2015年7月11日
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ギリシャの言い分にも耳を傾けてみよう

田中素香氏(中央大学経済研究所客員研究員)
マル激トーク・オン・ディマンド 第744回(2015年7月11日)

 ギリシャの財政危機がひとまず決着に向けて動き出した。

 ギリシャ政府は7月9日(日本時間10日)、EUに対して増税と歳出削減を盛り込んだ新しい緊縮策を提案した。12日のEU首脳会議で支援の可否が判断されるが、承認される可能性が高いと見られている。6月末の債務不履行から7月5日の国民投票と、一時はユーロ離脱も取りざたされるなど混迷を極めたギリシャ危機も、これで一息つける状態になりそうだ。

 ギリシャ危機は2009年にギリシャがユーロの参加基準を大きく上回る13.6%もの巨額の財政赤字を隠蔽していたことが発覚し、ギリシャ国債にデフォルト(債務不履行)の懸念が広がったことに端を発する。国債価格は急落し、大量に保有していた欧州各国の金融機関の経営が悪化、欧州全体の金融機能の低下を招き、EUは危機対応としてECB(欧州中央銀行)やIMF(国際通貨基金)と協力して総額約2,400億ユーロ(約32.4兆円)の金融支援を行ってきた。そしてここに来てギリシャがこの返済に窮した結果、改めて危機が表面化してきたというのが今回の問題に至る経緯だ。

 粉飾に加え54歳から年金が支給されるなど、ギリシャ危機はギリシャ側に問題があるとの報道が大勢を占めているように見える。確かにギリシャ側に問題があることはまちがないだろう。

 しかし、2009年の粉飾の発覚以来、厳しい緊縮財政を強いられてきたギリシャ経済は、6年連続でマイナス成長を記録するなど深刻な不況に陥っている。国民所得は大幅に減少し、失業率も約26%に跳ね上がった。若年層の失業率は50%に達しているとも言われている。この間、GDPは約25%も縮小し、さらに実行されてきた数々の金融支援は、ギリシャ経済を立て直すよりも、ギリシャ国債を大量に保有していた外国の民間資本を救済するために使われた側面が大きい。ギリシャ国民には、ECBが民間金融機関から国債を買い取ってそのツケをギリシャに回しているだけだという根強い不満がある。

 国際金融や欧州経済に詳しいゲストの田中素香氏は、一連のギリシャ問題は一国の財政問題にとどまらず、欧州統合とその根幹をなしているユーロの問題も大きく影響していると指摘する。ユーロによって為替リスクを心配せず、EU域内でビジネスが出来るということは、事実上、EU全体で自由貿易協定を結んでいるのと同じ状況にあるが、貿易自由の下では常に強者が大きな利益をあげる一方で、弱者は搾取されやすい。当然、ユーロ圏内でもドイツのようにユーロの恩恵を受けて富める国と、ギリシャのような搾取される国の間の格差が広がっているという。

 今回、返済が滞っているECBやIMFの債権は、元々民間銀行が行った融資が焦げ付きそうになったものを、ECBなどが買い取ったものだったと田中氏は言う。そして、その融資の多くが、EU域内の外国企業がギリシャにも入り込み、ビジネスとして投資を行った結果生じた損失という側面を持っている。なぜそのような借金をギリシャが負わなければならないのか、という思いがギリシャ国内には強く、その主張にも一理あると田中氏は言う。

 ギリシャのチプラス首相率いる急進左派政権誕生の背景にはこうした国民の不満がある。彼らの主張はEUや、EUが代弁しているグローバル資本の言いなりにはならないというもので、それは一連の支援交渉の過程を見てもはっきりしている。借金の返済ができずに苦しい立場にあるはずのチプラス首相が堂々と融資の継続を要求している背景には、こうしたグローバリズムへの反発が存在する。

 田中氏はまた、財政規律を重視し、「借りたものは返すのが当たり前」とばかりに杓子定規に責任論を振りかざすドイツの頑なな態度にも問題があると批判する。ドイツはEU内の先進国として非常に有利な立場にあり、ドイツ企業もその他の周辺国で好き放題ビジネスを展開し、莫大な利益を上げている。そしてそれを足がかりにEUにとどまらず世界的にビジネスの場を広げている。いわばEUの恩恵を最大限享受していながら、ギリシャのような小国を相手に原理原則を振りかざす姿には、大国としての矜持は見当たらない。

 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏やコロンビア大学のジェフリーサックス教授らが連名でドイツのメルケル首相に宛てた手紙の中で、ギリシャに対する緊縮要求を見直すよう要請しているが、それもギリシャの言い分に一定の正当性を認めると同時に、ドイツには富める大国としての自覚を促すものだった。書簡では「(緊縮策が)大量失業と金融システムの崩壊を招き、債務危機を深刻化させた」と指摘し、「ギリシャ政府に対し、自らこめかみに拳銃を突きつけて、発砲するように求めているようなものだ」とドイツが主導する対ギリシャ政策を批判している。

 欧州統合の背景には、2度の大戦の要因にもなったドイツの暴走を押さえるという側面もあり、20世紀における統合の流れでは、ドイツ自身も十分それを認識した上で、細心の注意を払って国際関係を構築していた。しかし、東西冷戦が終結し、東西ドイツが統一された後、21世紀に入ってからのドイツは、欧州をリードするというよりも、むしろこれを支配しようとしているように見えると、田中氏はドイツの変質に警鐘を鳴らす。

 今回のギリシャ問題は、ギリシャ自身の問題もさることながら、グローバリズム下の競争の中で必然的に生じる強者と弱者の問題をどう捉えるかという、より大きな課題をわれわれに突きつけているのではないか。ギリシャの言い分の正当性とドイツが求めるような、画一的に原理原則の徹底を求めることの問題点を、ゲストの田中素香氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
田中素香たなか そこう
中央大学経済研究所客員研究員
1945年福岡県生まれ。67年九州大学工学部電子工学科卒業。69年同大学経済学部卒業。71年同大学大学院経済学研究科博士課程中退。東北大学経済学部助教授、同大学教授などを経て2004年中央大学経済学部教授。15年定年退職。同年より現職。経済学博士。東北大学名誉教授。著書に『ユーロ・危機の中の統一通貨』、『世界経済・金融危機とヨーロッパ』など。 744_tanaka
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