マル激トーク・オン・ディマンド
EUはユーロの挫折を乗り越えられるか
マル激トーク・オン・ディマンド 第479回(2010年06月19日)
EUはユーロの挫折を乗り越えられるか
ゲスト:庄司克宏氏(慶應義塾大学法科大学院教授)
 ギリシャの財政問題に端を発するユーロ危機は、EU(欧州連合)がIMF(国際通貨基金)を巻き込む形で7500億ユーロ(約85兆円)相当の財政支援を行うことで、当面の決着を見た。しかし、今後、スペインやポルトガルなど多額の財政赤字を抱える他のユーロ圏諸国への波及も懸念され、ユーロ危機は依然として予断を許さない状況が続いている。
 そもそも今回のユーロ危機は、通貨を統合し金融政策だけは欧州中央銀行の下に一元化しながら、財政や経済政策はユーロ加盟各国に委ねられているという現在のEUの統治構造の矛盾を浮き彫りにしたものだった。果たしてこれはユーロへの通貨統合の失敗を意味するものなのか。欧州同盟という長く壮大な試みは、この先どこへ向かうのか。
 EU研究の第一人者でEUからEU専門家の証であるジャン・モネ・チェアの称号を授与されている慶應義塾大学の庄司克宏教授は、今回の危機をきっかけにEU内では各国の主権にまで踏み込んだより緊密な統合を図ろうとの機運も生まれてきているが、そのためには条約改正が必要となるため、その実現には高いハードルが存在すると指摘する。EUという構想自体が、一見主権の返上を含む国家の統合を指向したもののように見えながら、実は、加盟国の主権を守るための手段としての経済統合という性格を持って始まったからだと言う。
 EUの母体となる1952年の欧州石炭鉄鉱共同体(ECSC)の設立は、第二次世界大戦の戦後処理として仏独の不戦共同体をつくるという目的で進められたものだった。とりわけ第一次大戦、第二次大戦と立て続けに世界戦争の発端を作ったドイツが、再び戦争を起こさないような体制を作ることが、戦火で荒廃した欧州にとっては喫緊の課題だった。
 その後EEC(欧州経済共同体)、EC(欧州共同体)を経て1993年のEU発足、1999年のユーロへの通貨統合へと進化を繰り返してきた欧州同盟だが、一般にEUに至る経緯は、専ら経済的な統合を進めてきたように見られることが多い。しかし、庄司氏は、EUの歴史は、むしろその時々の政治的課題を解決するための手段として経済的統合を利用してきたものだったと言う。発足時の石炭鉄鋼共同体も、結局は戦争経済を支える産業の共有が目的だったし、経済的に貧しい小国のギリシャが1981年にEC加盟を認められたのも、頻発するクーデターを押さえ込み、民主主義を安定させるという狙いがあったという。
 つまり、EUの経済統合は、一見経済的なメリットを得ることを目的としているように見えながら、実は高度に政治的であり、また安全保障政策の一環でもあったというのだ。
 そのようなEUの歴史の中で、今回のユーロ危機が、大きな挫折となったことは否定できない。ギリシャなどの弱小国のユーロ脱退や、ユーロ危機のツケを回されるドイツのマルク回帰さえ取り沙汰されている。だが庄司氏は、ヨーロッパがEUやユーロという、苦難の末に勝ち取ったツールを簡単に手放すことはないだろうとの見方を示す。
 EUはそもそもヨーロッパ的価値観で世界をリードしたいと考えるヨーロッパ人たちが、米ソ、ひいては中国・インドなど非ヨーロッパ的なる価値に対抗するために作り出した、多分に理念主導型のものだった。CO2の排出権取引市場など、EUやユーロというツールを手にしたからこそ、ヨーロッパが世界で主導権を持つことができている分野は多い。今回の挫折を乗り越えて、ヨーロッパはこれからも環境、科学技術、人権などの分野で世界のリーダーシップをとろうとしてくるだろうと、庄司氏は予想する。
 ユーロ危機であらわになった経済統合の限界などEUが抱える問題、そして東アジア共同体構想をマニフェストに明記した日本の民主党政権がEUの経験から学ぶべきことは何かなどについて、EU専門家の庄司氏と議論した。

インタビューズ(2010年06月19日)
民主党マニフェスト、新経済成長戦略をどう見るか
熊野英生氏、飯田泰之氏、高橋洋一氏インタビュー

プレスクラブ (2010年06月16日)
自民党と民主党が17日夕、マニフェストを発表へ

庄司 克宏しょうじ かつひろ
(應義塾大学法科大学院教授)
1957年和歌山県生まれ。80年慶應義塾大学法学部卒業。90年同大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。二松学舎大学助教授、横浜国立大学大学院教授などを経て04年より現職。著書に『欧州連合 統治の論理とゆくえ』、共著に『EUのガヴァナンスと政策形成』など。
この記事へのコメント

7月2日 12:00頃に投稿したんですが、
掲載していただけなかったので、再投稿。

まぐさんへ
おじいさんだったんですか? 痛み入ります。

> 息子さんとも味のある会話が楽しめそうですね
私、最近、息子(小4)に、真っ直ぐな目で、
「オ〇ンコって何?」と聞かれて、
「赤ちゃんが出てくるところ」としか答えられず、
どーしたもんかな? と悩んでます。
早熟な同級生に色々と知恵を付けられてるようで・・・
(一緒にいた妻は聞こえないフリをしてました)
セックスとドラッグは、ちゃんと向き合って
コミュニケーションした方が良さそうですね。
宮台先生の新刊に助けてもらいます・・・(笑)。

「ドラゴン桜」・・・実は読んでないんです。
面白いんですか?

橋元淳一郎氏について、間違って紹介しておりました。
>> 徒手空拳、在野の方
http://homepage3.nifty.com/jun-mizuho/sakusaku/1_1.htm
相愛大学人文学部教授とのことで・・・、失礼致しました。
> 橋元淳一郎氏の著作はめっちゃ面白そうですね。
はい、何で評判にならないのか? 不思議なくらい凄い本です。

> 年とともに理数から文系(法学、歴史)に関心が移っている
息子には、文意をつかむ力が足りないようで、模試の答案も、
漢字の読み書き以外、空白だったんです。
こりゃまずい・・・、と思いまして、
子供向けの古典を一緒に読んでいる最中です。
『古事記』『日本書紀』を扱ってるところで、
併読したんですが、
大山誠一著『天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト』
は素晴らしいですね。

片岡剛士氏の声は、Digのポッドキャストでお聞きしました。
http://www.tbsradio.jp/dig/2010/05/post-102.html
片岡氏や、原田泰氏(まごうかたなき賢人ですね)といった面々が、
マル激の常連になってくださる事を願うばかりです。

> 遍在させる正当性と制度自体の弱さ
うーん。実は、平等の実現については、
断念しているところがあるのです。
『現代の預言者 小室直樹の学問と思想』が端緒でした。
何を以って、遍在なのか? を巡って、
恐怖政治(=内部抗争と党派闘争)に終始してしまう・・・
貧富の格差ある姿こそ自然だと考えております。

> 既得が倫理的に問われる
「女子高生に踏みつけられたい」と宮台先生が
随分前に、どこかで書いてた気がするんですが、
ジャック・ランシエール著『民主主義への憎悪』ってご存知ですか?
政治家と官僚による寡頭制に対抗するデモクラシーの本質って、
くじ引きだったんですね。

 薬師院仁志著『民主主義という錯覚』
 「「抽籤による選任法は民主政の本質にかなうものだ」と、
  モンテスキューは言っている。これはわたしも賛成である」
            『ルソー『社会契約論』(1762年)』
 モンテスキューもルソーも、
 「抽籤」こそが「民主政の本質にかなう」と明言している。

『民主主義への憎悪』訳者解説 松葉祥一
「古代ギリシャの人々にとって、統治は、自然に従って、
つまり生まれつき統治の資格をもつ人々がなすべきものであった。
ここで統治のための資格とは、
「富をもつ者、神との絆の証拠をもつ者、
有力な一族、学識のある者、専門家」たちである。
通常、この原理に従って政治制度が作られている。
しかるにデモクラシーにおいては、
統治する資格をもたない民衆が統治するわけであるから、
自然な統治が失われることになる」
「「偶然の神による選択、くじ引き」・・・
これは、完全に自然と断絶している。
プラトンも、くじ引きこそ最も民主的な手続きであると見なしている。
ただしそれを否定するために・・・」
「ランシエールは、政治は自然的秩序の終わるところで始まる
という点でプラトンに同意するとともに、
この原理をプラトンを超えて適用する。
すなわち、プラトンが否定したくじ引きによる統治、
つまりデモクラシーによってはじめて自然が終わり、
政治が始まるとする。
というのもデモクラシーが前提とする平等は、
自然のなかに見出すことはできないからである。
自然のなかには差異しかなく、
平等はすべて人間によって創り出されたものであり
勝ちとられたものである。
ランシエールは、自然的秩序に反するがゆえに
デモクラシーは無効であるという主張に対して、
それゆえにこそデモクラシーが重要なのだ
と主張することになるだろう。またしたがって、
ランシエールの言うデモクラシーとは、
出生−自然による能力や資格を備えておらず、
くじ引きのみが唯一の資格であるような民衆、
つまり「とるに足らない人」の統治にほかならないのである」

> 既得が倫理的に問われる
貧困それ自体を失くすことができないのと同様に、
社会の暗部それ自体も失くせません。

宮台真司著『透明な存在の不透明な悪意』
「人間の、あるいは世界のダークサイドの総量は一定だと。
あるいは、悪の総量は一定だと言ってもいいかもしれません。
だから社会からそれが消えれば、暗部はすべて個人のなかに蓄積され、
個人の暗部が深くなるんじゃないか。それをどれだけルーズに、
全体的に分散させていくかではないかと思う。
形にこだわって、ここもきれい、
あそこもきれいと暗部を排除していけば、悪はそこにいられず、
特定の見えない場所に集中します」
「これ以上、人目にさらされるとストレスがかかってしまうという閾値というか。
それは必ずあります。結局、社会あるいは世界から暗部は消せない。
だから、どういう場所で、どういうふうに暗部を抱え、
馴致するかだと考えてほしい」

例えば、
http://www.videonews.com/on-demand/0471480/001488.php#7859
> 名無し草 | 2010年06月30日 17:09
のような思いを考える時、いっそ、富や知性をもつ側の人々が、
忸怩たる思いを噛みしめる側に回り、
「とるに足らない人」に統治させることほど、
倫理的に正しいことって無いんじゃないだろうか?
と考えております。
子ブッシュ大統領をもやり過ごしたアメリカ、
財務官僚にバカにされているに決まっている菅総理を頂く日本。
例えば、菅総理が行う経済政策って、
下手をすると、国民に向けて核兵器を使用するのと
大差ない被害が出てもおかしくない訳ですから、
『博士の異常な愛情』的心配って、確かにある訳です。
平等の負の側面(富の遍在 ⇒ 知の無効化)について、
如何お考えですか?

あと、ご存知だったら教えていただきたいんですが、
『日本経済復活 一番かんたんな方法』p200−202 で
紹介されている、経済学者、エコノミストの現状って
ホントなんでしょうか? 飯田先生のお話なので
ホントだろうと思っているのですが、
こんなに酷い状況なのか? と驚かざるを得ないのです。
(経済学部には、
ランシエール先生言うところのデモクラシーが貫徹している?)

沈思黙考 | 2010年07月04日 17:44

沈思黙考さん
私が思っていたよりも若い世代だったのですね。息子さんの話を聞いて直ぐに思い浮かんだのが、私の末娘の事です。上の二人の秀才タイプとは違い、高校中退後数年でヤンママで、お陰で私は「爺」になってしまいました。
(宮台氏の著作で洗礼を受けていたので、お陰で慌てず、騒がず臨めました)
この末娘の性格や思考回路が私そっくりなのです(笑)そっくりなせいか、コミュニケーションに不自由しません。
息子さんとも味のある会話が楽しめそうですね。ああ、お受験でしたね。
ちなみに「ドラゴン桜」をどのように評価しますか?

ところでシカゴプラン、二度目でしたか失礼しました。そういえば「貨幣への愛」の遣り取りが思い浮かびました。その後、クルーグマンのケインズへの言及など紹介した記憶があります。

橋元淳一郎氏の著作はめっちゃ面白そうですね。ただ、年とともに理数から文系(法学、歴史)に関心が移っているのでどうでしょうか?ともかく読んでみます。

片岡剛士氏の著作の感想は後々、是非伺いたいところです。本来なら丸激に呼んでもらいたいところです。河上肇賞受賞者という事でもありますし。

>欲望の抑えようとするのも、また、欲望です。

そうですね。同意します。

>座して構えるよりも、積極的に行動することで、救えるものがある。

長期停滞30年は若い世代の為にも許せません。高野猛が「菅にやらせるかやらせないかの選択(菅にやらせろ)」
などと、たわけた事を言っていますがマクロ経済学無知ゆえとしか思えません。

>一方で、何もしない、という作為(起こってから考える)をどう位置づけましょう?

「無事、これ名馬」というところですかね。但し、既得した者でもあるような。その既得が倫理的に問われるのでしょうね。

まぐ | 2010年07月01日 22:44

まぐさんへ
コメントありがとうございます。
以前、いただいたアドバイス共々、検討中です。
シカゴ・プラン
http://www.videonews.com/on-demand/0401410/000827.php
読み返してみると、もう一年以上起ってるんですね。

目下、中学受験に向けて息子達の面倒を見ろ!
と妻に迫られ、
家族で受験戦争を楽しもうとしている最中です(笑)。
関西在住ですので、目標高く、灘中合格!
小4の息子に初めて受けさせた模試の結果は
300人中下から3番目でした(┏(×_×|||)┓)。
正直、ビックリです(笑)。

あと、話は変わりますが、物理学に興味がおありでしたら
橋元淳一郎著『時間はどこで生まれるのか』
『時間はなぜ取り戻せないのか』『時空と生命』が、超オススメです。
徒手空拳、在野の方であるにもかかわらず、
物理学関連の本の中では随一の内容だと思いました。
(量子論と相対論をこんな風に眺められるのか?
と感嘆することしきりだったので、思わず書き込んでしまいました)

片岡剛士著
『日本の「失われた20年」 デフレを超える経済政策に向けて』
浜田宏一・堀内昭義・内閣府経済社会総合研究所編
『論争日本の経済危機 長期停滞の真因を解明する』
原田泰、岩田規久男編著『デフレ不況の実証分析 日本経済の停滞と再生』
野口旭編『経済政策形成の研究 既得観念と経済学の相克』
岩田規久男著『日本銀行は信用できるか』
浅川芳裕著『日本は世界5位の農業大国』
飯田泰之著『経済は損得で理解しろ!』
高橋洋一著『日本経済「ひとり負け!」』
田中秀臣著『デフレ不況 日本銀行の大罪』
宿題に取り掛かる前の心境だけ述べさせてください。
> 欲望がマクロレベルで充分な成熟化を迎えるとは到底考えられません。
欲望の抑えようとするのも、また、欲望です。
> 実体経済が飽和したというより、
> 遍在させる正当性と制度自体の弱さと判断します。
座して構えるよりも、積極的に行動することで、救えるものがある。
一方で、何もしない、という作為(起こってから考える)をどう位置づけましょう?

沈思黙考 | 2010年06月30日 17:34

沈思黙考さんへ(その2)
クルーグマンの98年出版の著作「資本主義経済の幻想」内の「資本主義は生産力過剰に陥っているか」という章が興味深いです。

97年に行われたフランス総選挙で誕生したL・ジョスバン社会党政権の経済ドクトリンをクルーグマンが批判しています。(ちなみに萱野稔人氏はこの時代にフランス留学をしていました。)
クルーグマン名づけるところの「global glut doctrine」(世界規模の飽和停滞説」は歴史的に見れば産業革命以来懸念されてきています。特に1930〜40。50〜80は影を潜めていたが90年代以降はまた盛んになってきたそうです。

クルーグマンはこの説の前提条件を抽出して、検討します。
1)グローバルな生産能力は例外的なまでの速さ、おそらくは前例のないほどの高い伸び率で増大しつづけている。
2)先進国の需要は、潜在供給力の増大に追いついていく事ができない。
3)新興経済圏の成長はグローバルに見て需要面より供給面でより大きく貢献するであろう。

以上は現状あるいは将来的に正しいのか?
統計的に見れば1)2)は否定され、3)は中国などの例外国を除けば、輸入すなわち需要面での貢献が大きい。

結論としては
>ごく一般的な経済論議はどちらかと言えば統計数字を持ち出すより印象や逸話に頼りがちである。

但し3)に関しては最近の傾向は違ってきているかもしれません。

まぐ | 2010年06月30日 11:52

沈思黙考さん
>バブル(=信用創造)あってこそ、資本主義たりうる

方向性としては、信用創造の恣意性は時間の経過とともに成熟化して行くという、それこそマクロ的に見るというあり方はあると思います。
もう一つの方向性として規制の方向性があります。
大恐慌を経験した経済学者たちの一部も色々と考えていたようです。
シカゴプラン
http://a1morino.blogspot.com/2008/12/blog-post_25.html
>研究された改革プランはシカゴ・プランとして知られるようになった。1933年にシカゴ大学の教授たち、ヘンリー・サイモンズ、フランク・ナイト、アーロン・ディレクター、ガーフィールド・コックス、ロイド・ミンツ、ヘンリー・シュルツ、ポール・ダグラス、A.G.ハートのグループが書き上げたメモのなかで定式化され、『100%マネー』と題された書物で有名なアーヴィング・フィッシャーが強力に提唱したものである。

1837年、1873年、1907年、そして1929年から1934年の厳しい金融危機の基礎にある基本的な通貨上の原因を明らかにして、シカゴ・プランは通貨発行における政府の完全な独占と、銀行に預金に対する100%準備を確立することで貨幣ないし貨幣類似物の創造を禁ずることを要求した。

>アーヴィング・フィッシャーが述べているように、「100%プランの本質は貸付から独立した貨幣を作ることである。すなわち、銀行の業務から貨幣を創造し破壊するプロセスを分離することである。付随的な結果にすぎないが、銀行業はより安全でいっそう有益なものになるだろう。しかし断然、最も重要な結果はこれまで人類の経済上の大きな災厄であり、主に銀行業から生じた周期的なインフレとデフレを終わらせることで大好況と不況を防止することであろう。」

>シカゴ・プランの強力な支持者には、モーリス・アレとミルトン・フリードマンがいる。両者とも裁量的なルールを批判し、実体経済の成長と年2%の軽度なインフレに沿った貨幣供給の伸びをセットすることよりなる固定したルールを望んだ。フリードマンよりもさらに、アレは100%預金準備の支持者であることを公言していたし、当座預金勘定向けの100%リザーブの銀行業務と融資活動向けの投資銀行業務との銀行業務の分離を支持していた。(引用終)

私も規制は必要と思っています。
欲望自体は否定できませんが、欲望がマクロレベルで充分な成熟化を迎えるとは到底考えられません。
特に特に欲望の塊のような短期の投機マネーは経済の撹乱要素しかなく、重税をかけるべきだと思っています。更に言えば、人権>貨幣であるべきだと思っているので、貨幣が偏在ではなく遍在する仕組みを国家群は作るべきだと思います。
その意味で言えば実体経済が飽和したというより、遍在させる正当性と制度自体の弱さと判断します。
以下は知人が入っているゲゼル研の考察です。(記事の下)参考になると思います。
http://grsj.org/grsj-colum/

まぐ | 2010年06月30日 07:13

本編
萱野先生のマクロ経済学観(「世界資本主義の構造転換」)に、
違和感を持ちました。
PART2 4分30秒頃〜
「(実体経済の飽和した欧米では)国内にバブルを作るしかない」
私自身、バブル=悪、ってイメージを刷り込まれちゃってましたから、
脱洗脳するにあたって、まぐさんに色々とお尋ねした訳ですが、
バブル(=信用創造)あってこそ、資本主義たりうる、
これがマクロ経済学の教科書とじっくり向き合った私の結論です。
実体経済=堅実≠バブル(萱野先生的には、バブル=虚業?)
ってイメージは、資本主義を徒らに貶める、
悪い意味での錯覚だと思います。

PART2 7分頃〜
「資本主義はグラついている」
資本主義そのものが行き詰まっているのではなく、
信用創造=バブルを起点として、
主要なプレーヤー、或いは、主要産業が入れ替わりつつある・・・
歴史的ダイナミズムを見ているに過ぎないのではないでしょうか?

沈思黙考 | 2010年06月29日 12:56

>>toyokawa | 2010年06月26日 11:48

 お返事が遅れました(汗)

 スティグリッツ発案の政府紙幣発行論ですか。まあ、日銀が新規国債を引き受けするだけで同様の効果があるので、そっちの方が手っ取り早いかなという気はしますが、どちらにしろ政治的には賭けですね。とはいえ、ゼロ金利制約下でデフレを克服する場合は、(日本の現状を鑑みるに)積極財政くらいしかないわけですから、政府紙幣発行のシニョリッジで非中立型財政政策に打って出るという方法論は間違っていないと思いますよ。

 ただ、よくあるハイパーインフレ懸念を払拭するためにも、経済中立な財政へ復帰する出口政策(ある意味でインフレ目標)にコミットしておかないと問題ですよね。打ち出の小槌みたいにダラダラ続けてると、日銀が貨幣のコントロールを失う(※平時は中立型財政政策にしておかないと金融政策の効力が弱まるため)事態に発展して、ジンバブエ化が現実的なリスクに。

 あと、積極財政によるデフレ克服で最も重要なのは、消費者に「財政政策で恒常所得が増加する」と信じてもらえるようにしなければならない点ですね。ようするに、将来の増税懸念や年金不安を伴わないかたちで財政出動(ないし減税)を実施できるかどうか。財政運営が信頼されていないと、むしろ消費を冷え込ませる(物価が下落する)結果にもなり得ます。

 それなら、いっそのこと財政運営を信頼してもらえるようにしてから、積極財政に移った方が確実かもしれませんね。だから、あえて「強い財政」とかアドバルーンを揚げて消費税引き上げれば、一般国民は「これだけ増税したんだから、しばらく増税は(政治的に)出来ないな」と思って積極財政が奏功しやすくなる…なーんてことを、菅首相&官僚は考えてるんじゃないんですか(笑) どーせ消費税引き上げでデフレが昂進したとしても、シニョリッジで積極財政を打てばイヤでもインフレが起こるので…と、ここまで考えてみても、やっぱり政治的には賭けですね。

万休和尚 | 2010年06月29日 04:09

あ、すみません。それから、先ほどの白色光についての追記です。(肝心な点が抜けていました。難しい点です。)

? 明るいの反対、盲目性(主に心理的な意味での盲点) つまり、明るさによって目がくらんだ状態(明順応)において影になったエリア。

そのような要因による事故。すなわち「不幸な事故」の被害者になりたくないといった不安。と同時に、管理型権力としての正当性「サーチライト」によるプレッシャーの脅威。

光の拡散性(、乱反射、グレア)による見えにくさ、がもたらす事故は、国家権力によってもみ消される。

これとリンクして、強い魅力によって他者をコントロールし、破滅させてやろうといった、無意識的な欲望。たとえば「ファム・ファタル(運命の女)」に象徴されるような悪。「私の魅力によって、目がくらみ、コントロールされ、事故」といった隠れ欲望の具現化としての、都市、生活環境における、光のあり方。などなど。

おっさん | 2010年06月26日 13:10

神保さん、宮台さん、ビデオニュース.comスタッフの方々、こんにちは。

番組のテーマとはほとんど関係ないのですが(恐縮ながら)、スタジオの照明について申し上げます。

結論から先にいいますと、行く行くは5金のときなどに、照明の種類やトーンを変えてることをご検討いただけないでしょうか。これは「公的なるもの」へのニーズの多様化や、ワークライフバランスや、少子化対策などに関連するとことだと思います。(まあ、マル激はテレビではないので、端末機(PC)が家庭照明としてのはたす役割面積は、比較的小さいのですが、、。しかし実質的なシグナルとしてと同時に、それは象徴として機能しています。)


それは電気スタンド一個あれば実験できます。 

(極端な例を出せば、「新しいゲームが始まった」の回の、コペンハーゲンの飯田さんの師匠宅のリビング(マティスの絵のある)はとても象徴的でした。)


以上です。

あとは、日本のテレビにおけるひとつの自明性としての白色照明と、それにリンクする家庭(リビング)照明、ひいては、日本社会における環境管理型権力としての白色光の使いすぎ(無自覚、自虐性)が、戦後の生活空間や市場においてある種の閉鎖的独占傾向(中毒性)として機能してきたことなどについての、つたないながらも簡素な 仮説 です。日本社会におけるひとつの自明性である白色光によって発生する既得権益はどこにあるのでしょうか?それは旧産業構造にもかかわることではないでしょうか?「どうでしょうかみなさん?いかがでしょうか?」


? 白色光は高度経済成長期に、「戦後の暗い影をぬぐうように」新しい家庭を照らし出した。(劣等コンプレックス)

? それは「生産性を上げる」ためにいわば国策的に(あるいは?でのコンプレックスとして)使用された。また、それは市場において「客の回転を上げる(スピードを増す)ために」氾濫した。(公共性やセキュリティーとしての強い正当性、その象徴。あるいはタフラブ的なストレッサーへの無自覚的な同調。)

? それは「カンフル剤」のように使用された。(ワークライフバランスにおける「働きすぎ」にかかわる埋没性(木を見て森を見ず)として。?における強い正当性、世間の空気への全体主義的な同調圧力)

? 「ムードなど、男子たるもの求めるべからず」的な世間体。あるいはプロパガンダとしての「そんなこと気にしてたら生きていけないよ」。つまり白色灯の正当性は強いが、その反動としてムードや弱さが怪しまれるといった、歪んだ保守性。(禁止されたセックスと、その反動としての自虐性を強いるコンプレックスのようなもの。「ふるさと」「辛抱して勤めなあかんよ」「お国のために」→グレートマザーにかかわるもの?)

? 色温度の低い光、たとえばほのかなオレンジ色の街灯は夕夜の青と調和しやすいが、色温度の高い白色光はある種の「傘」を形成し宇宙観を閉鎖的なものにする。つまり生活埋没を促す。自然観の排除。「行き過ぎた市場主義」とは実はここにあてはまるのではないか?


などなどです。。

おっさん | 2010年06月26日 12:48

万休和尚さん

色々お書きになっていますが日本政府がデフォルトするリスクがほとんどないことに対する反論になってません。デフォルトってのは金繰りが回らなくなることです。日本政府の金繰りが回らなくなる心配はありません。

日本政府は子会社として日本銀行を持っており、日本銀行は資産に対して日本銀行券(お札)を刷れます。極端な話、閣議で和紙に「50兆円」と書いて全閣僚がサインし内閣印を押して日銀総裁を呼び出し、「これが50兆円だ。これを渡すから一万円札50億枚刷って持って来い」と命令すれば日銀券で50兆円手に入るわけです。抵抗したらクビにして新しい日銀総裁を任命すればいいだけの話です。

50兆円あれば子ども手当は満額支給。高速道路は東名名神や首都高など渋滞リスクのあるところ以外は全部無料化。小児科や産婦人科や救命救急医療への保険点数のゲタも履かせ放題。橋や道路の補修、不要なダムを壊して自然に戻す公共事業もやり放題。東京の完全電気自動車化や全域無線LANエリア化など成長分野に投資してもお釣りが来ます。

結果、あっという間に完全雇用状態になり大好況でしょう。自殺対策の清水さんが失業する心配がありますが、再就職口はいくらでもあります。正社員の既得権益剥奪や事業仕分けはそうなって初めて可能になります。

こんなことをすれば円安になってインフレになるから大変だと言われるかもしれません。確かに円安インフレに振れることは間違いないでしょう。しかしそもそも現在、日本は円高とデフレで困ってるわけです。50兆円ごときでハイパーインフレになるヤワなデフレ体質ではありません。正直なところ、なぜ信用拡大型の経済政策をしないのか。消費税なんて上げる必要全くないのに。

toyokawa | 2010年06月26日 11:48

http://www.nicovideo.jp/watch/sm11174048

小野善康(菅政権の理論的支柱)vsクー
計画経済系のケインズ派とデフレ不良債権説の一派(バランスシート不況)
万休和尚さん、こんな理解でよろしいんでしょうか?
なんか珍獣の異種格闘技戦を見ているような。。

まぐ | 2010年06月26日 07:42

>> toyokawa さん

【債権大国であることについて】
 日本が世界一の債権国であることをデフォルト回避の好材料とするならば、同時に「債権回収が不得意」という悪材料を軽視すべきではありません。事実、リーマン・ショック以降、アイスラインドの円建て外債が焦げ付き始めてますし、ドル安傾向にあることで米国債の価値も下がりつつあるのも気になります。日本政府には債権回収についての基本戦略がないか、あるいは恐ろしく心許ないものであるようです。

 極端な話、借金は常に踏み倒されるリスクを伴います。「貸したら必ず返してくれるだろう」というのは、勤勉な国民性に基づく幻想です。ようするに、世界一の債権国であることが財政危機のリスクを帳消ししてくれるとは必ずしも言えないのです。むしろ債権大国であることに恃み過ぎれば、外国の債務不履行が致命的となる財政運営となり、それによって(「デフォルトされたくなければ金をよこせ」といったように)内政干渉される危険性すらあります。

【参考】
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/p/52/

万イ木和尚 | 2010年06月26日 01:15

>> toyokawa さん

【財政再建について】
 財政再建派に対する批判については同感です。「今すぐ財政再建すべき」という議論は非現実的かつ危険なものだと思います。私の問題意識は、「政府はリスク選好的であるべきか、リスク回避的であるべきか」という一点に絞られます。将来的なリスクに大して無防備なままで良いのかどうかということです。

 toyokawa さんは、デフォルトのリスクが無視できるほど小さいことを「ゴジラの襲来」という比喩で表していますね。他方、私個人の感覚としては、そのリスクを「中国の国土侵略」に近い性質のものと考えています。現状、中国が日本に攻め込んでくる可能性は極めて低いですが、だからといって国防を蔑ろにしていれば付け入る隙を与えてしまいます。すなわち、政府は国防に関して「リスク回避的」な態度を採ることが期待されているわけです。

 確かに円高デフレや中小企業の倒産、高水準の自殺率といった諸問題を解決すべく努力するのは極めて重要です。その点についてはまったく異論はありません。しかし、それらは今すぐ取り組むべき懸案、すなわち緊急的・短期的な問題であり、財政再建とは本質的に別問題です。

 実際、財政再建は「不確実性に備える」という意味で国防に近い性質を持ち、中長期的な視点で考える必要があります。例えば、「自殺者が毎年3万人を越えているというのに、沖縄に海兵隊を駐留させている場合か!」などと言われたら、何か論理がおかしいなーと感じますよね。

 つまり、国家財政を安全保障の一種と考えたとき、政府は国防同様にリスク回避的であるべきだと思うのです。そしてリスク回避的な立場からすれば、萱野先生の指摘も(中長期的には)傾聴すべきものに聞こえます。

万イ木和尚 | 2010年06月26日 01:14

万休和尚さん

>現状、日本政府の利払い能力は、少なくとも向こう十年間程度は確実視されています(※それが円高の理由ですね)が、それ以上となると事態は流動的です。事実、十年後の未来となると、誰も正確には予想できないでしょう。すなわち、現在の乳幼児が成人する頃まで利払いが続けられる保証は、残念ながら、ないのです。

「もしかしたらゴジラが来るかもしれない」みたいな議論をして、目の前の円高デフレ不況、現実に起きている中小企業の倒産、自殺の高止まり、地方の疲弊、若年層の深刻な就職難、それに伴う出生率の低下などに眼をつぶるのは亡国の議論だと思いますよ。

そもそもゴジラは来ません。世界一の債権国である日本のデフォルトを心配するのは赤道で凍死を心配するがごとき議論です。

財政再建至上主義論者の不愉快なところは、ほとんどあり得ないリスクを針小棒大に強調し、現実に起きているマイナスを全く見ようとしないところです。バランスが悪すぎます。

toyokawa | 2010年06月25日 11:43

>>toyokawa | 2010年06月22日 20:23

>起こる合理的な理由がないでしょう。

 「起こり得る可能性は少ない」という点については同意します。一方で、その予測には「日本政府が現状通りに利払いを続けることが出来るならば」という前提条件が隠されている点を意識する必要があるのかな、とも思います。

 現状、日本政府の利払い能力は、少なくとも向こう十年間程度は確実視されています(※それが円高の理由ですね)が、それ以上となると事態は流動的です。事実、十年後の未来となると、誰も正確には予想できないでしょう。すなわち、現在の乳幼児が成人する頃まで利払いが続けられる保証は、残念ながら、ないのです。

 また、投資家が完全に合理的な判断で動くのであれば、現状のまま突き進むことも可能だと思われますが、市場というものは(究極的には)不確実な人間心理に依るところがありますので、将来的なリスクは出来る限りヘッジしておきたいものです。

 つまり、今のところは「自国バイアス」の影響もあって安定している国債市場ですが、これから先、国内の投資家心理を豹変させてしまうような「蟻の一穴」が起こらない保証はありません。よって、萱野先生の問題意識は妥当なものだと考えられます。

万休和尚 | 2010年06月24日 17:40

本編補足

「中国が資本市場を開放したら日本の国債が国内で消化できなくなるとかいう噴飯物の議論」について:

日本は今だって米国の国債も米国の株式も欧州の債権も株式もオーストラリアやブラジルの(以下略)、何でも買えるわけです。額面金利数%の金融商品が選り取りみどりです。にもかかわらず日本国債が売れに売れて、世界最低の1.3%というバカみたいな金利で即売しています。

たとえ中国の資本市場が開いたとして、上の状況に劇的な変化が起きますか? 起こる合理的な理由がないでしょう。

ということです。

toyokawa | 2010年06月22日 20:23

マルコメ追加

都条例否決に拍手喝采した学生さんたちに対して宮台先生が言いたくて言えなかったことは私にも伝わってきましたが、まあ、大丈夫じゃないでしょうか。

私たちの年代で言えばユーミンやJohn Lennonみたいな存在なんですよ。宮台先生は彼らにとって。ちなみにジョンが死んだのは40歳です。

単にきっかけのメディアがラジオや雑誌ではなくネットなだけです。コアがクチコミであることは昔も今もたぶん共通しているのではないかと。

toyokawa | 2010年06月22日 14:06

本編

面白かったです。やっぱりいろんな視点が大事だと思いました。

日米欧の先進三極をごく単純化すると

・社会は自分たちで作るものと本気で考えているのが米国(まだ市民革命)
・社会は所与のものだと本気で考えているのが日本(まだ封建主義)
・社会は実態は所与のものだけど自分で作るものと考えようというのが欧州

要するに欧州がいちばん成熟した社会だと感じることが多々あります。

まあ「東アジア共同体」などという日本にとってデメリットばかりの構想は捨てて、欧州や米国と握るのが日本の国益でしょう。庄司先生に同意です。

気になったのは、「経済的な豊かさは他国を搾取することが前提である」という神保さんの思い込み。それは全く違います。ドラッカーが言うように、後進国はマネジメント後進国です。豊かさの合計はゼロサムではありません。

中国が資本市場を開放したら日本の国債が国内で消化できなくなるとかいう噴飯物の議論もありました。こういう話は本当にガックリ来ます。

全体を通して、欧州は今回のギリシャショックを乗り越えるだろうなと感じました。賢い人達がハンドリングすればモラルハザード問題は修正可能ですから。

toyokawa | 2010年06月22日 13:43

マルコメ

単純な官僚批判は個人の責任を免除する恐れがあるということは、言い換えると、単純な国家批判は社会の役割を見逃すこと恐れがあるということですね。反省仕切りです。

菅総理は「社会の問題と経済(ないし雇用)の問題を一挙に解決する方向」を志向しているようですが、依然として社会の穴を経済で埋めるという感覚が前提になっている気がして違和感があります。あるいは、経済成長と福祉という異なる次元のものをごっちゃにしているような印象を受けます。

あと、「雨漏り」の比喩が個人的にはしっくりきません。雨漏りをしているなら、バケツを買わなくても屋根修理サービスを市場で調達すればいいだけの話…ではないでしょうか。

ともあれ、自治会の掃除に顔を出さない近所の人を掃除に巻き込むことから始めようと思います。

kimukimui | 2010年06月22日 12:02

マルコメ

日本の教育支出がOECD比で低いのと同様、日本の医療福祉支出もOECD比では最低レベルです。どうして宮台先生が医療福祉への支出拡大を否定的にとらえるのか理由がわかりません。

また、外貨の問題をことさら強調するのもどうかと思います。現実に日本は経常黒字なんですから。ここは医療福祉を含めた内需寄りに舵を切るのは当たり前だと思います。

望ましい社会を作るための経済政策を語れという宮台先生の意見には完全に同意です。そして望ましい社会を作るためには最低限でも経済成長が必要であるとの飯田さんの意見もその通り。経済成長の必要条件はデフレ脱却です。論理的に言えばデフレを脱却することが良い社会を作るための必要条件でしょう。作るべき「社会」の設計図は宮台先生のご意見に賛同するものです。

規制緩和の議論は「する、しない」の量的な話に終始した印象です。問題は規制の質でしょう。タクシーの量的規制緩和みたいな、全世界で失敗した規制緩和を日本でやったらやっぱり失敗しましたみたいなマヌケな規制緩和は今後ともやってはいけないと思います。環境規制も強化の方向でしょう。一方で解雇規制は緩和するべきです。「規制」を十把ひとからげに議論するのは危険だと思います。

消費税10%に関する神保さんの違和感を私も共有します。むしろ宮台先生の話のほうが違和感ありました。なお、子供手当は「税収が足りないからこそ」満額出すべきものです。

経済政策以外のコメントに関しては非常に納得できました。さすがマル激です。

都条例の件に関しては、宮台先生に「おめでとうございます」と申し上げます。いや、違いますか。「ありがとうございます」が正しいですね。

toyokawa | 2010年06月22日 11:07

今回のマル激を視聴して改めて民主主義とは西洋人が考え出したものだということを実感しました。
失われた50年ぐらいになりそうです。。。

Devaun | 2010年06月22日 01:54

CO2削減=産業構造改革論は一昔前は成立したけど、少なくとも太陽光は中国の独壇場になりつつある。風力はデンマーク、アメリカなどの会社が上位を占めているようだけど、数年後にはどうだか?技術的優位が数年で失われる状況での国家主導での産業育成は理論的に不可能ではないだろうか。

tk | 2010年06月21日 23:11

二大政党制の場合、有権者は結局あれかこれかの選択になるわけだから、理念の無いところで細かいマニフェストを掲げられたところで、多分有権者は読まないだろうし、検討もしないと思う。

有権者が選択できるのは、競争に重点を置いて経済成長路線で行くのか、再分配や福祉国家の路線で行くのかという大雑把な選択しかできないので、国家像や理念のないところで似たようなマニフェストを掲げられててもねぇ、選択の仕様がない。

経済成長路線で行くなら、飯田さんの言うように所得倍増とまではいかなくても、そんなようなことを理念に掲げたり、福祉国家路線で行くのなら「10年で北欧並みの高福祉社会を目指す」とかいう国家像や理念を掲げれば、ひょっとしたら、消費税を10%どころか15%にしても受け入れられるかもしれない。

同じ消費税引き上げでも、国家像や理念の違いによりその意味付けは変わってくるのである。

それを超党派で検討していきましょうなんて言って、選挙の争点にはしないように目論んでいるのだから、理念なきマニフェストは、目先の票しか皮算用しない(それはマニフェストには書かれていないとか言うような)小さい政治家しか生み出さないでしょうね。

ケネディは、「君達が国家のために何ができるのかを考えろ」と言ったが、偉大な政治家は、自分の国家像や理念を掲げて、それを達成するために、政治と官僚、経済と社会の役割分担を明確に示すことができる人なのではないかと思ったりする。

toshiaki | 2010年06月21日 22:30

大局的な意味論に走る萱野先生と、EU の現実から解きほぐす庄司先生の
ハーモニーが絶妙でした。悶々とした後味が残るマル激の醍醐味が出て
いたと思います。

tawi | 2010年06月21日 13:23

確かにEUの歴史等勉強になったが

もう少し経済の専門性を持った方にギリシャの問題を聞きたかった

あーちゃん | 2010年06月20日 12:11
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