私がデブをやめた理由
マル激トーク・オン・ディマンド 第343回(2007年10月28日)
私がデブをやめた理由
ゲスト:岡田斗司夫氏(作家・評論家)
 今回のマル激は、近著『いつまでもデブと思うなよ』が36万部を突破した、通称「オタキング」こと、作家・岡田斗司夫氏をゲストに迎えた。
 岡田氏は、「オタキング」の名にふさわしい体重100キロを越える巨体がトレードマークだったが、自らが提唱する「レコーディング・ダイエット」により、1年間で約50キロの減量に成功し、現在65キロのスリムな体型を維持している。スタジオに現れた岡田氏は、旧知の仲の宮台真司が「一瞬、誰だかわからなかった」と驚くほど、変貌を遂げていた。
 50キロのダイエットはさぞかし辛い体験と思いきや、岡田氏は、ダイエット自体は決して苦しくはなく、むしろ楽しくワクワクする経験だったと語る。
 岡田氏のダイエットのきっかけは、グルメ本の企画のために、自らの食生活をすべて記録しはじめたことだった。それが次第にカロリーまで詳細に記録するレコーディング・ダイエットへと発展した。いざ1日のカロリーを基礎代謝の1500キロカロリーに抑える段階にきても、詳細に食生活とカロリーを記録することで、自分の食生活を強く意識することができているため、食事制限はそれほど苦しくならない。それがレコーディングダイエットの要諦となる。
 ダイエットを経験して初めてわかった重要なことが、いくつかあると岡田氏は言う。その一つが、「デブは、デブであり続けるために、日々並々ならぬ努力をしている」という意外な事実だった。太っている人は、太るための食生活を日々無意識の内に送っており、マスコミで垂れ流されるグルメ情報や、次々登場する新商品のCM、見栄え優先でカロリー高めの惣菜など、日本の社会構造がそれを支えている。漫然と情報の洪水に浸って抗わないでいると、太らざるを得ないような社会に我々は生きていることに気づかなければならないと、岡田氏は指摘する。
 岡田氏はまた、自分が痩せたことで、周囲の自分に対する扱いが大きく変わるのを目の当たりにして、日本がいかに「見た目主義社会」に変貌しているかを痛感したという。家柄主義、学歴主義、ブランド主義と変遷を続けた日本が、いまや前代未聞の「見た目主義社会」に突入していると、実体験に基づいて指摘する岡田氏の言葉は重い。
 究極の減量法「レコーディング・ダイエット」を入り口に、日本社会が抱えるさまざまな問題と見た目がすべてを決する日本の今、そして見た目主義の次に来るものなどを、深く語り合った。
岡田 斗司夫おかだ としお
(作家・評論家)
1958年大阪府生まれ。85年アニメ制作会社ガイナックス設立。92年退社。94年、東京大学非常勤講師。97年、株式会社オタキング設立、代表取締役に就任。03年、マサチューセッツ工科大学非常勤講師。05年より大阪芸術大学芸術学部キャラクター造形学科客員教授。著書には『オタク学入門』、『「世界征服」は可能か?』、『いつまでもデブと思うなよ』など。
トラックバック
予告通り岡田×宮台対談についての感想を書きながら、2人の「前提」が本当かどうか検証してみたいと思います。 まず対談スタートと同時に驚きました。誰だよこの... [雑記]岡田斗司夫×・・・
(Over the Rainbow -キモオタの遠吠え-)|2007年11月05日 00:24
夏以降、岡田斗司夫氏が脚光浴びてます。とりもなおさず、これらの殆どはいつまでもデ... デブ⇒世界征服⇒KY・・・
(パーシモンズ代表のBlog)|2007年11月09日 02:47
以前、宮台論の欠陥について書いた。一言で言えば、「「不毛な観念(Idea)の再生産」の域を出ていない」という内容。ただ、宮台氏のblogはスパムを受けてt... 不毛な観念(Idea・・・
(Fumitaka Horii)|2007年11月09日 05:13
先日の『デブ⇒世界征服⇒KY主義』において、特に“見た目(重視)主義⇒KY主義”... 見た目重視主義⇒KY・・・
(パーシモンズ代表のBlog)|2007年11月23日 20:18
この記事へのコメント

 人間は社会性の生き物ですね。周囲の環境に規定されてる習性があります。ローマにキリスト教が入って来たことが、現在の日本への比喩だとしたら、今の日本でキリスト教に当たるのは何だろう? あるいは、人間の認識回路が想像の領域で、歴史をデジャビュの様に繰り返させてるだけなのか。
 現在のポップカルチャーの状況は、まるで自然宗教。聖書との親和性が高い。命を賭したり、血が出たり、星の煌めきと、数式にやどる悪魔。そんな言葉のオンパレード。というか、それしかない。啓典と預言は、言語的には不安を煽るが、嗜む人は、欲望に素直なだけでは無いだろうか。単に聖書は読み物としておもしろい。使い方は、データベースに一度インプットして、作品でアウトプットする型です。エヴァンゲリオンも聖書のコラージュ。文化に浸透しやすい。
 だから、「人は土を離れては生きられないのよ」と、おさげの少女が、天空に浮かぶ城で、説教垂れる訳です。でも、「貴方さえいれば、それだけで生きて行ける」と、答えていれば、私は監獄のような都市のなかでも、十分に幸せを満喫できる。マンキツとは、漫画喫茶の略だったのに、今では難民が溢れる、マンキツだから、左翼は、チャンスと言わんばかりに、権益貪り、宣伝の道具にする。意図が透けているからやんなっちゃう。むやみに援助すると、自助力が喪失して危険なのだ。だから、自分で自分を経営して、スリムになる様に、心掛けたいですね。隔離体質の都市設計は、隔てられた壁の中へ、わざわざカメラが潜入する、矛盾した社会になった。人の心にも壁ができてしまい、分かりあえにゃい[猫缶]。でも彼らは、黙って見過ごす事ができない、優しい人々なのですよ。ただ鈍感なのです。「あなたを見てると癒される」って、言われると、どんな気分になるのだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 神保さんの、「半分以上分からなかったんです」を聞いて、現実的な方なんだな〜 と思いました。
 だけど、別の言葉を使って定期的に遊ぶのは重要だと思う。言わばお祭りです。万年、騒いでるのは祭りじゃない。時々やるから祭りは楽しいのだ。真面目一辺倒で、類似したテーマを、同じ言葉で語り続ければ、遊戯性と現実感が一体化していき、自家中毒していきます。人為的にでも、お祭りを入れて置くは管理の鉄則です。言い換えれば、いまの社会は管理しているようで、管理されていない社会なのです。
 断片を知ることで、全体を思い浮かべることが可能となる。すなわち、要素はヒントだ。全体を知る手がかりである。だけど、多様化してしまえば、モザイク状になってしまうので、片鱗から全体を想像することが不可能となってしまう。そこで、人は、人為的にでも相手を知るためラベルを貼ったり、空気を読んだり、変更不能な履歴への帰属を信じたり、キャラクターを演じたり、全体性をシミュレートする。
 ダイエットは遺伝的な要因も深く関わってきますから、効果的なダイエットの方法は個体差もあるのではないかと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫)。動物は本能的に同族殺しを避けたがるそうです。ヒトも同じ。まずは相手を降伏させようとする。それがダメなら自分が降伏する。降伏しても、同じ種族なら殺されない可能性が高い。しかし、条件付けさえすればヒトは、容易く人を殺すそうです。
 マインドなんて、いとも容易く変えられてしまうのなら、良心という幻想を信じていいものか。良心的な拒否とは、果たして存在するのか。では、拒否せずに引き受けた者には良心がないとでも? 敢えて引き受けなければならない血塗られた正義もあるだろう。奇麗事だけでは済まされない現実だってある。さて本当の、良心はどこにある? 平和を享受するのはただ乗りでは無いのか。訓練を受けたり、働くことで、良心は蝕まれていくのだろうか。良心を保つことが良心的だなんて、ごう慢な考え方ではないか。

ノクノク | 2007年12月09日 13:19

私は「人を見た目で判断する」というのはある程度仕方ないものの、昨今の「見た目依存」はその「幅」があまりに狭く、人の顔からその人の性格や人生を「深読み」したりする解釈力やモノサシの数が少なすぎる、ということが気になっていたので、岡田氏の「いまは見た目の換金価値が異様に高くなっている。ブランドがよいのではなく、綺麗な子がもっているので買う。しかも、見た目といっても、三分の二くらいは"足切り"されていて見えない存在になっている」という話と、宮台氏の「若者のノイズ耐性の低さ」の話は、とても新鮮な視野を与えてくれる組み合わせとなりました。

mansaku | 2007年11月29日 19:22

私は「人を見た目で判断する」というのはある程度仕方ないものの、昨今の「見た目依存」はその「幅」があまりに狭く、人の顔からその人の性格や人生を「深読み」したりする解釈力やモノサシの数が少なすぎる、ということが気になっていたので、岡田氏の「いまは見た目の換金価値が異様に高くなっている。ブランドがよいのではなく、綺麗な子がもっているので買う。しかも、見た目といっても、三分の二くらいは"足切り"されていて見えない存在になっている」という話と、宮台氏の「若者のノイズ耐性の低さ」の話のは、とても新鮮な視野を与えてくれる組み合わせとなりました。

mansaku | 2007年11月29日 19:20

見た目主義社会と空気主義社会は平行して進んでいると思います。見た目のプレゼンスが空気の中で大きくなっている、というのが僕の実感です。ですが、その処理コストが過剰である(と感じられるようになる)、という宮台さんの指摘は、うなずけるものでした。まさに「天然狩り」がべたに起こりまくっていて、自分としてはとてもめんどくさい限りです。天然狩りを嫌う「空気」は、見た目主義と一線を画した「見た目」というのはつくれないものでしょうか。。

高橋 | 2007年11月23日 13:34

非常に面白かったです。私は最近、宮崎学の本をいくつか読み、宮崎さんの他者との深い繋がりを求める生き方に共感し、現在の関係性が希薄化していく社会(デオドラントな社会)への不安、といより拒絶感が強まったのですが、今回のビデオでも言われているようにその方向へと社会は進んで行きそうですね。
ま、そんな時代の中で流れに逆らって生きていくのも考えによっては天邪鬼の僕としては楽しめるのではないか、と思うようにしました。 

エスアイ | 2007年11月09日 08:38

宮台先生、ついにハゲ問題を語りましたか!(笑

宮台先生「ハゲ問題がありますよね」。
そんなもんないですよ。そりゃ先生個人の問題ですよ。勝手に社会問題にしないでください。

「女の子はハゲに対し自分としての自分は付き合えると思っているが、自分の周りがそれを許さない」

宮台先生。それは宮台先生個人の希望的観測ですよ。自分としての自分はハゲキモいに決まってるじゃないですか。しかし社会にはハゲの恋愛は許容されるべきだと思っているのでしょう。本人の道徳観と本人の欲望は分けて考えなきゃダメですよ。

ポールセン | 2007年11月02日 00:40

話の内容の半分は「ハァ?」という感じである。ネタとしてみれば面白い話である。あまり真面目に聞く話ではない。伊集院光が深夜のラジオで、某テレビ番組で対談したときの話をしていたが、非常に笑えた。痩せたら娘の態度が変わった・・・。「それは、お前の教育が悪いんじゃない?」
伊集院に同意です。

やぎ | 2007年10月31日 21:58

今の人は自分の経験を絶対化する?見た目主義になっている?

オマエモナ
むしろ
オマエガナ

と思ったのは私だけじゃないはずだ

共産趣味 | 2007年10月31日 18:57

おもしろかったです。

でも、人を外見で判断するっていつの時代もあるような。
人付き合いが流動的になっているのでその傾向が強くなっているというより深く知るまでに至らず人間関係がながれていくようにも思います。

ブランド主義から見た目主義へ変換がいまいちよくわかりませんでした。
でも表面的なもので判断するっていうのは教養範囲と関わりがあると思います。
深く考える癖をつけるような教育課程をもう少し早い段階から取り入れるとか。。。
社会科学を高校の必須科目に入れるとかして自分で考える癖をつけるとちょっとかわるような気がします。

kayo | 2007年10月29日 15:26
無料放送回 一覧
マル激トーク・オン・ディマンド 一覧
ニュース・コメンタリー 一覧
ビデオニュース・オン・ディマンド 一覧
永田町コンフィデンシャル 一覧
インタビューズ 一覧
プレスクラブ 一覧
スペシャルリポート 一覧