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マル激トーク・オン・ディマンド 第397回(2008年11月08日)
米大統領選挙スペシャル オバマのアメリカを展望する
| ゲスト: | 古矢旬氏(東京大学大学院教授)、 |
| 杉浦哲郎氏(みずほ総研チーフエコノミスト) |
オバマのアメリカが誕生する。4日行われた米大統領選挙で、民主党のバラク・オバマ上院議員が、同じく上院議員で共和党のジョン・マケイン候補に圧勝した。アフリカ系アメリカ人初の大統領となるオバマ氏は「たどり着くのに時間はかかったが、今、この選挙で、この瞬間に、アメリカに変革が訪れた」と勝利演説で述べ、多くの人の胸を打った。
今回のマル激は、米大統領選挙スペシャルとして、オバマを選んだアメリカが今何を求め、どこに向かおうとしているかを、2人のアメリカウォッチャーと議論した。
ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデルはオバマの勝利について、「アメリカはブッシュのCOMMON GOOD(共通善)を否定した」と指摘し、ブッシュのアメリカを、「COMMON GOODの希求に政府は関与せず、個々人が自らの利益を最大化することに集中」するものだったと総括した。そして、その否定の上に選ばれたオバマ政権の課題は、政府に何ができるかを示すことになるが、個々の帰属集団の要求を寄せ集め、そこにばらまきを行う旧来のニューディール連合的なCOMMON GOODに戻ることも、もはや許されないとして、「個々人が公的貢献を行う見返り」に政府が富の再配分を行う新たなアメリカのCOMMON GOODの基準を作ることになるだろうと予見した。ここでいう公的貢献とは、兵役や地域でのボランティア、コミュニティサービスを指す。
確かにオバマ氏は、人種、性別、所得分布から見ても、幅広い層からの支持を集めて、圧倒的な勝利を収めた。過去2回の選挙でレッドステート(共和党支持州)とブルーステート(民主党支持州)に真っ二つに分断されてきたアメリカの政治地図が、オバマ氏支持の一点で、12年ぶりに塗り替えられた格好だ。
オバマ氏を支持した人の多くは、政府はできる限り何もしない方がいいとの立場を貫いてきたブッシュ政権に背を向け、政府が現在の窮状を救ってくれることを期待した。しかし、彼らの要求をすべて満たすだけの国力は、もはやアメリカには残っていないし、グローバル化した時代状況もそれを許さない。
とすると、オバマ政権が発足しても、すぐに自分たちに見返りが無いことがわかると、早晩支持者たちの離反を招く危険性は常に付きまとう。しかし、その一方で、今回オバマ氏を支持した人たちの中には、単なる短期的な見返りを期待して一票を投じたわけではない人々が大勢いる。それは、ミレニアルズと呼ばれる若年層であり、東部のインテリ階層でもある。
そうした状況の中で、オバマ政権はアメリカに対して、そして世界に対して、どのようなCOMMON GOODを提示できるのか。
番組前半は選挙結果とオバマ氏の勝利演説を通じて、オバマ政権の課題を占った。マイノリティからの圧倒的な支持に加え、オバマ氏が白人票の43%を得た(CNNの全国出口調査)ことは、明らかに若い世代で人種の垣根が下がっていることを示す。しかし、それと同時にオバマ氏も、従来の黒人政治家とは異なり、黒人独特のルサンチマンや抗議を行わない新しいタイプの政治家だ。初の黒人大統領として、これまで人種面で分断されてきたアメリカが、オバマ氏の大統領就任でどう融合されていくのかに注目したい。
またブッシュ政権下で実施された新自由主義的な政権運営は、アメリカに大きな格差をもたらした。一部の成功者が巨万の富を得る一方で、所得の減少は白人にまで広がり、格差は耐えられないまでに拡大した。オバマ政権にとってある程度の再配分政策への回帰は不可避だと思われるが、同時にアメリカを震源地とするグローバル化の波は、もはやとどまるところを知らない勢いで世界を席巻している。言いだしっぺのアメリカだけが、資本の再配分や保護主義に戻ることが許される状況ではない。そこでもまた、オバマ政権は困難な選択に直面するだろう。
金融問題についても同じことが言える。危機を招いた金融の過度の自由化に対しては、一定の規制強化が必要だろうが、ここまで自由に世界を飛び回るようになったマネーの流れを、果たして本当に規制できるのか。また、それを規制することで、世界経済にどのような影響を及ぼすのか。
その一方で、現在の金融危機を乗り切るために、アメリカは膨大な公的資金の投入を余儀なくされている。一説には来年度の財政赤字は1兆ドル(100兆円)を超えると言われる。オバマ政権は金融危機と莫大な財政赤字という負の遺産をブッシュ政権から引き継いでの船出となる。今後も、危機の回避と景気回復のためにアメリカ政府は惜しみなく財政出動を続ける他に実際のところ選択肢はなさそうだが、そうすることで財政赤字はさらに膨れ上がる。早晩、米ドルの基軸通貨としての地位の維持は困難になるだろう。もしかすると、アメリカの国際的な地位の低下をアメリカ人に納得させることが、オバマ政権の最も重大な仕事の一つとなる可能性が大きいのだ。
オバマのアメリカを展望しながら、そこから日本が学ぶべきことは無いのかを議論した。
(今週は特別番組のため、ニュース・コメンタリーはお休みします。)
マル激トーク・オン・ディマンド 第365回(2008年03月29日)
08年大統領選挙でアメリカは何を選択しようとしているのか
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マル激トーク・オン・ディマンド 第387回(2008年08月30日)
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ゲスト:町山智浩氏(映画評論家)
マル激トーク・オン・ディマンド 第395回(2008年10月25日)
初物づくしの米大統領選を10倍楽しむために
ゲスト:吉崎達彦氏(双日総合研究所副所長)
インタビューズ (2008年11月05日)
オバマのアメリカを占う
渡部恒雄東京財団研究員インタビュー
古矢 旬ふるや じゅん
(東京大学大学院総合文化研究科教授)
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1947年東京都生まれ。75年東京大学大学院法学政治学研究科中退、77年プリンストン大学大学院歴史学部修士修了、89年同歴史学博士。89年北海道大学大学院教授などを経て、07年より現職。著書に、『アメリカニズム』、『アメリカ 過去と現在の間』共編著に『権力と暴力』など。 |
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杉浦 哲郎すぎうら てつろう
(みずほ総合研究所専務執行役員・チーフエコノミスト)
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1954年新潟県生まれ。77年早稲田大学政治経済学部卒業。同年、富士銀行入行。88年富士総合研究所研究開発部、92年ニューヨーク事務所所長、02年みずほ総合研究所チーフエコノミストなどを経て、07年より現職。著書に、『アメリカ経済は沈まない』、共著に『アメリカ経済』など。 |
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この記事へのコメント
>当事者と非当事者の違い
>こそありますが、当事者で
>あっても大衆の意識レベル
>は、それほど高いと期待
>してはいないんです。
今、ふっと感じたのですが、期待していないんだったら、何も積極的に関わる必要性も無いということじゃないですか。エリートの話だったら知的欲求を満たすようなことだから、つまり面白いというだけなんでしょう。秋葉事件を大切にするというあなたの思いは、具体的にはどのようにすべきということなんですか?もう少し具体的な政策に関する記述をしてくださいな。私にはよくわからない。
子供を作ろうとするのに人智は不要と思っています。ノクノクさんの言う人智ではなくて、金が足りないんだと思います。
絡むような感じになってすみません。
グリンゴ |
2008年12月14日 23:16
>私は「子どもを作ろう
>とする意欲を湧かせる
>設計や戦略」が、人智
>として社会のどこかに
>あると思うのです。
うーん。結局、自然知というか大いなる知恵というのは具体的には何のことを言われているのでしょうか?是非教えてください。
現実は、裕福であれば子育てもできて、なおかつ自分の時間も持てる筈ですよね。これは経済問題でしょう。現代日本では首都圏で豊な生活を謳歌しようとすると、子供を持つことは非常に高い負債を抱えるのと同じことになるのです。そして、子育てに取られる時間を金銭で買うとすると、とんでもない金額になって自分自身の為の費用を縮小せざるを得ないんだと思います。だから子供が増えないという理屈かな。
子育て費用を低減化するのが、社会的包摂性の一つなのかなと思います。
グリンゴ |
2008年12月14日 01:11
>当事者と非当事者の違い
>こそありますが、当事者
>であっても大衆の意識レベル
>は、それほど高いと期待
>してはいないんです。
何故か大きな見解のずれを感じますね。この不況下になり、当事者は行動し始めていると思いますよ。キャノンに解雇された派遣労働者のニュースもあります。
http://www.asahi.com/national/update/1210/SEB200812100005.html
まだ、日本はみなさん食えているんですよ。でも、これからはそう簡単にいかない。
>結局、場当たり的なのです。
>そんな人たちの意見にどの
>程度信憑性があるのか、疑念
>を抱きます。それは大衆が
>賢くなっているから起きて
>しまう現象であり、それほど
>素朴な在り方をしてくれな
>いでしょう。
麻生首相の給付金に対しては国民の63%くらいが「評価しない」という調査結果もあります。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/162/
日本国民は現時点においては、それ程場当たり的ではないと思います。
> 藤原和博校長みたいな
>例もあるのですから、
>お金を撒いただけで考える
>のを終えてしまうほど
>浅いテーマではないと思
>います。それは難しく考
>える領域なんです。
いかにして重要で効果的なことにお金を配分するか。それが難しいですね。藤原さんのような素晴らしい人が教育をするんではダメなんです。素晴らしくない人でも教育できるようなシステムが望まれているんでしょう。藤原さんのような人を大量に雇うには、いくら金があっても足りないんです。
>働い
>てる大人たちの姿を子ど
>も達が見ることができない
>、だから子ども達は大人を
>リスペクトできない。
この説明はよくわかりません。大人の働く姿なんてネットやTVでいくらでも目にしているでしょう。
大事なことは大人社会の厳しさを直接的、あるいは間接的に子供に伝えることです。子供が学校で犯罪を犯せば、警察が学校に入ってくる。教育者の質が落ちているとすれば、まずはここからでしょう。
グリンゴ |
2008年12月10日 23:43
>エリートが温情で改善を施すのは不自然
>他の分野の人が、他の領域の設計を書き換えてくれるのを期待する
ここが違うんですよね・・・。設計と主体性の両方が必要だという点では意見は同じんですが・・・。たぶん大衆の意識レベルをどの辺におくかとが違うんだと思います。私はそこまで大衆には期待してはいないんですよ。ネットウヨクや小林よしのり現象みたいに、暴走してしまうからです。
当事者と非当事者の違いこそありますが、当事者であっても大衆の意識レベルは、それほど高いと期待してはいないんです。
だから表面的には「派遣労働者の待遇を改善するべきだーー!!」と叫ぶ一方で、「派遣なんてヤダよねー」と差別的な目で見ている。「がんばって改善してくださいね」と応援する気も、「がんばって改善しよう!」とやる気もない。意識と実態にズレがあると私は見ているのです。実際、アキバ事件で制度が書き換えられてしまうくらいですから。不自然だとは思いますが、それは容認していくしかないと思っています。
結局、場当たり的なのです。ある世代の人は一貫性において、人格や統合を一貫性の証しとは思っていません。重要なのはTPO。時と、場所と、場合です。つまりマクドナルドで歌う人はいないし、カラオケ店で読書しないし、図書館で縄跳びもしません。状況と行為を一致させる(適応する)のに熱心な人々は、叫ぶときは叫ぶし、運動するときは運動するけど、あくまでそれは適応の産物であって処世術の一種です。人格や人生に付随してきたものではないでしょう。そんな人たちの意見にどの程度信憑性があるのか、疑念を抱きます。それは大衆が賢くなっているから起きてしまう現象であり、それほど素朴な在り方をしてくれないでしょう。
藤原和博校長みたいな例もあるのですから、お金を撒いただけで考えるのを終えてしまうほど浅いテーマではないと思います。それは難しく考える領域なんです。働いてる大人たちの姿を子ども達が見ることができない、だから子ども達は大人をリスペクトできない。出産・育児・地域性は、上からだけではなく下からも変えていく課題なんだと思います。復活もなにも現存しているでしょう、ただ接点がないので知り合えないのです。
ノクノク |
2008年12月09日 02:27
>要するに、ある観点から見れば
>、グリンゴさんのおっしゃる
>内容はプランや戦略であり、
>人智ですから、すでにデザ
>インを描く作業に移行しています。
ああ、それはそうです。私も主意主義でしょうね。
>私の抱いている問題意識は、>マル激を視聴してなにか生活>が変わるのか?です。
いい本をたくさん読んでいる人が、よい働きをするとは限りませんから、それはあまり意識されなくてもよろしいんじゃないですか?変えたい人と変えたくない人がもともといるんだと思います。
私が言っているのは何が源になるのかということです。エリートが何かしら設計する人であることは事実だけれども、パターナリズムでは意味あるものにはならないだろう、被害者自身が声を出すとか、大衆の支持などがなければモノにならないだろうということです。
設計に対する過剰な期待という話は非常に分かりやすいものです。
戦後の経済成長は官僚の社会制度設計が優れていたからでしょうか?傾斜生産、外貨管理などは普通の政策ですよね。戦後、日本社会が高度経済成長できた主原因は明らかで、作業労働者の質が高かったからです。身体性があればそういうことは簡単にわかります。私たちはお釣りで暮らしています。
吉田茂首相が経済成長路線の道筋をつけたという功績は、別個のものと考えるのがよいと思います。
日産自動車の例もそういった意味合いで紹介しました。ゴーンが全体性を認識したから成功、ではないんです。設計者も設計書も既に存在しているんです。
経済の中で内需のポートフォリオを高めましょうとか、公共投資は道路よりも環境対策に、なんてのがありますよ。
>「とりあえず今は派遣
>社員だけど、いつかは
>ちゃんとした職に就く
>んだ。」という人からする
>と、派遣労働者として
>怒りを表せという考え
>方は必ずしも受け入れ
>られないでしょう。
>問題としてるのは
>両者の立場が対立する
>のでもなく、両立して
>しまう事、場合に
>よっては個人の中に
>ねじれて入ってしまう
>事です。
労働環境改善やステップアップ制度を要求しているのかいないのか、それが大事です。まだまだ要求する声が小さいのだと思います。だから議論も深まらない。要求される以前に、エリートが温情で改善を施すのは不自然極まりない。私はそういうことを言っています。
>私は「子どもを作ろう
>とする意欲を湧かせる
>設計や戦略」が、人智
>として社会のどこかに
>あると思うのです。
>たけど、その人智を
>見つけるための全体性
>を見渡す視座がない
>ので、手探りで探さ
>なければならない。
何か難しく考え過ぎていませんか?経済発展して、個人の世界が広がったことで少子化が進むのは当然ですが、それに対してエリートができることは社会保障(厚生)政策しかないでしょう。
きっかけがお金の問題だとしても、国の補助を受けて実際に子供を持ってみれば、ああ、こういう生活も好いなと思える身体感覚が身に付く(ここから世間体とか世話焼きおばさんが復活するかもしれない)というのが私の考え方です。まあ、ごく平凡ですが。
グリンゴ |
2008年12月07日 18:53
>>グリンゴさん
長考してみたもののうまい切り口が見つからなかった。なので印象を書きます。まずこの種の話をする時は、気付かない内にお互いが同じ話をしていることがあるので、注意が必要だったりします。
つまり、グリンゴさんは政治・経済が基盤となっていると考えているのでしょうか。しかし私が指している設計とは人口的なもの全てを指しています。改めて見渡せば分かりますが、町にある物はすべて人工物です。食べている物にしても天然産のものは皆無でしょう、すべて人工物です。天然の物などほとんどないでしょう、あるとしたら天候くらいじゃないですか。
要するに、ある観点から見れば、グリンゴさんのおっしゃる内容はプランや戦略であり、人智ですから、すでにデザインを描く作業に移行しています。
例えば、こういった反論が可能です。
「派遣労働者が団結して怒りを表せと言うが、なぜ派遣労働者のままでいる事を前提とするのだ? 派遣労働は流動性の高さから発生したのだから、正社員や訓練なども流動性を高めてステップアップできる様に整備をしてあげるべきだ。」という物です。実際、左記の考えには賛成する人が多い気がします。「とりあえず今は派遣社員だけど、いつかはちゃんとした職に就くんだ。」という人からすると、派遣労働者として怒りを表せという考え方は必ずしも受け入れられないでしょう。
あるいは逆の考えの人もいるでしょう。派遣社員であることが問題なのではなく派遣社員の待遇が悪いことが問題なのだという考え方。その人たちからすると、「とりあえず今は派遣社員だから」という人々の考え方は労働環境を良くして行く気力のない人たちに映ります。
誤解のないようにして置きたいのですが、私は「派遣労働者が社会へと怒りを表すこと」を、「派遣労働者が派遣労働者のままでい続けること」を持って、批判したり否定しているのではありません。問題としてるのは両者の立場が対立するのでもなく、両立してしまう事、場合によっては個人の中にねじれて入ってしまう事です。
ただ、こういった個別の反論をしても、全体性を見渡そうとする視座からは、あまり意味がないんですね。あくまで今論じているのも労働に関してです。他にも食品や、都市や、流通や、交通など、設計やプランが関わってくる領域は多く、全体を把握するのは、もはや無理でしょう。
そうなってくると、逆に言えば「いま自分が関わっている領域こそが全て」という認識になっていきます。個々人の認識の中でも「もう全体性なんてないんだ」と諦めるか、「これが全体性なんだ」と思い込む、の二つに分離します。
しかし念押ししておきますが、この種の分離を論じることには意味がない。私が指摘しているのは、自分の認識の外におびただしい数の設計があるという事です。そして一人の人間が関われる設計の数は、それほど多くはないでしょう。となると、他の分野の人が、他の領域の設計を書き換えてくれるのを、期待することになります。
こうも言い換えられます、例え私たちが派遣労働について考えて、善き答えを出し、それを実行しても、それが全体へと影響することはあっても全体へと知られることは無いのです。
以上を踏まえて、「子どもを作ろうとする意欲が社会全体に生じなかったら、それは諦めるしかない」に本質的な反論をしますと、私は「子どもを作ろうとする意欲を湧かせる設計や戦略」が、人智として社会のどこかにあると思うのです。たけど、その人智を見つけるための全体性を見渡す視座がないので、手探りで探さなければならない。あるいは作り出す必要がある。エリートも、設計も、戦略も「何に対しての?」という指示対象がないと成りたちません。
猫とマル激の対比にしては、行動を起こすという身体性に言及する点では、相違はないと思えます。ただし、以下の点は違う。猫を飼ったことのある人なら分かるかもしれませんが、猫を飼うと地域に拘束されるんですね。世話をしなくてはならないので旅行にもいけません。対してマル激は空間による縛りがありません。世界中どこでも視聴できてしまうので地域に対する愛着が湧きません。そして猫なら好きな人は強要しなくても、勝手に猫を大切にするでしょう。そうした自然と湧いてくる欲求は活用したほうが良いと思います。それはマル激も同じでしょう。嫌がる人に無理に番組を視聴させるのは難しいです。
私は意見としては、グリンゴさんと対立しているとは思っていません。おそらく同じものを別の見方で論じているのだと思います。違うのは問題意識でしょう。なにを問題とするのかが違っているのだと思います。私の抱いている問題意識は、マル激を視聴してなにか生活が変わるのか?です。私も当初、マル激を見たとき面白いと思い、政治や社会に関心を抱こうとしたのだけど、別になにも変わらないんですね。視聴する前と視聴する後での変化というと、視聴していることだけです。これではipodで音楽聴いてるのと同じです。つまりマル激では生活は変わらず、場合によっては嫉妬にもなる。でも何かやりたいと言う気持ちだけはあるので、関わろうとするのだけど何もとっかかりが無かったり、興味のない分野では気力が保たないので、猫などの趣味なら続けられるだろう、という考え。
ノクノク |
2008年12月07日 03:57
へー、ポストモダン的甘えってのがあるんだ。
平和ボケ的甘えの間違いじゃねーの?
グリンゴ |
2008年12月06日 18:46
お前、空気読めなすぎ。
いま、グリンゴさんと話してたの。
グリンゴさんのは中々難しいので・・・長考中・・・。
ノクノク |
2008年12月05日 17:36
3−3
追記。
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
> ノクノク | 2008年09月04日 22:15
と併せて、池田信夫 blog
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/3de3c4b8b36bf0245bacf46a81f7bc8a
「殺人犯を聖人に祭り上げる人々」
の貴殿のコメント(↓)、遅ればせに読ませてもらいました。
> 読み手に、本気なのかと考えさせて罠に誘い込む。
> 誘い込まれた先にある言説が本物とは限らない。
上記のコメントを踏まえた上での
> 無記名 | 2008年11月18日 02:09
> ぼくは沈思黙考が(壮絶的なスケールの)バカってのは分かる
って、書き込みだったんだね。
> ノクノク | 2008年11月18日 04:26
> マンガ表現論とか、マンガ批評を読んでないみたい。
> ノクノク | 2008年11月27日 06:02
> バカが一匹いる
って、コメントの由来も了解できた次第。
実は、私も多少の躊躇はもちろんあったんだけど(↓)、
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
> 沈思黙考 | 2008年11月09日 02:20
貴殿のこれまでのキテレツな疎外論的立論を見るにつけ、
ホントに神様(イデア)に執着してる御仁なんだ・・・って
疎外論的観点からコメントした訳・・・。
ポストモダン的甘えの構造(首尾一貫性のない疎外論)に
足をすくわれた恰好ってことです。
本サイトのコメント程度のやり取りで、
「殺人犯を聖人に祭り上げる人々」の貴殿のコメント
> 読み手に、本気なのかと考えさせて罠に誘い込む。
> 誘い込まれた先にある言説が本物とは限らない。
を踏まえる必要があるとは、正直今でも思いませんな。
淡々と思うところを率直に書けばいいと思ってる次第。
まあ、
> 読み手に、本気なのかと考えさせて罠に誘い込む。
> 誘い込まれた先にある言説が本物とは限らない。
なんて前提を踏まえた議論がしたいなら、
自分のブログでやればいいんじゃないの?
> ノクノク | 2008年11月19日 20:18
> とかさ、やると感動しちゃうわけ?本気にしちゃうの?
> これネタだろ。
ポストモダン的甘えの構造に足をすくわれた恰好ってことは認めるよ。
(面目ない(笑))
ネタと諦観するのも、ベタなコミットあればこそ・・・。
ベタになることが、必ずしも恥ずかしいとも思わないしね。
それを踏まえた上で、私の総括・・・
http://www.jimbo.tv/commentary/000343.php
> 投稿者 沈思黙考 January 23, 2007
> 鶴見俊輔著『誤解する権利』 (誤解権 「東京新聞」1958・5・23)
沈思黙考 |
2008年12月03日 22:18
3−2
> ノクノク | 2008年11月19日 12:30
> 「公共空間は作りものだなんて言うな!許せん!」と認めたがらずに
> 怒り出す人もいるわけですよ。沈思黙考さんが該当してる。
何言ってんの、トンチキ。公共空間は作りもの(=人為=消費財)だよ。
まあ、訴えてることは分からないでもないから、コメントしてあげるね。
> 情報消費に過ぎない(ノクノク | 2008年11月18日 04:01 )
ことに、疑義を呈した訳じゃないんだよ。
> 正しいけどキザなコメント(沈思黙考 | 2008年11月19日 07:11)
って書いてるだろ? この程度の吟味もできないから、失敗を繰り返すんだよ。
閑話休題。 wiring さんに対して、コメントしようと思ってたんだけど、
> wiring | 2008年11月13日 23:32
> かれが実践的には無効なエリート主義による日本社会「革命」原理主義論者だ
今日(ポストモダン的状況下)、
ある立場(=人為=消費財)をとることが如何に滑稽に映るのか?
というメタ的な視座からの反省を宮台真司先生が持ってないはずないんじゃないの?
そこでね・・・。
悪平等はびこる日本的状況下、数多あるノイズを向こうに廻して、
"エリート主義" を公言できる教養人が、一体、日本に何人いるのかってこと。
"実践的には無効な" 状況が、日本の今日的趨勢だとして、
"エリート主義" そのものが日本に不要だと片付けるのは早計だと考えてる次第。
"エリート主義" が、日本で不人気であろうがあるまいが、
他の視座を撃つ貴重な視座(多数決万能ならず、衆愚忘るるべからず)である以上、
("エリート主義" を拒絶しがちな)一般大衆に、免疫を付けるべく説き続ける姿勢・・・
一般大衆の底上げ(=多様性)を図る姿勢は、素晴らしいんじゃないのかい?
他に誰もいないから、
役割分担上してることを蔑むのは恥ずかしいんじゃないの?ってことだ。
と言ったところで、蔑む輩が出てくることに疑義もないんだけどね・・・。
> 情報消費に過ぎない(ノクノク | 2008年11月18日 04:01 )
ことに、疑義を呈した訳じゃないんだな。
> 知的な言説そのものが既に消費物になっていて・・・
などと
> 空転した議論に持っていったのは
お前なんだよ(笑)。
> ノクノク | 2008年11月19日 18:45
> 言っとくけど、「読んでない」と見越していたのは私だからな。
> 読まれていると妄想爆発させて迷惑かけ続けていたのは、沈思黙考だ。
「読んでない」じゃなくて「(恥ずかしいから)読んで欲しくない」だろ?
他のコメントに比べて、読まれてるか否かを判断するのは、時期尚早。
その気になれば、いつでも読めるんだからね・・・。
> 中途半端な成熟が決断主義(ノクノク | 2008年11月19日 12:30 )
仰る通り、中途半端な批判ってことだよ。
> 責任持って2Mくらい書き込め。
> そうすれば中身に意味がなくともメタ情報として
> 「重い・・・」という意味が持たせられる。
命令口調は止まる所を知らず・・・ 年長者に対して大したもんだ(笑)。
テキストファイルで2Mも何書くの? また疎外論か(笑)?
> ノクノク | 2008年11月19日 18:50
> 人の気分を害してはいけないって、再三注意したじゃないですか。
> 私は、ただ週末にマル激をみて、コメントして楽しみたかっただけなんだ。
> 小さな歓びかもしれない。だけど・・小さな歓び・・・・・その小さな歓びさえも、
> この世界は許されないのか・・・・。
> 生まれてこなければ・・・・・こんな哀しい想いすることなかった。
今まで揉まれてこなかったみたいだから、いい教訓になったんじゃないの?
> ノクノク | 2008年11月19日 18:56
> 今、周囲への迷惑を考えるのなら
> 「迷惑をかけないこと」ではなく「迷惑をかけること」だ。
> 物量に持っていくしか解が残されてなくなる(ノクノク | 2008年11月19日 18:45 )
大衆ならぬ、
> 知的水準は割りと高めな人(ノクノク | 2008年11月17日 01:39 )
と、お前が想定する本サイトの読者は、褒めてくれるかしらね(笑)?
> ノクノク | 2008年11月19日 12:18
> 自閉した世界で妄想されても困る。
妄想はお互い様ってことに気づくといいね。
> 名無し草 | 2008年11月25日 22:11
自己嫌悪を弁えてないと、自己満足もできないよ。
沈思黙考 |
2008年12月03日 20:55
3−1
順に返答。
> 無記名 | 2008年11月19日 09:47
結構な提言・・・、何で "無記名" なの?
> 議論する場合、Ad hominemは避けるべきです。
定言命題のように読めますが、私には疑問。
> 感情的な議論が展開
されたとて・・・、その気になれば、
淡々と受けて立てるだけの器量ある語り手の方が、
私には魅力的に映るからです。
お待たせ。
> ノクノク | 2008年11月19日 12:18
> この際いい機会だから、
> 前回と違ってトコトンやってる訳です。
粛々とお相手いたそう(笑)。
> たぶん「知が消費物になっている」というのが、
> 感情のフックに引っかかってるんでしょう。
"知が消費物になっている" ことを認めるのに吝かではないよ。
好例)不完全性定理(笑)
> 「批判を、侮辱と蔑視と受け止めてはない」は
> 「蔑視や侮辱を、批判と言いくるめる」に反転させられる
> これは自己言及してない証拠だ。
今度は、批判、侮辱、蔑視の疎外論を展開したいらしい・・・。
(ため息・・・)
結局、お前さんと私の批判、侮辱、
蔑視に対する考え方がずれてるってことだろ?
当たり前のこと言ってどーする?
自己言及とは、なーんも関係ない。こんなザマで、
> ぼくの方が論理を使うのがうまいね(ノクノク | 2008年11月18日 04:26)。
などとホザく輩・・・(泣けてくる)。
> 虚像としてのノクノクに噛み付いてるだけ
幾何光学では確かに、虚像と実像を学ぶけどね・・・。
ノクノクの実像って何処にあるんだ? (指摘するのも飽きてきた・・・)
> もし私が統合失調症なら
もし・・・ではないぞ(笑)。
「ポストモダン的状況に甘えてる」様子を順に見ていこう。
●その1
相変わらずの疎外論を開陳した後で、
> そりゃ一貫するわ、自分しか見てないんだから。
私は一貫してるらしい(笑)。と思いきや・・・、同一コメント中で、
> 自分の妄想に、自分の妄想で反発していて、妄想の中でも一貫性すらない。
とのお達し・・・。
ノクノク的私は、一貫してるのか? してないのか? どっちなんだ(笑)?
●その2
> ノクノク | 2008年11月19日 18:45
> ほら、誰も読んでないだろ?「おまたせ」とか、誰も待っちゃいないんだよ。
読者全体を代表していると信頼してるかの如き一投稿に対するコメント(↑)。
> ノクノク | 2008年11月19日 12:18
> 毎回バカ騒ぎされているから、猫論に関しても潰されてる。
読者をまるで信頼してないコメント(↑)。
読者のリテラシーを信じてるのかな? 信じてないのかな(笑)?
> 「ポストモダン的状況に甘えてる」のがネガティブな意味ならば保守するなよ。
> 逆に保守しても構わないと思うならポストモダン的状況を肯定しろよ。
> どっちかにしろ。
冷静になったら?
ポストモダン的状況は、保守か否かとは、なーんも関係ない。
冷静でもトンチキはトンチキだからしょうがないか・・・。
懇々と主張していたことと正反対の主張を何の弁明もなしにすることが、
私の貴殿への批判「ポストモダン的状況に甘えてる」ってこと。
> 価値については留保してる
「悪い」って形容詞は、価値判定しかできないのかい?
頭が悪い・・・物覚えが悪い・・・往生際が悪い・・・
> 自閉した世界で妄想
してるのは誰だ(笑)?
> 反抗期に関しては科学的な観測は一切ない。
貴殿の断言口調には、まるで信を置けない私なの(笑)。
もう少し、具体的に説明してくださいな。
納得できたらその旨明記しますよ。
> 私は唯物論者&構造主義者だぞ。
> 私の主張・・・
> 「個人が国家と剥き出しにならないようにする。そのための方法が設計」
そーなの。 だからどーだってんだ?
「ポストモダン的状況に甘えてる」こととはなーんも関係ない。
> 無記名 | 2008年11月19日 23:48
とのコラボ・・・期待してるよ(笑)。
("割れ鍋に綴じ蓋" を思い出した次第(笑))
> とにかくブログ管理者はなんとかすべき。これじゃ何も議論ができん。
> 傍観者になるな。責任を果たすべきだ。
他力本願(笑)。いつまでも自己言及とは無縁の輩。
ポストモダン的状況への甘え ●その3
> 「沈思黙考は殺されるべき」はある意味正解だよ。
> これだけぶっ壊れた空間であることを証明するのには最適なワードだ、
> それだけでここは破れ窓であることの証拠になる。
"されるべき" って、他人まかせの提言風にまとめる所が、拗ね者らしいな(笑)。
決して、自分の意志として表明する訳じゃないんだ・・・ 姑息な奴(笑)。
「知的水準は割りと高めな人が集まっている(ノクノク | 2008年11月17日 01:39 )」
なんて、読者をヨイショするかと思えば、"破れ窓" などと「間違いを犯すかもしれない
(ノクノク | 2008年11月17日 01:39 )」大衆像を想定する始末(笑)。
読者の知的水準が高けりゃ、"破れ窓" なんて懸念は無用だろ〜〜(笑)。
(少なくとも私は、お前の挑発程度で "ノクノクこそが○○されるべきだ"
なーんて見栄は切ってないぞーー(笑) 実際、どーでもいいからね)
お前さんの読者像そのものが、一貫性のないポストモダン的甘えってことだ。
知識を自慢したいお前さんが、
「間違いを犯す(ノクノク | 2008年11月17日 01:39 )」
大衆だってことは、よ〜くわかってるよ(笑)。
「こんなダメな空間でなにを言っても無駄なんだから、だったら
無駄である事を証明するためにも、過激なこと言ってやる
(ノクノク | 2008年11月17日 04:12 )」なーんて、
ポストモダン的甘えん坊ちゃんの "破れ窓" 的駄々を読んじゃってるからね(笑)。
沈思黙考 |
2008年12月03日 20:53
>違います。その差が致命的です。
>既に説明しました。
うーん、わからん。何を以て社会的包摂性と理解されているんですか?
昔の日本にあったよきコミュニケーションの習慣(番組の文脈では社会的包摂性)は何と呼べばいいんでしょう?
グリンゴ |
2008年12月02日 00:14
>グリンゴ | 2008年11月29日 10:38
>宮台さんはそういうことは言われていないと思いますよ。
>少しずつ協力するって、つまり宮台さんの言う壊れてしまった、かつてあった社会的包摂性そのものじゃないですか?
違います。その差が致命的です。
既に説明しました。
無記名 | 2008年11月28日 04:48 |
2008年11月30日 22:56
ちなみに日産自動車のゴーン改革についてですが、あれは経営改革の中身は全て既存の日本人経営者が考え出して作り出したものと言われています。誰が社長になると実行できるかというところがポイントになって、リーダーとして外人さんを呼んできたということだそうです。
グリンゴ |
2008年11月30日 00:13
ノクノクさん
>私は自然な流れに乗って変革するので
>はなく、流れが逆向きなら(設計主義>的に)流れの方向を
>変えれば済むと考
>えてます。と言うのも、流れの方向性
>にまでこだわりがある人って少ないと
>思うんですよね。
もちろん私もこだわりませんよ。でも派遣社員の人たち自身が怒りを表現しないからと言って、頂点のエリートが上層集団の人たちに「もっと下へ分けろ。その方が社会全体(ゲーム盤)を安定化させる。」などと命じることは、さらに不自然な流れだろうと感じます。
流れの方向を変える力は、被害当事者からしか出てこないというのが私の発想。
まとめると、社会的包摂性の実現の原動力は、メインは民衆レベルの反抗、補完的に真のエリート的リーダーって感じです。
> 経済的や人間的ではなく、あくまで
>社会的な包摂性ですから。設計を否定
>するのは社会を否定するようなものだ
>と思います。
意志を持った人間の数が重要だと言いたいですね。結局どうしたいんだよということです。上層集団にいる人達はこのままがいいんです。このままじゃ嫌だという人間がはっきり意志表明して行動しない限りは社会は変わりません。
そして、それでなおかつ各現場に、この人の言うことなら話を聞こうというリーダーが必要なんです。
よいリーダー
→よいコミュニケーション
→ポピュリズムの波
→よい設計者が後押しを受けてよい設計をする
というような流れかなあ。
>設計を否定するのは社会を
>否定するようなものだと思い
>ます。設計を論じるのは
>嫌がるくせに、設計のい
>い所だけ得ようとする
>のはフリーライ
>ダーではないですか。
設計の占める割合を過大に評価されているかのように思います。ポピュリズムでも何でもよいですが、力に後押しされれば、設計者は要求どおりの設計をするまででしょう。設計図とか設計者については、私はそんなものは、もう揃っているんだと思います。官僚の中にも良識のある人はいるでしょう。でも機会が与えられない。
ここは宮台さん的なエリート教育で、政治や財界の現場に真のエリートを送り込むことが必要なんだと思います。でもそれはあくまで補完的なもの。明治維新を類推するのは時代錯誤かと思います。
>社会的に包摂されている状態
>として(オタク的な生活
>を)認めるか否かが
>問題になってくるのです。
情報との戯れ方は問題にならないでしょう。問題は生活保護等、社会保障制度上の支給基準をどうするかです。赤木さんご本人については、経済的に自立できていれば、それで社会的救済はおしまいです。
祭りが好きな人間が祭りの魅力を創意工夫すればよい。
仮に、子どもを産むと可処分時間や可処分所得が増える制度を作ったとします。それでも子どもを作ろうという意欲が社会全体に生じなかったら、それは諦めるしかありません。税金で合コンやナンパ講習をやる必要があるという説もあるかも知れませんが、それは議論を先送りしてもよいと思います。社会的包摂性はあくまでセーフティネット社会保障制度まででよいと思います。
仮に税金で長屋文化、近所の世話焼きおばさん、下町人情みたいなものを復元しようとしたら、それは幾ら金があっても足りないのでしょう。
>赤木さんだってこんな
>自立は望んでないはず
>だ。」と見るかです。
>そこは意見が分かれ
>ると思うんですよ。
>(そういう切り口では
>赤木論文は語られて
>ないですよね。)
それはまさに猫可愛がり論でよいと思います。(赤木さんが猫という意味ではありません。念のため。)経済的な自立以上のことを問題にすると、人間力とか社会貢献とか自己実現とかが沸いて出てきて収集がつかなくなります。
グリンゴ |
2008年11月29日 18:43
>>グリンゴさん
自然な流れというのは賛成。私も理念とか個人の主体性に期待するのは難しいと思います。流れに逆らって動こうとするのは効率も悪いし負担も大きい、なにより疲れます。
しかしここは意見が違う。私は自然な流れに乗って変革するのではなく、流れが逆向きなら(設計主義的に)流れの方向を変えれば済むと考えてます。と言うのも、流れの方向性にまでこだわりがある人って少ないと思うんですよね。流れに乗るか乗らないか?にはこだわるけど、どんな流れにするか?は頓着がない気がします。
経済的や人間的ではなく、あくまで社会的な包摂性ですから。設計を否定するのは社会を否定するようなものだと思います。設計を論じるのは嫌がるくせに、設計のいい所だけ得ようとするのはフリーライダーではないですか。
情報空間については流れで説明した方がいいと思うんですが、まず情報と戯れている状態を、社会的に包摂されている状態として(オタク的な生活を)認めるか否かが問題になってくるのです。そして「情報との戯れは包摂されている状態だと認める立場」がある訳です。しかし一方で「情報と戯れている状態を肯定しない立場」もあります。マル激では情報と戯れているオタク的な包摂性を、否定こそしないけれども、大賛成ともいえず微妙な距離感にいますよね。おそらくマル激視聴者の間でも意見が分かれるんじゃないですか。
例をあげるなら「赤木智弘さんよかったじゃん、物書きになれてさ。経済的にも自立できたじゃないか、おめでとう。」と見るか、「いや、良くないでしょ。いくら経済的に自立できたって『希望は戦争』じゃ悲しすぎる。赤木さんだってこんな自立は望んでないはずだ。」と見るかです。そこは意見が分かれると思うんですよ。(そういう切り口では赤木論文は語られてないですよね。)
ノクノク |
2008年11月29日 12:48
>理想化した欧州を追い求めるのは、
>ほんとうにいい加減にすべき…。
>誰か従うべき存在がいて、そいつが
>皆を包摂してくれる、こんな発想は
>間違っている。
宮台さんはそういうことは言われていないと思いますよ。社会保障制度問題は、新たな時代展開の中で設計し直しが必要なので、日本国民として考え直そうと言われているんだと思います。
各自が、今、何に困っているかをよく考えて建設的に行動することは必要と思います。
>少しずつ協力し合うしかない。
>自身の利益を少しずつ捨てて、分け合
>うしかない。
少しずつ協力するって、つまり宮台さんの言う壊れてしまった、かつてあった社会的包摂性そのものじゃないですか?
頂上にいる人が上位集団にいる人々に「自ら少しづつ出せ。」と言うのは私は恐らくは無理があるという考えです。下の方の人から「少しづつ出せ。」という方がよほど現実的と思います。
教育・医療・司法のような専門性を要するテーマであっても現場ベースのボトムアップが基本と私は思っていて、宮台さんは最終的に上で束ねる政治家や官僚の志を問題にされていると思う。ただ、どこが重要な現場(利害当事者)なのかという問題はあると思います。
で、私は猫をかわいがるよりかは、マル激視聴者を増やすように勧誘運動をするのが良いと思う。普通に身近の人を勧誘すればよいとは思いますが、宮台さん的な考え(エリート育成)も必要と思います。
所謂、高偏差値大学(東大、京大、一ツ橋、早稲田、慶応)の学生さんなら、長時間視聴する時間もあるし、内容にもついていける人が多いと思う。視聴者で上記の大学の学生さんがいたら、頑張って身の回りの人を勧誘して欲しい。
乱文ですみません。矛盾するようなこと書いてますがお構いなしと思ってます。
グリンゴ |
2008年11月29日 10:38
>無記名 | 2008年11月12日 23:02
同感です。
「国に強請っても金はない」
日本ほど公的福祉の補足率が低い国はない。
みな自己責任で自分を責め、身内が自殺に追いつめられてすら黙ったままここまで来たのだ。
それが全体の運営に資すると信じたからだ。
個人が個人をひたすら主張すれば社会は破綻すると考えるからだ。
理想化した欧州を追い求めるのは、ほんとうにいい加減にすべき…。
社会包摂性なんて馬鹿げている。
誰か従うべき存在がいて、そいつが皆を包摂してくれる、こんな発想は間違っている。
少しずつ協力し合うしかない。
自身の利益を少しずつ捨てて、分け合うしかない。
個人が自身の意見を声高に言わないのも同じである。
それぞれがそれぞれの担当する範囲を誠実に行えば、それで上手く行くという歴史を持っているのだ。
担当範囲をぐちゃぐちゃにしたのは欧州である。農地改革が典型ではないか。
寄付税制が日本にいまいち根付かないことも、日本では金儲けをしている人間が人に与えることは当然とされて来たからだ。
それが税金だ。
寄付くらいでは名誉は受け取れない。
その発想は卑しい。
寄付してもそれについては沈黙することが美徳なのだ。
子供だってお小遣いから寄付している。
だからこそ日本では持つものの少ない皇室が尊崇と親愛の対象になってきたのだ。
無記名 |
2008年11月28日 04:48
社会的包摂性という言葉があまりよくないのかも知れないと思ってます。もともと「これは権利だ」とか言って勝ち取る性質のものではないんですか。
社会的包摂性が無くなって、よき社会が壊れたから作り直す、なんていう「真のエリートの発想?」は駄目ですよ。社会の設計なんて最悪です。宮台さん本人も「誰かが作った社会に人は耐えられない」とか言ってませんでしたっけ?自然な流れでの変革でないと長続きしないと思います。
派遣社員(等社会的弱者とされる人たち)の人たち自身が、これはおかしいと立ち上がらない限り何も変化は起きません。
不況になるとこれはもう他人の事など心配しておれないですね。で、共に戦おうという発想に至らない・・。
追記:「社会的包摂性の話が通じない」ので、言論空間の欠陥という現況を優先したのかと思いました。
グリンゴ |
2008年11月28日 00:43
なんで唐突にそんな質問を?
いずれにしてもバカが一匹いるのでノーコメントにします。答えられるようなムードが形成されてないと言う判断です。
ノクノク |
2008年11月27日 06:02
コメント投稿の皆さんへ
自己嫌悪って、しないんですか?
名無し草 |
2008年11月25日 22:11
知らん。
だって、元の話題は社会的包摂姓であって、そのテーマに沿った上で私は「猫」を提案していただけですからね。次に、流れの中から「宮台さんのお言葉をいくらありがたがく聞いても社会的包摂には繋がらない」が出てきたら、気分を害されたのか知らないけど、また例の人が暴走しましたって話。
言論空間がどうとか社会的包摂とは関係がないでしょう。テーマが違うんだから混ぜて話せばややこしくなるのは当然です。
つまり宮台信者(宮台さん本人ではない。念のため。)は感情的になりやすく、場を弁えない、メンヘラーって事です。
ノクノク |
2008年11月25日 07:24
何だか凄いことになってるな・・。
匿名のコミュニケーションが言論空間なんて立派なものになるんですか?
大衆のネットコミュニケーションが言論空間な訳ないだろと思います。アゴラじゃないでしょう。
匿名ってつまり、その匿名のコミュニケーションについてだけ言えば、参加者がある程度自閉症ってことじゃないの?
実名で、俺は勧誘してマル激視聴者を何人増やした、とかいう話なら自閉的ではないだろうけど。
でもそんなこと、しそうもないような人たちが、得てしてマル激視聴者なんだろうと思う。
グリンゴ |
2008年11月24日 00:15
そんな事より、ほら、私が前から主張してた、他人の不幸が美味しい時代が上陸しました。
『(^ν^)他人の不幸が面白いのガイドライン』ですよ。
『/・\ ./・\メシウマのコピペ』ですよ。「ご冥福をお祈りします」って言うんです。
ネットウヨクも良いけど、この辺(不謹慎ネタ)を、報道に携わる人はどう思っているのか知りたいな。記者にとっては「メシがウマイ」ならぬ「メシのタネ」でしょう。「あなたのニュースでメシがウマイ」なんて言われたら、何のためにニュースやってるのか分からない。
「情報と戯れる分には人畜無害なのだからオタクは危険じゃない。むしろ安全」と論客が主張しても、ここまで情報空間が退廃していたら報道は娯楽です。ジャーナリズムにとっては脅威なんじゃないですか?
━━━━━
↑使いどころだと思ったから返信として投稿しておきます。他者と向き合うことが難しくなっている状況も含めて。
ノクノク |
2008年11月20日 20:26
ノクノクさん。
私はコメント読んでます。言論空間維持の話、面白いと思います。応援してます。
>もし私が統合失調症なら、彼は自閉症ですよ。他者が見え>ていなくて、自分の中の他者と、戦っている状態。要するに>ノクノクの方を向いておらず、自分の中のノクノクと話して>るから「相手はこれを認識しているであろう」という、他者の>心の動きが見えなくなっている。そりゃ一貫するわ、自分し>か見てないんだから。
> 見れば分かるけど、批判じゃないんだよこれ。改善とか>提案ではなくてただ虚像としてのノクノクに噛み付いてるだ>けだからさ。
なるほど、自閉症って当たりですよ!
無記名 |
2008年11月19日 23:48
僕だって、こんな事はしたくはない。でもこうなってしまった以上は、『希望は、戦争』といって言論空間がまともに機能してない事を伝えた人や、刃物を持ってアキバに通り魔をしに行った人みたいに、迷惑をかけるしか残されていないんだ。誰が好き好んで、『希望は、戦争』なんて言うものか。人殺しなんてやりたくない。
でも、誰もぼくの事を助けてくれなかったじゃないか。やめて欲しいとお願いしたのに、それでも僕を駆り立てた。だから復讐してやったんだよ。こんな公共性なんて暴力しかなくて、犠牲の上に成り立っているものだって事を訴えるしか、方法がなかったんだよ。できれば時間を戻して欲しいと思う。こんなヒドイ自分になる前にの時間に戻してくれ。でも、もしみんな同じことをぼくに要求するなら、ぼくはまた人々に危害を加えることになる。何回やり直してもぼくは人を傷つけることしかできない。救いはないんだ、どこにも・・・。
━━━━━
って、エヴァくせ〜な〜。今の時代は、こうやって不幸に陥った人々は「(^ν^)メシウマ」とか言われちゃって、消費されて行っちゃうんだよ。
━━━━━
違うんだ。ぼくは消費なんてされたくない。こうやって酷いことを書いて収入を得て、みんなに注目されたってうれしくない。ただ平凡でいいから普通の生活がしたかったんだ。なのに・・・なのに、それすら出来ないなんて・・・・。
━━━━━
とかさ、やると感動しちゃうわけ?本気にしちゃうの?これネタだろ。
━━━━━
やめてくれ!!そうやって人格を使い分けて誤魔化さないでくれ、ぼくはぼくだ。復讐したのも傷つけたのもぼくなんだ。ぼくはぼくでいたい。
/・\ /・\ボクなんだぴょーーーん。
ノクノク |
2008年11月19日 20:18
ほれ、かきこめ。この段階では中身に意味はない。量だ。
だから意味なくてもコピペしとく。しかも完全なコピペではなく
"この"書き込みを含めることで微妙に変更されているので削除し難い。
お待たせ・・・
> 無記名 | 2008年11月18日 02:09
無記名=ノクノクでいいのかな?
> これ見て「魂が穢れたことをノクノクは語っている」と思うのって
> どんな読解力なの?死ぬの?
読み方指導ですか? 懲りないね。
好きなように読ませてちょーだい(笑)。
> ノクノク | 2008年11月18日 02:13
> 場違いなんだから、ここには書かないよ。
> 逃げとかじゃなくて常識でしょ。
何で? お前さんの常識には、信頼置いてません。
> ノクノク | 2008年11月18日 04:01
> 逃げとか弱虫とか言ってる事が、逃げているんです。
そうかね? お前さん好みのワンフレーズじゃないか(笑)。
> 場違いな書き込みは控えるのは最低限のマナーですよ。
> 突撃する2ちゃんねらーや、面白いから炎上させているだけの人と同じです。
"沈思黙考は殺されるべきだな"、
"こういう人は恥がないから自殺しない。誰かぶっ殺すべきだ"
キミの台詞(↑)だよ・・・
ノクノク如きにマナーを云々される覚えは金輪際全くないな。
> 私からすると、さきほどの二つの自分の書き込みが最低の書き込みです。
> 沈思黙考的にはそれで良いんだろうけど、私から言わせればあり得ない。
> 場違いな書き込みは悪いこと。そして今回は乗ってしまった。これは失敗です。
こういうイクスキューズで来ましたか・・・
"殺されるべきだな"、"ぶっ殺すべきだ" って書き込みに対する反省は、
謝罪ではなく、失敗って総括する訳なんだ・・・
なるほど・・・ これは自由の対価って問題だな。
確かに、私は、"何でもあり" ってのに与してる訳だけど、
さりとて、何でもする訳じゃない。
社会人になって以来、"殺されるべきだな"、"ぶっ殺すべきだ"
なーんて、見得を切ったことなど全くない(笑)。
今後に関しては、留保ってのが、自由の大好きな私の構えです。
留保と実行は雲泥の差。
ノクノクは、ある種の橋を渡ったってこと。自己責任で頑張れ。
「悪口いっぱい書いちゃった・・・。でもボク(=ノクノク)はこんなこと、
ホントはしたくなかったんだヨー」
最低の書き込みとやらをしたことの責任を回避する方便って訳だ。
したたかな拗ね者・・・。
> 「分からない奴は叩いてもいいんだ」と言うのは、
> 「ある条件を満たせば何をしてもいい」と言ってるのと同じで、
> もうそれは思考じゃないんですよ。
> 〈ある条件〉とやらを絶対視してるだけの信仰になってしまうんです。
私がそんなこと、どこで言った?
間違ってる(矛盾してる)から、その旨指摘したら、
論点ずらして居直った・・・ ってのが私の見解。
"何をしてもいい" って私の見解に "ある条件を満たせば" なんて条件もつけてない。
信仰好きだったのは、私じゃなくて、疎外論信仰者のお前だ。
> 所構わず「理解できない人には、いつ、どこで、
> どんな状態であっても叩いてもいいんだ」
随分大仰な書きっぷり・・・。憎悪があるのかね?
気になるコメントを批判して何が悪いのかね?
コメントを公けにするってことは、相互批判を覚悟するってのが常識。
貴殿が粋がるもんだから、一社会人として、躾てる訳。
> 「マル激での宮台先生のお言葉は参考程度にすればよろしい」に対して、
> 「いや、宮台さんは頑張って活動してる。活動に感染する人もいるはずだ」と反論し、
> それに私は「しかし宮台氏の活動を情報として享受して感動してるだけでは、
> 結局グローバル化の波に飲まれる」と話が流れるのは自然だし・・・
貴殿の立場・・・行動したけれはすればいい訳ですから、どうぞご自由に。
私としては、
> wiring | 2008年11月13日 23:32
> (それ自体は刺激的な)彼の<思想的言説>を刺激物として、
> 自分があれこれ考えるってのが、大人の立場
なーんて、正しいけどキザなコメント書く手合いとの間に、緊張関係を育みたかった訳。
wiring さんって、あれ以来、参加してこないんで、気抜けしてるんだけどね。
ノクノクとは、過去の履歴故に、仕方ない側面もあるんじゃないの?
> 「考えても情報を消費してるに過ぎないのなら、
> 面白い情報を享受してればいいんだ」という簡単な結論には警戒しないと、
> 複雑な思弁もその簡単な結論に飲み込まれますよ。って話。
> 「再帰的に政治談議してるんじゃないのか?」と疑念が膨らんでいく訳ですよ。
> もし本気なのだとした、それは再帰性じゃないですよ。
> 素朴に情報を獲得して、素朴に政治の情報を楽しんでいるだけの人になります。
では、ノクノクくんの合いの手に乗って、改めて、再批判。
> ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ(現状追認)
って批判(文庫『挑発する知』読んだのかい(笑)?)それ自体は、
確かに興味深いけど、ただね・・・、ノクノクの場合、
何故保守で悪いのか? 反省したうえで書き込んでるのか、大いに疑問。
保守で何が悪いんだい?(猫=保守≠革新って見方もあるよ)
確かに、精神的勝利法(阿Q)じゃ、当面何も解決しないでしょう。
それはそれとして留め置き、
解決できない問題に対する縁(よすが)を支えにすることって誰しもあるんじゃないの?
それのどこが、いけないのかね?
> 沈む事ができるくらい底の見えない程の相手という感じがしない。と
> 思えてきてしまうんです。迫力のある書き込みだと、とっさに
> 黙って読みいってしまうんですよね。そういう風な
> 考えさせられるモノがないと言うか・・・
ノクノクは君自身の物差しを是とする訳で、別に私は構わないよ。
> 私は変則的なことを一見してるように見えて、
> 枠組みにはキチンと沿っているんです。
> 守るべき事は守っているわけ。
確かに、コメント毎に、別人格が現れてるようで情緒不安定に見えます。
今でも、意図的に演じてるとは思えませんな。
ポストモダン的状況への甘えって見てます。
首尾一貫することに何の根拠もない訳だけど、
少なくともコメント欄という限られた世界では、
首尾一貫すること・・・ それが私の方針故、
批判する際にも要求している訳です。
嫌なら結構、私は批判するだけのこと。
> でも、沈思黙考さんは場所を弁えて書く感覚がない。
貴殿の意図通りには行きませんよ。少なくとも私はね。
> 削除ってそう言う意味じゃなくてね。書き込み自体は残して良いんですよ。
> ただ場所を移せって意味です。ここにあると可読性を損なうだけですよって意味。
そうなの? 全然伝わらなかったんだからしょうがないね。
場所を移せったって、今のところ、他の場所に興味ないし。
私はね、貴殿とのやり取りも含めた神保さんのブログでのコメントを、
いずれ訪れる我が子のノクノク期(=反抗期)に読ませようと思ってるんです。
「親父・・・随分威張ってたけど、大したことないじゃん」
「そう言って反抗してた俺って、ナンボのもんだ?」
って自己言及の難しさ・・・大人への階段を見せたくてね。
自己言及に対する評価に関して、貴殿と私は正反対のようですから、
貴殿には関係ないでしょうが、他に役立つ方もいると思ってるしね・・・。
> ・ちゃんと相手のほうを見て話す。
> ・最低限のマナーは守る。
> ・自分の主張を述べる。
結構な提案だけど、批判 = 侮辱と蔑視
って解釈されても困るんだわ。
貴殿のマナーと私のマナーがずれてるようだけど、
私・・・譲る必要を感じないから・・・。
> ノクノク | 2008年11月18日 04:26
> それからぼくの方が論理を使うのがうまいね。
> だって沈思黙考さんのはレッテル貼りと、要素分解、疎外論しかないもん。
> さっきから論理を使ってるのを見てないよ?
> 悪いけど、疎外論とか不完全性定理なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
> 中高生で卒業ですよ。構造主義のほうがてこずった。
> 脱構築はさらに難しいけどなんとか把握した。
抜きん出た力量を今だ見せてもらってない私としては、
こんなコメント書くところに、貴殿の羞恥心の無さを感じる訳。
批判する他ありまへん(笑)。
> ・・・しかないもん。
それは相手が貴殿レベルだからですよ。他の方のケースも同じと見做すのは時期尚早。
> ・・・なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
あんなに間違い続けて尚、平気で嘘をつけるところは驚く他ありまへん(笑)。
疎外論など笑っちゃうほどの取り憑かれ様(笑)。
> やっぱり読書が偏っていますね。・・・これじゃジェネラルにはなれません。
余計なお世話(笑)。
> 作った人たちは苦労したんだろうけど、
> 学ぶ人が同じくらい努力する必要なんてない。
使い方が妥当ならね。貴殿の場合、誤用してるから問題提起した訳。
不完全性定理の誤用は明らかだってことだよ。
誤用じゃないって?
じゃあ、貴殿は、不完全性定理を "脱構築" した訳だから、
世界中から賞賛されることになる訳だ(大笑)。
不完全性定理の誤用を
> さらさら書いた論理をそんな評価されても困る。
って逃げるなよ(笑)。なんせ、
> 不完全性定理なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
なーんて、大見得切ってるんだからね。
使い方が妥当じゃないんだよ。
力不足なんだから、指導教官に添削してもらったら如何(笑)?
> ・・・・と辿っていけば、最初の本質そのものに辿り着くのです。
本質そのものの存在を何が保証してるのか、言ってごらん。疎外論者。
> ノクノク | 2008年11月18日 19:19
キミにコンテンツの質を問われるとはね・・・(笑)。
3行の威力などなーんも感じないけど、どーなってるの?
お役目ご苦労だけど、
文字通り3行ってだけで、味も素っ気もなかったね。
ノクノク |
2008年11月19日 19:02
ここまで来たからには、書き込み総数300になるまでバカ騒ぎしろ。
ポストモダンには興味ないが、やる以上はトコトンやれ。
言っておくが、おれはお前の実存の面倒を見る気なんかないぞ。
ここまで来たらやるべき方向は逆向きだ。迷惑をかけろ。
今さら他人に迷惑をかけない事を考えてもしょうがない。
今、周囲への迷惑を考えるのなら「迷惑をかけないこと」ではなく「迷惑をかけること」だ。
ノクノク |
2008年11月19日 18:56
( ゚∀゚)アヒャ ん〜、そこまで開き直って情報消費するなら(私は否定的なんだけどね、
私はポストモダン的な情報消費を問題視してるのに、なぜか沈思黙考さんは
"情報と戯れていろ"と言ってくる。情報と戯れるのを肯定しているのは他の論客でしょ)
こっちの路線に持っていくのもいいな。
(´・ω・`)残念なことですが沈思黙考さんは呪われてしまいました。
私も呪われてしまうのは避けたかったんですよ。だから避けようとしたんだけど、
沈思黙考さんが暴れるから呪われてしまったのです。
人の気分を害してはいけないって、再三注意したじゃないですか。
どうして分かってくれないんですか? 私はね地獄に堕ちそうな人間を
放ってはおけないんです。だから沈思黙考さんヤメテ!と泣きながら
心の底から、キーボードを打っていたのに。願いは届かなかった。
もし沈思黙考さんがただの暴れん坊なだけだったら、地獄に堕ちただけで
済んだのに、私はあろう事か神に平和を実現を祈ってしまったのです。
でも平和は訪れなかった・・・。すると私が神に祈ってしまった平和への想いは
呪いとなって沈思黙考さんを苦しめてしまうのです。
(´;ω;`)ウッ…
なんで・・・・どうして・・・・・
あんまりだ、私は平和のために祈ったのに、どうして・・・こんな・・・・・。
なぜだ!! なぜこんな残酷な世界を神はお許しになるのだ!!
私は、ただ週末にマル激をみて、コメントして楽しみたかっただけなんだ。
小さな歓びかもしれない。だけど・・小さな歓び・・・・・その小さな歓びさえも、
この世界は許されないのか・・・・。
出会ってしまったのが間違いなのか、生まれてきたのが間違いなのか。
生まれてこなければ・・・・・こんな哀しい想いすることなかった。
・・心が引き裂かれるくらいの苦痛・・・・死ぬよりも酷い気持ちにならずにもすんだ。
でも私は生きる・・・。生きてこの世界の創造主と戦うんだ。
地獄に堕ちてしまった人を助けるためにも、
そして、小さな平和を実現するためにも。それが私が生きていく使命なんだ。
(・∀・)「カチッ、送信っと!」
(,,゚Д゚)「またやってるよ」
(・∀・)「どこまでが本気だ〜」
(´・ω・`)なんで、ぼくこんなん言わせられてるの?
( ゚∀゚)アヒャ
ノクノク |
2008年11月19日 18:50
ほら、誰も読んでないだろ?
「おまたせ」とか、誰も待っちゃいないんだよ。
ブログ管理人も、閲覧者も、書き込む予定だった人も、ノクノクもみんな迷惑してるんだよ。
空気読めなすぎだ。
こうなったら「誰も読まないよ、こんな膨大な書き込み・・・・」と
物量に持っていくしか解が残されてなくなる。
だから、私は削除してもいいと言ってるんだよ。これじゃ迷惑を考えるとかそんな段階じゃない。
強制的な権限を行使して事態を収拾させるのが先決だ。
言っとくけど、「読んでない」と見越していたのは私だからな。
読まれていると妄想爆発させて迷惑かけ続けていたのは、沈思黙考だ。
責任持って2Mくらい書き込め。そうすれば中身に意味がなくともメタ情報として
「重い・・・」という意味が持たせられる。こうなったら「迷惑をかける」という
方向にトコトンもって行くしかない。必要悪になれ。
ノクノク |
2008年11月19日 18:45
誰も読んでないので、いつまでも好きにやってなさい。
それにしてもこのサイトを運営するビデオニュースさんや、他の会員への迷惑などは、全く考えないのでしょうか。
こういう人がいるから、早晩コメント欄は閉鎖され、意見交換をする貴重な場がまた一つ失われてしまうのですね。とても残念です。
bypasser |
2008年11月19日 14:33
なんだ、もう終わり? あのね中身がない空転した議論に持っていったのは沈思黙考さんだよ? そうなったら物量がものをいう領域なんだから呆れるほどに書かないとならんでしょ。これじゃ中身は空っぽだわ、量的にも足りないわで、中途半端だ。もし量でやるなら、1Mくらいの書き込みを投稿しないとならない。
すると読んだ人は思うわけですよ。「この膨大な書き込み量が、なにか社会的包摂に役に立つのか?」と。
「このコメントでのやり取りが、社会的包摂そのもの」って言うのは動物化論だよね。
「いや、情報と戯れているだけじゃ良くない」と思い立って社会に身を投じるのが実存主義者なわけだ。
「政治は動物化でいいけど社交性は身に付けた方がいい。でも結局は中途半端な成熟」が決断主義。
「情報と戯れているだけじゃ良くないけど、社会や町を実存の力で変えるのは個人にかかる負担が大きすぎるので、設計を活用すべき」がいわば、アナーキズム的設計主義者。ノクノクも該当。
「近代的な自我と個を確立しよう、そして公共空間を実現するのだ」といって頑張るのが近代主義者。
「でも、公共空間にいること自体が、資本主義に飼い慣らされてるじゃないですか」と宙ぶらりんなのがポストモダン。
そして「公共空間は作りものだなんて言うな!許せん!」と認めたがらずに怒り出す人もいるわけですよ。沈思黙考さんが該当してる。
でも一般論を言っただけで、そんな騒がれても困る訳ですよ。「知的な言説そのものが既に消費物になっていて、その振る舞いはサブカルを消費してる人々と同じだ」ってのは、それほど凝った意見でもなくて、もはやクリシェの域にまで達してます。消費物になっている状況を踏まえた上で各人意見が分かれている訳ですよ。ノクノク | 2008年11月14日 18:46でも、それを言ってたでしょ。
私的には、ブログでのやり取りで社会的包摂が実現してるとは思えないし、直接社会に関わるのも負担は大きい。だから中間に何かを設けた方が良いと思っていて、その中間にあるのは集団ではなく設計だろうという考え方。言わば、唯物的動物化を推してます。
まず現状認識として「知は消費物である」ことを踏まえて、そして現状を踏まえた上で立場を規定しないと議論が成り立ちません。**(都合上削除)**に着目しているのは設計主義者からの意見であって、身を乗り出して***(都合上削除)***へと行こうとする実存主義ではないです。
「それでも深い考察は社会のためには必要なんだ」と言いながら、かつ「しかし動物化ではない」と言い張るのなら、私から言わせればそれはロマン主義者です。『マル激』や『神保・宮台』をブランドとして認めず、社会と一体となった営みなのだ、と主張することになるのだから、現実と情報の境界線が消えることになります。現実も観念も一緒くただと言うのなら、もうそれは理想どころかロマンでしょう。
そして、繰り返しになりますが私は『マル激』や『神保・宮台』をブランドとして認めつつ、かつ視聴することは学習として意義があることだとも認めつつも、同時に政治に対して警戒を怠るなと言ってるのです。油断してると一斉に持ってかれます。そして警戒するための方法が設計だと言うのが主張。個人が剥き出しのまま政治に警戒するのは無防備過ぎます。かといって『マル激』や『神保・宮台』は、あくまでブランドだから個人の内面であっても「包摂される部分」と「包摂されない部分」とに分かれてしまいます。そして包摂されてない脆弱な部分が個人に剥き出しのまま直撃してしまうのです。
で、なんで**(都合上削除)**が良いのかというと、たぶん**(都合上削除)**設計に守られているんですよ。まず**(都合上削除)**ので人間の感覚と相性がいい。**(都合上削除)**は産業化してる。一応、法制度もある。医療もある。保険まである。地域や公園は**(都合上削除)**住みやすい、**(都合上削除)**にまでなってる。**(都合上削除)**効果まである・・・等々。ハッキリ言ってしまえば、下手なホモサピエンスよりも**(都合上削除)**の方がよっぽど裕福で快適な**(都合上削除)**といえるでしょう。だから《**(都合上削除)**》は《弱者保護》のメタファーであると同時に、《動物以下の人間》というアイロニーでもあるのです。
ただ、我ながら自分は郵便論に影響受けているな〜と思う。思考をオブジェとして見る傾向にある。
ノクノク |
2008年11月19日 12:30
だから、私は困っているんですよ。この際いい機会だから、前回と違ってトコトンやってる訳です。これ演出じゃないからね。あまりに困っているんでVNにメールもしてます。これじゃ議論にならないわ、何か対応すべきだ。
たぶん「知が消費物になっている」というのが、感情のフックに引っかかってるんでしょう。私は一般論として「知は消費物で、知を消費してる間に権力の思う壺になるよ」と言っているのに、それが逆向きになっていて「だったらノクノクは権力の思う壺になっていれば良いんだ!!」「ポストモダン状況に甘えてる」とか返ってくる。
私はその原因も指摘していて、「AはBになる」と書くと毎回「「A」はBになるだろ」と返されてされるから困っている訳。それが要素に分解と言っているんだよ。構造主義の神話学が最後に辿り着いた方法だ。
もし私が統合失調症なら、彼は自閉症ですよ。他者が見えていなくて、自分の中の他者と、戦っている状態。要するにノクノクの方を向いておらず、自分の中のノクノクと話してるから「相手はこれを認識しているであろう」という、他者の心の動きが見えなくなっている。そりゃ一貫するわ、自分しか見てないんだから。
見れば分かるけど、批判じゃないんだよこれ。改善とか提案ではなくてただ虚像としてのノクノクに噛み付いてるだけだからさ。例えば「批判を、侮辱と蔑視と受け止めてはない」は「蔑視や侮辱を、批判と言いくるめる」に反転させられる訳で、しかもそれすぐ分かる発想だろ?本当に自己言及しているなら一瞬で出せる答えだ。これは自己言及してない証拠だ。たぶんクリシェとして《批判を侮辱とか蔑視として受け止めてはいけない》と使っているんでしょ。
「ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ論」を括弧に入れているのに、それで反省して書いているように見えないと思う発想の方が不思議だわ。どう見ても反省的に書いてるだろ。「何故保守で悪いのか?」にしても、あんたの妄想だろ?大丈夫か?私は「ポストモダン左翼は現状追認の保守と同じ」とは言ったが、価値については留保してるだろ。どこにも「悪い」と書いてないし、そんなニュアンスすらないぞ。自閉した世界で妄想されても困る。
挙句の果てには《反抗期》ときたもんだ・・・・。それさ神話だよ? 思春期や成長期はたぶんあるでしょう、科学的にも観測できる。だけど反抗期に関しては科学的な観測は一切ない。現に《うちの子は反抗期がなかった》というフレーズまであるでしょ。
「ポストモダン的状況に甘えてる」と言いながら「何故保守で悪いのか?」と自分の妄想に、自分の妄想で反発していて、妄想の中でも一貫性すらない。「ポストモダン的状況に甘えてる」のがネガティブな意味ならば保守するなよ。逆に保守しても構わないと思うならポストモダン的状況を肯定しろよ。どっちかにしろ。
そもそもポストモダンとか私にはあまり関係ないだろ。私は唯物論者&構造主義者だぞ。過去の書き込みを見てもそれはわかる。かなり物質面に言及している。
私の主張ってちゃんと読めば分かるけど何を言いたいのかが割りと明確なんだよ。少なくとも郵便論や脱構築よりは分かり易いはず。要するに「個人が国家と剥き出しにならないようにする。そのための方法が設計」ってだけ。
毎回バカ騒ぎされているから、猫論に関しても潰されてる。
とにかくブログ管理者はなんとかすべき。これじゃ何も議論ができん。傍観者になるな。責任を果たすべきだ。リベラリズムなんだろ?だったら、まずは議論ができる土台を作れ、こんなだらしがないコメント欄ないぞ。
ノクノクの主張を否定されているのなら、まぁ仕方がないと思って受け入れるが、ネームを攻撃されたら、なにも対応が出来ない。
それから「沈思黙考は殺されるべき」はある意味正解だよ。これだけぶっ壊れた空間であることを証明するのには最適なワードだ、それだけでここは破れ窓であることの証拠になる。
ノクノク |
2008年11月19日 12:18
宮台さんが以前、日本人はディベートの訓練をうけておらず感情のフックに引っかかりやすい、とおっしゃっていました。しかしまさかVideonewsの掲示板で、下記のような、感情的な議論が展開されるとはおもってもいませんでした。議論する場合、Ad hominemは避けるべきです。
無記名 |
2008年11月19日 09:47
お待たせ・・・
> 無記名 | 2008年11月18日 02:09
無記名=ノクノクでいいのかな?
> これ見て「魂が穢れたことをノクノクは語っている」と思うのって
> どんな読解力なの?死ぬの?
読み方指導ですか? 懲りないね。
好きなように読ませてちょーだい(笑)。
> ノクノク | 2008年11月18日 02:13
> 場違いなんだから、ここには書かないよ。
> 逃げとかじゃなくて常識でしょ。
何で? お前さんの常識には、信頼置いてません。
> ノクノク | 2008年11月18日 04:01
> 逃げとか弱虫とか言ってる事が、逃げているんです。
そうかね? お前さん好みのワンフレーズじゃないか(笑)。
> 場違いな書き込みは控えるのは最低限のマナーですよ。
> 突撃する2ちゃんねらーや、面白いから炎上させているだけの人と同じです。
"沈思黙考は殺されるべきだな"、
"こういう人は恥がないから自殺しない。誰かぶっ殺すべきだ"
キミの台詞(↑)だよ・・・
ノクノク如きにマナーを云々される覚えは金輪際全くないな。
> 私からすると、さきほどの二つの自分の書き込みが最低の書き込みです。
> 沈思黙考的にはそれで良いんだろうけど、私から言わせればあり得ない。
> 場違いな書き込みは悪いこと。そして今回は乗ってしまった。これは失敗です。
こういうイクスキューズで来ましたか・・・
"殺されるべきだな"、"ぶっ殺すべきだ" って書き込みに対する反省は、
謝罪ではなく、失敗って総括する訳なんだ・・・
なるほど・・・ これは自由の対価って問題だな。
確かに、私は、"何でもあり" ってのに与してる訳だけど、
さりとて、何でもする訳じゃない。
社会人になって以来、"殺されるべきだな"、"ぶっ殺すべきだ"
なーんて、見得を切ったことなど全くない(笑)。
今後に関しては、留保ってのが、自由の大好きな私の構えです。
留保と実行は雲泥の差。
ノクノクは、ある種の橋を渡ったってこと。自己責任で頑張れ。
「悪口いっぱい書いちゃった・・・。でもボク(=ノクノク)はこんなこと、
ホントはしたくなかったんだヨー」
最低の書き込みとやらをしたことの責任を回避する方便って訳だ。
したたかな拗ね者・・・。
> 「分からない奴は叩いてもいいんだ」と言うのは、
> 「ある条件を満たせば何をしてもいい」と言ってるのと同じで、
> もうそれは思考じゃないんですよ。
> 〈ある条件〉とやらを絶対視してるだけの信仰になってしまうんです。
私がそんなこと、どこで言った?
間違ってる(矛盾してる)から、その旨指摘したら、
論点ずらして居直った・・・ ってのが私の見解。
"何をしてもいい" って私の見解に "ある条件を満たせば" なんて条件もつけてない。
信仰好きだったのは、私じゃなくて、疎外論信仰者のお前だ。
> 所構わず「理解できない人には、いつ、どこで、
> どんな状態であっても叩いてもいいんだ」
随分大仰な書きっぷり・・・。憎悪があるのかね?
気になるコメントを批判して何が悪いのかね?
コメントを公けにするってことは、相互批判を覚悟するってのが常識。
貴殿が粋がるもんだから、一社会人として、躾てる訳。
> 「マル激での宮台先生のお言葉は参考程度にすればよろしい」に対して、
> 「いや、宮台さんは頑張って活動してる。活動に感染する人もいるはずだ」と反論し、
> それに私は「しかし宮台氏の活動を情報として享受して感動してるだけでは、
> 結局グローバル化の波に飲まれる」と話が流れるのは自然だし・・・
貴殿の立場・・・行動したけれはすればいい訳ですから、どうぞご自由に。
私としては、
> wiring | 2008年11月13日 23:32
> (それ自体は刺激的な)彼の<思想的言説>を刺激物として、
> 自分があれこれ考えるってのが、大人の立場
なーんて、正しいけどキザなコメント書く手合いとの間に、緊張関係を育みたかった訳。
wiring さんって、あれ以来、参加してこないんで、気抜けしてるんだけどね。
ノクノクとは、過去の履歴故に、仕方ない側面もあるんじゃないの?
> 「考えても情報を消費してるに過ぎないのなら、
> 面白い情報を享受してればいいんだ」という簡単な結論には警戒しないと、
> 複雑な思弁もその簡単な結論に飲み込まれますよ。って話。
> 「再帰的に政治談議してるんじゃないのか?」と疑念が膨らんでいく訳ですよ。
> もし本気なのだとした、それは再帰性じゃないですよ。
> 素朴に情報を獲得して、素朴に政治の情報を楽しんでいるだけの人になります。
では、ノクノクくんの合いの手に乗って、改めて、再批判。
> ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ(現状追認)
って批判(文庫『挑発する知』読んだのかい(笑)?)それ自体は、
確かに興味深いけど、ただね・・・、ノクノクの場合、
何故保守で悪いのか? 反省したうえで書き込んでるのか、大いに疑問。
保守で何が悪いんだい?(猫=保守≠革新って見方もあるよ)
確かに、精神的勝利法(阿Q)じゃ、当面何も解決しないでしょう。
それはそれとして留め置き、
解決できない問題に対する縁(よすが)を支えにすることって誰しもあるんじゃないの?
それのどこが、いけないのかね?
> 沈む事ができるくらい底の見えない程の相手という感じがしない。と
> 思えてきてしまうんです。迫力のある書き込みだと、とっさに
> 黙って読みいってしまうんですよね。そういう風な
> 考えさせられるモノがないと言うか・・・
ノクノクは君自身の物差しを是とする訳で、別に私は構わないよ。
> 私は変則的なことを一見してるように見えて、
> 枠組みにはキチンと沿っているんです。
> 守るべき事は守っているわけ。
確かに、コメント毎に、別人格が現れてるようで情緒不安定に見えます。
今でも、意図的に演じてるとは思えませんな。
ポストモダン的状況への甘えって見てます。
首尾一貫することに何の根拠もない訳だけど、
少なくともコメント欄という限られた世界では、
首尾一貫すること・・・ それが私の方針故、
批判する際にも要求している訳です。
嫌なら結構、私は批判するだけのこと。
> でも、沈思黙考さんは場所を弁えて書く感覚がない。
貴殿の意図通りには行きませんよ。少なくとも私はね。
> 削除ってそう言う意味じゃなくてね。書き込み自体は残して良いんですよ。
> ただ場所を移せって意味です。ここにあると可読性を損なうだけですよって意味。
そうなの? 全然伝わらなかったんだからしょうがないね。
場所を移せったって、今のところ、他の場所に興味ないし。
私はね、貴殿とのやり取りも含めた神保さんのブログでのコメントを、
いずれ訪れる我が子のノクノク期(=反抗期)に読ませようと思ってるんです。
「親父・・・随分威張ってたけど、大したことないじゃん」
「そう言って反抗してた俺って、ナンボのもんだ?」
って自己言及の難しさ・・・大人への階段を見せたくてね。
自己言及に対する評価に関して、貴殿と私は正反対のようですから、
貴殿には関係ないでしょうが、他に役立つ方もいると思ってるしね・・・。
> ・ちゃんと相手のほうを見て話す。
> ・最低限のマナーは守る。
> ・自分の主張を述べる。
結構な提案だけど、批判 = 侮辱と蔑視
って解釈されても困るんだわ。
貴殿のマナーと私のマナーがずれてるようだけど、
私・・・譲る必要を感じないから・・・。
> ノクノク | 2008年11月18日 04:26
> それからぼくの方が論理を使うのがうまいね。
> だって沈思黙考さんのはレッテル貼りと、要素分解、疎外論しかないもん。
> さっきから論理を使ってるのを見てないよ?
> 悪いけど、疎外論とか不完全性定理なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
> 中高生で卒業ですよ。構造主義のほうがてこずった。
> 脱構築はさらに難しいけどなんとか把握した。
抜きん出た力量を今だ見せてもらってない私としては、
こんなコメント書くところに、貴殿の羞恥心の無さを感じる訳。
批判する他ありまへん(笑)。
> ・・・しかないもん。
それは相手が貴殿レベルだからですよ。他の方のケースも同じと見做すのは時期尚早。
> ・・・なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
あんなに間違い続けて尚、平気で嘘をつけるところは驚く他ありまへん(笑)。
疎外論など笑っちゃうほどの取り憑かれ様(笑)。
> やっぱり読書が偏っていますね。・・・これじゃジェネラルにはなれません。
余計なお世話(笑)。
> 作った人たちは苦労したんだろうけど、
> 学ぶ人が同じくらい努力する必要なんてない。
使い方が妥当ならね。貴殿の場合、誤用してるから問題提起した訳。
不完全性定理の誤用は明らかだってことだよ。
誤用じゃないって?
じゃあ、貴殿は、不完全性定理を "脱構築" した訳だから、
世界中から賞賛されることになる訳だ(大笑)。
不完全性定理の誤用を
> さらさら書いた論理をそんな評価されても困る。
って逃げるなよ(笑)。なんせ、
> 不完全性定理なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。
なーんて、大見得切ってるんだからね。
使い方が妥当じゃないんだよ。
力不足なんだから、指導教官に添削してもらったら如何(笑)?
> ・・・・と辿っていけば、最初の本質そのものに辿り着くのです。
本質そのものの存在を何が保証してるのか、言ってごらん。疎外論者。
> ノクノク | 2008年11月18日 19:19
キミにコンテンツの質を問われるとはね・・・(笑)。
3行の威力などなーんも感じないけど、どーなってるの?
お役目ご苦労だけど、
文字通り3行ってだけで、味も素っ気もなかったね。
沈思黙考 |
2008年11月19日 07:11
「ネットでは、コンテンツではなくコミュニケーションが優越する説」があるけど、
沈思黙考さんは地でそれを行ってるのか? 再帰性を主張しているけど
情報に対しては再帰的になれてないみたいだな。
ノクノク |
2008年11月18日 19:19
オバマ当選にからんで米国や日本の経済の
ことが番組中議論されていたが、
丸激は出演者に経済学の素養がないために
変に物語的であったり、
変な意味付けがなされていて、
まるで、さえない大手新聞テレビを観ている
ような気分になり、
正直言って、いたたまれない。
マクロの経済に焦点を当てる時は、
経済史家ではなく、
企業お抱えの理論なきエコノミストでもなく、
これから中長期にわってトレンドになるであろう
ニューケインジアン等の主流派経済学を修めた
人物をゲストに招いて欲しい。
よしや |
2008年11月18日 11:40
> 試しに三行でやってみな。
って、しょうもないリクエスト受けて、
私が返答するまでに、3行で終わってた試しがない(笑)。
困った早漏クンだな(笑)。
自分で言い出したことぐらい実行してみなよ・・・(笑)。
猫・・・猫・・・なんだろ(笑)?
ガマン、ガマン・・・(笑)。
沈思黙考 |
2008年11月18日 08:09
それからぼくの方が論理を使うのがうまいね。だって沈思黙考さんのはレッテル貼りと、要素分解、疎外論しかないもん。さっきから論理を使ってるのを見てないよ?
悪いけど、疎外論とか不完全性定理なんて余裕。一瞬で要諦がわかる。中高生で卒業ですよ。構造主義のほうがてこずった。脱構築はさらに難しいけどなんとか把握した。システム論も難しい。
そんなもん返信なんかしなくてもいいもん。ただ最近はあまり論理を使ってないから、たまにはと思って、2008年11月17日 21:05と、2008年11月17日 20:06 を作っただけ。やっつけ仕事でも、これだけ論理をこれだけ回すことが出来る。「論理」は思考の中ではクラシックだからね。中級者向けでしょ。こんなの形式形式。
ビジュアルについての批評に、「物語」だしてどうするよ…。そこは「評論」「萌え」「認識」で対抗すべきでしょ。やっぱり読書が偏っていますね。マンガ表現論とか、マンガ批評を読んでないみたい。これじゃジェネラルにはなれません。
なんか論理とか疎外論を難しい物にして置きたいみたいだけど、これ難しくないでしょ。日本は翻訳に問題があったり、哲学を拝んじゃうから本当の哲学は根付かなかったと、言われるくらいですよ。作った人たちは苦労したんだろうけど、学ぶ人が同じくらい努力する必要なんてない。
あとさ、さらさら書いた論理をそんな評価されても困る。別に論理があちら側にあっても良いでしょ、超越的で面白いと思うよ。精神活動としてはアリです。それに法則や理性を司る、物質とは違った本質存在があっても良いだろうし、本質存在を発見できれば科学的には大革命だ。最初から放棄することもない。
〔だから論理はイデアからやって来る本質です。人間はマリオネットであり、中身なんてないんだから魂を埋め込んであげないと動かないでしょ? 人間は最初から思考が出来たんですか?文字が読めたんですか?違うでしょ。大人から教えてもらったから習得できたんです。そうやって文字を教えてくれた先生の、先生の先生の先生の先生の・・・・と辿っていけば、最初の本質そのものに辿り着くのです。論理人間作った物だなんて驕ってはいけません。大いなる本質存在の一部を利用させているのだと、感謝して使わなくては論理を使う人間が荒廃していくのです。〕
とか、〔〕←やっちゃう訳ですよ。こんなの情報消費だもん。
ノクノク |
2008年11月18日 04:26
私としてはこういう事はしたくないんですよ。論理とか今回の番組には関係ないですからね。逃げとか弱虫とか言ってる事が、逃げているんです。場違いな書き込みは控えるのは最低限のマナーですよ。それが出来ないのならコメント欄なんか使っちゃダメ。突撃する2ちゃんねらーや、面白いから炎上させているだけの人と同じです。
私からすると、さきほどの二つの自分の書き込みが最低の書き込みです。沈思黙考的にはそれで良いんだろうけど、私から言わせればあり得ない。こういう書き込みは消してもいいと思いますよ。話を拡散させてごちゃ混ぜになるだけですから。
私は間違えに関してはキチンと認めるんです。場違いな書き込みは悪いこと。そして今回は乗ってしまった。これは失敗です。
ゲーデルの不完全性定理を分かっているなら場違いなことはしません。前提には必ず一箇所は、前提を解体するツボがあるからです。そのツボを好き勝手に突いていたら前提は共有できなくなる。だから、言いたい事があっても、ここはそういう場ではないと思えば堪えるんですよね。
すでにコメント欄には〈ノクノクと沈思黙考のやり取り〉という文脈は形成されています。しかし、それを好き勝手出してたら我侭という物です。「分からない奴は叩いてもいいんだ」と言うのは、「ある条件を満たせば何をしてもいい」と言ってるのと同じで、もうそれは思考じゃないんですよ。〈ある条件〉とやらを絶対視してるだけの信仰になってしまうんです。
なので私は日常の世界で思考し続けると、日常の中に絶対性を規定しちゃって危ないので、非日常の中に絶対性は置いておけと言ってる訳ですよ。神様とか魂とか言ってた方が無難なのです。そうしておけば少なくとも、所構わず「理解できない人には、いつ、どこで、どんな状態であっても叩いてもいいんだ」とは成らずに済む。傍から見ればアホみたいだけど「魂が穢れるからやらない」とか「神様が怒るのヤダ」と言っている方が、世俗的な健全性は保たれます。
話を元に戻せば、「マル激での宮台先生のお言葉は参考程度にすればよろしい」に対して、「いや、宮台さんは頑張って活動してる。活動に感染する人もいるはずだ」と反論し、それに私は「しかし宮台氏の活動を情報として享受して感動してるだけでは、結局グローバル化の波に飲まれる」と話が流れるのは自然だし、私自身も「報道のエンターテインメント化」について疑義を呈しているのだから過去の発言からも不自然ではないでしょう。
それに対して〈ある条件を満たした人には何してもいいんだ〉という絶対性を理由に暴れられたら、コメント欄なんて書き散らしになりますよ。
もし異見するのだとしても順を追うべきでしょう。こうやって政治談議すること自体が資本主義の中での情報消費になっている現状を踏まえない事には、議論は足踏みするだけです。
そこで私は「考えても情報を消費してるに過ぎないのなら、面白い情報を享受してればいいんだ」という簡単な結論には警戒しないと、複雑な思弁もその簡単な結論に飲み込まれますよ。って話。
ただ、私が一つ疑問を挟むとね。「政治談議も資本主義の情報消費に過ぎない」のは、再帰性を度々口にする沈思黙考さんは分かっていると思っているので、安心して指摘してるんですよ。半分は役回り的な意味も込めてね。でも、書き込みの反応を見ていると「再帰的に政治談議してるんじゃないのか?」と疑念が膨らんでいく訳ですよ。もし本気なのだとした、それは再帰性じゃないですよ。素朴に情報を獲得して、素朴に政治の情報を楽しんでいるだけの人になります。「情報消費の体現することで、高度にそれを示しているのか?」と思うこともありますが、どうも違うんですよね・・・・。
教条主義批判を教条主義的にやって、自分が教条主義に陥っている気がするんだけどな・・・。あのですね、当たり前ですが教条主義って"批判"ができないんですよ。なぜなら教条主義を批判すること自体が、また教条主義になってしまうからです。だから教条主義を否定するのは"批判"ではなく、"演じる"ことなんですよ。ある時点では教条的に振舞っていた人が、ある時点で途端に教条を捨てる振る舞いを持ってして教条主義から脱せられるし、その為には矛盾律を使うことになります。(論客の中には矛盾律を好んで使う人は多いですね。)
で、前にどこかで教条主義批判を沈思黙考さんはしていたから、もしかしてミイラ取りがミイラになってないかなと思った。要するに「私は演戯をしてますよ」という雰囲気を出せればいいんですよ。「演出」とは言っているけどなんか違う。
沈む事ができるくらい底の見えない程の相手という感じがしない。と
思えてきてしまうんです。迫力のある書き込みだと、とっさに
黙って読みいってしまうんですよね。そういう風な
考えさせられるモノがないと言うか・・・上辺だけ書いて自分も教条って感じで・・・。
今回は前回と違って逃げ場がなかったから項目は汚し放題になったけど、場を変えられれば変えてましたよ。私は変則的なことを一見してるように見えて、枠組みにはキチンと沿っているんです。守るべき事は守っているわけ。
でも、沈思黙考さんは場所を弁えて書く感覚がない。だから「恥ずかしいから削除して欲しいんだろ?」とぶっ飛んだ発言が出てくるんです。
〔削除ってそう言う意味じゃなくてね。書き込み自体は残して良いんですよ。ただ場所を移せって意味です。ここにあると可読性を損なうだけですよって意味。〕それと、左記の〔〕の説明いるのか?って疑問。場違いってことくらい普通言われなくても分かる。
どうやら常識がない上に「ノクノクは恥ずかしいと思っているんだ。」と妄想までしてる。この妄想もおかしくてね。もし私が恥ずかしいと思っているなら良いんですよ。むしろその方が都合がいい、認めれば話は終わるんだから。でも思ってないんだから恥ずかしいと思う対象もないのに恥ずかしいと思えといわれても、「なんだその妄想は?」としかならない。
逃げとかじゃなくて、これらは当たり前のことです。
・ちゃんと相手のほうを見て話す。
・最低限のマナーは守る。
・自分の主張を述べる。
それを指摘すると逃げてるとか恥ずかしいとか、ちょっとね・・・・理解に苦しみ。
ノクノク |
2008年11月18日 04:01
な、威厳がないだろ?
ノクノク |
2008年11月18日 03:38
論理的な思考もできてないな。論理が出来ていれば場違いなんだから、ここには書かないよ。
逃げとかじゃなくて常識でしょ。
ノクノク |
2008年11月18日 02:13
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php
でもさぁ・・・これ見て「魂が穢れたことをノクノクは語っている」と思うのって
どんな読解力なの?死ぬの? 「観客は分かってると思う」って
ぼくは沈思黙考が(壮絶的なスケールの)バカってのは分かると思う。
無記名 |
2008年11月18日 02:09
使えない人が偉そうに言ってもね・・・。
君、それ使えないでしょ? 私は長文も短文もダブルで使ってるぜ?
言ったからには実行してるのさ。
ノクノク |
2008年11月18日 01:52
お待たせ・・・。
> ノクノク | 2008年11月17日 20:06
> ノクノク | 2008年11月17日 21:05
> ノクノク | 2008年11月18日 00:31
> あー、それね。それ論理じゃなくて、
> 記号、言語、認識についても踏まえておかないと読めないと思う。
それってどれなのさ?
これも空回り(=批判からの逃亡=煙に巻く)作戦の一環なのかい?
> 論理が矛盾でも無矛盾でも、認識を行う主体はいずれかの判断をしており・・・
嘘をつけ(笑)。留保(意図的盲目)って姿勢もあるよ・・・。
> 論理は純然とそれ自体が在るのか
論理に「あちら側」がないってのは、進歩だな。
疎外論に取り憑かれていたくせに、論理には適用しなかった点、
なかなか賢明だったんじゃないの(笑)?
願わくは、私に懇々と説諭される前に、
疎外論自体を反省できればよかったのにね(笑)?
疎外論から解脱できたようでなりより(笑)。脱洗脳その1(笑)。
> 矛盾している時は、モードが現実に移行しているのです。
先般指摘した通り、
ポストモダン的状況に甘えてるってことだな。現状追認のトンチキくん。
不確定性原理や不完全性定理に格好つけて、
自分の底の浅さを糊塗してるのが丸見えなんだよ。
お前さん、ホントに不確定性原理や不完全性定理を吟味したことあるのかい?
私など、随分苦労したもんだけど、貴殿とのやり取りから察するに、
とても理解できるレベルに達しているとは思えまへん。
結果のみを濫用している俗物レベルってことだな。
> 内容がなくてもビジュアルだけで通用する。
しょうがない奴・・・。繰り返して進ぜよう。
> 哲学よりもプロパガンダが優勢なのは、
> 古今東西普遍の史実にすぎません(微笑)。
>> ノクノク | 2008年11月14日 18:46
>> ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ(現状追認)
> とは、なーんの関係もありません。付け刃ってのはこんなもん(笑)。
> 仲正昌樹著『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』
> 「単純な「物語」によって思考がショートしていて、
> 何を言われても自分の聴きたい話しか耳に入らないような輩(=ノクノク)」
> 下支えとしては理論はあるべきです。
> しかし実際に対抗するためには
> 《KY》とか《失われた10年》みたいな爆発力もないと無理じゃないかなと。
ご高説結構なことです。貴殿の場合、
論理の世界からは、力不足ゆえ、退却して、プロパガンダの世界で戯れよ。
> ダラダラ書くだけじゃなくてその瞬発力を掴むんですよ。俳句のセンスです。
ところどころに味な表現があるから、
中には煙に巻かれる若い読者がいるかもしんないけど、
私の批判から貴殿が逃げてることは、読む人が読めば、分かっちゃうんだよ。
逃亡者よ・・・。私が、ワンフレーズの威力云々について、いつ俎上に上げたんだい?
貴殿の矛盾を指摘したことに対し、論点をずらして、
"ダラダラ" 書き込んでるのはお前だよ。
沈思黙考 |
2008年11月18日 01:33
ほらね。権力の臭いに敏感な人ならここに「ワンフレーズ」の力が発生してるの分かるでしょ(ヒソヒソ)。ダラダラ書くだけじゃなくてその瞬発力を掴むんですよ。俳句のセンスです。
ノクノク |
2008年11月18日 00:31
そこで「認識=論理」が成り立つのか気になり、文章の体を成してない書き込みを作成するのです。それが、これとか、http://www.jimbo.tv/videonews/000362.php これ、http://www.videonews.com/on-demand/341350/001196.php
(*゚∀゚)ノアヒャ近親相姦しまくりの金髪美少女くぱぁです。(●)ロリコンども!もオオヨロコブ!!!!!!!。すると文体がタグっぽい事に気付くのです。それらテクストは日本語が読めたり元ネタを知っている事を持ってして論理といえるのか、そうではなく読めるからといって論理とは限らないのか。つまり論理的な思考がどうして成り立つのか?です。ネットは論理的な思考との相性が悪くて、直観(直感ではない)的だと思うので、ではネットやポストモダン状況での論理とは一体何なのか、そもそも成立しうるのか、成立したとしたらどれだけ共有できるのか、共有されるのは全部である必要があるのか、部分的に共有されるだけで十分だとしたら乗り遅れた人は参加できないのか、とか色々考えてたのです。それで、矛盾や論理はどこに行っちゃったのかな〜と探してる。
マンガでもそうだけど、最近のはビジュアルが奇麗なんですよ。内容がなくてもビジュアルだけで通用する。すると美意識や感受性だけになっていて、動物的な反射とも取れる反応の中のどこに理性を組み込めるのか工夫の余地があったりする。あるいは理性を組み込んでも、その理性が美意識や感受性に過ぎずフラット化しているだけなのかとか。
他にも「自己責任論」ってありますけど、私はなんであれが強力なのかと言うと短いからだと思ってるんです。『文化系トークラジオ Life』の『失敗学2008年10月』の回でも話題になってましたが論理的にはいくらでも論破できます、がしかし《自己責任》はたったの4文字ですから、この短さに対抗できない。もちろんだからと言って、論理を構築することは無駄とは言わない、下支えとしては理論はあるべきです。しかし実際に対抗するためには《KY》とか《失われた10年》みたいな爆発力もないと無理じゃないかなと。それも自然な形で。
どこに論理が行ってしまったのかな〜と。「物語のゆくえ」ならぬ「論理のゆくえ」みたいな。
ノクノク |
2008年11月17日 21:05
あー、それね。それ論理じゃなくて、記号、言語、認識についても踏まえておかないと読めないと思う。「一貫した論理は記号の世界だけにしか現れない。」に関してはおそらく誤読してますよ。
「論理の絶対性を担保するものはないとゲーデルの不完全性定理でも証明されている」と反論されていますが、私が言ったのは「論理が記号の中に現れることについて」です。この場合は「記号」が重要になってくる。公理は公理自身の無矛盾性を証明できませんが、その無矛盾性を証明できない状態では、表面上は論理的になっているのです。その表面的というのが、人間が認識可能な状態であり、記号になっていると言う事です。
例えば「私は嘘つきです」は見るからに矛盾していて論理として成り立っていない。対して「私は正直者です」なら矛盾なく成立します、しかし今度は公理が分からないので「私は正直者です」と発言した者が嘘つきなのか正直者なのかが、前提が定まらない。なので一貫した論理を構築するのは不可能となるのです。
そこで私が言及しているのは「私は正直者です」を読んだり聞いた人についてです。「私は嘘つきです」を聞いた人は「矛盾した発言だ」と認識します。「私は正直者です」を聞いた人は「この人が正直者なのか嘘吐きか分からない」と認識する。そうやって発言を認識する人には、認識の仕方に一貫性があるのです。論理が矛盾でも無矛盾でも、認識を行う主体はいずれかの判断をしており、こうして認識が出来ている状態が、「論理や文字が記号となっている状態」と言うことです。
逆の命題として「記号を模様や音としてしか認識できない主体には論理が現れない」が成り立つかもしれないけど、当時はそこまでは考えてなかった。
この場合の「世界」はあちら側ではなく、こちら側にあるものだと規定しています。論理は認識の中で現れるのか、認識とは別に論理は純然とそれ自体が在るのかです。私は論理は認識にしかないと見ているわけです。だから矛盾している時は、モードが現実に移行しているのです。
ノクノク |
2008年11月17日 20:06
読みたい人だけ、読んでね(笑)。
> ノクノク | 2008年11月17日 03:42
> ノクノク | 2008年11月17日 04:12
> 情報をこねくり回してるだけで、結局何もしてない
私のコメントを咀嚼したくない弱虫の逃げ口上・・・。
> 少なくともトラブってるのはこの人だけだ
貴殿の批判に、私が批判を返してきた訳(↓)だけど・・・。
http://www.jimbo.tv/videonews/000375.php
> 投稿者 ノクノク May 14, 2007
降りかかる火の粉(世に巣くう悪しきクレーマー)は振り払わないとね(笑)。
淡々と臨んでいくつもりです(ukon | 2008年11月17日 05:25 への返信)。
> 過去を踏まえていない
貴殿の長きに渉るコメント(過去)を踏まえてるのは私。
貴殿は、恥の源=自分、から逃避し、
私に帰責しようと執着してるだけのこと。
> 管理者も削除してもいいと思いますよ。
> これゴミです。削除してもいいやり取りだ。
わが身の恥・・・是非とも削除して欲しいんだろ? 素直じゃないね(笑)。
> この人のせいで、コメント欄の質が低下し始めたと思うな。
> 平均的日本人さんが出てきたのも、沈思黙考が暴れて以降だから。
"トッピクは「猫」" じゃないね・・・。
これじゃ、負け犬の遠吠えだ(笑)!
> 猫を見つけてきて頭を撫でてきたほうが良いのです。
有言実行したらどーなのさ・・・(笑)。
できもしないこと、能書き垂れるんじゃないっての。
>「・・・なにを言っても無駄なんだから、だったら
> 無駄である事を証明するためにも、過激なこと言ってやる。」
> と居直られちゃうんですよ。
違うな。貴殿の引き出しが少ない(論理的に批判できない)から、居直ってるんだよ。
"過激な" 発言をする奴 = 過激 って訳でもないしね(笑)。
>「思考するのもいいけど、思考してる間に現実に押しつぶされる」と言っただけ
余計なお世話だな。私は私の人生を淡々と生きていくつもりだよ。
> 私が「思考している間に陥る失敗」を書くたびに、ヒステリー起こされたら迷惑だ。
私=沈思黙考、ヒステリー=ノクノク なら賛成。
> くるくるパー
> 沈思黙考は殺されるべきだな。
> こういう人は恥がないから自殺しない。誰かぶっ殺すべきだ。
> そうすればコメント欄も平和になる
> きちんと真面目に自分の考えている事を返信してください。
> コメントする人のマナーを考えてみるべきだと思います。
壊れたラジオよろしく何を言ってんだか・・・(笑)。
ホントに削除して欲しいみたいだね・・・(笑)。
沈思黙考 |
2008年11月17日 10:20
お二人とも、もうそろそろいいのではないですか。
ukon |
2008年11月17日 05:25
弱虫だの、吼えていろだの。沈思黙考は殺されるべきだな。
こういう人は恥がないから自殺しない。誰かぶっ殺すべきだ。
そうすればコメント欄も平和になる。
ちなみにこれをやったのが、赤木智弘さんだと私は思っている。
「こんなダメな空間でなにを言っても無駄なんだから、だったら
無駄である事を証明するためにも、過激なこと言ってやる。」
と居直られちゃうんですよ。そうなったら公共性なんてもう終わりな訳。
そうしない為にお互いの、努力が必要なんですよ。
でも沈思黙考さんにはそれがないでしょ?すると何言ってもいいんだから
沈思黙考は殺されるべき存在、とか言っちゃうんですよ。
事実そこまで来てるんだから。
結局、沈思黙考さんは何を言いたい訳? さっきから何も言ってないでしょう。
私が言ってるのは、「思考するのもいいけど、思考してる間に現実に
押しつぶされる」と言っただけなのよ。それに対してあなたの反発は毎回、
人格を攻撃してるだけなんだよ。演出でも何でもなくて怒って当然なのよ。
私が「思考している間に陥る失敗」を書くたびに、ヒステリー起こされたら迷惑だ。
ちなみに「思考の罠」を考えるのも立派な思考だし、自己言及ですよ。
それから細切れは止めること。きちんと真面目に自分の考えている事を返信してください。
絶対にやっちゃいけないよ。それをやると思考力がなくなるから。
ノクノク |
2008年11月17日 04:12
ほぅら、グダグダになったじゃん。
私は他人と話すときは、こうしないように心掛けているんだけど、
あまりにも対話者の質が低すぎる(一応、自分にも言及しておくと
私はここまで酷くトラブルにはならない。少なくともトラブってるのはこの人だけだ)。
このトッピクは「猫」なんだよね。地域の話をしてるんだから「猫」なんだよ。
「管理者が許してるんだから」とか言っちゃうのは責任感がなさすぎ。
ちょっと話を元に戻しなよ。あるいは管理者も削除してもいいと思いますよ。
こうも平然と話を脱線させるのに抵抗がないのは、くるくるパーだ。
そもそも「管理者が許してるから」と言っちゃうのは主体性が無さすぎ。
一旦、コメントする人のマナーを考えてみるべきだと思います。
そして先ほども言いましたがこれが「ポストモダン状態」の一つの側面です。
この項目みたいに情報をこねくり回してるだけで、結局何もしてないから
グローバル化の波に飲まれていくねって話。こんなことしてる位なら
猫を見つけてきて頭を撫でてきたほうが良いのです。
沈思黙考さんも、これくらいは知っておいた方がいいですよ。
難解な思考も大事だけど、瞬発的なアクションも同じくらい大事です。
結局、瞬発的な動きができないって事は、過去を踏まえていないって事ですから。
この二人のやり取りって、何の役にも立ってないと思いますよ。
無内容じゃないと言ってますけど、そうは思えないですね。これゴミです。
削除してもいいやり取りだ。
だって、これ本当にただの侮辱ですよ?
この人のせいで、コメント欄の質が低下し始めたと思うな。
平均的日本人さんが出てきたのも、沈思黙考が暴れて以降だから。
ノクノク |
2008年11月17日 03:42
だから、三行。やってみな
ノクノク |
2008年11月17日 03:36
お待たせ・・・(笑)。
> ノクノク | 2008年11月17日 02:40
> 無内容になっている可能性がある
> 多分空回ってる
私のコメントを吟味する風もない立て続けのレス。
空回ってるように見せる演出も、堂に入ってきましたね(笑)。
辛くて吟味などできないよねー・・・。弱虫くん。
でもね・・・ 私のコメントは、貴殿はともかくとして、
他の読者には、無内容じゃないから心配御無用。
> ノクノク | 2008年11月17日 03:02
> 反論可能な単位に区切ってるから反論できるに決まってる
いつぞやの同語反復(↓)の復活ですか?
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
>> ノクノク | 2008年07月16日 22:42
>> 批判できる単位に区切っているので批判できて当然です。
"意味性が消えている" 文の好例・・・それが同語反復です。
> ノクノク | 2008年11月17日 03:02
> ほら、何も言ってないでしょ?
痛いところを批判されると、こうなっちゃうんだね(笑)。
よ・わ・む・し・・・。
沈思黙考 |
2008年11月17日 03:32
それから前も言ったけど、文を細切れにするのはダメだよ。
それは反論可能な単位に区切ってるから反論できるに決まってるんだよ。
でも区切った時点で文から意味性が消えているんですよ。
私はその書き込み方法がネットで頻繁に見かけるので考えた事があるんです。
>明らかな矛盾(随分ありましたな・・・)を指摘されても等閑視・・・
>・・・ It can't be helped. 自業自得です。
>是非、見せてごらんなさい。ホントはなーんにもないんでしょ?
>へえ・・・そうなの?
>ボク、貴殿より多分年上だとも思ってるんだけど、尊重してくれてる割りには、
>って、命令口調なのは、どーいう訳なんだい?
>まあ、そこまで仰るなら、臆せず、堂々と批判してごらんなさい。
ほら、何も言ってないでしょ?ただ書き込みに全レスしてるだけ。
それに気付いてから私は止めるようにしたんだから。
それきっと「引用」じゃないんですよ。なんか違う、別の何かです。
ノクノク |
2008年11月17日 03:02
だからさ、「以上、ヨ・ロ・シ・ク」って、まさか、その文章が他と比べて長いと
私が気付いてないと本気で思ってるの?
だとしたら、ちょっと思考が変だわ。皮肉だとしたらマナーが悪すぎる。
ノクノク |
2008年11月17日 02:49
だから、長いんだって。もっと短く。
それが出来ない場合は無内容になっている可能性があるんだよ。
試しに三行でやってみな。出来ないなら多分空回ってるから。
ノクノク |
2008年11月17日 02:40
> 知的水準は割りと高めな人が集まっていると考えた方が無難だ
私もそう思ってました(確か貴殿の第一印象もそうでした)が、
コメント欄に関する限り、今では留保しております。
少なくとも、貴殿の場合、
明らかな矛盾(随分ありましたな・・・)を指摘されても等閑視・・・
これじゃ、敬意など抱けるもんじゃござんせん。
批判 = 侮辱と蔑視
と解釈するんだったら、話にならんよ。
> 「指導してやろう」ではなく「バカにしてやろう」だけが残った。
明らかな矛盾(随分ありましたな・・・)を指摘されても等閑視・・・
・・・ It can't be helped. 自業自得です。
> 素人の一言で敗北する事もあるわけです。
> だけど振りかざしたくは無いんですよ。恥ずかしいから。
是非、見せてごらんなさい。ホントはなーんにもないんでしょ?
> 私はあなたを尊重して「これくらい知っているだろう」と思って書いているんです。
へえ・・・そうなの?
ボク、貴殿より多分年上だとも思ってるんだけど、尊重してくれてる割りには、
"長くてウザイんだよ。もっとコンパクトにまとめる訓練しな"
"長にすれば良いってもんじゃない。短くまとめる努力もしとけ"
って、命令口調なのは、どーいう訳なんだい?
> 単純に勉強不足なんじゃないですか?
> なんか構造主義や脱構築も押さえてないみたいだし。
> そしてあなたのリアクションは幼稚だとみんな思っていると思うよ。
> みんなどうして沈黙していたのかを、もう少し考えた方がいいね。
まあ、そこまで仰るなら、臆せず、堂々と批判してごらんなさい。
> 冗長にすれば良いってもんじゃない。短くまとめる努力もしとけ。
って、自己言及忘るることなく、以上、ヨ・ロ・シ・ク 。
沈思黙考 |
2008年11月17日 02:34
http://www.videonews.com/on-demand/391400/001420.php
あのさ、これを「長い」とツッコムことの意義をもう少し考えた方がいいと思うよ。
それこそ、よっぽど自己言及的で深いから。
そしてあなたのリアクションは幼稚だとみんな思っていると思うよ。
みんなどうして沈黙していたのかを、もう少し考えた方がいいね。
それが本物の「自己言及」になるから。
ノクノク |
2008年11月17日 01:50
100歩譲って、エリーティズムなのだとしよう。確かに大衆は間違いを犯すかもしれない。しかしTPOを弁えるべきだと私は言っている訳。ここはどこだい?ビデオニュースですよ?だとしたら知的水準は割りと高めな人が集まっていると考えた方が無難だと思うわけ。
こちらが知らない事をあちらが知っている事もあるし、あちらが知らない事をこちらが知っている事は十分にありえる。
パーを相手にしているなら指を指しておけばいいんですよ。しかし能力者同士が自己言及するとループするから、やめとけと言っている訳。
根底にあるのは他者への侮辱と蔑視です。リスペクトが無さ過ぎる。wiring氏への返信にしても「wiringはそれ以上考えていない思考の浅い人」と決め付けているだけで「この場では、これが適切な発言だろう」と相手を尊重しようとしない。
この際だから言っておきますがゲーデルの不完全性定理に関しても恥ずかしいです。そんなのは論理学に関心があればすぐに知れるものです。言わば初歩中の初歩。だからそんな自信たっぷり言われても困惑します。
俳句とか知らないんですか?つまりどれだけ長い説得でも素人の一言で敗北する事もあるわけです。こんなのちょっとでも教養があれば知ってる事です。だけど振りかざしたくは無いんですよ。恥ずかしいから。
自分の立場や置かれた境遇を考えない人って・・・しかもマル激視聴者で自己言及をしない人って本当にいるのだろうか。
私の印象では「自己言及しない人はいる、だから指導するんだ」と意気込んでいるのではなく、「自己言及もできない奴らをバカにしてやろう」とやってきた様に見える。だけどマル激視聴者にとってはあまりにも初歩的な思考法だったから、自己言及の部分はスポイルされて残りが浮き彫りになってしまった。そして「指導してやろう」ではなく「バカにしてやろう」だけが残った。
なんか、そうとしか見えない訳ですよ。自己言及の深さを伝えようとする意思がまるで伝わってこない。
前も言いましたが、私はあなたを尊重して「これくらい知っているだろう」と思って書いているんです。ところが返信は騒がしい上に人格攻撃しかしない。単純に勉強不足なんじゃないですか? なんか構造主義や脱構築も押さえてないみたいだし。疎外論は私も知らなかったけどそんな威張るほどの内容ではないですよ・・・・。
ノクノク |
2008年11月17日 01:39
> ノクノク | 2008年11月17日 01:08
> 長くてウザイんだよ。
何を言ってんだか、分かってんの?
> 長くてウザイ
のは、お前さんのコメントだろー。
http://www.videonews.com/on-demand/391400/001420.php#com
ノクノク | 2008年11月01日 06:07
↑ 最長不倒。
> ノクノク | 2008年11月17日 01:08
> 実存に逃げるのも反則ね。
実存に逃げてるのもお前さん(↓)。
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
> ノクノク | 2008年08月31日 07:59
> 私のように魂の穢れた人が、どうして改心などができましょうか。
> この汚れた魂を救済できるのは神だけなのです。
> ノクノク | 2008年11月17日 01:08
> あなたは空気が読めないのか?
貴殿如きの裁量など、私にとっては、柳に風なんです。
沈思黙考 |
2008年11月17日 01:27
あなたは空気が読めないのか?
だから、長くてウザイんだよ。もっとコンパクトにまとめる訓練しな。
それから人称とか実存に逃げるのも反則ね。
それ番組中も宮台先生が嫌そうに言ってたでしょ。
ノクノク |
2008年11月17日 01:08
> ノクノク | 2008年11月17日 00:22
> 俺自身にも言及している・・・とか思ってるの?
> だとしたら、痛いんだけど。
http://www.jimbo.tv/videonews/000417.php
> 投稿者 ノクノク January 26, 2008
>〈自己言及〉という初歩を踏まえているのは、
> 大前提でしょう。
そこのけ、そこのけ・・・ノクノク様のお通りだい(笑)!
> 冗長にすれば良いってもんじゃない。
> 短くまとめる努力もしとけ。
読解できないようだから、無理せず、キャンキャン吼えてなさい。
さしずめ今回は、冗長改め、短小になっちゃうのかな(笑)?
沈思黙考 |
2008年11月17日 00:44
って言うかさ、「ふっ、この文章は俺自身にも言及している
高度な文章なんだぜ」とか思ってるの? だとしたら、痛いんだけど。
冗長にすれば良いってもんじゃない。短くまとめる努力もしとけ。
ノクノク |
2008年11月17日 00:22
> ノクノク | 2008年11月14日 18:46
相変わらず、論理的思考に乏しいチグハグなコメント。
「"聞いた風なセリフ"の単調な継ぎはぎ(仲正昌樹著
『ラディカリズムの果てに』)」って感じ。
悪しき "プロパガンダ" の良き一例になってるよ。
"沈思黙考" って単語を見ると、血圧が上がっちゃうんでしょうね(笑)。
> ポストモダン左翼
って、私のこと?
> 沈思黙考 | 2008年11月14日 01:20
のどこに掛けたコメントなのか、さっぱりわからんぜ。
> だから思弁的な哲学はプロパガンダに弱い
"だから" って接続詞に恥じらいを感じないか?
哲学よりもプロパガンダが優勢なのは、
古今東西普遍の史実にすぎません(微笑)。
> ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ(現状追認)
とは、なーんの関係もありません。付け刃ってのはこんなもん(笑)。
> 簡略化の分かり易さへの警戒を怠ると、
> 難解さに自己満足するだけとなってしまいます。
意味がわからん。ちゃんと寝てるか?
> 簡略化の分かり易さ(=プ・ロ・パ・ガ・ン・ダ)への警戒
をし過ぎる(≠怠る(笑))と・・・って流れなんだろ?
> 難解さに自己満足する
ってのは、私への批判なの?
ずいぶん分かり易く説明しているつもりなんだけど、
まあ、相手が論理のでんぐりがえった貴殿ですから、何の問題もない。
> 「学者や記者の言説は参考程度にしておけば良い」と言った
> 素直な見方のほうが、スマートだし説得力があります。
今回の穴探しはこのあたりですね・・・。
折角の折、"プロパガンダ" に終わってしまわないよう、
"分かり易く" 批判してさしあげましょう(笑)。
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
> 沈思黙考 | 2008年11月09日 02:20
読んでくれた?(なかなかの名調子でしょ?(笑々々))。
さて、はじめましょうかね・・・。
●要旨
仲正昌樹著『「分かりやすさ」の罠 ― アイロニカルな批評宣言』
「見当外れな"読者(=ノクノク)"を、
「見当外れだ(「ポストモダン左翼≠私」)!と叱っても、馬の耳に念仏になる」
仲正昌樹著『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』
「単純な「物語(=「猫、ねこ、ネコ・・・猫やーい」and
「ポストモダン左翼=私」)」によって思考がショートしていて、
何を言われても自分の聴きたい話しか耳に入らないような輩(=ノクノク)」
論理的思考ができない貴殿が愚にも付かない物語に拘泥できるのも、
ポストモダン的状況故。
仲正昌樹著『集中講義! 日本の現代思想 ― ポストモダンとは何だったのか』
「ポストモダン的状況
="コミュニケーションを通しての普遍的な合意"に到達するのは、
もはや無意味という感覚」
論理的思考ができない恥ずかしさを、ポストモダン的状況が軽減してるだけのこと・・・。
貴殿の場合・・・
ポストモダン的状況に甘えてるってことだな。現状追認はお前だったんだよ。
> 参考程度
> 素直な見方
wiring さんや貴殿が、どのような解釈をしようと、それはもちろん貴殿等の自由。
> 哲学はプロパガンダに弱い
ってのも道理・・・自由って、残酷ですな(色んな意味で深ーく噛みしめております)。
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001324.php#com
> ノクノク | 2008年08月31日 07:59
> 私のように魂の穢れた人が、どうして改心などができましょうか。
> この汚れた魂を救済できるのは神だけなのです。
"汚れた魂" クンは、神様とやらに責任転嫁することで逃避する・・・。
"沈思黙考" って単語に即応して、
パブロフの犬そこのけで筆が走っちゃうところを鑑みると、
論理的に批判したい、責任回避は恥ずかしいって感覚は、お持ちの様で何よりです。
でもね・・・恥をかき続けるのも大変でしょう? 精神的にタフには見えないもの。
追記。
> イロ | 2008年11月15日 18:56
> ”真のフリーライダーは誰だ”
"真の" って修飾語で、自分とは無関係の何某を指示する "切断処理"。
ホントに無関係だと切断し切れるのかしら? 自己言及って難しい問題です。
沈思黙考 |
2008年11月17日 00:15
コメント欄は荒れるどころか面白くなってきてるんじゃない?
wiringさん。宮台氏が両立し難い主張をするとしても、大人だったらその主張は当然じゃないか?
会社の上司が、「コストは下げろ、品質は落とすな。たくさん売れ、けど無茶はするな。環境にいいものを、しかし人々の欲求に訴えるものを作れ。」などと言ったら、上司は馬鹿ということになるのかな?。上司を恨んでも仕方がないぞ。上司は一応プロとして当然の要求を部下にしてるだけのことだろう。(どの程度の妥協があるべきかは各現場ベースで定量評価をするしかないかと・・。)
消費者としての自分が何を望むかを考えてみても、グローバル経済の恩恵は受けたいが、自分の住む社会はまともであって欲しいと思うことだろう。
グリンゴ |
2008年11月16日 01:03
コメント欄荒れていますけど、
”真のフリーライダーは誰だ”、という大問題でしょうか…。
イリイチ、まだよく把握できてませんけど…。
イロ |
2008年11月15日 18:56
それが「ポストモダン左翼はリバタリアンと同じ論」です。
あれこれ考えても現実はドンドン進んで行くのだから、
結果的には現状追認の保守と同じってことです。
だから思弁的な哲学はプロパガンダに弱いし、
「学者や記者の言説は参考程度にしておけば良い」と言った
素直な見方のほうが、スマートだし説得力があります。
ここで簡略化の分かり易さへの警戒を怠ると、
難解さに自己満足するだけとなってしまいます。
そこで猫を可愛がることが大事になってくるのです。
ノクノク |
2008年11月14日 18:46
> wiring | 2008年11月13日 23:32
> (それ自体は刺激的な)彼の<思想的言説>を刺激物として、
> 自分があれこれ考えるってのが、大人の立場
抜きん出た思考能力の持ち主(宮台真司先生)が、
両立し難い主張をしている姿に対する評価として、
大した見識もないトンチキ君が、キャンキャン吼えるならまだしも、
知的なコメントをする方だと思っていただけに、少し残念に思いました。
浅いんじゃないの?
> 政治的(ロビイスト的)センス
って、どういう評価基準なのか曖昧だけど、
長きに渉って、ほとんど休むことなく、社会的主張を述べ続けている姿に、
打たれている視聴者も少なくないと、私は思っております。
沈思黙考 |
2008年11月14日 01:20
なんかすごい議論になってますな。えっとですね、「近代」的共同体=社会(受け皿)は、
いまの日本にもはや存在しないし再生不可能だという認識にある人(宮台さん)が、
第三の道(社会的基盤を拡張する方向での政策論)を述べていても、実は<あえてする>
日本的処方箋にすらなりえない(で、単なる「新自由主義」になる)のは自明なのですから、
その点から彼を批判しても無効ですよ(彼が政治的(ロビイスト的)センスがないのは
「ゆとり教育」支持でもあきらかじゃないですか)。
かれが実践的には無効なエリート主義による日本社会「革命」原理主義論者だというのを
を知りつつ、週に一回番組を観て、(それ自体は刺激的な)彼の<思想的言説>を刺激物
として、自分があれこれ考えるってのが、大人の立場でありますよん。
wiring |
2008年11月13日 23:32
>>コメントのレベルの低さも驚異的だけど、マナーの欠片も無いし、しかも匿名とは。
言葉の表面だけに惑わされてすぐに騙される。宮台みたいなやつ等は根本的に信用されないね。本当のことを理解している人間から見れば宮台なんて
大嘘つきのペテン師に等しい
この国はここの時点でまだ根本的な反省をしないのならば、その反動はすごいだろうねえ。今のうち本当のことを言うんだね、宮台さん
無記名 |
2008年11月13日 21:16
いいんですよ。
これらオナニーコメントを許容することも、社会的包摂性の実践なんですから。
EN |
2008年11月13日 01:34
ビデオニュース・ドットコムの会員の中にもひどいのがいるねえ。
コメントのレベルの低さも驚異的だけど、マナーの欠片も無いし、しかも匿名とは。
見ていて恥ずかしい。あなたのような方は2ちゃんでマスターベーションでもしていなさい。
hockey mom |
2008年11月12日 23:27
この宮台とかいう似非学者は本当に
ひどいね。
「もう国にねだっても金はない」って
もともと国になんかねだっていないのに、国に仇名す寄生虫は何も批判せずにまあ国民のせいというわけだ
この国のどこに国に頼っていた国民がいるかね。
この男本当に福祉の制度なんかをまったく知らないからこんな嘘ばっかり言い散らかしてるわけだ。
お前福祉なんかに興味ない癖
社会的包摂とかいうな、この似非学者
無記名 |
2008年11月12日 23:02
『猫を守れ』論に賛成します。
ただ、この『猫』は社会学的比喩の『猫』ではなくネコ科のネコ、つまり、勝手にウチの部屋に忍び込んでた赤ん坊のネコのようなものに限定されます(?)。
ネコって可愛いんだよねー。可愛いだけじゃなくて、身体能力が忍者並み(ハイジャンプ・ステルス的ダッシュ・地味に木登り・爪が自由に『シャキーン!』等)にスゴイんだよねー。しかもキレイ好きで、しょっちゅう身体を舐めて、キレイキレイにしてるんだよねー。ちゃんとトイレも覚えたもんねー。肉球ぷにぷになんだよねー。ネコジャラシで我を忘れちゃうんだよねー。もりもりエサ食って、もりもりウ○チして、部屋走り回って、興味があるものイジリまくって、どんどん成長して、さっさと寝ちゃうんだよねー(困)。
ゴミ集積所を荒らすような野良猫はともかく、少なくともウチのネコはウチの平和(?)に貢献しています。
だってぇー、可愛いんだもん |
2008年11月12日 22:56
日本はだいたい生真面目な人間が多いから競争というと生真面目に競争したがる。その結果が内部の内ゲバで、他者と常に比較することで競争心を植え付けてきた。
いわば競争心でしか発展ということが考えられないような体質になっている。
ところが実際は社会が何か変わるときというのは新しい技術や新しい考え方が出てきたりして変わっている。
絶え間ない意味のない競争というゲームをやりながら時たま新しい発見が出て日本の戦後を支えてきたわけだが、
競争というにんじんをぶら下げられても今は発展しない。
競争というゲーム自体が無意味なことだと多くの人間が理解し始めたから。
だから猛烈社員がいて「猫がイイ」とか言っているのであって
「猫がいい」とかいうのは競争を固定的に見るしか考えが至らないということだ。
だから「猫がいい」とか言わなくてもいい。そういう価値判断も含めた社会のありようを変えていかないといつまでたっても奴隷だということだ。
猛烈社員も何もしない猫も共通したひとつのものがある
それはどちらも自分の頭で何も考えることができない奴隷だということだ
無記名 |
2008年11月12日 22:53
だから、猫を守るんですよ。やる気のある人を支援するなんて西洋からの輸入品ですよ。ダラダラ怠けていても生きられるのが良い社会です。「そんな事したらフリーライダーばかりになる!」と批判してきたら、「猫を見よ!!」と反論するんです。猫は何の役にも立ってないし、ゴロゴロしてるだけです。だけど猫は社会に適応して生きているではありませんか。役に立たなくとも意味がなくとも社会に生きられる事を、猫は実践しているのです!!
上を目指すのではなく、下を支える方が東洋にはあっていると思う。どこかの国ではお坊さんは働いてはイケナイのだとか。それってつまりお坊さんたちが自分たちより上だからお金を払っているのではなく、磐石な基盤があってこそ自分たちの足元が安定する、という感覚だと思う。
そんな訳で日本のために猫を守りましょう。猫は平和のシンボル。1万の核ミサイルも猫画像の前では無力なのです。『猫 盾』で検索すると愉快になれます。
ノクノク |
2008年11月12日 18:57
日本人全員が学会員になれば、コミュニティ再生できるんじゃね?
名無し |
2008年11月11日 22:22
ここで聞くことじゃないのかもしれませんが、このビデオニュースをiPodに取り込んで見ることはできるんでしょうか。
電車や車の中で視聴したいなと思いまして。
無記名 |
2008年11月11日 12:31
横やりいれて申し訳ないですが、
>私はたとえ学者の寝言であったとしても、コミュニティの再生には取り組むべきだと思っています。
何がどうなったらコミュニティは再生したと言えるんでしょうか?例えば映画「となりのトトロ」で描かれてる見たいな町になったらOK??
というのも、僕みたいな20代半ばの人間の多くは物心ついたときには既にコミュニティとか空っぽでしたから、「コミュニティが再生した姿」を具体的にイメージできないんですよね。
東 |
2008年11月11日 02:08
>>私はたとえ学者の寝言であったとしても、コミュニティの再生には取り組むべきだと思っています。
いやもう丸山マサオとかが生きているときからコミュニティの再生とか言われていたはずですがね。コミュニティの再生という話はもはや都市伝説みたいなもので、90年代なんかは盛んに宮だいなんかがが言っていたけど何にも変わらずに小泉構造改革に突っ走って宮台だって支持してるでしょ?構造改革新自由主義に。
もともと地域福祉論とか地域のコミュニティを再生するという話はイギリスなんか厚生経済学の時代からキリスト教の教区ごとであったんでしょ。なんかいも宮台が言っているようにアメリカだってヨーロッパだってキリスト教を中心にした教区ごとのフレンド訪問なんてのが延延続けられていたわけ。
日本でそんなの実践してるやつらなんていねえじゃん。金だろ?金。
全部金なんでしょ?まずやってみてから地域のコミュニティの再生とかいう話をすれば?
第一長時間過密労働でサービス残業ありまくりで教育保育介護全部自己責任でやれというこの国でどうやって時間をとって地域のコミュニティとかかわる時間を作れというのか逆に教えてもらいたいですけど。
地域のコミュニティの再生というのは地域社会が地域のことを考える責任を負っているということでしょ?
で、なに?金持ちはそれを尻目に放蕩三昧かよ。そんな都合のいい社会あるかボケが
無記名 |
2008年11月10日 23:51
経済学@初学です。
フリーライダー問題って、需要側への再配分するにあたっての正当性の問題に関わるじゃないのかな。怠け者が増えるとかいう俗説は多い。
キリスト教圏で言えば、神の予定(救われる者と救われない者の区分け)を妨げる。
経済学ではフリーランチはないといっている。市場の中で、いつまでもオイシイ事を個人が独占できないのは自明。
フリーライダーが増えると大恐慌が起きるというのは訳わからん??
規範的個人というのはモデルとして普遍的ではない。
大恐慌って経済学上の研究では金融コントロールの大失敗というのが定説。
金本位制の復帰とか、イデオロギーの熱に浮かれて、結果的に金融の強い引き締めを行ってしまう。
つまり、実体経済に沿って貨幣量を決めるのではなく、金の保有量により貨幣を決めてしまえば、実体経済がおかしくなってしまうのは当然。
あとは各人が大恐慌になるという強いマインドを持ち、自己実現的に大恐慌を作り上げてしまうというのもあるらしい。
それから、大きな政府にすると財政悪化になるというのは共和党のプロパガンダ。減税をさせ、財政悪化を招き、さらに財政悪化を理由により政府機能を小さくさせるという手口。
実際、日本でも純債務(粗債務−国有の金融資産)は少し前までは欧州先進国並み(イタリアを除く)だった。近年、それが悪化してイタリアに近づいている。共和党かぶれの自公政権が企業や銀行からしっかり税金を取らないせいだろう。お陰で企業の内部留保は200兆円に膨らんでいる。
思弁的な哲学は科学的な厳密さがないから、結構、プロパガンダに弱いという一例。
まぐ |
2008年11月10日 18:58
soketさんへ
公共財の供給でフリ |