マル激トーク・オン・ディマンド 第425回(2009年05月30日)
5金映画スペシャル C・イーストウッドの描くアメリカ保守主義の再興は本物か
5週目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする「5金スペシャル」。今回は、9か月ぶりの映画特集をお送りする。
今回取り上げた作品は、新聞記者を主人公とした『消されたヘッドライン』(ケヴィン・マクドナルド監督)、名前の通りブッシュ大統領を描いた『ブッシュ』(オリバー・ストーン監督)、ミッキー・ローク主演の『レスラー』(ダーレン・アロノフスキー監督)、そして、クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』と『グラン・トリノ』の計5本。
いずれも、アメリカ映画が元気を取り戻しつつある様子が感じられる作品だ。特にクリント・イーストウッド監督の2作品は、ブッシュ政権の迷走で方向性を失いつつあったアメリカの保守主義が、今改めてその方向性を再確認しようとする姿勢が見て取れる。アメリカの保守主義再興の本物度を考えた。
また、上記の作品の多くが社会問題は「システム」ではなく、「個人」に問題の根源があるという立場に立って、社会問題を描いている点が共通している。単にシステムを変えても、所詮最後は個人個人がしっかりしていなければ、問題は無くならないということのようだ。そのことの意味を日本にも当てはめて考えてみた。
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この記事へのコメント
イーストウッド風保守主義は、
社会問題に対して
システム全体の再設計を声高に論議するのでなく、
「世界とはそういうものだ」
という風に、
まずどの社会システムも抱えている不条理を前提にして考える
――この番組で、宮台氏は上のように指摘しています。
そして、今のアメリカでは
リベラルや左翼の映像作家たちの間でも
現在のシステムがもつ不条理への怒りより、
個人がどのようにシステムの不条理を産み出すか、
という語りに重点をおく形で
ある種の保守化が起こっている、という指摘もなされています。
・・・でも、これ、ちょっと違和感がありました。
というのも、
「そういうものだ」
という言葉から、
リベラル作家のK・ヴォネガットをどうしても想起してしまうからです・・・
ヴォネガットは、『スローター5』という作品において
「そういうものだ」
という言葉で
社会システムのもつ巨大な不条理をさくっと描写したため、
後代に多大な影響を与えています。
また、迷走するアメリカ保守主義の陣営において、
イーストウッドが『グラン・トリノ』で
どうにか見出した解決策が、疑似家族なのだ、
と宮台氏は指摘していますが、
この疑似家族という解決策もまた、
K・ヴォネガットの
『スラップスティック』で描写されています。
(そして、この作品では
疑似家族制度が現代文明の滅亡を少しだけ明るくします。
・・・作品中では滅亡は避けられませんでしたが)
ですから、実態としては
正反対のような気がします。
・・・ぼくはただの文学ヲタですし、
まして見田宗介氏や廣松渉氏から
直接教えを受けることができた世代の
社会学プロパーの方に反論するのは本当に気が引けます・・・
けれど
やはり実際のところは、
リベラルや左翼の作家さんたちが試行錯誤して考えてきた問題に
ようやく保守の作家さんたちが追いついてきた、
という見方の方がよいのではないでしょうか・・・
システム、というか大状況に徹底的に幻滅したのは、
左翼やリベラルの作家さんたちの方が先だった、と思うのです。
たしかフランスの社会学者、E・トッド氏が
『リバタリアンはマルクス主義の裏返しだ』
と指摘していましたが、
まあ、
すくなくとも
文学や映画に現れる社会問題については
何となくトッドさんの言うとおりだなあ、って気がします。
たとえば日本でも、
中野重治氏に私淑していた高杉一郎氏が
『極光のかげに』という本で
収容所国家としてのソビエトを描いた際、
(これは当時の左翼陣営では完全にデマゴギー扱いでした)
ラブレーの『ガルガンチュア』を翻訳した渡辺一夫氏が、
次のような序文を、すでに昭和25年に書いています。
「アンドレ・ジードが『制度か人間か』と度々悩んだことは
周知のことであるが
『制度および人間』という形に問題を置きかえねばならぬのではあるまいか?」
・・・難解な社会システム論とは全く関係のない話かもしれません。
偉そうなことを書いて、申し訳なく思います。
ただ、すくなくとも文学プロパーの間では
社会問題と創作の関係を考える時、
この序文をたまには思い出してもよいかも・・・
と当番組を見ながらボンヤリ考えました。
QK |
2009年11月14日 08:33
グラントリノですが、車については、”新しいのをありがたがるなんて馬鹿だろ、どうせすぐ壊れるんだから”っていう、そういう態度なんだと思うんですけどね。愛着というより、信用の問題かと。
この作品の主題/テーマは、「法に閉鎖的な社会で、一線を超えたヤツらをその前に引きずり出すこと」だと思います。自らの正義の行使ではなく法への譲り渡しが行われたという点において、「ミスティック・リバー」からは後退したなという印象です。
カメラ的には、神保さんのいうように「素人的」なんですけど、下で紹介されている映画評には、「呆れ果てるほど単純かつ大胆な経験値」だといわれてますね。
「素人的」なカメラを「複雑すぎて計算不可能」と評してた映画人もいたようなうる覚えなんですけれど、ただ勧善懲悪だけを語った作品を神話的なものに接続する/膨らませるのがシネフィルなのでしょうか。
モン族の内部の力関係や暴力をエスカレートさせたそもそものきっかけは、イーストウッド的な「流儀」の介入/挑発だし、モン族=家族の問題に外から口を出すのは身の程を超えた行為だったという点は、どこまでも引っかかります。
あと、日本はモン族以下で、法律違反があったところでどこの会社や組織でも、隠蔽体質でやってますよね。ばれるかどうかが問題で、法の原則なんてどこにもないのに、イーストウッドの映画を有難がるのもおかしな話です。
れざ |
2009年06月07日 12:17
飯塚事件の再審請求にも注目を!!
足利事件と同じ時期(92年)に、小1女児二人を殺害したとして、同じDNA鑑定方法で黒と判定され、死刑判決を受け、昨年10月執行された「飯塚事件」があります。
元死刑囚の久間三千年氏は、無罪を主張し続け、DNA鑑定試料が無く(捨てたのか?)、疑義の残るなか執行されました。もし、冤罪とすれば、国家(法務大臣が判を押した)による殺人です。
米国では、90年頃から、有罪確定後のDNA鑑定で無実が相次いで発覚して、既に230人以上の冤罪が明らかになっている、と言う。
「飯塚事件」については、遺族・弁護団が再審請求を行う意向を固めたと言います。
(京都新聞5日付朝刊3面、6日付朝刊29面で報道)
死刑を執行されてしまった「飯塚事件」も是非、注視したい。
ゴンゲン |
2009年06月06日 11:40
かんぽさん、すいません。
まぐ | 2009年06月02日 08:52
映画評論
「グラン・トリノ」(2008)クリント・イーストウッド〜羞恥心とB級映画について
はモロ ネタばれ でした。
まぐ |
2009年06月06日 05:18
ウマ3さんの話にとても共感をもちました。
ものを大事にするって、いろいろな面から説明できますよね。環境とか、消費量などなど。それぞれ説得力があるけど、身の回りのことを自分でするためにモノを大事にするという説明は、一番しっくりきました。
とはいえ、老いや病気の局面では、セルフディフェンスを貫けないのが現実だと思う。他人の世話になる自分を受け入れられないと、苦しいですよね。
それから皆さん、映画をネタばれする時には、「ネタばれ注意」と先頭に入れてくれると嬉しいのですが。映画館は高くて、なかなか行けない・・・。丸激は約2時間を4本で\500だから、安い!
かんぽ |
2009年06月05日 19:34
> 名無し草さん
「推定無罪」だけ取り出して云々するからおかしくなるんだと思います。それよりもっと重要なのは「立証責任は起訴した側にある」という近代裁判の大原則であり、その原則を追補するものとして「推定無罪」はあるんじゃないでしょうか。
党首討論で総理は「小沢の説明責任はどうなった」とバカの一つ覚えよろしく繰り返していましたが、今更言うまでもなく、その責任が誰にあるのかは明らかです。
(まぁ、政治家なんだから、そうもいってられないぞ、という指摘も有効だとは思いますが)
T.P. |
2009年06月05日 16:36
十栗東森(クリントイーストウッド)の昔の映画で”ハートブレイクリッジ(Heratbreak Ridge)"という米軍のグラナダ侵攻を背景にした映画がありました。宮台先生の話を聞いてたら少し”グラントリノ”に似てるというか、星二つ半の程度の映画だったと思いますが、グラントリノに繋がる要素があった映画だったような気がします。私は、心情左翼ですが、東森は昔から大好きです。グラナダ侵攻が背景だったので自分としては自己嫌悪を感じつつも、はまってしまった映画でした。最初のタイトル映像が、朝鮮戦争の白黒写真なのですが、なんともいえません。ついでに言えば、小林源文の漫画が大好きです。でも、東条英機の靖国合祀には心底嫌悪感を覚えます。このような屈折をかかえつつ人生もとうに半分過ぎました。Oh, lord, hasten thee to help me.
hastentheetohelpme |
2009年06月05日 00:46
「れざ」さま。分かりづらくてすみませんでした。
「福祉的」に切ってみると分かりやすいのかな。
おじいちゃん、おばあちゃんはだんだん身の回りのことができなくなります。でも、この主人公のように「自分の手に負えるもの」だけで身の回りを固めてると、他人の世話にならずに最期まで一人で生活できます。本当の意味での「生活防衛」です。周りのものを買い替えてしまったり、自分で修理できないほど高機能なものにしてしまうと、それができなくなります。そうして、だんだん「他人の世話」になるようになり、やがて老人ホームへと向かわざるをえなくなります。
このじいさんは「他人の世話になる」が一番きらいなのです。自分は生涯現役をめざしたい。そのために、車も芝刈り機も自分の手に負えるもののまま変えずにきた。流行からは遅れてるけど、だからこそ今でも身の回りのことは自分でできる。と、思っているのです。
そのときに、生活の道具は壊れやすくてもいいのです。修理できれば。愛と技術があれば、何度でも修理して、また使う気になりますよね。でも、愛着がないとポイと捨てることになるし、修理できないと捨てざるをえなくなります。低機能のモノを愛するって、ものすごく合理的じゃないけど、彼のようなリバタリアンにとってみると、合理的なのじゃないかなと思います。また、そのセルフディフェンスの気概は見習うべきものがあるのではないかなとも思いました。
ウマ3 |
2009年06月04日 16:51
犯罪を見つければ推定無罪も有罪もなくて、普通に目撃者として振舞えばいいだけの話ではないのかと。
そもそも『チェンジリング』みて、『グラン・トリノ』みて、その上で痴漢とかオレオレ詐欺とかの日本は危険だと言うのは馬鹿でしょう。
ただ、グラントリノですが、そんなにかっこいい生き様ですか?
「パーフェクトワールド」とかぶるのですが、エホバの証人の子供にクリスマスを教えるような、押し付けに近いタオへの継承/感染ですよ。
タオにとってひとつの気付きではあったのでしょうが、古きよきアメリカの中産階級的な生き方を引き継いでもしょうがないというのが、ラストのドライブシーンの似合わなさではないかと。普通に考えて、スーなんて難なくハーバードとか出てエリートになっちゃうでしょうから。
買い替え需要というのも分からなくて、アメリカ車は日本車より壊れやすいんですよね?
チェンジリングはむしろいい作品で、かつ宮台氏の「システムからずれる/遅れること」という指摘がすごく的を得てるように思います。あの時代の腐敗したロス警察に特有、固有の現象というわけでなくて、普遍的な問題ですよ。最終的には、法によって警察の恐るべき体質は裁かれることになりますが、あまりにも事後的で直接の彼女の救いにならないことがやりきれない。こうした悲劇から、だれが逃れられるのかと暗澹とします。
れざ |
2009年06月04日 10:14
【グラントリノ】
宮台先生が「たくさんの切り口で切れる」とおっしゃってたのですが、この映画のテーマのひとつに「別物と交換するな。修理して長く使え」があると思います。
モノを代替可能な「財」として見るな。車も家も洋服も修理しながら長く使うものなのだ。そうすれば代替不可能な「愛(着)」が生まれるものなのだ。買い替え需要を見越した製品づくり(トヨタに象徴されるのかな)などとんでもない。
人間関係もそう。相手を代替可能な「役割」として見るな。「縁」を大切にして、長く付き合え。妻も床屋さんも変えない。ましてや女をただの性欲処理の道具として見るなどとんでもない。夫や親を金づると見るなどとんでもない。人を人として見て、関係が壊れそうになっても修復しながら付き合うものなのだ。
というメッセージがこめられていたと思います。
それと、学問的には「リバタリアン」なのかもしれませんが、イーストウッドの場合は「無頼漢」という言葉がしっくりくると思います。すべてを引き受け、誰のせいにもしない。その生きざまがキリストに通ずる、というメッセージも感じました。「奥さんからの遺言」というのはウソで、若いながらも優秀な神父さんは、その危なっかしさを感じて、主人公につきまとい「(何か悲劇がおこる前に)悩みを打ち明けろ」と、さんざんつきまとったのだと思います。
タオと神父という信頼できる若者の言うことを聞かずに、結局、自分ひとりでしょい込んだイーストウッドは、キリストなのでしょう。究極のダンディズムのような気がします。
ウマ2 |
2009年06月04日 09:05
朝日新聞によると地球はミニ氷河期に入る可能性があるらしいですね。
果たしてツバルの海面は下がるんでしょうか?
現在国民の最大の関心事は地球温暖化問題だと思います。
ぜひ取り上げてもらいたいと思います。
地球は地球人だけのものじゃない |
2009年06月04日 01:09
いや、だから具体例を日常の場面で設定しちゃ権力者云々の話にまったくつながってないって。
現行犯と緊急逮捕ってのもあるんだから。
西松に関してはそれにあたらんでしょ。なら、推定無罪はなおさら。
まぁ今の行政には西松献金以外にも薬事法にレバレッジ規制と頓珍漢なことばっかやってるだけに苛立ってんのよね。
んで、トップが官僚に「よきにはからえ」で好き勝手やらしてちゃ、存在意味ないし、法律も知らんときてる。
こいつは問題だぜぇ〜。
小沢はまぁ司法浪人長かったらしいので法律知識については麻生よりはマシかとは思うが、まぁおかしなことやりゃ批判するさ、それが国民の役目。
ゲリラ |
2009年06月03日 22:24
第38条1項には、罪を犯す意思がない行為は、罰しないのあとに、
法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
とあり、3項には、素朴な法律の錯誤のことがかいてあるので正しいことをしたと思っても罪になることも捕まることもあるということでは麻生首相も正しいことは正しいといえます。
ただ、小沢秘書の件についてはダミーが何であるかが怪しい上、法律にのっとって記載したことがたとえ、適正でないということになったとしても、第三者委員会の総務省の答弁を見る限り、寄付した者を書いた、犯意などない、という主張ができそうです。という鳩山氏にたいしての麻生首相からのこの発言のおかしさは、会話がかみ合っていないおかしさがひとつ、そして立場上からは、正しいと思っていた人で逮捕される人もあるが、その中には有罪となる人も無罪の人もあるので、無罪の人が罪を着せられることのないようきっちり手順を踏んで明らかにしなければならないといわなければならないのにそうでないおかしさです。そういう流れで持ち出されるなら意味がわかりますが、有罪の人もそうでないひともいるから逮捕されるほどのことしたのだから有罪に決まっている、という主張をしてるのがへんてこりんです。
しかし、うまく納得しまう人も多いのでしょう。そもそも、逮捕されたのだから悪いことしたといいにきていてそれがよくわからない人にはなんとなくそうだと思われている土俵で戦っているので、この話が揚げ足取りのように感じられてしまう感が否めません。何か違う土俵にずらしたりできないものでしょうか。
yok |
2009年06月03日 21:13
rr |
2009年06月03日 17:40
ゲリラさんへ
だから、実際に権力を握っている人間や行使する人間は、推定無罪については十分配慮する必要があるのは当然と言っている。
だが、たとえばあなたがきれいな婦警さんだとして、あなたに痴漢を働く不埒な奴をとっつかまえたとしよう。
もちろん誤認逮捕という可能性もなくはない。
しかし、推定無罪?
そんなもの関係ないだろ!
だって、この手はいったい誰の手ですか!
麻生さんへの批判については、もともと首相というのは揶揄されたり批判されたりするもので、小沢さんなんかが仮に首相になったら、揶揄も批判もできないんじゃないかな?
権力者は鼓腹撃壌帝力我に何かあらんやと、庶民に揶揄や批判させるくらいでちょうど良いのだ。
麻生さんだって、ワザと漢字を間違えてるのかもしれないし・・・それはないか!
名無し草 |
2009年06月03日 08:03
痴漢に気をつけよう。
混んだ電車乗ってる男は痴漢と思え。
全然違うだろ。
日常じゃ気にしない。
だからこそ、国家権力が人を裁くというときには存在意義がある。
疑わしきは罰せずがなきゃ、痴漢冤罪なんてまぁ存在しない。
みんな犯罪者確定だから(笑)。
つい最近の最高裁も割れたうえ、無罪でしたねぇ。。
少なくとも強大な権力をもつ人間は知っていて欲しいね(しかも法律作ってんならなおさら)。
官僚の言うこと聞いてそれ実行してるだけのお飾り権力者じゃ無理だろうけど。
ゲリラ |
2009年06月03日 00:32
重要かつ関心のある問題ですがなんとしても看過できないのは、
痴漢確定犯の植草一秀とゼネコン収賄金権小沢一郎悪代官。共通するキーワード、それは「民主・愛国に悖る男」。
その心は、「法に背き真っ黒っけっけで、真を説明できない卑怯なやつ」。
今夜も寝る前に |
2009年06月02日 23:25
まぐさんへ
自分が犯罪を目撃したとする。
いや、犯罪被害者になりかけたとする。
それでも立証責任は告発者側にあるなどと言って自制するのかな?
警察や検察は当然そうだろう。
しかし、あなたは犯人を知っているのだ。
推定無罪の必要はないだろう?
程度の差こそあれ、現実の生活ではそういうことなのだ。
ところが、告発している人間が自分ではない場合、そして告発されている人間をよく知らない場合、推定無罪とまではいかなくても、誰しも判断の一部は留保するだろう。
しかし、当然のことながら、警告と受け止め、自分もその手の人には注意する。
たとえば振り込め詐欺。
かように推定無罪は実生活では関係ないのだ。
ただし、名誉毀損、誣告罪でやられぬよう、注意はするが、それだけのこと。
それをあたかも倫理道徳的規範のように誤解してありがたがっているから、あほくさいと思うわけだ。
むしろ普段は誰しも推定無罪などとは無縁のところで生活しているくせに、よく言うよと思う。
フランスなどで推定無罪の原則を明文化してあるということは、逆の現実があったし、今もあるからこそなのだ。
それを日本では明文化されていないのはそういう伝統がないからだとか言って、卑下することはないし、一見わかってない私のような人間を捕まえて馬鹿にするのも面白いだろうが、くだらないことだ。
とにかく、神保、宮台と同じことを言うなら、すでに視聴しているのでやめてくれ。
名無し草 |
2009年06月02日 19:41
名無し草さん
>人によっては推定無罪で自分の行動を自己規制していたら仕事にも生活にもならないということ。
なんか勘違いしていませんか?
あいつが怪しいとか心で思う事は内心の自由だよ。というか生理的に誰が怪しいかを考えるのは止められないし。
その判断に従って取引相手を選択するのは別に問題ない。
しかし、怪しいと思っても、相手を問い詰めたりするのはそれなりの根拠が必要と言う事。
名無し草さんも社会に生きている限り「推定無罪の原則」、つまり立証責任は追及側にある事の恩恵を受けている。その恩恵を受けながら関係ないという態度はただ乗りになる。
右がただ乗り奨励したら拙いだろう。
まぐ |
2009年06月02日 16:48
まぐさん
私は自分が陥れられることなんて恐れて生活していないが、話が違うだろ。
人によっては推定無罪で自分の行動を自己規制していたら仕事にも生活にもならないということ。
たとえ法に明文はなくとも、法律論議としてはその通りだが、そんなことで本当に行動しているかどうか自分の胸に手を当てて考えてみろと言うこと。
現行犯逮捕だって、そりゃあ誤認逮捕があるわけだ。
しかし、処罰は推定無罪で良いとしても、我々の生活はそんなこと言ってちゃ、危なくて仕方がないよ。
名無し草 |
2009年06月02日 11:38
名無し草さん「推定無罪は関係ない」なんて言っていいのかな。
「名無し草は痴漢だ」と女子高生に因縁つけられたら、自分が無罪である事を完全に証明しなければならないよ。
少しでも疑いが残ればアウトだよ。
これはネットでも同様。
「名無し草の言論は他人のパクリだ」とか「名無し草はエロサイトの常連だ」とかの根拠のない誹謗に一々、反証しなければならなくなるよ。
怖くて、どこにも行けなくなるよ。
まぐ |
2009年06月02日 09:41
おっ名無し草節、全開ですね。まぐ だよ。
コメントの内容はともかくとして、キャラ的には嫌いじゃないので、健在なのは何よりです。
>無記名 | 2009年06月01日 01:35 氏
>大草原の小さな家と若草物語が保守主義の根本的なもので何もことさらマッチョを気取っているわけではない。クリントイーストウッド、グラントリノなどを「所詮世の中こんなものだ」などと言っているのは、宮台氏あなたがそう言いたいだけではないのか?<
ウィキペディア「新保守主義」によればアメリカの保守主義は三つに大別されるようです。
○伝統主義
古き良き時代への回帰と宗教的価値観を重視。
○リバタリアニズム
経済的自由と個人的自由の重視、政府の介入を忌避。
○反共主義
イーストウッドは作品群から、特に「ミリオンダラー・ベイビー」では尊厳死を肯定しているので、リバタリアニズムに大別されるでしょう。
「大草原の小さな家」の場合、原作は
伝統主義ですが、テレビの作品はリベラリズムの要素が入っています。
どちらにしろアメリカでの家族農業の衰退を見れば、楽観主義よりも神の試練をどのように受容するかがテーマになるでしょう。
リバタリアニストがアメリカの社会的困難に直面した時、神にも政府にも頼らず、自分を頼めば「所詮世の中こんなものだ」という諦念は年とともに強くなる事は自然な事だと思えます。
それでも自由、つまりは自分の生き方を通して行く事がリバタリアニストでしょう。
>だからグラントリノの最後は所詮世の中こんなもの、ではなくて、はじめて世の中を知った保守主義者の良心の結末を表しているといえるだろう。
世の中はこんな物でも、自分たちの生き方は継承されていくというメッセージを私も受取りました。
映画評としてよかったものは以下
http://s01.tbsradio.jp/redirect/utamaru/432835.mp3
http://movie.geocities.jp/dwgw1915/newpage156.html
評論としては
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090525/195655/
アメリカは変われるか?
映画「グラン・トリノ」が日本人に突きつける問い
が面白かった。
ps
沈思黙考さん、423回へのレスはもう少しお待ちください。
まぐ |
2009年06月02日 08:52
>賢しげに「推定無罪だ」などとこの危険なご時勢に正気で言ってるのかと思う。どこか安全なところに自分を置いているか、
このようなご時勢、人を信用できない世の中であるからこそ、推定有罪でよいことにしてしまう怖さを思います。明らかに人を貶めることが得意な人に有利な世の中になると想像できます。そしてますます誰も信用できない世の中に。あとはただの思い込みの激しい変なやつとかに我が物顔で歩かれるのは勘弁です。
yok |
2009年06月01日 22:59
左翼は絶えた。右翼も死んだ。
後に残ったのは世襲貴族と教会だけだった。
この「新右翼」をどうするかが今後の課題ですね。
第三身分 |
2009年06月01日 22:39
やってる、やってる、やってるね。
推定無罪の大議論。
麻生さんが正確にはどう言ったかなんてことにああだこうだと言っても、結局は反麻生の言いがかりだろ。
そもそも総理大臣は変なことを言ってはいけないのかな?
先の長い人じゃなし、いいじゃないの。
推定無罪というのは、あくまで刑事裁判手続きでのタテマエでしょ。
素人ネタベタの典型じゃないかな?
以前から言うように、私には推定無罪なんか関係なしだ。
しかし、犯罪を追いかける人間はジャーナリストであれ刑事であれ素人探偵であれ皆そうだろう。
殺ったのはこいつだと確信するから追いかけるわけで、当然外れる時もあるさ。
しかし、そもそもそんな確信も持てないイヌはダメだろう。
無罪が証明されなければ、イヌの確信は決して揺るがない。
国民の大多数もそういう態度を取る方が現実的かつ安心・安全だろう。
賢しげに「推定無罪だ」などとこの危険なご時勢に正気で言ってるのかと思う。
どこか安全なところに自分を置いているか、議論のための議論をしているに過ぎない。
名無し草 |
2009年06月01日 22:13
>首相が言ったのは素朴な法律の錯誤の話。
西松事件を前提にした発言であり、彼らが考えるB層むけの「素朴な錯誤」を
誘う話でしょう。
>揚げ足取りを学問的に装飾しても何の意味もない
単なる「思考停止」だな。
無記名 |
2009年06月01日 08:51
映画について無頓着な私ですが、
グラントリノは是非見たいです。
また、サブプライムの影響により米国は苦しんでおりますが、何とか回復を遂げて行こうという強い意志が映画等の文化面からも垣間見れ、(アンチ米国の私でも)米国の奥深さに感銘を受けました。
これに対して我が国は、バブル崩壊以降、世界的好景気の風に乗り、景気回復を成し遂げただけであり、「コスト改善=競争力UP」の命題の下、非正規社員の増加による階層化が進んだ結果、正規社員の「ぶら下がり化」が進み、社内における競争が緩和され、企業自体の競争力の低下が一部表面化しております。
ほぼ単一民族で形成されている我が国が、様々な民族で形成されている米国に比べ、機会の均等が図られていないのは、結果的に国力を削いでおりマイナスだと思います。
鳥尾要 |
2009年06月01日 04:15
鳩菅萌え さんへ
「犯意がなくても逮捕されることがある」
と解釈したところで、問題の本質は全く変わらないのではないでしょうか。
麻生さんは、警察・裁判所を含む行政権のトップ、内閣総理大臣であるわけですからね。「客観的事実の描写」が許される傍観者ではなく、当時者です。
山口文雄 |
2009年06月01日 01:59
グラントリノをお涙ちょうだいにしたくない宮台氏は必死にマッチョ系の議論にもっていっているようだが、実際アメリカ文学を見てみればわかるように、表と裏があることを理解しなければならない。大草原の小さな家と若草物語が保守主義の根本的なもので何もことさらマッチョを気取っているわけではない。クリントイーストウッド、
グラントリノなどを「所詮世の中こんなものだ」などと言っているのは、宮台氏あなたがそう言いたいだけではないのか?
アメリカの保守主義の系譜はどれも前向きで楽観的なものだ。だからこそ闇を描かない。そういう意味ではストレイトストーリーのようなものですら、実はアメリカの保守主義の典型であるともいえる。老人と海は何も左翼文学でもない。中にあるのは自分たちが開拓していく、という考えで、だからこそ他人と自分とを区別していく。
所詮世の中こんあものだと言うときは
世の中を意識しているのであって、グラスルーツの保守主義は世の中とは自分たちの周りにあるもの、というような意味でしかない。
だからグラントリノの最後は所詮世の中こんなもの、ではなくて、はじめて
世の中を知った保守主義者の良心の結末を表しているといえるだろう。
宮台氏にとっては結末はあたかも残酷であったかもしれないのだろうが、多くの人間はあの結末に人間とは何かを感じたのだ。
無記名 |
2009年06月01日 01:35
神保さんには「オブザーバーとして会見に出る」ということが「一種の談合」というか「お前も記者クラブの連中と共犯じゃん」と言われても反論できないという認識くらいは持ってもらいたい。
あんまり記者クラブ批判する権利ないんじゃないの?
熊五郎 |
2009年06月01日 01:29
首相が言ったのは素朴な法律の錯誤(法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない)の話。もまとムササビだったかそういう話でしょうよ。郷原教授が言ってるような形式犯での構成要件的故意をどう捉えるかとかそういう小難しい話でない。
揚げ足取りを学問的に装飾しても何の意味もない。それよりももっと宮台かっこいい!と感染させるような斬新な議論やスタイルだったり、それが無理なら真っ当な議論を期待します。
グラントリノは良い映画だったが、ギャングたちが結局救われなかったのが救われない。
共産趣味 |
2009年06月01日 00:49
裁判で争われるのは正しい記載なのか虚偽記載なのかです。
従って鳩山代表が「公設秘書は法に則り正しく行った(記載した)と主張している」に対して
「正しいと思っていても(注意義務を怠る過失あるいは違法性を錯誤して)逮捕される場合も(一般論として)ある」
という頓珍漢な会話は普通ならあり得ない。
まあ、子供が「正しい」という語だけ反応して、文脈を無視した屁理屈を言う場合はあり得る。
さすがに郷原さんは麻生総理は子供並みとは想定しなかったのだろう。
しかし麻生総理の場合、本当は子供並みの人格かもしれないね。
まぐ |
2009年06月01日 00:29
>「蓄財問題とかやっぱり『土建屋』からそれだけ貰っていたということの道義的責任」
『土建屋』で悪かったな、ジャーナリストや学者がそんなにエライか
匿名 |
2009年06月01日 00:08
>推定無罪大好きの神保さんでもさすがにここは使わない(使えない)と思って討論を観ていましたが、食いついたんですね。
私も同様の感想を持ちましたよ。
ここに食いついて「報じられない党首討論の重要な論点」などと言っている神保、宮台両氏には呆れる。今回のニュースコメンタリー、その時点で続きを見るのをやめた。
おまけに、こういう指摘が書き込まれると、両氏を擁護するような書込みがすぐに付いたりする。
この空間、閉鎖的でおかしい。月々五百円払っている先が、何かのファンクラブか、弱小宗教団体か何かのような気がしてくる。
SR |
2009年05月31日 20:49
政教分離に関する質疑が削除されているという話ですが、ちょっと怖いですね。『消されたヘッドライン』ならぬ、『消された国会答弁』。
『レスラー』は、今回の5金を見ていなければ、存在に気づかなかっただろうと思いました。政治がらみや、社会派(?)の作品は、自然と自分のアンテナにかかってくるのですが。
どの映画も、時代背景をよく知ることで、十分に味わえる作品ですね。私はアメリカの歴史も社会も良く知らないので、丸激での解説は助かります。ムーアやスパーロックのような解説付きの映画だと、自分にも結構分かるのですが(笑)。
『グラン・トリノ』でのイーストウッドにミメーシスされるのを楽しみに、レンタル化待ちです。長いな〜
かんぽ |
2009年05月31日 20:48
鳩菅萌えさんへ
無垢の民さんのコメントで全てだと思いますよ
随分、拘っていますね、なら是非教えてください
>そういった意味では一般論において「犯意がなくても逮捕されることがある」のは
>”よくある話”ではないでしょうか。
仮に”よくある話”なら、何故都合良く麻生さんの疑惑や自民党の皆さんの
疑惑にはその”よくある話”が起こらないのかな?
>その有無を取り調べる必要が当然あるわけです。その捜査において逮捕が
>必要と裁判所が判断すれば被疑者が逮捕されることは法律上
>全く問題はないと思います。
犯意の有無を調べるためにも麻生さん、森さん、尾身さん、二階さん、、etc
取りあえず国会議員の関係者全員を逮捕して調べるのが当然ですよねえ
何故そうならないの?
戦前の「オイッコラッ警察」じゃ有るまいし、ゴメン被りたいね
匿名 |
2009年05月31日 17:40
無垢の民さんへ
郷原さんの論文を読みました。
郷原さんは麻生さんは「犯意がなくても逮捕できる」との趣旨で発言したとして、それを問題としていますが、麻生さんは一般論として「犯意がなくても逮捕されることがある」と言っているわけです。逮捕とは捜査のために行われるわけで、捜査において犯意があったのかなかったのかについても取り調べると思います。
そういった意味では一般論において「犯意がなくても逮捕されることがある」のは”よくある話”ではないでしょうか。
取調べるまでは、事実認定としては判決までは犯意があったのかはわからないわけですから。
今回の事件においても犯意=虚偽の認識の有無が重要であって、その有無を取り調べる必要が当然あるわけです。その捜査において逮捕が必要と裁判所が判断すれば被疑者が逮捕されることは法律上全く問題はないと思います。
鳩菅萌え |
2009年05月31日 14:39
鳩菅萌え さんへ
>推定無罪原則を知らないとは思えません
麻生さんは「それを犯された方が、そこにいらっしゃるわけです」と発言しています。
>それに罪を犯す意思がない行為でも罰せられることは”よくあることだと思う”と言っています
これは「あってはならない」のです。
Nコメで宮台さんが指摘しているとおり、刑法第38条1項で定められている「過失犯として規定されているもの以外は故意がなければ罰せられない」という現行刑法の原則です。この件については名城大学の郷原さんがコメントしています(http://www.comp-c.co.jp/pdf/20090528_issue.pdf)。
麻生さんは「違法性の錯誤」と勘違いしている節がありますが、「違法性の錯誤」の問題ではなく構成要件の解釈の問題だと思います。小沢さんの秘書逮捕問題については、「政治資金規正法」自体の問題(欠陥法)とその法の趣旨を逸脱し、かつ曖昧な構成要件の条文を元に逮捕に踏み切ってしまった検察の暴挙・愚挙であったというのが現在の感想です。なお、小沢さんの秘書逮捕問題については、「政治資金問題第三者委員会(http://www.dai3syaiinkai.com/)」の総務省ヒアリングをご覧になると、すごく参考になると思います。
無垢の民 |
2009年05月31日 11:55
toyokawa様へ
この頃、「であること」と「すること」と言う言葉をすごく新鮮に感じています。
「役所が違うのか時代が変わったのか」ということですが、最近の内閣人事局長の件、小沢さんの件、裁判員制度導入の件等とそれに対するマスコミの対応を見る限り、「時代が変わった」(変わりつつある)のではないかと感じています。
もしtoyokawaさんがクラブとのパイプを今でもお持ちでしたら、その辺のところをご報告いただけたらと思います。対権力に対してマスコミがその機能を果たせないのであれば、我々主権者は主権を行使する危機にあるわけで、我々は既存のマスコミに替わる権力の動向を知るべき手段を構築していかなければならず(VideoNewsなどを育てていかなければならないと思っていますが)、そのためにも、マスコミ内部からの情報を出していく(ネット等のマスコミ以外の手段により)ということは重要だと思っています。
無垢の民 |
2009年05月31日 10:39
麻生は”疑いがある”ってちゃんと言ってますよ。強調して2回も言ってました。
それからして推定無罪原則を知らないとは思えません。
それに罪を犯す意思がない行為でも罰せられることは”よくあることだと思う”と言っています。「罪を犯す意思がない行為でも罰せられることは当然」とは言っていない。それが正しいこととも間違ったこととも判断していないこの発言のどこに問題があるのでしょうか。客観的事実を描写しただけだと思います。
推定無罪大好きの神保さんでもさすがにここは使わない(使えない)と思って討論を観ていましたが、食いついたんですね。
鳩菅萌え |
2009年05月31日 08:03
5金映画スペシャル、何故か久しぶり嬉しかったです。アメリカ復活か、の言葉が新鮮に感じられたこと、小沢問題が不条理なドラマを見せられていた思いがあり、取り上げられた映画の肯定批評が耳に心地よかったこと、などです。エヴァン・レイチェル・ウッドの益々の活躍を期待します。
rusa |
2009年05月31日 06:52
日本で、映画といえば、主にアメリカ映画と邦画という事になるとは思いますが、できれば世界各国の映画を網羅した上でのチョイスであって欲しいと感じました。
toto |
2009年05月31日 04:39
コメント消されたのですが、別に消されることが不快だと言ってるいるわけではありません。
コメントにも書いていましたが、問題があったのでしょう。消された方がよかっとも思います。しかし、あれが消されるならば、正直他のコメントも消されても問題ないようなものもあるように思います。
基準がわかりません。
そこが不快です。
花火 |
2009年05月31日 04:04
【臓器移植法改正について】
宮台氏の「人の感じ方によってちがう」に賛成です。阿部氏は自分の患者が無頭児を産んだ場合はどうするのだろう。母親がへその緒の切断を望んでも赤ん坊が自然死するまで、決して切らないのだろうか。まだ遺族になってない場合でも「家族」によって、ある命を絶つことを決断しなければならないことだってあります。医師はただ、その肉体がどのような状態であるかを「家族」に正確に伝えればよいと思います。
【幸福の科学の政治団体について】
たいへん勉強になりました。近代社会においての原則(?)「政治団体が宗教をつかって政治的動員をしてはいけない」「宗教団体が信者に働きかけ、政治的動員をしてはいけない」を強化(厳格化)すべきだと思います。
ウマ |
2009年05月31日 03:13
党首討論での麻生首相のあの発言は私も聞いていていかがなものかと思いました。逮捕も起訴も行政府の判断なのに、行政府の長がそれを理由に政敵を批判するのは、理屈としてヘンです。
宮台先生の「夜郎自大」の分析は、私もそんな感じがします。手前勝手なストーリーを勝手に作って勝手にコケてるだけだと。これは日本の役所もマスメディアも北朝鮮も中国共産党もウォール街の人々もみんな同じ病気なのだと感じます。そういう人を速やかに退場させるスピードが社会の健全性の指標なんでしょうね。
ビデオニュースの取材拒否問題について。メディア側にかつて居た人間から言うと、役所側の勘違いの度合いにもかなり差があります。私が個人的に「酷いな」と感じたのは財研、霞、七社会あたりです。業界人にしか分からない名前のところばっかりだなと、今気付きました(笑)。私が常駐し幹事業務もしていた、名前を聞けば誰でも分かるクラブは、それなりに記者クラブ主導の原則で動いていました。幹事が認めた記者の会見への参加を役所が拒否するというのは、ちょっと理解できません。そんなことをやったら広報室長どころか事務次官まで火達磨になるような気がします。役所が違うのか時代が変わったのか、そのあたりは良く分かりませんが。
toyokawa |
2009年05月31日 02:49
C・イーストウッドの「世界界はこんなもんなんだ」という保守主義が、悪いように利用されないか心配です。江原なんかは「だからあなたが貧困層でも文句を言ってはだめだよ」というふうに言っています。その辺、誤解されない工夫が必要なのかな、と。
それと、、メールを送りました。今確認したら、初めてメールするにしては、本当に乱文になってしまいました。ごめんなさい。
児童小説 |
2009年05月31日 01:49
神保さん映画特集いつもいやいやですね(笑)。態度にでてるのはどうかと思います。(笑)
nobody |
2009年05月30日 21:13
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