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マル激トーク・オン・ディマンド 第31巻(第311〜320回収録)詳細
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収録日 2007年03月16日(PART1:72分 PART2:55分)
ライブドア事件にみる検察資本主義の到来

ゲスト:村山治氏(朝日新聞編集委員)

 ホリエモンこと、堀江貴文ライブドア前社長に2年6ヶ月の実刑判決が言い渡された。執行猶予付きになるとの大方の予想を裏切っての厳罰に対して、メディアでは「厳しすぎる」との論調が支配的なようだが、裁判所は市場経済の秩序を維持するために、ルールの違反者は厳しく訴追するべきであるとする特捜検察の意志を全面的に支持する選択を下した。
 長年にわたり特捜検察を取材してきた村山治氏は、厳しい判決はある程度予想されたものと言い切る。それは、ライブドア事件は日本経済が官庁による「事前調整」の時代から、競争原理を導入し、一定のルールの元で「事後チェック」の時代へと転換したことの象徴と位置づけられる事件だからだ。そしてそれは、大蔵省支配の終焉と検察が国税や金融庁と連携しながら、ルール違反者を厳しく追及する事後チェック型検察資本主義時代の始まりを意味する。
 バブル崩壊以降の検察と大蔵省の関係を克明に描いた著書『特捜検察vs.金融権力』の中で村山氏は、1990年代前半までは、リクルート事件や東京佐川急便事件に代表されるように、検察は大蔵省傘下の国税や金融当局と連携しながら、もっぱら政治家や企業の汚職や脱税の追求に力を注いできた。これが、戦後日本の経済秩序維持の源泉でもあった。
 しかし、バブル以降大蔵省による「護送船団方式」は立ち行かなくなる。膨れあがった膨大な不良債権の山の前で、大蔵省の「一行たりとも潰さない」方針は挫折し、同時期に発覚した大蔵官僚の接待汚職によって、大蔵省そのものが検察捜査の対象となってしまう。ほどなく大蔵省の力の拠り所の一つだった金融部門は分離され、金融監督庁(のちに金融庁)は「事後チェック型」の市場統制システムの番人としての役割を担うようになっていく。ライブドア、村上ファンド両事件は、まさに検察と金融庁の協力体制が結実した、新しい日本経済の統治形態の象徴と、村山氏は指摘する。
 村山氏はまた、ライブドアが「国策捜査」ではないかとの批判に対しても、「検察はもともと国策捜査を行う機関」と言い切り、これを一蹴する。警察が全ての犯罪を捜査することが義務づけられているのに対し、検察は「必要に応じて」事件を捜査することになっている。そこで言う「必要性」の判断は、検察の裁量に委ねられており、その意味では検察捜査はもともと国策的な意味合いを含むことになる。法律からして、検察は「国策捜査」を行い「一罰百戒」を旨とする行政機関だというのだ。
 こうして検察はある時は大蔵省と組み、また大蔵省が落ち目になったとみれば金融庁を新たなパートナーに選び、経済秩序維持のために働いてきた。しかし、もし「正義の味方」の検察自身が、腐敗したり堕落した場合、どこが検察をチェックすることができるのか。政治家も検察が怖い。もはや検察は官僚相手にも容赦はしない。以前この番組に出演した元特捜検事の堀田力氏は、一人一人の検察官の正義感が検察正義の拠り所であると言い切ったが、それで本当にシステムとして盤石と呼べるのか。
 『特捜検察vs.金融権力』では「矛盾は矛盾のまま読者に読んでほしいと思い、見たこと聞いたことをそのまま書いた」という村山氏とともに、ライブドア事件で完成した検察資本主義の内実と、日本で事後チェック型の統治システムが本当に機能するのかどうかなどを考えた。
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収録日 2007年03月26日(PART1:101分 PART2:32分)
日本が「子供を作りたくない国」であるこれだけの理由

ゲスト:渥美由喜氏(富士通総研主任研究員)

 日本の出生率低下に歯止めがかからない。1人の女性が生涯に生む子供の数を示す指数が、2004年の1.28から2005年に1.26と最低を更新した。2006年は1.3台に回復する見込みであることを政府はしきりと喧伝しているが、その実態は団塊ジュニア世代が出産期を迎えたことからくる一時的な現象である可能性が高い。日本の少子化傾向は未だに続いていると見られる。平均寿命の延長などを除いた単純計算で、この数字が2を下回れば、その国の人口は減少していくことになる。
 出生率の低下は国力の最も基本的な源泉となる人口を縮小させる。国立社会保障人口問題研究所の予測では、このまま低い出生率が続けば、現在1億2000万ある日本の総人口は2050年までに1億人、2100年には5000万人を割り込むところまで減少するという。その間、子供が生まれない一方で、高齢者の数は増え続けるため、日本はまさに「老人の国」への道をまっしぐらに進んでいるというのが現状だ。
 しかし、それにしてもなぜ日本人は子供を作らなくなったのか。少子化問題の専門家で政府の少子化社会対策推進会議の委員を務める渥美由喜氏は、団塊世代の大量退職や子育ての経済的負担の増加で、少子高齢化の進行が予想されているにもかかわらず、これまで政府が十分な支援を行ってこなかったことに、大きな原因があると指摘する。フランスの例を見るまでもなく、政府が本気で少子化対策を行ってきた国は、一旦は低下した出生率の回復に軒並み成功しているからだ。
 日本政府は95年の「エンゼルプラン」以降、これまで4度にわたる少子化対策を講じてきた。しかし、現在1.7兆円の財源を振り向けている経済支援も、フランス並みの実効性を持たせるためには10兆円近い支出が必要になると渥美氏は指摘する。最低でも4〜5兆円を一気に投入しなければ、十分な効果が期待できないというのが、渥美氏の主張だ。
 渥美氏はまた、日本では高齢者福祉に振り向けられる政府支出と、子育て世代への支援に振り向けられる支出の間に明らかな偏差があり、それが日本をより子供を作りにくい国にしていると言う。高齢者ほど投票率が高いため、子育て問題が「票にならない」のが、その大きな理由だと言う。
 しかし、現在の赤字財政のもとでは、政府の経済支援にも自ずと限界がある。また、日本は戦前の子作り奨励政策への反動から、政府が子作りにまで口出しする事へのアレルギー反応が強い。そのため政府による対策を補完するものとして、渥美氏は企業の育児支援策の推進の重要性を説く。長い労働時間や取得率が0.5%にとどまる育児休暇など、日本では企業側にも、社会の一員として育児を支えていこうという発想が薄い。確かに子育て支援は短期的に見れば企業にとって負担となり得るが、5年以上の長期的視野に立つと、より有能な人材が確保できたり生産性の向上が見込めるなど、子育て支援は企業にとって経済的なメリットも大きいと渥美氏は主張する。
 また、民法上の婚外子差別に象徴される、事実婚や婚外子に対する社会的偏見も、子供を作りにくい環境を生んでいる。フランスで婚外子が5割を越えているのに対し、日本はまだ0.5%にも満たない。それはまた、年間50万は超えると推定される妊娠中絶の多さの一因ともなっていると渥美氏は言う。事実婚や婚外子の道徳的価値判断はさておき、これが日本が子供を作りにくい国にしている一因であることだけはまちがいないだろう。
 日本の少子化は、このように子供を生みにくく、しかも育てにくい環境に対する「女性の出産ストライキ」であり、それを解消するために、一度妊娠したならば、たとえ親が未熟であろうと、経済的に余裕が無かろうと、社会全体でその出産、育児を支えていく方向へ発想を転換する必要があるというのが、渥美氏の主張の根底にある。
 渥美氏が「ギリギリの線」と考える8000万人で日本の人口減少を止めるために、日本がまずしなければならないこととは何なのか。果たしてそれは実現可能なのか。少子化対策に失敗し、アジアの小国としての道を細々と歩んでゆく選択肢はないのか。渥美氏とともに考えた。
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収録日 2007年03月30日(PART1:67分 PART2:45分)
「5金」スペシャル 時代の後戻り感に処方箋はあるか


 今年最初の5金は、ゲスト抜きで今年の1〜3月のマル激を振り返った。
 大きな反響を呼んだ杉並区立和田中学の藤原和博校長の教育論(『地域の「ハブ」としての公立校再生プランとは』第305回・2007年02月02日収録)、堕落した保守主義の現状を憂えた西部邁氏の保守論(『西部邁流、保守主義のすすめ』第307回・2007年02月16日)、官僚の暗躍によって小泉改革が一つまた一つと骨抜きにされていく実態を検証した草野厚氏の(慶応大学教授)『骨抜きにされる小泉改革』(第309回・2007年03月02日)、特捜検察と金融庁による日本型市場統治体制の是非を考えた『ライブドア事件にみる検察資本主義の到来』(第311回・2007年03月16日)、女性が「出産ストライキ」に訴えるまでこの問題を放置し続けた結果としての少子化問題を考えた『日本が「子供を作りたくない国」であるこれだけの理由』(第312回・2007年03月23日)等々。日本の現状を多角的に見ていく中で、どうにも禁じ得ないこの「既視感」とも「時代の後戻り感」とも表現できる重苦しい感覚が何なのかを、久しぶりにゲスト無しで考えてみた。
 また、番組後半は視聴者からのコメントやリクエストを一気に紹介した。
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収録日 2007年04月04日(PART1:57分 PART2:95分)
安倍政権はどこへ向かっているのか

ゲスト(PART1):世耕弘成氏(内閣総理大臣補佐官)
ゲスト(PART2):星浩氏(朝日新聞編集委員)


 安倍政権発足から半年が過ぎた。
 中韓電撃訪問でアジア外交重視の姿勢を見せ、靖国参拝の是非も明らかにしないなど、就任直後の安倍首相は大方の予想を裏切って、総理就任前のタカ派色を覆い隠した曖昧路線を採用した。しかし、郵政民営化反対議員の復党問題やタウンミーティングでのやらせ質問、閣僚の不祥事、失言が相次ぐにつれ、支持率は徐々に低下する。今年2月に不支持率が支持率を上回ると、支持率低下に呼応するかのように、首相本来のタカ派路線を前面に打ち出し始めた。
 安倍総理の広報担当補佐官を務める世耕弘成氏は、総理自身のタカ派路線と参院選挙を控えた支持率低下の狭間で、世論対策の苦労を垣間見せる。番組前半は安倍内閣支持率回復のカギを握る世耕氏に、官邸の中から見た安倍政権の半年間を聞いた。
 また、番組後半は朝日新聞編集委員の星浩氏に、安倍政権の歴代内閣との比較や、参議院選挙と小泉構造改革路線継承の難しさを聞いた。
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収録日 2007年04月06日(PART1:54分 PART2:47分)
アメリカ型格差社会で日本は幸せになれるか

ゲスト:小林由美氏(経営戦略コンサルタント・アナリスト)

 日本では「格差社会」論争がたけなわだが、自由競争の導入による貧富の差の発生は、日本のアメリカ化の一環と見ることもできる。アメリカは所得上位5%の人口が、全体の約6割の資産を独占する、世界でも有数の格差社会という一面を持つ。
 在米26年間でアメリカの富の偏在ぶりをつぶさに見てきた経営コンサルタントの小林由美氏は、近著『超・格差社会アメリカの真実』の中で、日本とは比べものにならないほど大きな格差を抱えるアメリカ社会を感性鋭く描いている。その小林氏は、現在のアメリカは、所得100億円以上の「特権階級」、10億円クラスの「プロフェッショナル階級」、所得数百万円でも日本でのような生活の安定が望めない「貧困層」、スキルが無く将来の見込めない「落ちこぼれ」、という4つの階層に分かれ、かつて日本人の多くが憧れたアメリカの豊かなな中産階級は消滅しつつあると言う。
 ところが、小林氏はもう一つ重要な点を指摘する。これだけ格差が拡大していても、まだアメリカには独特の開放感があり、そこでは一人一人が幸福を感じながら生きることが可能だと言うのだ。
 その一方で、現在必死にアメリカの後追いをしているかにみえる日本では、小林氏のいう「心地良さ」とは縁遠い人々が蔓延している。共同体主義が依然として強く残る日本の社会は抑圧的で、自分の幸せを追求することが難しいというのだ。
 この先日本は、アメリカ的な価値観や社会の流動性を受け入れることで、アメリカのようにより心地の良い、幸せな社会へと変貌を遂げられるのだろうか。それとも、居心地の悪さを残したまま、ただ格差だけが広がっていくことになるのだろうか。あるいは、アメリカ式の社会変革はそろそろ再考した方がいいのだろうか。
 国家や共同体の繁栄よりも個人の幸せを優先する個人主義の国アメリカとは社会の基盤が大きく異なる日本が、アメリカ式の自由主義を実践した時に、その社会には何が起きるのか。アメリカの現状をもとに、現在進みつつある日本のアメリカ化の行く末を考えた。
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収録日 2007年04月19日(PART1:69分 PART2:42分)
天下りを無くして本当に日本は回るのか

ゲスト:林芳正氏(内閣府副大臣)

 官僚の天下り規制を強化する国家公務員法の改正案がまとまった。
 途中自民党や霞ヶ関からの激しい巻き返しにあい、5年後の見直し条項などが盛り込まれるなどまだ予断を許さない状況ではあるが、各省庁による再就職のあっせんを禁止し、人材バンク(官民人材交流センター)に窓口を一元化することが謳われているこの法案が成立すれば、これまでのような省庁の影響力を背景とする国家公務員の天下りはより難しくなると見てよさそうだ。
 しかし、安倍政権内で公務員制度改革を担当してきた林芳正内閣府副大臣は、今回の法案はもともと天下りの禁止を目的としていたわけではなく、行政府に能力・業績主義を導入したり、民間企業との人材交流を促進することで、疲弊した公務員制度全体を活性化させることにその主眼があると言う。天下り規制は、そのほんの一部に過ぎないというのだ。林氏はこれが「天下り禁止法案」と呼ばれ矮小化されたことを残念がる。
 しかし、たとえ矮小化されていたとしても、天下りはこれからの日本の官僚制度をどう位置づけるかの根幹に関わる問題であることはまちがいない。現行の制度では、公務員の賃金は大企業より低めに押さえられており、キャリア官僚たちは役所を辞めた後、特殊法人や民間企業でそれなりの処遇を受けることを前提に生涯賃金を計算している。従来通りの天下りができなくなれば、公務員の報酬全体を上げない限り、行政府に優秀な人材が集まらなくなり、政策の遂行能力が低下する危険性がある。
 また、天下りは競争原理にさらされない役所にあって、人材の入れ替えを活性化する意味合いも含んでいた。天下りが難しくなれば、好条件の企業からの引き合いが無い能力の低い公務員に限って、定年まで役所で無駄に働き続ける人が増える可能性が高まる。これもまた、天下りを禁止する際に十分注意しなければならない副作用だ。
 しかし、いずれにしても、天下り禁止を含め、公務員に対する締め付けを強めれば、官僚主導の行政運営がもたらすさまざまな弊害は緩和されるかもしれないが、その一方で、他に何らかのインセンティブを設けない限り、官僚の質の低下は避けられない。そしてその場合に問題になるのが、政治の質だ。これまでの日本では官僚がしっかりしていたから、政治家は遊んでいても日本は回っていたと言われる。しかし、官僚主導の弊害が顕著になり、日本が官僚主導国家から政治主導国家に移行した場合、果たして今の日本、今の政治家、そして今の有権者のレベルで、本当に日本という国は回っていくのかという問題は、十分直視しておかなければならない。いたずらに官僚制度をいじるだけでは、単に政府の行政処理能力や問題解決能力を低下させてしまうことも十分にあり得るのだ。
 民間の商社やアメリカ議会の議員スタッフを務めた経験を持ち、長年行政改革問題に取り組んできた林氏とともに、今日本の公務員制度をいじる上で考えておかなければならないことは何なのかを、あらためて考えてみた。
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収録日 2007年04月27日(PART1:70分 PART2:64分)
見えてきた原発政策の限界

ゲスト:伴英幸氏(NPO法人原子力資料情報室共同代表)

 此度の地方選挙には、隠れたもう一つの争点があった。それは、今後日本が、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の処分場を見つけることができるかどうかだった。いわゆる「トイレ無きマンション」問題である。
 現在日本の原発で発生する核のゴミは、暫定的に青森県の六ヶ所村や茨城県東海村の再処理施設にプールされている。しかし、どんなに遅くても2030年までにはガラス個体で固めた放射性廃棄物を半永久的に埋めておく最終処分場を見つけなければならない。
 しかし、原発推進側の最初で最後の望みだった高知県の東洋町はこの選挙で、20億円と引き換えに町の土地の300メートル地下に「核のゴミ捨て場」を提供する方針を打ち出した前町長を落選に追い込み、誘致反対派の候補が新町長に当選した。これで日本の原発政策の「トイレ探し」はまた振り出しに戻ってしまった。
 実際政府は最終処分場探しに躍起になっている。「手を挙げるだけで2億円」と揶揄された立候補地に対する事実上の報奨金も、2億円では過去5年間どこからも手が挙がらず、ご褒美を20億円に増額したところ、ようやく日本中でただ一つ東洋町が手を挙げていた。これは文献調査を行うことのみに対するインセンティブということなので、文字通り報奨金と呼ぶべき性格を持つ。今回争点となった東洋町の前町長は、この立候補が財政難に苦しむ町財政を救うための報奨金目当てであることを明言し、自ら職を辞して選挙に訴えることで、民意を問うていた。
 もっとも東洋町の場合、活断層が近くを通ると言われ、実際に処分場が建設される可能性は低いとの見方が強かった。つまり、本当に「手を挙げただけで20億円」で終わる可能性が高かった。にもかかわらず立候補地一つ現れないのが、現在の日本の原発政策の実情なのだ。
 日本に限らず、核廃棄物を最終的にどこにどう処分するかは、世界中で問題になっている。原発問題に長年関わってきた伴氏によると、日本以外の国でも、まだ最終処分場が確保できている国は一つも無い。しかし、それでも先進国の多くが依然として原発にこだわる理由を伴氏は、「日本以外の原発大国はほとんど例外無く核兵器保有国であるため」と説明する。核保有国は安全保障上の理由や軍事的な理由から、原子力政策を継続していく必要がある。しかし、核兵器の保有を明確に否定している日本には、本来はその必要性は無いはずだ。
 伴氏は、相次ぐ事故や処分場の問題などを考慮に入れた場合、必ずしも合理的とは言えなくなってきている原発に日本政府が依然としてこだわり続けることの真意は、核オプションを維持したいとする一部の政治勢力の思惑にあるとの見方を示す。核兵器を製造する上で必要になるプルトニウムを抽出するための核燃料の再処理に日本がこだわり続ける理由も、「アメリカが認めてくれている数少ない既得権益だから」と伴氏は言う。
 しかしそれにしても、昨今明らかになった400件を越える事故隠しや、市民社会が監視機能を果たすことを困難にしている明らかな情報公開の不備、安全性や事故の深刻さを中立的な立場から「リスク評価」できる食品安全委員会のような第三者機関の不在、そして極めつけとも言うべき「トイレ問題」など、日本の原発政策はあまりにも多くの問題を抱えたまま、見切り運転を続けている実態が今明らかになってきている。
 ここは一つ取り返しのつかない事態に陥る前に、原子力政策を今一度しっかり再考しておく必要がありそうだ。伴氏とともに、日本の原発政策の現状と今後の課題を考えた。
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収録日 2007年05月02日(PART1:47分 PART2:47分)
誰のための三角合併なのか

ゲスト:山崎養世氏 (シンクタンク山崎養世事務所代表)
 5月1日、三角合併による企業買収が解禁された。自社株との交換による買収が可能になったことで、時価総額で日本企業を大きく上回る多国籍企業による日本企業の買収に拍車がかかる可能性が取りざたされ、一部では日本企業に触手を伸ばす外資を「黒船」呼ばわりする風潮も散見される。
 しかし、元ゴールドマン・サックスの山崎養世氏は、それは明らかに現実を反映していないと、昨今の「外資脅威論」を一蹴する。
 そもそも「黒船」や「企業防衛」といった考え方は、規制に守られながら非効率な経営を続けることで株主利益を蔑ろにし続けてきた日本企業の経営者の立場のみを反映したものであり、株主や日本経済全体の利害を反映していない。M&Aにより企業価値が高まれば、株主は利益を得るし、労働者も一時的にはリストラなどの憂き目に遭うかもしれないが、最終的には経済全体としてはより多くの雇用が維持されることになる。にもかかわらず、経営者の立場のみを反映する情報を垂れ流しする日本のメディアもまた、規制による保護と非効率の象徴的な産業であると、山崎氏は喝破する。
 もともと「三角合併」が解禁されれば直ちに外資による買収が横行するという見方自体に問題がある。日本企業は総じて時価総額が低いため一見お買い得のように見えるが、実際は株価収益率(PER)などの指標で見ると魅力の低い企業が多い。また、三角合併を仕掛ける企業は、現金の調達も容易にできるはずなので、わざわざ手間のかかる株式交換などを行う必要は無い。
 「買収が脅威なのではなく、買収さえしてもらえないダメな企業が多い」のが日本の現実なのであって、買収対象になるということはむしろ「国際的に評価された」ことを意味すると、山崎氏は言う。
 実際、90年代後半から日本企業のM&Aは急増しているが、その内実は外資に日本の企業が買収されるよりも、日本企業が海外で買収を行うケースが数では大きく上回っている。「外資黒船論」がいかに恣意的な表現であるかは、これでも明らかだ。
 一方、山崎氏は製造業を中心に日本の企業はかなり競争力をつけてきていると語るが、ことメディアと金融については、いまだに世界基準の競争力がまったくついていないと苦言を呈する。この2つは人間に喩えれば血液やリンパ液を循環させる役割を担っている。日本ではその2つの生命線が機能していないため、いまだに東京への一極集中や効率的な経営が生き延びてしまっているという山崎氏は主張する。
 山崎氏はまた、M&Aなどの市場原理を導入して合理化を進めることはいいことだが、教育や医療など、必ずしも市場原理だけでは解決できない分野があることも、認識しておく必要があると言う。
 元祖「高速道路無料化論者」として知られる山崎氏とともに、三角合併で改めて浮き彫りになった後ろ向きな日本企業の経営体質と金融、メディアとの癒着した関係を再考し、日本が21世紀型の経済に脱皮するために何が必要になるかを考えた。
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収録日 2007年05月11日(PART1:71分 PART2:53分)
まやかしの社保庁改革を斬る

ゲスト:岩瀬達哉氏(ジャーナリスト)

 天下り禁止法案の今国会見送りが決まった今、安倍政権は何としてでも社会保険庁改革法案だけはこの国会会期中に通したいようだ。元々のもくろみでは、安倍政権は「天下りを禁止し社保庁を解体した政権」としての実績を引っさげて7月の参議院選挙を戦う予定だった。しかし、やはり天下り禁止法案の方は官僚の猛烈な巻き返しにあい、断念せざるを得なくなった。そこで、「社保庁の解体的出直し」はぜひとも必要となった。これで有権者の関心が最も高い「年金問題」に一定の解決をみたかのようなPRが可能になるからだ。
 そこで、不祥事を繰り返す社会保険庁が年金問題の本質であるかのような喧伝を行い、その社保庁を解体し、社保庁職員から公務員の身分を奪うことで、年金問題の本質に切り込んだ内閣としてのイメージを確立しようということのようだ。
 しかし、年金問題を長年取材してきたジャーナリストの岩瀬達哉氏は、今国会に出ている社保庁改革は完全なまやかしであると一刀両断に斬り捨てる。なぜならば、現在日本の年金制度が崩壊の危機にある真の原因は、有権者の年金制度そのものに対する根強い不信感からくる国民年金の4割の未払い問題であり、それは社保庁などというトカゲの尻尾きりでは到底解決することができないものだからだ。
 目下国会で審議中の社保庁改革法案の中で岩瀬氏が最も問題視する点は、仮にこの法案で社保庁が「解体」されたとしても、毎年2000億円近い年金資金の流用は止まらないどころか、むしろこの法案ではそれがよりやりやすくなる可能性のある条項まで潜り込ませていることだ。社保庁は年金の窓口業務を扱っているに過ぎず、そこをいくらいじっても、その大元にある厚労省の年金利権に手を付けない限り、年金の危機的状況は変わらないし、国民の信頼も回復されないと、岩瀬氏は言うのだ。
 しかもこの法案では、民間への業務委託が高らかに謳われている。一見いいことのように聞こえるが、これにより、サービスの低下、社保庁OBの天下り先の増加、個人情報流失のリスク増大などが予想される。この法案は一体何の誰のための改革なのかが実のところ全くわからないような内容になっていると、岩瀬氏は語る。
 更に今回の法改正では、国民年金を支払わない人には国民健康保険証を交付しないことも謳われている。実際は実態の無い形ばかりの信頼回復措置を取り繕う一方で、より強権的な年金の徴収システムを導入しようというのが、この法案の実態だと岩瀬氏は言い切る。
 しかし、こうした強硬策をもってしても、年金の納付率はそう簡単にはあがらない可能性が高い。それは、年金に対する不信感がそれだけ根深いのと同時に、そもそも年金を払えない非正規雇用の労働者や失業者、フリーターなどが急増しているからだ。もともと年金を払うだけの経済力が無い彼らから保険証を奪っても、単に彼らの多くが医者に行けなくなるだけで、年金の納付率は上がらない可能性が高い。
 元々少子高齢化によって年金は厳しい局面にある。しかし、それだけなら、給付と負担のバランスを調整することで、年金制度は維持できるはずだ。ところが日本の場合は、年金に対する不信感があまりにも強いため、とてもではないが、現状のままでの負担増に国民は納得しない。しかも、その不信感の根底にある利権官僚たちによるズブズブの年金流用と数十兆円単位の財投の焦げ付きは今も続いている。どうやら年金問題は、日本問題の全ての要素を包含していると言えそうだ。
 国会で社保庁改革法案審議が淡々と進む中、岩瀬氏とともに、年金問題の現状をあらためて考えた。
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収録日 2007年05月18日(PART1:73分 PART2:76分)
フランス大統領選が露呈したグローバル化の現実

ゲスト:萱野稔人氏(津田塾大学国際関係学科准教授)

 5月16日、ニコラ・サルコジが、フランスの第6代大統領に就任した。サルコジ新大統領は「国民は過去との断絶、変化を選択した」と語り、変革を強調した。メディア報道を見ても、フランス国民は変化を求めたとする論調が目立つ。
 しかし、サルコジ自身はシラク大統領と同じ与党・国民運動連合の中で内相や財務省として辣腕を振るってきた与党政治家でもある。政権内部にありながら変革のレトリックを巧みに使い国民の人気を博していく手法は、「自民党をぶっ壊す」の一言で政権を獲得した小泉純一郎をどこか彷彿させる。
 確かにフランスには待ったなしの問題が山積している。グローバル化の流れの中で世界的に規制緩和が進む中、フランスは国内産業や労働者を保護してきたため、その結果、国際競争力の低下に悩まされ、失業率は10%に迫る勢いだ。都市郊外に住む移民の2世、3世の2割が職にありつけず、差別と貧困に苦しむ彼らは、いつ2005年の暴動が再発してもおかしくない状況だ。
 世界でも希に見る手厚い社会保障制度を享受してきた国民も、一定の改革の必要は感じているが、政府がいざ社会保障に手を付けようとすれば、ゼネストが待ち受けているのが実情だ。どこの国にあっても、既得権益の打破はたやすいことではない。
 パリ第十大学大学院で学び、フランスの思想・政治を研究対象とする哲学者・萱野稔人氏は、日本人が抱くフランスへの幻想の大きさを指摘する。自由・平等・博愛を謳いながら、深刻な人種差別がはびこる国内。国際的にも、アメリカの対抗軸を装いながら、現実には米国の縮小版のような大国のエゴむき出しの外交政策を北アフリカでは展開している。
 イラク戦争への強行な反対も、石油のユーロ決済を求めたイラクをアメリカが叩き、フランスはこれを擁護するという構図が、その背後にあったと萱野氏は指摘する。イラク戦争も所詮はアメリカとフランスの単なる覇権争いに過ぎないと言うのだ。
 萱野氏は、グローバル化が進み、国境がなくなるかのように見えるこの世界では、むしろ、国家の権力は増大していくと説く。自由化や民営化によって国家のプレーヤーとしての役割は縮小していくが、その分ルールの遵守を監視する監視者としての役割や、それを遵守させるための警察や検察、金融当局が持つ暴力の行使者としての役割は増大していくと言うのだ。そしてサルコジは、忠実にその国家の論理に従い、経済の自由化を進める一方で、治安問題には強硬策で臨むことで、「改革」を巧みに演出していくだろう。そうした現実の元で、社会から排除された若者たちには、もはや暴動を起こすぐらいしか残された道はない。それがグローバル化した世界の偽らざる現実の姿であることを、フランスの大統領選挙が改めて浮き彫りにしているようだ。
 気鋭の論客・萱野氏とともに、フランス大統領選の結果から見えてくるグローバル化の現実とは何かを、あらためて考えた。
 
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