている。これが今回の本質であることに疑いの余地はない。しかし警察を始めマスメディアは、今回の誤認逮捕の原因が、警察のサイバー犯罪の捜査能力にあるかのような言説を垂れ流し、問題の本質を歪めている。そのために、議論はサイバー捜査強化のための人員や予算の拡大と、まさに焼け太りを許しかねない方向に向かっている。
 確かに警察のサイバー犯罪対応能力は低かった。いや、実際にはある程度の捜査能力あるが、今回の事件は無差別殺人の予告などが含まれていたためにいわゆる殺人事件や凶悪事件を担当する「捜査一課」が出てきたことで、警察内のサイバー犯罪の担当部署が捜査の主流から排除されたことが、誤認逮捕に至った一因との指摘もある。
 しかし、それらはいずれも副次的な問題だ。今回の事件では、理由が何であろうと、どのような背景があろうと、実際には無実の人間が逮捕され、20日以上も勾留された上に、うち2人は犯行を自白し、動機まで詳細に供述している。
 今回はたまたま4人目の被疑者のPCから遠隔操作ウィルスが発見されために、他の被疑者もすべて誤認逮捕だったことが明らかになったが、それも警察の捜査の賜物というよりも、かなり偶然の巡り合わせの結果だった。それがなければ誤認逮捕された人たちがそのまま裁判に掛けられ、有罪になっていた可能性も十分にあるという、非常に恐ろしい事件だった。
 やってもいない犯罪を自白させ、動機まで語らせてしまう刑事捜査、ひいてはそれを許してしまう刑事司法とは何なのか。今回はたまたま事件がサイバー犯罪だったために、警察のでっち上げとを否定する物証が被疑者のPCから出てきた。しかし、これが他の種類の犯罪だったらどうなっていたか。警察は東電OL殺人事件でもゴビンダ・プラサド・マイナリ氏を誤認逮捕し、結果的に無実の人間を15年間も服役させたてしまったことが明らかになったばかりだった。その反省はどこへいったのか。
 これは捜査関係者一人ひとりが反省してどうこうなる次元の問題ではない。現在の刑事司法制度そのものが、いやがおうにも誤認逮捕や冤罪を産む構造になっていることが問題なのだ。
 裁判官による安易な逮捕令状や勾留令状の交付、その結果認められる22日間の勾留と、その間、警察署内の代用監獄の劣悪な環境の下に留め置かれ、記録(可視化)されていない密室の取調室で弁護士の立ち会いも許されず、毎日続けられる捜査官による苛酷な取り調べとその中で繰り返される締め上げや誘導尋問など違法捜査の数々、被疑者段階でも一方的な捜査情報のリークを事実関係の確認もなく報道してしまうマスメディア、長期勾留下で極度に精神的に追い詰められた上での自白でも、自白調書に署名があればほとんど無条件で有罪判決を出してしまう裁判所等々。問題点をあげはじめれば枚挙に暇がない、このような欠陥だらけの刑事司法制度の下では、誤認逮捕や冤罪が起きない方がおかしいといって過言ではないだろう。それほど現在の日本の刑事司法制度は、透明度という意味においても、人権という意味においても、先進国として恥ずかしいレベルにある。
 もう一つの大きな問題は、捜査官からのリーク獲得合戦にうつつを抜かしているマスメディアが、その欠陥刑事システムの一部となってしまっているために、このような本質的な問題をほとんど報じようとしないことだ。彼らはいまだに、他社より少しでも早く警察の捜査情報を獲得してスクープをすることを、最大の目標にしている。そのため警察を批判することで捜査情報が入りにくくなることを極度に恐れる傾向にある。
 メディアが問題を報じなければ、社会に大きな問題意識が醸成されず、結果的に法律を作る権限を持つ政治も、制度変更を主張するのが難しくなる。そうでなくとも警察は誰にとってもいろいろな意味で恐い存在なのだ。どんなに力のある政治家でも、世論の後押しなくして、警察の制度に手を突っ込むことなどできるはずもない。
 厚労省の村木厚子氏の冤罪事件で検察による証拠のねつ造などが明らかになったことを受けて、検察はかなり遅いスピードながら改革に着手した。一般社会の常識では考えられないほどゆっくりとしたスピードではあるが、有識者会議を設置し、その提言を受けて、取り調べの「部分」可視化や記者会見の「部分」オープン化などが始まっている。無論、まったく十分とは言えない改革だったが、それでも一つの冤罪事件をきっかけに改革へ半歩踏み出したことは評価に値する。
 今回の誤認逮捕をきっかけに警察は改革へ最初の半歩を踏み出すことができるのか、また改革の対象を警察や検察などの「部分」に限定せず、裁判所も含めた刑事司法全体の問題として捉えることができるかは、今後のメディア報道と市民一人ひとりの問題意識にかかっている。
 そろそろ先進国として恥ずかしくないレベルの刑事司法制度を整えるべき時が、来ているのではないだろうか。
 誤認逮捕事件と刑事司法制度の問題点を、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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