| マル激トーク・オン・ディマンド(第411回) |
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放送日 2009年02月21日(PART1:63分 PART2:35分)
脳ブームは危険がいっぱい
ゲスト:河野哲也氏(立教大学文学部教授)
『「脳にいいこと」だけをやりなさい!』、『脳が冴える15の習慣―記憶・集中・思考力』、『脳を活かす勉強法』、『30日で夢をかなえる脳 自分を変えるなんて簡単だ』、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』、『脳内エステ IQサプリDS』等々、脳をテーマにした書籍やゲームが氾濫し、ちょっとした脳ブームの様相を呈しているようだ。脳については、1990年代半ばに『脳内革命』がベストセラーになるなど、これまでも何度か脳がブームになることがあったが、ここに来てわれわれの脳への関心が、新たな次元に入っているかのように見える。
1990年代、アメリカの連邦議会による「脳の10年」プロジェクトの推進などによって脳科学の研究が進み、人類の脳に対する知見は大きく進んでいる。たとえば、fMRI(機能的核磁気共鳴画像法)の開発でどのような時に脳のどの場所がどう働くかを、脳内の血液が流れる速度を画像にして調べることが可能になった。そうした技術が医療分野でうつ病などの治療に活用されるなど、確かに脳科学の発展自体は利点も多い。
しかし、人間の行動の原因をすべて脳に求める風潮について、哲学者で『暴走する脳科学』の著者河野哲也立教大学教授は、行き過ぎの感があると警鐘を鳴らす。
河野氏は、そもそも脳科学が当たり前のように主張している脳の様々な機能についての言説は、実際には科学的根拠に乏しいものが多いと言う。現にOECDは科学的根拠に乏しい脳に関する言説を「神経神話」として、報告書にまとめているが、「人間は脳の10%しか使っていない」、「人間には左脳タイプと右脳タイプがある」、「男と女は異なった脳を持つ」といった、脳に関する「諸説」の多くは、科学的な裏付けがないものが多い。庶民レベルでのいいかげんな言説はご愛敬だとしても、最近はブームに便乗して権威ある学者までが科学的根拠が弱い諸説を流布するようになっているため、やがてそれが教育や司法(犯罪捜査など)に応用されるようになることを、河野氏は懸念する。
そもそも脳にすべての行動や思考の原因を求める考え方には別の問題もある。たとえば、脳科学技術を生かして作られた「スマートドラッグ」を使用して眠気を取ったり集中力を高めて学習の成果をあげるようなことが行われている。薬などの外部的な刺激によって特定の能力だけを向上させ、記憶力が増したり、頭の回転が速くなればいいこともあるのかもしれない。しかし、そうした効果にどんな弊害を伴うかは十分に検証する必要がある。たとえば、試行錯誤を繰り返しながら時間をかけて得られる経験というものは、人間にとって本当に必要ないものなのか。薬の力を借り、そうした経験を経ずして効率的に得た情報に、同等の価値があるものなのか。そのような薬の服用が横行することで、本来その人間が持つ以上の能力の発揮を求められることが当たり前になれば、結果的にその人間が追い込まれるような事態を想定しなくていいのだろうか。
河野氏は、「拡張した心」という考え方を提示する。脳科学は脳の働きを解明してきた。しかし、たとえば「怒る」という感情は、単に脳の一部が働いたから作りだされるものだろうか。たとえば不正があったなど、自分の外部のものを要因として、怒りは生まれる。心は、体の内部だけでなく、外部の社会や環境によって決められるものだというのが、「拡張した心」の考え方だ。これに基づけば、自分の脳だけに原因を求めるのではなく、自分の外部の社会や環境に働きかけることも必要になる。河野氏が脳ブームに対して批判的な理由は、この考え方の違いによるものだ。
今週は昨今の脳ブームの中、脳についての基本的なことを哲学者の河野氏と考えてみた。
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| マル激トーク・オン・ディマンド(第412回) |
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放送日 2009年02月28日(PART1:66分 PART2:35分)
なぜ私はグローバル資本主義の罠に気づかなかったのか
ゲスト:中谷巌氏(多摩大学教授・ルネッサンスセンター長)
ある著名な経済学者の「転向」が話題を呼んでいる。細川内閣や小渕内閣で改革の旗振り役を務めてきた中谷巌氏が、昨年12月、自ら「懺悔の書」と呼ぶ『資本主義はなぜ自壊したのか』を出版し、その中で自身が推し進めてきた改革路線の誤りを認めたうえで、グローバル資本主義の暴走を止める必要性を訴え始めたのだ。
今週はその中谷氏を招き、氏の「転向」の理由を聞いてみた。
1969年、留学生として渡米した27歳の中谷青年が見たアメリカは、豊かな中流階級が幸せに暮らす希望に溢れる国だった。ハーバード大学でアメリカの最新の経済理論を学んだ中谷氏は、帰国後、日本社会をアメリカのような自由で市場原理が機能する国に改革するために奔走した。アメリカから帰国した中谷氏の目にその頃の日本は、系列や政官業の鉄のトライアングルなど古いしきたりに縛られ閉塞した経済のように映ったという。雁字搦めになった規制を取り払い、アメリカのような市場原理が機能する国に日本を改革することができれば、日本はもっと豊かになれると考えた中谷氏は、細川内閣の「経済改革研究会」や小渕内閣の「経済戦略会議」などに参加し、「アメリカ流構造改革の急先鋒」となった。そして、実際に数々の自由化や規制緩和を実現させた。
しかし、中谷氏は次第に、改革の負の側面に気づき始める。レーガン政権以降、新自由主義的な政策を推し進めてきたアメリカでは、かつて中谷氏が羨望の眼差しで眺めていた豊かな中間層は消滅し、貧富の差が広がっていった。そして、同様に改革を進めた日本でも非正規労働者が全労働者の3割を超えるなど格差が広がり、かつて一億総中流と呼ばれた社会から安心や安全が失われていった。やがて中谷氏は、市場原理に委ねればすべての問題が解決するという経済学の理論を実際の社会に適用しても、人々は決して幸せになれないことに気がつく。
そもそも氏が体験した豊かなアメリカは、自由な経済活動によって作られたものではなく、むしろ政府による長年の社会福祉政策や所得再分配政策の生んだ結果だった。にもかかわらず、なぜか中谷氏を含む多くのアメリカ留学経験者はそれを誤解し、新自由主義や市場原理至上主義の信奉者となっていた。
今日、中谷氏は、豊かなアメリカを蝕み、日本固有の豊かな社会基盤も奪いつつあるグローバル資本主義という「モンスター」を、何とか阻止しなければならないと主張している。そして、そのために、霞ヶ関の中央官僚の数を3分の1に縮小する「霞ヶ関3分の1プロジェクト」の必要性などを訴えている。
なぜ日本のエリートの多くが、アメリカの豊かさの源泉を誤解し、市場原理主義者となってしまうのか、誤解に基づくものとはいえ、中途半端に改革を推し進めてしまった日本はこれからどうすればいいのか、そして、われわれはこの先グローバル資本主義というモンスターとどう付き合っていけばいいのかなどを、中谷氏とともに議論した。
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| マル激トーク・オン・ディマンド(第413回) |
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放送日 2009年03月07日(PART1:72分 PART2:55分)
今あえて民主党の政権構想を再検証する
ゲスト:飯尾潤氏(政策研究大学院大学教授)
民主党の小沢一郎代表の公設秘書が逮捕された。事件の詳しいあらましは未だ定かではないが、報道発表によると西松建設からの政治献金を、同社のOBが代表を務める政治団体からの献金として報告したことによる、政治資金規正法の虚偽記載容疑だという。
次期総理の座に最も近いと言っても過言ではない最大野党党首の公設秘書が、政治資金がらみで司直の手にかかり、その個人事務所が家宅捜査を受けたことの政治的な影響は計り知れない。小沢氏自身は言うに及ばず、政権交代がかかる総選挙が近いこの時期に最大野党の党首の秘書の逮捕に踏み切った検察も、国民に大きな説明責任を負うことだけは間違いないが、そうしている間も、政局は激しく動き始めている。
しかし、マル激では今あえて激動の政局から距離を置き、民主党の政権構想、とりわけその主張する政策の中身を、政治学者の飯尾潤氏と検証してみることにした。仮に今回の事件で民主党が致命的に傷つき、政権の座が大きく遠のいた場合でも、民主党が政権の座についた時本来実現されるはずだった政策とはどのようなものだったのかを明らかにしておくことには一定の意味があると考えたからだ。また、民主党の政権構想を解き明かすことで、どのような勢力が民主党が政権の座につくことを歓迎していないかも、より鮮明に見えてくるはずだ。
あまり広く知られていないのが不思議なくらいだが、民主党の政策はかなり斬新なものが多い。この公約が果たされれば、民主党政権では日本は大きく変わることになる。
民主党の政権構想をいくつかの短い言葉でまとめると、「よりフェアに」「より透明に」「市民参加」「政治主導」「より手厚い子育て支援とセーフティネット」「地方分権」などのキーワードに総括することができる。中学卒業まで一人当たり一律毎月2万6000円の子ども手当や高等学校の無償化など、子育てや教育に手厚い一方で、納税者背番号と社会保障番号を同時に導入し、年金の未納や税金逃れは容認しない姿勢を見せるなど、フェアネスの名の下にやや強面の顔も持つ。
しかし、より重要な点は、民主党が戦後の日本の国のかたちを根底から変えようとしている点だ。特に官僚依存体質を根本から改めることや天下りの全面禁止、刑事捜査における取り調べの可視化、選択的夫婦別姓、農業者戸別所得補償、死刑廃止を念頭に置いた終身刑の導入、NPOへの税制優遇措置等々、民主党の主張する政策には既得権益と真っ向から衝突するものも多い。更に、米国依存体質をあらため、国連中心外交へシフトすることや、逆に国連安保理の決議があれば、自衛隊の武力行使も可能にすること、靖国に代わる新たな国民追悼施設の建設など、戦後の日本のタブーに踏み込むものも多い。
飯尾氏は、政権交代の最大の意味は、過去の政策を否定できることにあると言う。過去のしがらみに雁字搦めになった自民党の長期政権のもとでは、しがらみ故に優先順位付けや切り捨てができず、かといって今の日本にはすべての人の要求を同時に満たすリソースがないために、政治が機能不全状態に陥っているというのだ。そして、民主党が公約に掲げた政策を本当に実現できるかどうかもまた、民主党が過去の政治と決別できるかどうかにかかっている。
大きな正念場を迎えた民主党とは、日本をどう変えようとしている政党なのか。今回の小沢氏の事件は政権をうかがう民主党にとって良い「試金石」になると評する飯尾氏とともに、民主党の政権構想を今あらためて再検証した。
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| マル激トーク・オン・ディマンド(第414回) |
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放送日 2009年03月14日(PART1:47分 PART2:44分)
特捜検察の役割を再考する
ゲスト:宮本雅史氏(産経新聞社会部編集委員)
民主党の小沢代表の公設秘書が逮捕された直後から、総選挙を間近に控えた今の時期に、政治資金規正法の虚偽記載という形式犯で野党党首の秘書をいきなり逮捕する東京地検特捜部の捜査手法に疑問を投げかける声が、方々であがった。小沢氏自身、秘書が逮捕された直後の記者会見で、「政治的にも法律的にも不公正な検察権力、国家権力の行使だ」と語っている。
実際、国策捜査などという言葉がメディア上でも飛び交い、検察に対する不信感はこれまでになく高まっているようだ。
また、その一方で、特捜部が強制捜査に乗り出した以上、何か大きな事件がその背後に潜んでいるに違いないとの指摘も根強い。特捜検察があえてこの時期に野党党首の秘書を形式犯だけを理由に逮捕するとは考えにくいからだ。
しかし、『歪められた正義』、『真実無罪―特捜検察との攻防』などの著書で特捜検察の問題点を指摘してきた産経新聞社会部編集委員の宮本雅史氏は、市民の検察に対する過度の期待が、検察を暴走に駆り立てる危険性をより大きくしていると警鐘を鳴らす。造船疑獄事件やロッキード事件といった大型の疑獄事件を通じて、特捜検察は大事件を解明し、大物政治家を逮捕するのが当たり前のように思われているが、それが検察にとっては耐え難いプレッシャーになっているというのだ。
逆に言えば、検察が小さな事件を扱うことがあってもいいではないかと宮本氏は言う。「入り口は小さく、出口は大きく(小さな事件から捜査に着手し、最終的には大物を摘発する)」が検察の伝統的な手法だが、小さな入り口から入ったものの、最後まで大物が出てこない場合があってもおかしくはない。必ず大物を捕まえなければならないというプレッシャーがあると、検察が無理矢理事件のシナリオを創作してしまうような危険を犯すことにつながると、宮本氏は危惧する。
とはいえ、重大な問題もある。もし検察が暴走したときに、それをチェックする機関が今の日本には存在しないということだ。宮本氏は、本来は裁判所が公正な立場で検察の言い分を検証する役割を果たすべきだが、日本の裁判所は検察の調書に依存しているため、その機能を果たせていないという。日本にも検察をチェックする第三者機関が必要だというのが、宮本氏の主張だ。
数々の疑獄事件を経る中で法律が強化された結果、政治資金はかなりガラス張りになっている。そうした時代の特捜検察の存在意義とは何なのかを、宮本氏と議論した。
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| マル激トーク・オン・ディマンド(第415回) |
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放送日2009年03月21日(PART1:49分 PART2:43分)
どのような政治活動を誰が負担すべきか
ゲスト:岩井奉信氏(日本大学法学部教授)
民主党の小沢代表の公設秘書の逮捕で、また政治とカネの問題が論争を呼んでいる。ここまで俎上に上っている論点は、長らく指摘されてきた政治資金規正法の抜け穴問題と企業献金の是非だ。
政治資金規正法は48年の施行以来、政治とカネの問題が浮上するたびに改正を繰り返してきたが、それでもまだ抜け道の多いザル法と呼ばれている。特に今回の西松建設疑惑で明らかになった、企業や団体が政治団体を通じて政治家個人に献金を行っている実態は、あまりに広範に行われているため、これを違法としていては、大半の政治家が「クロ」になってしまうと言われるほどだ。
また、企業から迂回献金を受けていた張本人の小沢氏が、手のひらを返したように企業団体献金の全面禁止を主張し始めたことで、企業献金の是非があらためて議論されている。
確かに政治資金規正法の抜け穴も企業献金の是非も、議論すべき重要なテーマかもしれない。しかし、政治資金に詳しい日本大学法学部の岩井奉信教授は、日本の政治にはそれ以前の問題があり、その問題を放置したままでは、結局は過去何度も繰り返されてきたような場当たり的な対応を繰り返すことになると指摘する。それは、そもそもなぜ日本では政治家一人一人がそれほどまでにカネを集める必要があるのかということだ。
日本の国会議員が政治活動を行うためには平均して年間5000万円程度の資金を必要としているが、国から支給されるのは、歳費(議員の給料)と文書通信交通滞在費などを合わせても3500万円にも満たない。最低限の政治活動を続けるためには、残りの1500万円から多い議員では数千万円を、議員一人一人が自力で集めなければならないことになる。
ある中堅国会議員の場合、4000万円強の年間支出の約3割が人件費、約2割が事務所の維持費に消えている。日本の国会議員は、単に地元の事務所の維持費とそこで働く職員数名の人件費を賄うために、個人や法人から懸命に寄附を集めなければならないのが実情なのだ。当選回数を重ねるごとに政治家の権限が大きくなり、陳情や挨拶先の数も増えるため、職員の数も増える。個人献金の伝統が希薄な日本では、それに呼応するように企業献金への依存度が自ずと増していく。これが日本の国会議員の政治活動の実態だ。
日本は政党政治を行っているのだから、政治活動に必要な費用は本来は政党が負担すべきものだと岩井氏は言う。また、日本では中央政府の権限が大きいため、本来は県議や市議が対応すべき地元の細々とした陳情を国会議員が受けなければならないことも、地元で多くのスタッフを必要とする原因となっている。地方分権を進めない限り、ここの問題にも解決策は見えてこない。
政治資金はどんなに規制をしても、ニーズがある限り、抜け穴を見つける人が出てくる。規制強化や企業献金の是非の議論も結構だが、規制と抜け道探しのいたちごっこに終止符を打つためには、現在の日本の政治のあり方を根本から変え直す必要があるのではないかと岩井氏は問う。
「政治とカネ」をめぐる議論でまだ十分語られていない2つの大きな問い、「そもそもなぜ政治家自身がカネを集めなければならないのか」そして「そのカネは何に使われているのか」、「政治活動を支えるカネは誰がどのような形で負担すべきものなのか」を、岩井氏と議論した。
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放送日 2009年03月26日(PART1:70分 PART2:48分)
検察は説明責任を果たしているか
ゲスト:郷原信郎氏(桐蔭横浜大学法科大学院教授)
東京地検は24日、民主党小沢代表の公設秘書を政治資金規正法違反で起訴した。小沢代表は同日の記者会見で「献金を頂いた相手方をそのまま記載するのが規正法の主旨であると理解しており、その認識の差が今日の起訴という事実になったと思う。過去の例を見ても、この種の問題について逮捕、強制捜査、起訴という事例は記憶にない。納得がいかない」と涙を流しながら話し、代表の地位にとどまる意向を表明した。
元検事で桐蔭横浜大学大学院教授の郷原信郎氏は、起訴内容が政治資金規正法の虚偽記載のみにとどまったことで、特捜の捜査は完全な失敗だったと断じる。政治団体を経由した企業からの政治献金が容認されてきたことは言わば政界の常識であり、政権交代の可能性が大きい総選挙を半年以内に控えた今この時期に、野党の党首の公設秘書を逮捕する容疑としては、あまりにも形式犯すぎるというのが郷原氏の一貫した主張だ。誰もがやっていることだからといって良しとすべきものではないが、政治的な影響の大きさを考えると、いきなりの逮捕では検察の政治性が批判されることは避けられないと、郷原氏は語る。
郷原氏の見立てでは、今回の逮捕劇では検察の戦略に初歩的な誤算がいくつかあった可能性が大きいと言う。
まず一点目は政治資金規正法の解釈だ。逮捕直後に捜査関係者の話として、秘書の逮捕によって小沢氏にも監督責任があるかのような話がリーク報道されていたが、長崎地検次席検事として政治資金規正法違反の捜査を指揮した経験を持ち、この法を熟知する郷原氏は、政治資金規正法の条文では「選任および監督」の責任となっているため、監督責任だけでは政治家本人の罪は問えないことを強調する。最初から明らかに無能な人間を会計責任者に任命したことが立証できなければ、今回の場合小沢氏の罪は問えない。特捜部はそれを十分確認しないまま小沢氏の秘書を逮捕してしまった可能性を郷原氏は懸念する。
また、検察のもう一つの読み違いは世論の動向と小沢氏の反応だった。特捜が政治とカネの問題で政治家の公設秘書を逮捕すれば、世論の囂々たる非難の中、その政治家は辞任せざるを得なくなるのがいつものパターンだった。そうなれば、仮に罪状自体は弱くても、小沢氏の政治力は検察にとっては恐るるに足らないものになるはずだった。ところが、小沢氏が土俵際で踏ん張り、世論も今のところ小沢批判と検察批判が入り交じったものになっていることから、検察の思い通りにことが進まなかった可能性があると郷原氏は言う。
検察は本来は捜査についての説明責任は負っていない。粛々と捜査を行い、容疑者を有罪に追い込むための証拠を公判で提示すればそれで責任を果たしたことになる。しかし、なぜ今このタイミングで、与野党を問わず広範に行われている献金行為をいきなり摘発し、野党党首の公設秘書を逮捕起訴までする必要があったのかについては、その政治的な影響の大きさを考えると、検察には明らかに説明責任があると郷原氏は言う。人の一生やこの国の運命を左右する局面で、一罰百戒の名のもとに検察が恣意的な摘発をすることが許されてしまえば、検察の権力は立法府のそれを遙かに超えた、極めて強大なものになってしまうからだ。
元検事の郷原氏と、小沢氏の秘書逮捕をめぐる検察の判断と説明責任について議論した。また、後半は、郷原氏の持論でもある「杓子定規な法令遵守がいかに日本社会の思考停止を招いているか」を、考えた。
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放送日 2009年04月04日(PART1:55分 PART2:61分)
金融危機の本質は金融腐敗にあり
ゲスト:広瀬隆氏(作家)
約5兆ドルの財政出動にヘッジファンドとタックスヘイブンの規制の導入等々。4月1日、2日の両日ロンドンで開催された第2回金融サミットで日米欧に新興国を加えた世界20カ国・地域の首脳は、経済危機の拡大を食い止めるために、金融取引に対する踏み込んだ規制を導入することで合意したという。
金融危機の収束に向けて世界各国が足並みを揃えて動き出したことを好感して、金曜日の各国の株式市場は軒並み続伸、ドルも対円で5ヶ月ぶりに100円台を回復した。
しかし、『危険な話』の著者で長年世界の金融界の人脈を調査してきた作家の広瀬骼≠ヘ、そのような弥縫策では金融危機の根を絶つことはできないと言い切る。なぜならば、広瀬氏は、今世界を覆っている金融問題の本質は「金融腐敗」にあると確信しているからに他ならない。
広瀬氏は、現在の金融危機の起源を1970年代の先物取引の解禁に見い出す。先物という実体の無い指標の取引を認めたことで、次々と新たなデリバティブ(金融派生商品)が登場し、実体経済の規模を遙かに上回るマネー経済なる虚構が形成された。そして、それは挙げ句の果てに、昨今問題となっているサブプライムローンの証券化やCDSなどといった投機マネーの暴走を生み出した。
そして広瀬氏は、先物取引に先鞭をつけたロバート・ルービン元財務長官やその後継者のローレンス・サマーズ氏、そして金融緩和を続けて投機マネーを生んだアラン・グリーンスパン元FRB議長の責任をことさらに強調する。
特にルービン氏は、シカゴ先物取引市場の理事として先物市場を開拓した後、ゴールドマン・サックス証券で自ら数々のデリバティブ取引に勤しみ、ゴールドマン・サックスの会長まで上り詰めた後、クリントン政権で財務長官の座に就き、グリーンスパンFRB議長との二人三脚で、金融近代化法の制定を実現した。
この法律によって、大恐慌以来銀行と証券の兼業を禁止してきたグラス・スティーガル法が事実上骨抜きとなり、本来は手堅い資金だったはずの銀行預金が、大挙して投機マネー市場に投入されるようになる。更にルービン氏は、サマーズ氏に長官の座を譲った後、今まさに大量の公的資金が投入され続けているシティグルーブの重役に収まり、そこで「サブプライムローンを売りまくった」(広瀬氏)、現在の金融腐敗の原因のすべてに関わっている存在だと、広瀬氏は言う。しかも、その後アメリカの財務長官の座は、同じくゴールドマン・サックスの会長だったヘンリー・ポールソン氏に引き継がれていった。
このような腐敗の連鎖を放置している限り、少々ヘッジファンドを規制しても、焼け石に水程度の効果しかないというのが、広瀬氏の一貫した主張だ。
一方、市民の期待を一手に背負い政権の座についたオバマ大統領は、金融腐敗を正常化することができるのかとの問いに対して広瀬氏は、サマーズ氏がオバマ政権の枢要な経済閣僚(国家経済会議委員長)の座に収まっている上、ガイトナー財務長官も、実はブラックストーン・グループ創始者でレーガン政権の商務長官だったピーター・ピーターソン氏の後ろ盾でニューヨーク連銀総裁に引き上げられた経緯があり、そのような経済人事のオバマ政権では、長年にわたり蓄積した金融腐敗を一掃することはとても難しいのではないかと広瀬氏は言う。
そして、この金融腐敗が根絶されないかぎり、危機のたびに多少の規制強化などが行われても、投機マネーは必ずやまた行き場を見つけてバブルを形成し、そしてまた金融秩序維持という美名のもとで、一般市民の血税が「金融マフィア」(広瀬氏)によって作られた腐敗の穴を埋めるために注ぎ込まれていくことになるだろうと広瀬氏は言うのだ。
歴史と人脈を紐解くことで見えてくる金融危機のもう一つの顔を、萱野稔人、神保哲生が、広瀬氏と議論した。
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放送日 2009年04月11日(PART1:62分 PART2:33分)
これ以上霞ヶ関の専横を許してはいけない
ゲスト:江田憲司氏(衆議院議員)
3月31日に閣議決定された公務員制度改革関連法案は、にわかには信じられないような内容を含んでいた。官僚人事を政治主導に変えていく決め手になるはずだった新設の内閣人事局長のポストを、内閣官房副長官が兼務することが定められていたのだ。これは、官僚制度をより国民の利益に適ったものに改革していこうという公務員制度改革の本来の趣旨と、真っ向から対立するものだった。
「『脱官僚』『地域主権』で国民の手に政治を奪還する国民運動体」を主宰する衆議院議員の江田憲司氏は、この法案では公務員制度改革は「最悪の改悪」になってしまうと、危機感を募らせる。内閣官房副長官は霞ヶ関官僚のトップに君臨し、官僚の利益を代表するポストと言っても過言ではない。内閣人事局長は、現在省庁ごとに行われている幹部職員の人事を一元管理し、省益優先の人事を廃し、官邸の意思のもとで幹部官僚の登用を行う重責を担うポストになるはずだった。そのポストを、あろうことか官僚の大ボスである官房副長官が兼務することになれば、官僚の権益保護にその権限が使われることは目に見えている。これでは官僚制度が改革できないばかりか、スーパー官僚的な力を持つことになる官房副長官の下、霞ヶ関官僚はこれまで以上に自分たちの権益確保に走ることが可能になってしまうことが、火を見るよりも明らかだった。
しかし、それにしてもなぜこのような「最悪の改悪」が閣議決定され、法案として提出されてしまうのか。
自身が元通産官僚で、橋本内閣で総理秘書官を務めた後、政界に転身した経歴を持つ江田氏は、これを「ひとえに麻生総理の無関心に責任がある」と言う。麻生首相には、堕落した現在の官僚制度が日本の改革を妨害し、空前の無駄な政府を作っているという基本的な問題意識が欠落していると言うのだ。また、与党自民党も、これまで官僚制度に依存して政権維持をしてきた歴史的な経緯ゆえに、官僚制度を抜本的に改革し、政策立案上の実質的な権限を官僚から政治に取り戻すことに対して、そもそもそれほど乗り気ではないと江田氏は言う。
戦後日本の国家運営は実質的に霞ヶ関の官僚たちが担ってきたと言っても過言ではない。彼らが戦後の焼け野原からの経済復興という国民共通の目標の達成に大きく貢献したことは紛れもない事実だ。しかし、日本が国家目標だった欧米に追いつけ追い越せを達成し、成熟期に入った今、日本には高度成長時代の残滓が様々な改革の前に立ちはだかっている。そして、日本が国としての新たな方向性を模索する中で、強大な行政権限を持つ中央官僚たちは、天下りに代表される既得権益の保持や自身の保身ばかりに奔走し、改革の最大の妨げになっていると江田氏は嘆く。
ただし、官僚主導から政治主導へ日本を変えていく試みは、政治家が政治を牛耳るような仕組みを作ろうとするものではないと江田氏は言う。国民が選挙で選んだ内閣総理大臣が責任を持って政府を運営できる制度に変えていくことが必要で、そのためには官邸が官僚の「人事と金」をコントロールできなければならない。この度の内閣人事局構想は、その第一歩に過ぎない。政治主導を実現する試みはその第一歩から、官僚の抵抗によって完全に骨抜きにされ、むしろ以前よりも後退させられているというのが、今日の政治の実情であり、麻生政権の実情でもあるのだ。
今週は、先に閣議決定された公務員制度改革法案の問題点を探るとともに、真に求められる公務員制度改革とはどのようなもので、これからの日本における政治と官僚の関係はどうあるべきかなどを、江田氏とともに考えた。
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放送日 2009年04月18日(PART1:54分 PART2:34分)
日本の対北朝鮮政策を再考する
ゲスト:小此木政夫氏(慶応義塾大学法学部教授)
先の北朝鮮「飛翔体」騒動で迎撃態勢を整えるまで過敏に反応した日本政府は、国連における厳しい対北朝鮮非難決議の採択を目指したが、最終的には議長声明という弱い形での非難を辛うじてまとめるのが精一杯だった。しかし、この議長声明に対して北朝鮮政府は14日、日本を名指しで批判した上で、6者会談からの離脱を表明してしまった。そればかりか北朝鮮は更に、「自衛的核抑止力を強化する」と宣言し、07年7月以来停止していた核施設の封印を解いた上で、IAEAの査察チームも国外退去処分にしてしまった。
既に実戦配備されたノドンミサイルの射程範囲内にある日本にとって、このまま北朝鮮が核開発を続け、やがては日本列島が北朝鮮の核ミサイルの射程圏内に入ることが、現在の安全保障上最大のリスクといっていいだろう。強硬路線一辺倒でやってきた日本の対北朝鮮政策は、果たして拉致、核、ミサイルなど日本が北朝鮮との間に抱える問題の解決に寄与しているのだろうか。
朝鮮半島研究の第一人者で、慶応義塾大学法学部教授の小此木政夫氏は、北朝鮮は現在、体制の維持をかけてアメリカとの直接交渉を最優先に考えており、今回の改良型テポドン2号の発射も、そして核開発も、いずれもアメリカとの交渉を実現し、これを有利に進めるためのカードとして使っていると指摘する。
そして、北朝鮮の挑発行為に日本が乗って大騒ぎをすることで、日本とアメリカの間の足並みが乱れてくれた方が、北朝鮮にとってはアメリカと直接交渉をしやすくなるので、日本の騒ぎっぷりを北朝鮮はむしろ歓迎しているはずだとも言う。要するに、日本の強硬路線一辺倒の対北朝鮮外交は、実は日本が北朝鮮の術中にはまり、北朝鮮の手の上で踊らされている面があるのではないかというのだ。
確かに100年に一度と言われる金融危機や、イラク、イラン、アフガニスタン問題などを抱える中で発足したアメリカのオバマ政権にとって、北朝鮮問題の優先順位は決して高くはない。そのため、この度の北朝鮮による「発射」も、その優先順位を引き上げるための外交カードだった可能性は高い。それがわかりきっているからこそ、オバマ政権は今回の事態に冷静に対応しているように見える。
問題は、こうした北朝鮮独特の「瀬戸際外交」に対する日本政府の対応だ。2002年9月の小泉電撃訪朝で、北朝鮮による拉致の存在が明らかになると、日本の国民感情は一気に反北朝鮮に振れ、それ以来日本の対北朝鮮外交は基本的には強硬路線一辺倒できた。今回の発射騒動での日本の騒ぎっぷりも、いくら上空をミサイルが飛び越すとは言え、かなり突出していた。
しかし日本が強硬路線を貫く間、北朝鮮はミサイルの発射実験を繰り返し、遂には核実験まで敢行するなど、日本にとって対北朝鮮問題は一向に改善されないばかりか、むしろ年々状況が悪くなっているようにさえ見える。もちろん拉致問題も政府間では全くといっていいほど進展が見られない。
北朝鮮が何かしでかすたびに日本は制裁を強化してきたが、既に160ヵ国との国交を持つ北朝鮮は、日本だけがどんなに強硬な制裁を行おうが、それほど効果はあがらなくなっている。現在北朝鮮との貿易は年間8億円程度の取引しか残っていない上、自国民に対して北朝鮮への渡航自粛勧告まで出している今、日本には既に制裁カードもほとんど残っていないのが実情だ。
しかも、日本にとっては頼みの綱のアメリカが、対北朝鮮外交を微妙に軟化させ始めている。小此木氏は、ブッシュ政権の最初の6年は北朝鮮を悪の枢軸と名指しするなど、日本と歩調を合わせた強硬路線だったが、ブッシュ政権の終盤は、アメリカも政策を転換させていた。にもかかわらず日本は、拉致問題を抱えていることもあり、北朝鮮に対する強硬路線一辺倒から抜け出せないでいる。
小此木氏は、そろそろ日本政府も日本国民も、国交正常化交渉無くして拉致問題の解決はないという現実を見据える必要があるのではないかと言う。確かに拉致は許せない国家犯罪であり、現在8名が死亡したとしている北朝鮮の説明にも不信な点は多い。しかし、これに対する怒りを単なる強硬路線という形で表出しているだけでは、拉致も、そして日本にとっては安全保障上のより大きな脅威である核やミサイル問題も、一向に解決されないだろうと小此木氏は言う。
もはや北朝鮮は、生き残ること自体が国家目的となっていると小此木氏は分析する。そして、「生き残り」のための唯一のカードでもある核とミサイルを北朝鮮が自ら手放すことはあり得ない。しかし、北朝鮮が日米と国交を正常化することで体制の維持が保障され、経済復興も始まれば、自ずと拉致問題にも核・ミサイル問題にも、解決の糸口が見えてくるはずだと小此木氏は言う。
小此木氏とともに、北朝鮮情勢と日本の対北朝鮮政策をあらためて考えた。
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放送日 2009年04月25日(PART1:68分 PART2:48分)
和歌山カレー事件はまだ終わっていない
ゲスト:安田好弘氏(弁護士・林真須美被告主任弁護人)
被告人が犯人であることは、「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」。
最高裁判所は4月21日、和歌山カレー事件で一審、二審と死刑判決を受けている林真須美被告に対し、このような表現を使って05年6月の大阪高裁の死刑判決を支持する判断を下し、事実上真須美被告の死刑が確定した。
1998年7月25日、和歌山県和歌山市郊外の新興住宅地の夏祭りで出されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、子どもを含む4人が死亡、63人がヒ素中毒の被害を受けた、いわゆる和歌山カレー事件では、事件発生直後からおびただしい数の報道陣が事件現場周辺に殺到し、集団過熱報道が繰り返された。そしてその過程で浮上した一つの家族にメディア報道は集中し、それを後追いする形で、警察の捜査がその家族に向けられた。それが林真須美被告の一家だった。
確かに、事件と林家を結びつける状況証拠は多い。真須美被告の夫・健治さんが、元々シロアリ駆除業を営んでいたために、カレーに混入されたとされるヒ素を、林家は少なくともある時点では所持していた。また、夫の健治さんや林家に出入りしていた使用人たちが、繰り返しヒ素中毒と思しき症状で入退院を繰り返し、そのたびに多額の保険金を得ていたことも、カレーに毒を盛った犯人として林家が怪しまれる理由としては十分だった。
しかし、この裁判では疑わしいと思える状況材料はあれこれ出てきたが、これが真須美被告自身の犯行であると断定すべき確たる証拠は何一つ出てこなかった。また、何よりも、真須美被告には、カレー鍋に大量のヒ素を入れて、大勢の近隣住人を殺害しなければならない理由が見あたらなかった。公判でも、「近所との折り合いが悪かった不仲説」、「かっとなった勢いで入れてしまった激昂説」、「夫らに対して繰り返し殺人未遂を繰り返すうちに感覚が麻痺した感覚麻痺説」などがあげられたが、結局どれも動機の証明にはいたらず、最終的に殺害の動機は不明とされたままの死刑判決だった。そして何よりも真須美被告自身が、逮捕されてから11年間、一貫して犯行を全面否認していた。
「物的証拠無し」「動機不明」「本人全面否認」の中で争われた裁判だったが、その一方でメディア報道などを通じ「平成の毒婦」とまで呼ばれた真須美被告が犯人であると確信する人は、一般市民の間でも、被害者や被害者遺族の間にも圧倒的に多く、そうした空気の中で裁判所は厳しい判断を迫られていた。
そして今週最高裁は、物的証拠はなくても「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」し、動機は不明でも問題ないとの判断を示した。また、真須美被告が全面否認している点については、それが反省していない証拠であり、厳罰を科す理由となるとするなど、上記の3点に対する疑問をことごとく退けた上で、上告を棄却して、二審の死刑判決を支持した。
しかし、真須美被告の弁護人を務める安田好弘弁護士は、どう考えても「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」とは言えないと、この判断を真っ向から否定し、再審請求などを通じて、今後も法廷闘争を継続していく強い意志を表明している。
確かに、最高裁が「合理的な疑いを差し挟む余地はない」としている状況証拠を詳しく見ていくと、不審な点がいくらでも浮上してくる。真須美被告が殺人未遂の過去があるとされる根拠となった夫健治さんらに対するヒ素投与事件も、健治さん自身が保険金詐取のために自ら呑んだもので、日本生命の外交員だった真須美さんはその共犯であると主張している。公判ではこの証言は、身内を庇うためのもので信用できないとして一蹴されているが、その論理でいくと、健治さんは自分を殺そうとした妻を庇うために嘘をついていることになる。また、現に健治さんは保険金詐取で有罪判決を受け、4年あまり収監されているのだ。
その他にも、カレーに使われたヒ素と林家にあったヒ素が一致したとされる鑑定結果や(純粋なヒ素(亜ヒ酸)が一致するのは当たり前なので、これは実際はヒ素に混入していた不純物の内容が一致したことを意味している)、真須美被告がカレー鍋の番をしている時の挙動が不審だったとする証言には疑問点も多く、真須美被告の犯行が推測されるとしている状況証拠さえもが、多くの矛盾をはらんでいると安田氏は主張する。
もとより、真犯人でも出てこない限り、真須美被告の無実を証明する手立てなどあろうはずもないが、もともと裁判では有罪を主張する検察のシナリオに「合理的な疑い」を挟むことができれば無罪とするのが、「推定無罪」、「疑わしきは被告の利益へ」を糧とする近代法の要諦である。果たしてこれで真須美被告を殺人罪に問うことが本当に正しいことと言えるのか。
来月21日にはいよいよ裁判員制度が始まる。私たち一般市民が、このような事件の評決(有罪か無罪か)を判断し、しかも死刑かどうかの量刑まで決定しなければならなくなるのだ。安田弁護士は、裁判員制度の下でこの裁判が行われれば、メディア報道によって作られた先入観に強く影響された市民裁判員と、公判前手続きによって厳しく絞り込まれた証拠のみの、ごくごく短期間の審議となるため、弁護側としては為す術がなくなることを懸念すると言う。
今週は、最高裁によって死刑が確定した和歌山カレー事件で争われた論点をあらためて洗い出した上で、裁判員制度で求められることになる、一般市民の感覚で検察の提出した証拠を見た時に、果たして本当に「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」かどうかを検証した。そして、その上で、この判決の持つ意味を、安田弁護士を交えて議論した。
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