マル激トーク・オン・ディマンド
「政治とカネ」特集民主主義のコストと利益誘導政治の境界線はどこに
マル激トーク・オン・ディマンド 第462回(2010年02月20日)
「政治とカネ」特集
民主主義のコストと利益誘導政治の境界線はどこに
ゲスト:富崎隆氏(駒澤大学法学部准教授)
 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体の土地取引をめぐる問題は、小沢氏自身が不起訴処分となったことで、とりあえずは収束の方向に向かっているかに見える。しかし、政権の中枢を揺るがした一連の事件が古くて新しい「政治とカネ」の問題をあらためて浮き彫りにした。
 そこで今週のマル激では、政治とカネの問題を、根本から再考してみることにした。
 まず、そもそも政治がカネまみれになる、つまり政治にカネがかかり過ぎたり、大量のカネが政治に注ぎ込まれると、どのような問題が生じるのか。
 計量政治学が専門で海外の政治資金制度に詳しい駒澤大学法学部の富崎隆准教授は、そこには2つのリスクがあると言う。一つは腐敗・汚職の危険性、そしてもう一つは政治への参入障壁だという。汚職や腐敗が民主主義の基盤を壊すことは言うに及ばないが、集めるお金の多寡によって政治参入の可否が決まることもまた、民主主義の平等原則に反する。
 そこで、政治にかけるおカネはどの程度なら適性で、それをどうやってコンロトールするかが、万国共通の課題となる。
 現在日本には、戦後アメリカの政治資金制度に倣って作られた政治資金規正法があるが、富崎氏は、今回の小沢事件を通じて現行の政治資金規正法の2つの問題点が明らかになったと指摘する。
 まず一つ目は、規正法自体が改正を繰り返す中で継ぎ接ぎだらけとなり、政治資金の管理・報告制度が非常に複雑怪奇なものになっているため、法に則って政治資金報告が公開されても、政治家の政治活動やお金の使い方の実態が簡単には見えてこないようになっている点だ。
 小沢氏の事件でも、政治資金が複数の政治団体の間を行き来したことが明らかになっているが、現行制度で政治資金の受け皿となる政治団体を事実上無数に作ることが可能になっていることが、政治資金規正法がザル法と呼ばれる所以の一つとなっている。
 二つ目の問題点として富崎氏は、こうした複雑怪奇な制度のありようが、政治資金の流れに恣意的な解釈を与える余地を与え、それが今回の小沢問題のように検察の介入を招く原因となっていることを挙げる。昨年政権交代が実現し、今後は政権選択が可能な政治状況になった今、政治資金問題も選挙も有権者の自由な選択に任せるものであり、政権とは別の国家機関が政治に介入することは相当に警戒すべきだというのだ。
 同じ理由で富崎氏は、民主党が公約している企業団体献金の禁止についても、否定的な見方を示す。企業や団体など特定の利益集団の献金も個人の献金と同じく、自由な政治活動の一つであり、それを禁止することは政治活動を著しく規制しかねない。また、規制の強化はむしろ脱法的行為を助長し、検察権力の介入の余地をさらに広げることになりかねないというのだ。
 そもそも政治家が特定の利益集団から献金を受け、その集団を代表して政治活動を行うことの何が問題なのか、と富崎氏は逆に問い返す。利益誘導政治は広い意味での代議制民主主義の本質であり、政治学的には利益集約と呼ばれる政治本来の機能の一部でもある。問題はその利益集約が特定の個人や団体のための個別的なものか、より普遍性があるかで妥当かどうかが分かれるのであって、全ての利益誘導を否定してしまっては民主主義そのものが成り立たないではないかと、富崎氏は問う。
 それでは政治とカネの問題の本質とはいったい何なのか。富崎氏は、まず何よりも政治資金の流れを透明化して、市民的なチェックが容易に可能になる状態を作ること。その上で、大前提として民主主義には一定のコストがかかることを踏まえ、自由な政治活動を保障するためにも、一定の政治資金を認め、それがある限度を越えたときに是正を図るような形にすべきだと富崎氏は主張する。そして、その限度がどこにあるかは、市民、つまり有権者が決めるべきだと富崎氏は言う。
 結局、政治とカネの問題は、カネの量が政治の質にどう影響を与えるかという問題であり、それは一概にどの規模が適正であるかは決められないということかもしれない。だからこそ富崎氏も、政治資金規正法は透明化を徹底させることが不可欠だと強調する。
 政治とカネの問題は民主政治の成り立ちと深く結びついている。アメリカでは言論の自由を妨げるとの理由から、政治資金の制限は至って甘い。政治資金を制限し過ぎると、活発な政治活動の妨げとなり、民主主義の弱体化につながる恐れもある。しかし、かといってそこを緩めすぎると、腐敗や汚職がはびこるリスクが増し、その一方で検察や警察が政治に介入する余地を与えることにもつながる。
 日本は今政治とカネの問題をどう考えるべきなのか。政治資金の国際比較なども交えながら、富崎氏と徹底的に議論した。
  • 小沢氏の政治資金報告書を会計士が見ると・・・
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  • トヨタリコール続報
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単式・複式簿記の違いが解れば小沢氏政治資金問題は氷解する   細野祐二氏(公認会計士)インタビュー

インタビューズ (2009年03月21日)
私が企業献金を受け取らない理由
民主党細野豪志衆議院議員インタビュー

富崎 隆とみさ きたかし
(駒澤大学法学部政治学科准教授)
1965年兵庫県生まれ。89年慶應義塾大学法学部卒業。95年同大学大学院法学研究科博士課程修了。清和大学法学部助教授などを経て02年より現職。共著に『日本の統治システム』、『現代政党の理論』など。
この記事へのコメント

http://g2.kodansha.co.jp/?p=3681
「立花隆 緊急寄稿」について

記事(↓)を巡って、上杉隆氏とモメてるようですが
> 立花隆が緊急寄稿(2)「小沢不起訴」の先を読む
> 検察憎しの立場に立つ一部マスコミにバカバカしい批判――
> たとえば、つい最近起きたと伝えられる(検察は事実無根と抗議)、
> 子供を持つ石川の女性秘書を一〇時間も無理な取り調べをして
> 保育園に通う子供を迎えにいけなくしたなど――
> を許してしまうことになる。
小沢一郎幹事長による証拠物件の偽造、
検察批判とも取れる微妙な言い回しなど、
上手く書いてるなあ・・・と思いました。

> 立花隆が緊急寄稿(2)「小沢不起訴」の先を読む
小沢の署名が二つ並ぶ「確認書」
http://g2.kodansha.co.jp/wp-content/uploads/2010/02/kakuninsho_l.jpg
> 二〇〇七年二月二〇日、小沢は自ら記者を呼び集めて、
> 不思議な「確認書」なるものを公開した。これは、
>「政治家小沢一郎」と「陸山会の代表者としての小沢一郎」の間に
> とりかわされたというおかしな「確認書」・・・
「今回の事件の捜査過程でこの「確認書」が、
小沢側が偽造したものであることが明らかとなってしまった」
「事務所に残してしまったコンピュータが検察に押収され、
そのハードディスクの中身を解析していったところ、
このコンピュータで例の「確認書」が
作られたということがバレてしまったのである。
そして驚くことには、その「確認書」の製作年月日が、
実は問題の記者会見の直前であることがわかってしまったのである」

> 立花隆が緊急寄稿(3)小沢と検察、両者の会見から読み取れるもの
>『小沢一郎 政権奪取論』(朝日新聞出版)の中で、
> 指揮権発動に関して以下のようなことをいっている。
――それでは、大物政治家に対する検察の捜査は、
  政権の側から「いいよ」という判断がないと、
やりたくてもできないのですか。
小沢 検察が政界の大物を対象にした捜査をやるときは、
   必ず総理にお伺いを立てます。
行政ですからね。金丸さんのときに、検察が政権のだれと話したか、
   僕は詳しくは知りませんけども。
だけど、おそらく、あのときに首相だった宮沢喜一さんが、
   検察の捜査方針に「うん」と言ったんでしょうね。
そうでなきゃ検察は捜査をやりっこないですから。
   そして、竹下派議員は少なくとも半分は、
金丸さんの捜査を許容していた。
――竹下さん自身はどうだったのですか。
小沢 許容した側です。
「あれほど強気だった小沢をもってして、
検察を公平公正の権化のように
いわしめるような何かだったのだろう、とはいえる。」
「なにか大きなものを検察につかまれたままで、
この事件が完全結着したとはいいがたい状況の中で、
検察と小沢の間で阿吽の呼吸の大きな取引が
進行したということが
小沢不起訴の本当の裏側なのではないだろうか。
阿吽というところが大事で、
このような取引は決して言葉では明示されないし
いかなる形でも証拠は残さない。
だから、後からどちらの側もあったとも、
なかったともいうことができる。
いってみれば、その後の小沢の大いなる態度の変化が
そのような取引を受けたという意思表示といえる」
>「不起訴」決定と引きかえに、
> 検察側も取るべきものはたっぷり取った(検察組織安泰)。

沈思黙考 | 2010年03月06日 00:08

「最高裁の裏金づくり」の詳細な手口
http://toshiaki.exblog.jp/6248809/
> 最高裁の「システムとしての裏金捻出」の手口とは、
> 幹部裁判官給料の一部をピンハネし、
> それをプールするというやり方です。
> ・・・裁判官(=判事補、判事)は、任官すると、まず、
>「判事」より1ランク下の「判事補」から始まり、
> 給料は定期的に(だいたい3年とされています)
> アップしていきます。で、任官20年目ぐらいまでの間に、
> ほとんどの判事が「4号」にまで昇格します。
> ところが、「4号より上」、つまり、「3号以上」というのは、
>「どんどん号数が昇格していく判事」と、
>「そのまま4号に据え置かれたままの判事」に、
> 大きく二分されます。・・・「4号」で据え置かれたまま、
> 地方勤務したままの判事と、「3号」に昇格して、
> 大都市手当がついた判事とでは、
> ボーナスも合わせて年間で「400万円」、
> 同様に「1号」にまで昇格した判事と比較すると、
> ぬあんと、ぬあんと、「900万円」もの「格差」が出ます(笑)。
> やってる仕事は同じなのに・・・
> 裁判官のこの「給料格差」というのは、本当にスゴイものがあり、
> 同じ時期に裁判官に任官した人間でも、
>「4号」で据え置かれたままの人間と、
>「3号以上」に出世していく人間とでは、
> ざっと試算しただけでも、これが「10年」続くと、
> 生涯年収で1億円もの差がつくことになります。・・・
> なぜ、刑事裁判では「検察寄りの判決」(=起訴状の丸写し)
> のオンパレードで、民事訴訟、とりわけ「国賠」では、
> 原告が勝った試しが、ほとんどないか、が。
> こういう問題の本質を見ていくには、もうちょっと、
>「下部構造」をきちんと捕らえないと、ダメです。
> こうやって、裁判官の給料が「4号のままで据え置かれる」のと、
>「3号以上にガンガン昇給していく」格差が生じていることを、
> 内部では「3号問題」と呼んでいます。・・・
> 超オモロイのは、この「3号モンダイ」は、
> 腐れ検察の「チョーカツ」(=調査活動費)と同様、
> 内部では徹底的な「タブー」と化していることです。
> 例えば、同じ年次に任官した裁判官で、
>「なぜ、4号に据え置かれたままの者と、
> 3号以上に昇給していく者とに分かれ、
> その基準はいったい、
> どのように決められているのか」ということが、
> ぬあんと、最高裁当局からは、
> 一切 、明らかにされていない点です。・・・
> じつは、予算措置上は「3号(以上)」で請求しておきながら、
> 実際に支給する給料は、金額を「4号」のまま据え置いて、
> その「差額」を「最高裁の裏金」としてプールしている点です。
> その証拠に、裁判所の内部では、「4号になってからは、
> 自分の報酬号数を他に漏らしては、
> ならない」という不文律があるというのです。
> ・・・この「幹部裁判官給与流用」の手口で、
> 最高裁に蓄積された裏金の総額は、
> ものすごいレベルに達することだけは、間違いありません。

沈思黙考 | 2010年03月02日 23:22

企業や組織の背後にはそれを動かすことができる少数の個人がおり、企業や組織を介して、圧倒的な力を持つ少数の個人が、一人一票という長い時間をかけて辿り着いた我々のやり方を表面的には維持しつつも、実質的には一人一票を超えた圧倒的な力をカネを介して行使して、政治に影響を与えて、自らに有利な政策を実現することを、カネの流れが透明でありさえすれば、単に民意の反映であるとして肯定してしまってよいのだろうかと、私も素朴に感じます。

また、カネの流れが透明であって原則的には公開されていても、各議員と政治団体のカネの流れを、各議員や政党の政治活動と関連させて把握して、この政策は実質的には普遍性を欠く、個別的な利益誘導にあたるのではないか、などと見抜くことは、私にはとても不可能ですし、どんな個人にも物理的時間的にそれが可能であるようには思えません。
(良い代案があるわけではありません。)

石川知裕氏による政治資金収支報告書の虚偽記載問題についての細野祐二氏によるインタビューを観ると、情報そのものが公開されていても、それを分析して「見抜く」ことは、プロのジャーナリストであっても容易であるようには思えません。

いざとなれば公開された情報から、それを知りうる状態にしておく、ということはとても大切であり、必須であると思うのですが、そのような状態にしておけば原理的に何ら問題はない、というわけではないと感じます。

hitokotoan | 2010年02月28日 15:18

 神保さんにはもう少し踏み込んで富崎氏・宮台氏に聞いてほしいことがありました。
 企業・団体献金肯定論者の両氏の根拠は、透明化すれば国民の政治選択が可能になる以上、それでよいではないか、というものです。
 しかし、問題は、透明化された情報を国民各層にどう浸透させるかです。

 神保氏はこの疑問をぶつけてはくれましたが、両氏の回答は正面から答えたものではなかったので、到底納得できるものではありませんでした。

 一般的に、企業や団体は個人に比べて大きな財力を持っており、それだけ巨額の献金を提供することができ、結果として、大きな政治的影響力を持つことができます。
 企業や団体にも政治的意見を発表する権利は当然に認められていますが、この上さらに献金する権利を認めれば、その主張のもつ言論としての影響力を超える影響力が政治家に及びます。これは、政党に対する献金だけを認めたとしても同じことです。
 言論としての評価を超える影響力を、献金透明化は打ち消してくれるでしょうか。私にはとてもそうとは思えません。
 ですから、神保さんに突っ込んで聞いて欲しかったのは、政治家に対する影響力が企業団体献金を許すことによって不当に企業・団体側に偏ってしまうのを透明化程度の処置でカバーできるのか、という点でした。

 今後のニュースコメンタリーで宮台氏にぶつけて欲しいです。

シュウ | 2010年02月27日 09:16

>匿名かな さん

おそらく神保さんの問題があるかも知れないという思いのところは

・お金があるかどうかで選挙に参加できるできないがあってはいけない
という原則についてで、
 選挙への参加では、投票参加、立候補、政党を作ること、与党になること、与党で自分の考える政策を進めること などいろいろありますが、ここのところの見えているのはお金がある人間じゃないと政党になったり与党になったり、与党内で権力を行使したりということがありそうで、それがありなのかどうか、ということだったと理解しました。
奥平先生はそういうことにお金がかかるのが当たり前とみんな思いすぎてないかという指摘であったのだと思いますが、今回の先生の立場は、お金はやっぱりある程度かかるもので、政策を実行するのに必要なお金が集まるということも市民の政治への投票行動であるし、政治家の力であるという点を認めているということだったのだと思います。

yok | 2010年02月25日 07:11

 「金集めが巧い奴が権力を握るのは許せん」と言うのが
神保氏が言いたいことなのかな?!

 真面目に仕事に取り組んだ結果がそうであったのなら
寧ろ褒められてしかるべきかなとも思う

 それと「元からの民主党議員と民由合併以降の議員」と
区別することに何の意味があるのか?

 民主党の議員には違いはなく、自分と親しくしてるのが元から議員に
多いだけで、これを差別するのは何か鼻持ちならないと感じる

 結局神保氏は「自分と親しい政治家がヘタレだ」と言っているに
すぎない

 ジャーナリストにしてはあまりにお粗末かと

 

匿名かな | 2010年02月23日 19:01

今回の議論を聞いて思ったこと。

政治を行う側の視点と、政治を行われる側との視点からいうと、
政治を行う側の視点・価値観に基づいて重点的に議論されていたと思いました。

車の両輪ではないのですが、政治を行われる側(有権者側)の視点・立場からも突っ込んだ議論が必要なのではないでしょうか?

難しい話だと思いますが、

日本国の有権者は、どういう姿勢・考え方・目線を備えて、立候補した人々または政治を行う人々に対峙していけばよいのか? 

という問いについて、深い議論を行ってほしいです。

最近、個人的に気になって仕方ないことは、第2次大戦中に大本営発表を聞いて浮かれはしゃいでいた日本国民と、
現在の日本国民の姿勢が、根本的に同じなのではないだろうか?

という思いがあります。

大本営発表を投げかける側の視点・立場と同時に、それを受け取る側の日本国民の視点・立場・考え方に、
どのような問題があったのか?

といような問題設定から、現在にも通じる教訓が導きだせるような気がします。

fs_kankan | 2010年02月23日 13:06

理念と政策、権力と政局の話がとても面白かったです。私も小さな会社を経営しておりますので、国家運営のことというより、身近な小さな企業運営での出来事と重なってしまい、どうも感情移入しやすいようです。小沢さんの陸山会運営の四苦八苦のようすなどを想像してしまうこともあります。政治の世界では、理念や政策というより、良心や哲学といったものが情報公開とともにより伝わりやすくなることを期待しております。神保さんの理念は神保さんの表現をみていると、いろんな場面で見るたびにいろいろと感じられます。政治家に普遍的理念はあまり期待しておりません。大きな組織にはあまり強い理念というものはそぐわないような気もします。
話題にあったシビリアンという言葉に意味されるものの必要性はよく感じております。自立、自律、自尊心、社会性、田舎者、都会的などの日本語にかかわってくると思うのですが、宮台さんにはぜひとも新しい言葉を発明して欲しい思いました。社員や取引先のサラリーマン社員とのやりとりにおいて、良い言葉が見つからないことがあります。責任感の定義をしにくい社会になっているように感じております。現状私の会社では、民主制はありません。経営上の全責任を背負ってほぼワンマン体制です。悲しいかなこうでないと運営できないと感じてしまっています。

マキノ | 2010年02月22日 22:11

本編(追加)

政党助成金の件で、政治資金を徴税機構に依存しすぎる危険性の話に「なるほどなー」と思っていたところ、ちょうどNHKの集金が来ました。「会長の選挙権を視聴者が持てるようにしたら払う」と、例によって例のごとく追い返したわけですが、「これって同じ議論だよな」と気づきました。

国会で予算を認めて貰うことがNHKの正統性だと言うなら、それこそ国の予算で運営すればいいのです。そうではなく自ら受信料を取るなら、視聴者から正統性を直接調達しなければなりません。それで初めて権力から独立した報道機関だと言えます。

本題の政治のコストに戻りますと、政党助成金よりも税金の控除によって政治家を維持する方が良いのかもしれません。この場合は課税対象額からの控除ではなく、納税額からの控除です。もちろん上限は必要でしょうけれど。

toyokawa | 2010年02月22日 20:21

政治と金はよくなってきているとのこと、私もそう感じます。役人と金の問題の方をクリーンにしたいと100倍強く考えます。そちらの方がよっぽど悪質だと思うからです。

tip | 2010年02月22日 11:39

今回の放送、非常に参考になりました。

丸劇ならではの良さが久しぶりに出てたのではないでしょうか?やはり、神保さん、宮台さんが積極的に絡めるテーマは番組として面白いですよ!

目先の善悪ではなく、比較的余裕のある放送時間をつかって、構造的な問題、理解を通して時事問題を扱っていくスタンスは、私が丸劇を視聴している最大の理由でもあります。

しかし、この問題「ガラス張り」にするといってみたところで、なぜそうできないのかというところにに次は焦点を当てた放送をして頂きたい。

番組の最後の助成金のところで触れていましたが、例えばドイツでも憲法裁判所がこれらの法案にストップをかけてるように、政治家では処理機能を果たせない問題であるような気がします。憲法が無いイギリスでも、元最高裁の判事が議会で睨みを利かせるなど、国民だけではなく、法が正当性の調達や時に合理性の調達に、大きな役割を負って積極的に動いている。

社会と議会の調停者としての法の機能が日本では極めて希薄。

社会に任せるといっても、日本の大衆社会の魔物性については、番組の中で宮台さんが語っておられたとおりです。

法治国家日本の欠陥。むやみな厳罰化や、勧善懲悪主義の温床になってる問題のひとつではないでしょうか。ポピュリズムの温床である「不安」の源泉でもある。今回の話の延長線上で語られるべき問題であると思います。

喫煙者 | 2010年02月22日 08:08

本編

とても参考になりました。政治は生態系だと私は考えているので、富崎さんの話は腑に落ちました。利己的遺伝子のドーキンスの議論と構造的には同じですよね。かつ、政治家とはそういう生き物だということを前提にした社会の側の緩慢な進歩についてのお話だったと整理しました。宮台先生の「公的な民間」の概念は、それこそが民主主義の根幹だと思いました。

マルコメでもあった複式簿記の話ですけど、これは複雑でもなんでもありません。むしろ複式の方が単純です。複式に慣れてしまえば、単式簿記は気持ち悪くなります。

toyokawa | 2010年02月22日 03:49

Nコメでトヨタのリコールに関し、自動車がメカ制御からプログラム制御になってきたことによる問題との指摘がありました。遺伝子組み換え作物と同じで、プログラムが環境に適応するかどうかの見極めには、それなりに長い年月が掛かるのかもしれませんね。

政治資金の報告で複式簿記を使っていないというのは、指摘されてみると驚きです。昔使った簿記検定の参考書に、「複式簿記は人類最大の発明」と書いてあった覚えが(笑) 使わない手はありません^^

最近、政権交代や検察の問題がありました。そのお陰で、今回の議論を、まさにこの社会に関係のあることとして聴くことができました。

かんぽ | 2010年02月21日 22:20

限定的な単式簿記という、ガラス張りとは程遠い現状で、企業団体献金だけを問題視して全面禁止なんてしても、この問題についての何ら解決にはならないどころかより歪なものになってしまうと・・

企業団体献金が必ずしも私的な利益誘導ではなく公的、普遍的民意の集約するチャンネルとして機能しうる以上、そのチャンネルを単純なレッテル貼りのような議論で切ってしまうのはやっぱりおかしい話だなと単純にそう思いました。

ユッケ | 2010年02月21日 19:10

Nコメのトヨタ問題について、ソフト化にやや批判的であったが、
当初電子化に批判的だったドイツのメーカーまで今は電子化している現状や以前の郷原氏の会見を見るに、電子化というのは機械制御ではもはや困難な、"より安全"を希求するために導入されてきたのではないのか?そしてその安全への希求は、原則として使用(運転)が禁止されている程度には危険な自動車という商品を、前回の話のようにその他電化製品や食品レベルにまで安全にしようとした過程において生まれてきたのではないのか?

匿名 | 2010年02月21日 04:07

「政治とカネ」の文脈を集約していただいてとても助かりました。わかりやすく、しかも、包括的で勉強になります。そういう意味で、富崎氏のように専門性が高度なゲストは大歓迎です。まじめに研究に取り組んでいらっしゃることが伝わる方ですね。この前の経済学者よりも、こういう方の話のほうがおもしろいです。

宮台氏も、後半に、本来の持ち味である辛口のトークが炸裂しておもしろかったです。マル激ファンとしては、今回は最後まで一気に観ることができる内容でよかったと思います。

マル激のおかげで、ニュースを観ること自体に目が肥えてしまった視聴者を満足させ続けるのは大変かもしれませんが、がんばってください。

jin | 2010年02月21日 02:57

マルコメ

単式複式の話は企業経営者から見ればあったりまえの話であって、企業経営者であるはずの神保さんが今さら何を言っているのかと思いました。

政治とカネの問題は簡単な話です。「国会議員に対し、個人および政治資金管理団体の貸借対照表および損益計算書を国民に報告することを義務付ける。それが嫌なら立候補するに能わず」――これですべて収まる話です。

こんなことは経営者業界ではみんな議論の余地なく分かっていた話です。私も何度もいろんなところで言っています。要するに役人もマスコミ人も学者もみんなサラリーマン化しているからこういうことになるんじゃないかと感じました。

toyokawa | 2010年02月21日 01:57

ハードの時代はハードができることに人が合わせるしかなかった。でもハードでできることは直感的だったので感覚的に分かりやすかった。
ソフトにしたことで自由度が飛躍的に上がったことが問題の根源。自由度が上がると色んなフィーリングが表現可能だが、何が最適かは非常に難しい。直感的じゃないセッティングが最適であるかもしれないが、直感からのずれはクレームの原因となりえる。
自動車は運転しないけどIT技術者としてはこう思った。

なおとけ | 2010年02月21日 00:52
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