マル激トーク・オン・ディマンド
誰のための教育改革なのか?
マル激トーク・オン・ディマンド 第351回(2007年12月22日)
誰のための教育改革なのか?
ゲスト:藤田英典氏(国際基督教大学教授)
 12月5日、06年に行われた各国の15歳の学習到達度を測るPISA(Programme for International Student Assessment)の結果が発表され、日本は03年に引き続き、順位を落としたことが大きく報じられた。PISAには「科学的リテラシー」、「数学的リテラシー」、「読解力」の3科目があるが、確かに日本はいずれの分野でも順位を落としている。その結果を受けて「国際的にも、日本の学力は低下し続けている」との危機感から、早速「教育再生会議」は、理数系教育の充実をうたう内容を12月末発表の第3次報告案に盛り込むという。
 しかし、各国の教育制度に詳しい教育社会学者の藤田英典氏は、PISAの結果への日本の反応を過剰と指摘する一方で、メディアも教育再生会議も、今回のPISAの結果が示す日本の教育の重大な問題点を見落としていることに懸念を表する。
 例えば、全科目で1位、2位を占めたフィンランドと日本のレベル別の成績を比べると、成績最上位者の割合はほとんど変わらない。少なくとも15歳の段階では、日本にも世界の中でもトップクラスの優秀な子供が多いのだ。しかし、日本が全体としてフィンランドよりも低くランクされている最大の理由は、日本の成績最下位者の割合がフィンランドの倍以上あることだ。つまり、フィンランドの成績の高さは、成績下位者のかさ上げがうまくなされ、全体として成績が高いことであるのに対し、日本はできる子とできない子の差が開いているため、結果的に全体の評価が悪くなっていると藤田氏は指摘する。
 これは、まず日本の教育が直面する課題は、できる子を更に鍛えることよりも、「落ちこぼれ」の手当にあることを示唆していると、藤田氏は言う。
 藤田氏によると、フィンランドは、88年に義務教育課程での習熟度別学習を廃止し、少人数によるグループ学習へと教育政策を転換している。さらに教師の質を向上させ、生徒個々に合わせた細かい指導を行い、落ちこぼれをつくらない体制作りを進めてきたという。一方、日本では、4分の3以上の小中学校でできる子を伸ばすことに力点が置かれた習熟度学習が導入されている。つまり、現在日本が行っている「教育改革」の方向性は、義務教育段階から教育機会を差別化するような内容であり、その意味でもフィンランドなどが行ってきた改革の成功例とは逆の方向に向かっていると藤田氏は語る。
 その他にも、世界の多くの国が日本の教育制度をお手本として改革を進める中、日本は「改革」の名のもとに過去20年の間、むしろその財産を捨てる方向へ邁進していると藤田氏は言う。70年代の受験競争の過熱から「教育の危機」が叫ばれ、臨時教育審議会から、教育改革国民会議、教育再生会議と、次々と日本では「教育改革」が行われてきたが、藤田氏によると、そのかなりの部分が、教育に対する専門的な知識も持たない「識者」とおぼしき人々が、場当たり的な施策を打ち出してきたに過ぎない。
 こうなるとそもそも日本の教育改革が一体誰のためのものだったのかさえ、怪しくなってくる。なぜ日本の教育改革はこのような惨状を続けているのか。日本の教育が必要としている真の改革とは何なのか。
 事ここに至ってもまだ次々と新たな改革案が出される中、「日本は改革のための改革を続けてきた」と憤る藤田氏とともに、教育改革のあり方を根本から考えた。
藤田 英典ふじた ひでのり
(国際基督教大学教授)
1944年石川県生まれ。69年早稲田大学政治経済学部卒業後、75年東京大学大学院教育研究所修士課程修了、78年スタンフォード大学教育系大学院修了。名古屋大学助教授、東京大学教育学部助教授を経て、91年、同教授に就任。00年教育改革国民会議委員。05年中央教育審議会義務教育特別部会委員を歴任。03年より現職。著書に「教育改革のゆくえ」、共著「誰のための『教育再生』か」など。
この記事へのコメント

 日本の教育に欠けてるのは、内容面では実践的な記述だと思う。記述が抽象的だよ。歴史もさ、現代に近い所から教えた方が面白いんじゃないかな?。後は、社会に出るときに必要な生活保護とかの最低限の情報くらいは与えとかないとね。あまりに公的制度の利用についての情報が与えられてないわ。

 授業の形式面で言えば、授業のスタイルもそう。アウトプットほとんどないし。教師の質なんてのは言い出したらキリがないから、形から変えた方がいいと思う。

きんさん | 2008年07月28日 06:52

何を呑気なことを言っているのだろう。事態ここに至っては、やることは1つしかない。「ゼロトレランス方式」の容赦のない徹底。「教育学者」という分かってなきゃいけない人がこのザマなのだから、呆れてものが言えない。

通りすがり | 2008年03月21日 11:56

番組中でも指摘されていたように、大学も、初等、中等教育と同様に日本が抱える重要な教育問題のテーマであると思います。
昨今の大学の現状は、少子化、規制緩和の影響で改革という名の迷走を続けているように見えます。次に教育問題を扱うときは、是非、大学問題をテーマしてください。

くじら | 2008年01月03日 10:22

政治家が教育学者を重んじるだけで問題の多くは解決するんじゃないだろうか。多様な意見を聞くのは議論のベースがしっかりしてからでも遅くないと思う。

k | 2007年12月28日 02:14

現代の学生が(岩波文庫をほぼ網羅しているのは当然として)浅田彰の『構造と力』を500回以上読んで完全暗記したうえに脳内で毎日自動再生しているとしたら、旧帝大の頃の学生さんって、実は岩波新書をかじった程度(笑)。

ワロスwwwwwww | 2007年12月25日 18:02

教育の前提やら定義やら何やらから議論を始めるとなると、
もう、教育とは永遠のテーマなんでしょうね。
それ自体が議論の対象だってゆー
フガフガ

無記名 | 2007年12月24日 22:56

日本の教育はすでに米国と同様、ものすごい詰め込み教育&研究開発&論文生産体制に入ってる。英語で理路整然としたレポートを書くことも多いし、いろんな角度からプレゼンの訓練も受ける。文化資本に恵まれてるから当然といえば当然だけど。ところで、最近気づいたんだけど、旧制一高や旧帝大の頃の学生さんって、意外と勉強してないねw 当時の読書水準に思わずワロタww

あ | 2007年12月24日 06:40

20年後はフィンランド、韓国、台湾が有望だろう。教育の効果って、あとから徐々に効いてくるから。ところで、知能は高い方がいいに決まってるし、経済力とノーベル賞と豊かな国民生活は関係あるし、ニュースとしても面白いことは言うまでもないし、多くの国民が修士程度でもいいな。その方が話のネタも所得も増えるから。

??? | 2007年12月24日 06:06

グループ学習よさそうですね、是非日本の学校でも取り入れられるといいと思います。
教育の場は、知識を得る場であり、競争の場ではないと思います。
知識は「物」よりもずっと大切な財産です。正しい価値観が自然な形で身に付く学びの場所ですよね。

でも、ゆとり教育の前からも、日本の教育って一方的に押し込まれるだけだったような?
考えて自分の意見を議論できる力を子供のときから培っておかないと、外に出たとき大変です。反対に議論する力が身に付いていれば、英語の勉強は多少遅れても十分まにあうと思います。

kayo | 2007年12月23日 22:52

 神保氏の最初の質問の「テストの点数が下がったということがどれだけ重要か?」が教育問題の根幹と考える。藤田氏の「騒ぎすぎ」という意見には賛同する。テスト学力が上がっても、経済が衰えたり、日本人が不幸になったり、本末転倒である。
 また話題になった「ノーベル賞の学者を育てる」ということも、それが国民生活を豊かにすることにつながるかは疑問である。オリンピックの金メダルのようなもので、国民生活に関係はないがニュースとして面白いだけではないか。

 宮台氏が指摘する基礎教育が大事という点には賛同する。一方、高等教育はごく一部の者にしか必要ないのではないか。東京大学の齋藤氏の分析では、高等教育に進学することで稼得能力が下がることを示している。
http://keijisaito.info/econ/jp/gjk/j2_wage_data.htm
 中間目標であるはずのテスト学力の向上が、最終目標である幸福からずれてきているように思える。

手塚 晋吾 | 2007年12月23日 10:52
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