私が重大犯罪の被告を弁護しなければならない理由
マル激トーク・オン・ディマンド 第269回(2006年05月24日)
私が重大犯罪の被告を弁護しなければならない理由
ゲスト:安田好弘氏(弁護士)
 今週の丸激ではここ近年視聴者からのリクエストが最も多かった安田好弘弁護士をゲストに迎えた。
 今更言を待たないが、安田氏は山口県光市の母子殺害事件の被告や、和歌山カレー事件の林真須美被告、ヒューザーの小嶋進社長など、世間を騒がせた重大事件の被告人の弁護に当たる。世間を騒がせたと言うよりも、マスコミによる激しいバッシングを受けたと言った方がより正確かもしれない。
 また、かつてはオウム真理教の麻原彰晃の主任弁護人を引き受けるも、オウム真理教がサリンを製造していることを知りながら地下鉄サリン事件を防げなかった警察の責任を追及する姿勢を見せると、ほどなく強制執行妨害なる容疑で逮捕(その後一審無罪も、検察が控訴し現在も係争中)されるなどの曰く付きの経歴の持ち主でもある。また、自身は死刑廃止運動の中心的な役割も演じる。
 その安田氏は、世間から凶悪犯扱いされる被告の弁護を引き受ける理由として、「マスコミバッシングによって正当な裁判を受ける機会を与えられていない」ことを理由にあげる。安田氏の厳しい追及によって、新宿西口バス放火事件など、過去に下級審の判決の軽減に成功したケースも多い。
 安田氏はまた、マスコミから極悪人のレッテルを貼られた人間を、正当な裁判もないまま葬ってしまおうとする昨今の風潮を民主主義の危機として、強く危惧する。また、そうした風潮が、近代法の前提たる推定無罪原則からの司法の逸脱を許しているとして、世論に迎合する司法の堕落ぶりも批判する。
 しかし、自分自身が権力からつけ狙われ、また金銭的な報酬も期待できない被告の弁護をなぜ安田氏は引き受け続けるのか。そのエネルギーの源泉はどこにあるのか。安田氏はなぜ死刑制度に強く反対するのか。このように困難で重要な役割を、たった一人の弁護士に背負わせているという事実が、日本の市民社会の何を反映しているのか。安田氏とともに、考えた。
この記事へのコメント

死刑問題に関する安田弁護士の主張に興味があり、パピレスで購入して観ました。
議論は2年経った今も新鮮で満足のいくものでしたが、肝心の死刑の議論は残念でした。
宮台さんが最初に死刑の犯罪抑止効果について「統計的には証明されない」ことと「犯罪抑止効果がない」ことをすりかえて、「感情論こそが論点」という誤ったフレームを設定してしまったためです。
ただ、このフレームにおいても安田弁護士の主張は聞けたはずなので、もっと傾聴して掘り下げて欲しかったです。

なおとけ | 2010年03月27日 23:14

>>ところで、初歩的な疑問・質問ですが

こちらの本が参考になるのでは、絶版ですけど。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326401079/

社会階級と犯罪 藤本 哲也

社会階級は犯罪解明の基本概念か。移民の国、人種のるつぼ、犯罪大国といわれるアメリカにおいてなぜ在米日本人は犯罪を犯さなかったか。

通りすがり | 2008年05月10日 21:47

やっぱり、知能犯とかホワイトカラー犯罪は、ユダヤ系のガリ勉君たちに多く見られる犯罪なんですか?w

余談ですが | 2008年05月10日 04:15

・米国における日系人の犯罪率はどの程度なんですか?
・米国における日本人(在米日本人)の犯罪率はどの程度なんですか?
・やっぱり、団塊世代以上の日本人(=老人たち)は、若い頃(日本国内と同様)米国でもわりと高い犯罪率だったのですか?
・米国におけるアジア系全体の犯罪率はどの程度なんですか?
・米国における犯罪率は国籍別・民族別・宗教別・人種別・所得別・学歴別・職業別・年齢別・独身または既婚・性別で有意な差は見られるのですか?

ところで、初歩的な疑問・質問ですが、 | 2008年05月09日 06:14

DTさんへ
なるほど、あなたは自分と異なる立場の人の意見を根拠を示した議論で自分の意見に説得したかったんですね。
そう考える人もいるのだということがよく分かりました。
しかし、他の人のコメントをよく読めば、皆さんただ自分の感想を述べているだけですよ。
あなただって、ご自分の意見は根拠を示した上でのものだと言うけれど、
>警察・検察の取り調べで、証拠の捏造、自白の誘導・強要があったりと問題が多くあるのに、
という断言自体、何か確たる根拠があるのでしょうか?
私は反射的感想以上のことをネットでは言うつもりはありませんし、そんな義務もないでしょう。
正式の議論は裁判で既にされているのですから。
我々は皆、観客にすぎません。

常識人 | 2008年05月04日 23:11

常識人さん

どうも、私の意図が伝わらずに困った感じですね。

私は、ちゃんと議論をするなら、根拠をちゃんと示さないと、異なる立場の人に説明も説得もできないと言っているのですけどねぇ〜。

人が社会を構成するのには、最終的には合理性を超えた信頼関係が必要なので、貴方が最終的には、検察官の「確信」の方を支持するのは、それはそれでいいですよ。全然問題ない。
しかし、その確信を信じる根拠も示せないでは、どうあがいても、理解も同意も得られない。
さらにいうなら、警察・検察の取り調べで、証拠の捏造、自白の誘導・強要があったりと問題が多くあるのに、根拠もなく支持するなんて表明できるなんて・・・。

まぁ、感情的発言したいだけでしょうから、議論する気も最初からないのでしょうけどね。


そうそう、あと一つ非常に困った感じなのは、死刑制度については、言及をしていないのに、勝手に私の立場を想像してるところですね。
感情的発言をすることが目的に人にわざわざ説明するのも面倒なのでこれで、説明しませんが。

DT | 2008年05月04日 20:04

こんちゃん さんへ

全く同意です。
犯罪を本当に減らすためには、根本的な原因から解決しなければならないと思います。

K.O. | 2008年05月04日 02:26

こんちゃん
それは不適応を許さないそら恐ろしい考え方ですね。
そんなことできるはずがありませんよ。
犯罪者というのは、どんなことをしても、常に人口の何パーセントかはでてくるものです。

ギモン | 2008年05月03日 23:29

凶悪犯罪を犯すような素地のある人が、凶悪犯罪を犯さないようにすることが、結果的には死刑を減らすことにつながると思います。
親は子どもを虐待する、学校では卑劣ないじめが蔓延する、会社では上司からのパワハラの被害に遭う、結婚すれば配偶者からのDVに悩まされるというのでは(もちろん、全ての人がそうだというわけではないですが)、人格が歪む人がある程度出てきても仕方がないことだと思います。
凶悪犯罪者の多くは、幼少時代の親(特に母親)との関係に問題があったというような研究はかなり前から行われています。
そういう歪んだ人格を持った人を新たに出さないようにする予防策も大切です。
でも、不幸なことにそういう境遇に遭い、人格を歪められた人が出た場合にも対処できる体制が、社会の側には必要だと思います。
そうでなければ、不幸な境遇に生まれた人は生きていく権利がないことになります。
本人に自覚のない事例は稀だと思います。
年齢などに関係なく、そういう心の問題を相談・治療できるところがもっと増えれば、人格を回復する人が増え、結果的に凶悪犯罪は減り、死刑判決を受ける人も減ることになるだろうと思います。

こんちゃん | 2008年05月03日 02:42

死刑を廃止すれば、他人を殺しても自分が殺されることはないということになる。

こんちゃん | 2008年05月01日 19:39

「疑わしきは被告人の利益に」の観点に立つと検察官のくだらない「確信」など、
裁判所は即刻却下するべき!
と、いう反射的感想が市民から出ないことが問題なのでしょう。
民度低いんですよこの国。

EN | 2008年04月30日 22:35

DTさんへ
ネット議論はもっと自由なものではないですか?
反射的感想、感情的発言、どこがいけないのですか。
まどろっこしくなくていいじゃないですか。
鑑定にしても、確かこの前の判決では、「弁護側は鑑定書の読み方を間違えている」というようなことを言っていませんでしたか?
問題は鑑定書をどう読むかということだと思います。
裁判官よりもあなたの判断が正しい根拠は、ネット情報ですか!
故殺か傷害致死かの議論については、誰かも言ってましたが、検察官などには余人にはないある種の「確信」があるのですよ。
私はそれが理解できるが故に、まず何の根拠もなく彼らの「確信」の方を支持します。
だいたい、そこに殺意が無かったというのは、流れ弾が跳ね当たったというのでもない限り鑑定ではわかりませんよ。
それこそバイアスのかかった解釈でしょう。
確かに専門性の高い分野の裁判ほど、専門家から見れば、おかしな判決が出されることがあるわけですが、それはより上級審で修正されると期待しなければしようがないことです。
なお、死刑制度の是非については、ようするにこういうことでしょう?
制度としての死刑は良くないと思うが、こいつだけは死刑にしてくれ!
宮台さんも、笑い話をしているんですかね?
執拗に死刑を求める姿をおぞましく思われたくなければ遺族もそうしか言いようがないわけで、そういうことの結果、死刑制度が残っているわけです。
死刑制度の存廃についても、憲法改正のように国民投票をしたらどうでしょうか?
死刑廃止論者のように、自分は聖人君子だが、君たちは残虐で感情的な馬鹿だ、いつまで原始的な制度を残しておくつもりだ?と言わんばかりでは無理でしょう。

常識人 | 2008年04月30日 12:37

>DTさん
「感情の問題と制度の問題は別です。」
それは十分に承知ですよ。911のちょっと後くらいからこの番組は観てるので、それこそ耳にタコがでくるくらいに。
個人的なことを言わせてもらうと、藤井氏の本やムーヴのインタビューを観て急に自分が恥ずかしくなったんだ。それまでただの「庶民」のくせに「デュープロセスって大事だよな。」とか「感情の問題と制度の問題は別だ。」って安易に考えてた自分が嫌になったんだよ。

naka-ma | 2008年04月29日 21:13

常識人 さん

最初に、反射的な感想を書いておきましょう
反射的感想をぶつけ合うだけでなんて、理性にある人のやる事じゃないだろ。


判断材料や資料も明かさずに、感想を言っても、そんなものは、まったく意味ない。
そんなんでは、違う立場や違う感想を持つ人に説明も説得も、共感も出来できない。

「鑑定書の鑑定」というのは、意味ない発想ですよ。
今回に関しては、経歴の明かな方の鑑定で、まっくのデタラメということはないでしょう。
全くのデタラメでなければ、十分に傷害致死と言うことは、あり得ることです。
あり得るというこは、傷害致死であるという断定ではありませんよ。
「ちょっとあり得ない」というような断定をするには、それなりの判断の根拠を示してもらわなければ、ならない。

いくつかのブログで弁護側主張に反論して人がいるけど、具体的な判断が書いてあって、賛成する部分も結構多い。
反射的感想をぶつけ合うだけなら、私は全く賛成しないだろう。
ただ、感想言うだけなら、それは人に理解させることも、説得することも、無理です。

DT | 2008年04月29日 19:28

DTさん
じゃあ、鑑定書の鑑定は誰がするのですか?
あなたですか?裁判官ですか?
何にせよ、「反射的な感想」をぶっつけ合う以外、観客席にいる人間には出来ないと思います。
見解の相違でしょう。
鑑識官でもなければ、せいぜい「〜と思う」としか言いようがないわけで、五十歩百歩でしょう。
「裁判が公正でない」などという主張は、勝った方はまず言いませんよね。
死刑制度の是非も、亀井静香が言っていましたが、ヨーロッパでも七割くらいの人は廃止反対だったが、政治家が説得をして廃止までこぎ着けたということです。
こういう民意に反してでも死刑を廃止するのだという見識を示し、それを実現するという政治家の態度については、我々はどう考えればいいのでしょうか?
そういう宗教人のような政治家の存在自体が社会の成熟を示す素晴らしいことなのか、独善もいいとこなのか、その人の考え方次第でしょう。
私自身は、死刑が無くなれば、被害者の遺族は心おきなく報復出来ていいんじゃないかなと思います。
ただし、これは死刑制度廃止論者の意図とはまったく違うことでしょうね。
反射的感想でした。

常識人 | 2008年04月29日 18:08

常識人 さん

反射的な「『感想』を述べ合っているだけ」じゃ、ダメだって私は、主張しているんですけど、理解していただけないようですね。

法医学鑑定書については、ネット上で紹介しているところがいくつかありますが、それを読んでの判断であり、感想です。

具体的な判断理由もないにもかかかわらず、「あり得ない」とか主張してるのと同一視は、止めていただきたい。

DT | 2008年04月29日 14:16

みなさん、「感想」を述べ合っているだけなのに、どうしてもそれが分からない人がいるようですね。
直接的証拠に接することも出来ない裁判当事者でないのに、それはあなたの単なる「感想」とそれに基づくあなたの「主張」でしょう?
それを自覚した上で言ってほしいですね。
ビデオニュースで取り上げられている意見というのは、あくまでマイナーな意見であると神保さんも宮台さんも出演者も自覚しているはずですよ。

常識人 | 2008年04月28日 08:37

naka-ma さん

人は感情的な存在で、普通に生きていれば、感情的になります。
それ自体は、悪いことだとは思いませんが、意識的に考えなければ、感情的な言動だけになってしまう。
第369回の冒頭で宮台氏が言っているように、感情の問題と制度の問題は別です。
感情的な言動だけでは、制度やシステムの適正かどうかを判断できませんよ。
そして、感情的な問題を制度的にはどのように手当てできるかを考えるのも、感情的言動だけでは無理。

DT | 2008年04月27日 23:29

「ムーヴ」見ました。私には本村氏とビデオニュースでの番組の主張が決定的に
断絶しているようには思えなかった。むしろ逆に「ムーヴ」では、藤井氏、宮崎氏から
コメンテーター、司会者の順で本村氏の主張から離れているようにも見えた。
両番組から得た私の理解は、市民レベルでの死刑問題は、本村対ビデオニュース
程度のコンフリクトは悲劇の共有として記憶していくべきで、悪いやつを退治(死刑)
して気分すっきりでは、市民社会は成熟しないというだろうということだ。
また、死刑という決定的な判決が出た以上、これからは藤井氏の元々の主張である
犯罪被害者の慰め癒しが刑罰だけでいいのかという問題にシフトしなければ
所詮、マスコミはお祭り騒ぎのネタにこの事件を使っていると言われても仕方がない。
本村氏がマスコミを避けている理由もその辺であることは、想像できる。

EN | 2008年04月27日 14:10

そもそも「感情的になる」ってことがそんな悪いことなのかね?
宮台・神保氏が普段「感情的になるな」って発言するのはビデオニュースの大手メディアに対する立ち位置からの物言いであって、それをベタに受け止めてるんだったらそれは単なる「不感症」にすぎないのでは。
それに神保・宮台の両氏も一般の人間よりはるかに「感情的」な人だろ?じゃないとジャーナリストや言論活動なんてやってるわけないじゃん。

naka-ma | 2008年04月27日 09:52

橋下弁護士は「模擬裁判のために安田弁護士は最高裁弁論を欠席した」といって懲戒請求を扇動しました。そのときに宮台さんとの共著もたくさんある宮崎哲弥さんが隣に座っていて、橋下氏に同調していました。
彼は、事実を知っていたのでしょうか

事実というのは、たんに安田弁護士の主張でなくてもちろんいいのですが、単に感情的にああいう反応をしているのなら悲しいです。
メディアで重用されるということは結局そういうことなのかな?って。

ぽよよん | 2008年04月27日 03:00

検察官が意図的に事実を作り出している旨の発言がありました。それ自体は、まったくない、とまではいえないでしょう。

ただ、私の尊敬する検察官の態度を善意解釈すると、「意図的」というよりも、「当然」という風に見えるのです。すなわち、「普通に考えれば、傷害致死なんてことはない、殺したに決まっている」と「信じきっている」節があるのです。つまり、「これだけの結果を生じさせるのに、恋が無かったなんて考えられるか?」と「常識論」のような感覚でものを見るのが「実務」だといった風なのです。

なので、「意図的」とはまた少々違った原因も、現代司法には存在するのではないかなと思いました。

それと、殺したか死んでしまったかということよりも、どうして「殺した」といえるのか、どうして「死んでしまった」ことになるのかということがこの事件の問題なのかなと思いました。

感情と事実の評価をしっかりと分けることの意義を考えなければと思いました。

ちなみに、「しっていれば買わなかったという場合に詐欺になるのか」という問いに対して、安田弁護士さんは、「詐欺罪の成立には、騙し取ることが必要で、黙っているだけでは詐欺罪にはならない」との趣旨の発言がありました。

私の通う大学での法律論では、まさにそのとおりだと思います。

ただ、判例の傾向では、「真実を告げていて相手がそれを知っていれば買わなかった」というような場合に詐欺罪を認めている要に思いますし、そう指摘する声もあるようです。ご参考まで。

こぴ | 2008年04月27日 01:34

「ムーヴ」って番組で宮崎哲弥と藤井誠二が本村さんにインタビューしてるからまずはそれを観てほしいね。
Youtubeにあがってるんで。

naka-ma | 2008年04月27日 01:05

常識人さん

傷害致死は、法医学鑑定書を読むと、十分あり得ることです。
法医学鑑定書は、今の弁護団になって突然出てきたものではなくて、一審からあったものですよ。

裁判所が、その鑑定を退けたから、「傷害致死」は「ちょっとあり得ないでしょう」と感想を持ったってことですね。

貴方の文章を読む限りは、「許せいない」という感情が先にあって、傷害致死で、無期懲役は嫌だ、殺人で死刑にしろと考えているように感じます。
その感情は理解できますし、二人も死なせたのだから、死刑も仕方ないのかもしれませんが、裁判所や検察・警察の適正な手続きに沿ったものでなければなりません。
今回の裁判では、とても適正な手続きだったとは、思えません。

DT | 2008年04月27日 01:00

ネットで「死刑ざまあ」みたいな意見が溢れてるのに嫌悪感を感じるのは理屈ではわかりますよ。
だが俺は本村氏のほうに圧倒的にサイファを感じますね。
安田氏を擁護してる方々の「お利巧さん」な意見には全く説得力を感じませんな。
むしろ宮台氏がかつて小馬鹿にした「狭い内輪だけでゴチャゴチャ言ってる論壇誌のダサい奴ら(ダサいまでは言ってないか笑)」と同じ匂いがするね。

naka-ma | 2008年04月27日 00:37

naka-ma様へ 私もその本は図書館で読みましたが、逆の感想です。藤井誠二さんの本村氏への思い入れが強すぎて、取材が偏っているように感じました。少年側の事情を取材してくれているかなと思いましたが、それもあまりなく。
 藤井さんは安田弁護士が最高裁の弁論に欠席したことを怒っていましたが、その理由はこのインタビューの中で語られていましたから、藤井さんも安田さんに取材してから書けばよかったのにと思いました。

シュウ | 2008年04月27日 00:05

たまたま先週図書館で「殺された側の論理」(藤井誠二著)を借りてきたのですが、コレを読んで安田氏に非常に嫌悪感を感じましたね。とてもこの人を支持する気にはならない。

naka-ma | 2008年04月26日 23:19

単純なリクエスト:

是非、森達也さんと安田さんの共演を!
森さん・安田さん・神保さん・宮台さんの共演とか是非是非みたい。別料金でも良いから見たい。

西 | 2008年04月26日 15:20

宮台さんの「宗教分類」---「世直し的宗教」「癒しの宗教」の分け方は当を得ています

すべての災いの根源は宗教が堕落したことに原因があると思います
現在の宗教の無力さは目に余るものがあります

宮台さんの指摘する2つのタイプの宗教はいずれも害はあっても益はないといえるのではないでしょうか
前者は日蓮派の国粋主義者との結託、後者は権力に都合が良い役割を果たしてしまったことなどで宗教の堕落を招いたのです

死刑反対も健全な宗教の復活に頼るしかないと思われます
「健全な自己愛」に基づいた共生・協調・相互扶助等の風潮の復権、生命科学に基づき、この微妙なバランスに依存した命の尊厳---これは宗教でも哲学やライフスタイルでもかまわない---いずれにしてもこのような「民間宗教」の復興が必要なのです

宗教家に猛省を求めるとともに、権力やマスコミがポピュリズムを利用する以上、ポピュリズムの根底をひっくりかえすしかないと考える次第です

100%勇気 | 2008年04月26日 13:39

海外からの視聴です。視聴をはじめてまだ一ヶ月も経ちませんが、いつも有益な情報を配信していただき、とても感謝しています。
今回の裁判のことは、ケーブルのNHKニュースや、新聞の電子版で知りました。なので、日本国内のバラエティ的報道内容については存じないのですが、被害者遺族が被告人への死刑を求めるのは遺族の感情として察して余りあると思います。ニュースに接するたびに涙がとめどなく流れてきました。でも一方で、弁護人が被告人の供述に基づいて客観的証拠を積み上げて弁護することは正当な弁護行為で、非難されるべきではないことも確かです。
マル激で安田弁護士の言葉を聴くことがなければ、感情に流されて判断がぶれていたと思います。
高裁が死刑判決を下したことについては、それが正しかったのかどうか、悩めるところです。私には語れるほどの知恵はまだありません。死刑制度について、存置か廃止か、両方の意見に頷けて、まだ自分の主張ができるほどの確信がありません。今後の課題です。ただ言えることは、遺族と裁かれる側、裁く側がいて、国民がギャラリー的に遺族の応報感情に自己の感情をダブらせ、この事件が時とともに忘れ去られて、ただ少年事件の死刑判決の判例として位置づけられるだけのもので終わってしまうなら、すべての人にとって、こんな不幸なことはないと思います。ただ感情移入で涙を流すだけで、忘れ去られていいのでしょうか。私は本村さんの記者会見での言葉が核心だと思います。「どうすれば、犯罪を生まない社会を築いていくのか」これが宮台先生がおっしゃられるプラットフォームだと理解しています。被告人の生い立ちを聞くと、つくづく家族の大切さを思い知らされます。個人から即国家へとつながるのではなく、中間で地域社会が堅固でなければならない。家庭環境が今回の事件で一つの要因だったなら、崩壊した家庭に今後地域社会がどうやって関わっていくのか。包容力のある社会を築くことが求められていると思います。
では、私は何ができ、どう社会と関わっていくのか。つねに考え、行動していかなければならないと思いました。

ヒョン・ユンギョン | 2008年04月26日 01:47

 
 

 安田さんの回がまた見れたらいいな・・、もしかして再度アップしてくれるかもと思っていたところ、期待通りのかゆいところに手が届く対応、ありがとうございます。

 死刑の話題になるときいつも思うことは、この世には誰一人として自分の意志で生まれ出てきた人はいないということです。突き詰めて言ってしまえば、自分が自分であることの責任は自分にはないんじゃないか?(こんなこと言えば身勝手で無責任な奴だと社会からは一発で弾かれてしまうのはわかっていますが)そう言っちゃダメですか?

人間は、人間以外の生物に対してはあるがままの存在を許そうとしますが、人間に対しては、あるがままの人間性をなかなか受け入れてくれない。どうしてなのか?どうしようもない犯罪者がいたとして、その人間がもっている非人間的な犯罪性はどこから来たのか?どんなにひどい非人間的な人でも生まれてきた赤ちゃんの時には非人間的であったはずがないと思います。生まれ育った環境が、人に及ぼす影響について我々は知らなさすぎるんじゃないでしょうか。

人を殺せば自らの命をもって償うのは当然といわれると、そう簡単には返す言葉が見つからないのですが、そういったルールを全国民に課すならば、スタート地点も平等にしなければ不公平ではないかといいたいです。未成年の時期までは、親または保護者から十分な愛情と、自分が生きていることそれ自体を肯定してあげる必要があると思います。僕の意見ですが、愛された経験がない人は人を愛することはできないし、自分を肯定された経験のない人は人を肯定することが出来ないのではないかなと思います。しかしその責任を国家に求めるのは難しいですね。どうしたらよいのでしょうか・・。ルールを見直すのもひとつです・・。

凶悪殺人事件が起きたあとに遺族が応報感情を求めなかった例
http://jp.youtube.com/watch?v=qjJt3wKXdRc
http://jp.youtube.com/watch?v=p_D_Z9bskqM
ここから何かを学びたい

 いつかマル激で、死刑肯定厳罰化の社会風潮へのアンチテーゼとして、どうやって殺人などの犯罪者が非人間的な価値観を持つに到ったのか、親子関係や家庭環境がどう人間形成に影響するのかを掘り下げてもらえたらと思います。児童虐待やアダルトチルドレンや毒になる親などのキーワードを使ってはいかがでしょうか?

 宮台さんが最後に言っていた、我々の公感情が国家に簒奪され、政治に利用されないように、その為のプラットホームを保全していかなければならないという意味が僕のレベルではイマイチよく分かりませんでした。(反論ではなく言葉の意味するものがなんなのか?是非理解したいです。)

スイチ | 2008年04月25日 23:34

ピロシさんへ
皆さん「常識」はお嫌いらしいですね。
それはそれで結構ですが、今回の判決では、弁護側が主張した「あり得ること」を裁判官によって否定されたわけです。
私は上級審の裁判官ではないですから、それが正しいかどうか判断する立場にないですが、「ちょっとありえないでしょう」というのは、何度も言うようですが、それを前提とした上での「感想」です。
また、私自身が被告を尋問したわけではないので、しかとは申せませんが、少なくとも私にはああいう弁護団へのあなたのような思い入れは全くありません。
しかし、あなたの確信についてとやかくは申しません。
あなたがそう確信するなら、それで良いじゃないですか。
おあいこでしょう?
助っ人DTさんも、感想についてそれ以上説明しなければいけませんか?
お頭の程度を競うような空しい論証ごっこでなく、本気で両方とも傷害致死だったと思っているのですか?
それとも、私の実体験に基づいてとか何とか、告白させたいのですか?
それが嘘か本当かわからないのに。
そもそも裁判で争っていることについて、判断するのは裁判官であって、あなたや私ではないでしょう。
あなたや私がしているのは、単に観客としての「主張」か、もしくは「感想」にすぎません。
まあ、これを言っちゃあ、おしまいかもしれませんね。

常識人 | 2008年04月25日 23:17

安田弁護士の会を再放送してもらえて感激でした。やはり、安田弁護士の安定感ある論証と論理、弁護動機、法曹理念など、きわめて説得的で、同職にある今般の判決にほぼ無条件に同意していた多数の弁護士たちは、その論証において、安田弁護士にどれほど太刀打ちできるとでも言えるのだろうか?裁判所の劣化や、少年犯罪の厳罰化の歴史的経緯、あるいは事件が起こった1999年という非常にエポック・メーキングの年の偶然性のせいで、被疑者の少年の運命、否、生命が決定されてしまうなどは、理不尽この上ないのではないか。それにしても、大手マス・メディア、特にTV業界の「体制翼賛」的報道の嵐は見るも無残である。また、ブログ界もこぞって、今般の判決に集中豪雨的な歓迎状況なのは、ある種のファッショすら感じるのは私だけだろうか。数少ない疑義を呈していた個人のブログ・サイトは以下の通り。分かり難い文章だが、なかなか勇気ある中高年がいるものだと感心している。http://d.hatena.ne.jp/shojisato/

ひげ親爺 | 2008年04月25日 23:01

安田弁護士の会を再放送してもらえて感激でした。やはり、安田弁護士の安定感ある論証と論理、弁護動機、法曹理念など、きわめて説得的で、同職にある今般の判決にほぼ無条件に同意していた多数の弁護士たちは、その論証において、安田弁護士にどれほど太刀打ちできるとでも言えるのだろうか?裁判所の劣化や、少年犯罪の厳罰化の歴史的経緯、あるいは事件が起こった1999年という非常にエポック・メーキングの年の偶然性のせいで、被疑者の少年の運命、否、生命が決定されてしまうなどは、理不尽この上ないのではないか。それにしても、大手マス・メディア、特にTV業界の「体制翼賛」的報道の嵐は見るも無残である。また、ブログ界もこぞって、今般の判決に集中豪雨的な歓迎状況なのは、ある種のファッショすら感じるのは私だけだろうか。数少ない疑義を呈していた個人のブログ・サイトは以下の通り。分かり難い文章だが、なかなか勇気ある中高年がいるものだと感心している。http://d.hatena.ne.jp/shojisato/

ひげ親爺 | 2008年04月25日 22:58

常識人さん
>では、なぜ私に対してそういう確信に満ちた物言いが出来るのですか?
弁護団が、直接被告と面会し、誹謗中傷に耐え、
事実を積み重ね裁判に臨んでいるという事実は、
あなたの『ちょっとあり得ない』といったような
何を判断基準にしているのか不明な物言いよりも信用に足る、
という確信に基づいています。
http://tinyurl.com/4hh8qo

『無邪気』やら『妄信』といった語気の荒い言葉を使ってしまったことは
反省しています。

ネット上での『死刑は当然』『弁護団は恥を知れ』的な風潮を
批判しておきながら、自ら感情的になって常識人さんを煽ってしまいました。
僕もポテンシャルはそういう人達とあまり違いは無いのかもしれません。

ピロシ | 2008年04月25日 21:34

常識人 さん

「つぎは故殺か傷害致死かですが、一人なら傷害致死もあり得るが、二人ともとなると、殺し方が違う場合、ちょっとあり得ないでしょう。」
何故そのような判断なのかを説明をして欲しいです。

「母親と赤子を続けて別の殺し方で殺している場合、それが共に傷害致死だったと主張するには、曲芸まがいの論理を駆使しないと論証できないでしょう。」
これが説明というわけではないですよね。

DT | 2008年04月25日 21:15

死刑廃止論はわかるし、検察や警察が相当にデタラメなのもわかるんだけど、。
光市の件で、殺意が無かったっていう根拠もなあ。。

ごあむぶ | 2008年04月25日 15:47

ヒロシさんへ
あなたは裁判ものの小説の読み過ぎじゃないですか?
母親と赤子を続けて別の殺し方で殺している場合、それが共に傷害致死だったと主張するには、曲芸まがいの論理を駆使しないと論証できないでしょう。
それを安田弁護士は試みて認められなかった訳です。
判決を下すのは裁判官です。
私はただ感想を述べただけです。
感想を述べるときに、自分の価値判断の基準を信じて疑わないのは私の性格でしょう。
それを妄信呼ばわりするあなたは、ご自分の価値判断の基準を常に疑っている訳ですね。
では、なぜ私に対してそういう確信に満ちた物言いが出来るのですか?

常識人 | 2008年04月25日 14:49

殺人事件という常識を逸脱した状況において、日常においてのみ機能する社会通念を元に無邪気に『ちょっとあり得ない』などと判断する事が可能であるなら、そもそも今日のような複雑な裁判制度は必要ないのではありませんか?あなたが『ちょっとあり得ない』と判断する根拠はなんですか?あなたはこれまで幾多の殺人事件の現場に居合わせでもしたのですか?自分の依拠する価値判断の基準を妄信するのは浅はかな態度だと思います。

http://www.yabelab.net/blog/

ピロシ | 2008年04月25日 10:20

元18歳の少年が二人の人間を殺したという事実については争いがないわけです。
つぎは故殺か傷害致死かですが、一人なら傷害致死もあり得るが、二人ともとなると、殺し方が違う場合、ちょっとあり得ないでしょう。
母親は傷害致死で赤子は故殺ならあり得ますが、その場合は量刑の問題でしょう?
私は故殺なら一人殺しても二人殺しても死刑もやむ得ないと考えます。
自分が犯人でも同じです。 
自分もやるかもしれないので死刑はこらえてくれでは、通らないと思います。
何を言ってるんだという感じですね。
まして、死姦するなんて、許せるわけないでしょう。

常識人 | 2008年04月25日 08:45

僕は今回の判決の是非や、死刑制度の是非について論じる資格は自分にはまだ無いと思います。ただ『死刑は当然』『死刑になって良かった』と溜飲を下げるような世間の風潮だけはどうしても恐ろしいんです。

死刑というのは、社会による『許し』のシステム、包摂のシステムの限界点、失敗を意味するものであり、自らの良心の限界を知ること、宮台さんの言葉を借りるなら、リベラルである事の限界、『どこまでが我々なのか』という境界線を知る事、我々の住む世界が『パーフェクトワールド』(イーストウッド)から程遠いことを否応無しに知らされるということは、普通我々にとって重苦しく苦痛であるはずなのですから。

『オナニーマスター黒沢』という漫画がWeb上で読めます。『贖罪』『許し』『包摂』『再生』といった、我々の社会にとって、今無くてはならないものは何なのか教えてくれる傑作漫画です。和田中学の藤原校長に道徳のテキストとして採用して欲しいくらいです。

http://passionate.b.ribbon.to/onamas0.htm

ピロシ | 2008年04月24日 23:56

死刑制度の有無について考えさせられました。例えば、

対象:『自分や自分の大切な人が』
被害:『何も悪いことをしていないのに、あんなことや、そんなことをされたうえ、無残にも、こんなふうに痛めつけられ、または殺された(←詳細は勝手に想像してください。書きたくもねー)』

↑この状況を受け止めるにあたり、
?『平凡ではあったが、いつまでも続くと思っていた、それまでの小さな幸福をぶっ壊された』
?『それまでの小さな幸福は、そのような犯罪を発生させ得る、未熟で野蛮な社会の中にのみ、存在していたことを認める(自分もいつ、犯罪者や加害者になるか分らないことを認める)』

このような前提(立場)の違いが、死刑制度の有無についての意見を分けているような気がしました。
※あくまで気分の説明です。悪しからず

でも、仮に、ある幸福な人がいたとして、何か問題が起こるまで(幸福が消え去るまで)は普通、『いつまでも続く』って思うのが自然ですよねえ。幸福を維持しながら、『この幸福は、長くは続かないかもしれない』とか『この幸福は、私が所属している未熟で野蛮な社会を鑑みるに、超・ラッキーなことなんだ』などとは考えないと思います。そんな風に気張って、力んだ状態で、人間は果たして幸福を享受できるのか、と言えば、自分で考えてて甚だ怪しいです。また、そのような態度を、幸福な人に要求すること自体が、まるで自分がただのヒガミ根性人間であるかのような罪悪感も、無くは無いです。(愛し合ってる二人に、『まさかのための避難訓練、ちゃんとしてます?』って、なーんか聞き辛いよー)
また、被害者が必ずしも『幸福人』である保証もありません。(あ、被害者が『不幸人』だったら、世論の騒ぎ方はどうなんだべ)

さらに、『未熟で野蛮な社会』なら、『こんなに悪いことも、しちゃおっかなー』という回路も開けそうです。
というわけで残念ながら、この話、オチは用意してません。

ただ、番組内であったように、『紛れもない被害者・遺族の方』と、そこに居合わせた『通り掛かりの私』は、どこまで同じで、どこから違うのか、どこまで感情移入(←同情ではない)するべき関係なのか、という論点は、興味深いと思いました。(一歩間違えれば、非情な第三者、逆側に間違えれば、お節介な観客、になっちゃうかもしれない。ムズイよ、これ。)

麦芽使用比率25%未満が100%も含有 | 2008年04月24日 23:25

今回の光市の事件の判決が妥当かどうか?色々と議論はあるでしょうが、社会全体で弁護団は異常で一斉に叩くという風潮には非常に違和感を感じます。
再放送で安田弁護士の話を聞けたのは
良かったです。
これからもこのように再放送してくださると嬉しいですね。

やぎ | 2008年04月24日 23:09

 この回は放映当時には何度も視聴しましたが、いまさらながら、ビデオニュースで流していてくれて良かったと思います。

 少なくとも、私たちビデオニュース視聴者にとっては、彼の言葉を聴けたおかげで、司法の問題点を継続的に監視できた意味をもちます。

 安田弁護士をもう一度呼んでもらって、お話が聞ければとてもうれしいです。

シュウ | 2008年04月24日 09:48
無料放送回 一覧
マル激トーク・オン・ディマンド 一覧
ニュース・コメンタリー 一覧
ビデオニュース・オン・ディマンド 一覧
永田町コンフィデンシャル 一覧
インタビューズ 一覧
プレスクラブ 一覧
スペシャルリポート 一覧