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■マル激トーク・オン・ディマンドDVD特別版 環境編 政治編 米大統領選編 民主党編 検察編 裁判員制度編 沖縄編

マル激トーク・オン・ディマンド 第43巻(第431〜440回収録)詳細
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放送日 2009年07月11日(PART1:65分 PART2:73分)
ミツバチが知っていて人間が知らないこと

ゲスト:中村純氏(玉川大学ミツバチ科学研究センター主任教授)

 今年の春、農作物の花の受粉に使用されるミツバチの不足が全国各地で伝えられた。花粉交配用ミツバチは、特にイチゴやメロンなどのハウス栽培作物に欠かせないため、海外から繁殖のための女王蜂を輸入することで安定供給を図っていたが、輸入の8割を占める豪州産女王蜂に伝染病が発生し、輸入が止まったため需給に混乱が生じたことが、どうやら今回の日本におけるミツバチ不足の直接の原因だったようだ。
 しかし、ミツバチの大量死や減少は、日本だけでなく、世界各地で多発している。特に米国では、蜂群崩壊症候群(CCD)と呼ばれるミツバチが巣箱から突然消えていなくなる現象が3年前から各地で発生し、農業生産に大きな打撃を与えている。
 ミツバチの消滅や大量死の原因には諸説あるが、ミツバチ研究の第一人者である中村純玉川大学ミツバチ科学研究センター主任教授は、全米で起こったCCDについては、人間がミツバチを農業用の資材として酷使したことで、ミツバチに過度なストレスがかかったことに原因があったとの見方を示す。アメリカでは花粉交配用のミツバチは農業生産に欠かせない家畜として、開花の時期に合わせて巣箱ごと全米各地をトラックで長距離移動させられる。しかも、単一作物が植え付けられた広大な農地での受粉作業は、ミツバチにとって栄養バランスの悪い食事以外の何ものでもない。移動の疲れに栄養不足など過重なストレスがかかったミツバチが、ダニ、ウイルス、農薬など既知の外敵への抵抗力を低下させていた可能性も否定できない。実際、アメリカではミツバチの栄養と衛生状態を改善した結果、今年はCCDの発生はほぼ治まっているという。
 ミツバチの大量死が顕著だったアメリカには、そのような特殊な事情があったと見られる一方で、アメリカほどではないものの、やはりミツバチの不足や減少が発生している日本や欧州では、ネオニコチノイド系農薬に原因の一端があるとの見方が有力だ。ネオニコチノイド系農薬は、人体に有害な有機リン系農薬に代わる新種の農薬として開発され、近年その使用が急激に増えている。人体への影響はないが、昆虫の神経系に打撃を与える特徴を持つとされる。欧州ではネオニコチノイド系農薬を使用した農地の周辺でミツバチの大量死が報告されたため、現在フランスやオランダなどでは全面禁止され、EU全体でも禁止の方向に向かっているという。
 日本ではカメムシ被害によってコメの等級が下がることを避けるために、稲田でネオニコチノイド系の農薬が広範に利用されるようになっている。カメムシ被害に遭った稲は、コメに微少な斑点がつく。しかし、食味上何の影響もない斑点米の僅かな混入でコメの価値が下がってしまうことを避けるためにネオニコチノイド系農薬が大量に使われ、ミツバチを含む生態系に多大なストレスを与えている現状は、果たして合理的と言えるだろうか。また、科学的には人体には影響しないとされるネオニコチノイドでも、一定量を超えて使用されれば、影響があるとの指摘もある。
 このように世界的なミツバチの大量死は、単純な因果関係で説明できないが、一つはっきりしていることは、農業が産業化し、ハウス栽培などでミツバチを工場の機械の一つのように扱うようになったことと無関係ではないことだ。アメリカでのミツバチの酷使はもとより、ネオニコチノイドについても、ミツバチの受粉期は農薬の散布を避けるなどの小さな工夫で、ミツバチへの影響を最小限に抑えられる可能性はある。昨今のミツバチ大量死は、農業においても生産性と効率のみを追求するあまり、ミツバチを農業資材としか見なくなった人間が、その程度の配慮さえできないまでに利己的になっていた現実を、訴えかけている。
 またネオニコチノイドも、「人体に影響がない」との能書きで近年一気に利用が広がっているが、仮に人体への影響がないことが100%本当であったとしても、それだけで大量使用することは、生態系の他の生物のことを全く無視しているとの誹りは免れない。それがミツバチに打撃を与え、更にそれが農業生産に影響を与えることで、結果的に回り回って人間に大きな不利益をもたらしていることになる。  社会性動物であるミツバチは、女王蜂を中心に一つのコロニーを形成し、コロニー内では数千から数万の働き蜂が、それぞれ明確に決められた自分の役割分担を果たす。ミツバチはまた、高度なコミュニケーション能力を持ち、例えば8の字ダンスは良い蜜の在り処を他の蜂に伝える伝達手段なのだという。人間はそのような高度に進化したミツバチさえも、効率的農業生産の道具としてしか見られなくなっているようだ。
 地球の生態系では、被子植物の多くがミツバチの受粉に頼って生きている。互いが互いを必要とする生物相互関係の中でミツバチも植物も進化を遂げ、動的平衡が保たれてきた。その精妙なバランスを身勝手な論理で人間が崩したことが、ミツバチ消滅が起きた真の原因と考えるべきかもしれない。
 しかし、ミツバチの生態の逞しさや複雑さを見ていると、環境に対して開かれているが故に環境の影響を受けやすいミツバチよりも、環境を克服するために環境から自らを隔離し、生態系との相互関係を失ってしまった人間の方が、なぜか脆弱な存在にすら思えてくる。中村氏は、だからこそ人間はミツバチの視座を持つことが大切だと説く。人間を中心に据えるのではなく、他の生き物の立場に立って生態系のあるべき姿を再考すれば、生物多様性の本当の意味が自ずと見えてくるはずだと言うのだ。
 今世界でミツバチに起きていることや、ミツバチの類い希な習性や生態から、我々人間は何を学ぶべきかを、ミツバチ博士とともに考えた。
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放送日 2009年07月18日(PART1:61分 PART2:37分)
やっぱり日本にも保守政党が必要だ

ゲスト:杉田敦氏(法政大学法学部教授)

 自民党政権が、いよいよ土壇場を迎えているようだ。  東京都議選の惨敗で、このままでは次期衆院選での敗北が必至という状況を迎えながら、自民党内ではいまなお内輪揉めが続き、窮余の一策さえ打ち出せないでいる。そこにはもはや、半世紀にわたり日本を治めてきた長期政権政党の姿は見いだせない。
 しかし、より深刻なのは、自民党が自らの政党としてのアイデンティティを見失っているかに見えることだ。この期に及んでも、党内から聞こえてくる声は、誰の方がより人気があるかといった表層的な議論ばかりだ。政権交代のチャンスをうかがう民主党は政策面、とりわけ安全保障政策面での党内不一致が取り沙汰されることが多いが、自民党に至っては伝統的保守政党なのか、小泉改革に代表される新自由主義政党なのか、はたまた何か別の物なのかさえ、定かではなくなってしまっている。これではもはや政党の体を成していないと言っても過言ではないだろう。
 1955年の保守合同で保守勢力としての歩みを始めた自民党だが、そもそも自民党が政治的な意味で保守政党だったと言えるかどうかは再考を要する。再配分を主張する勢力は政治学的にはリベラルもしくは社民勢力と呼ばれ、保守の対局に位置づけられるが、政治学者の杉田敦法政大学法学部教授は、自民党は自らが政治基盤を置く農村への再配分を主軸とした政策を実行してきた政党であることから、世界でも特殊な「再配分保守」という位置づけになるという。
 戦後直後の日本はまだ農村社会であり、自民党は農村に政治的基盤を置き、農村開発を通じて再配分を行うことで国民の広汎な支持を獲得してきた。その後、高度経済成長とともに、自民党は池田内閣の所得倍増計画に見られるような、市場重視の伝統的保守主義に軸足を移していくが、市場経済がもたらす利益は公共事業によって農村に還元するという再配分政策だけはその後も続いた。政治思想的には伝統的保守を標榜しながら、実際は再配分政党であり続けたことが、自民党の特色だった。
 しかし、農産物の自由化や大型店舗法改正などアメリカからの規制緩和要求が強まる中で、農村の疲弊は避けられないものとなる。その後1990年代の低成長時代に入ると、そもそも地方に最配分するための財源が底をつき始め、自民党型再配分政治の統治モデルがいよいよ立ち行かなくなる。
 そこに颯爽と登場したのが、自民党をぶっ壊すをスローガンとする小泉元首相だった。国民の高い支持に支えられた小泉政権は、自民党の伝統的な利益再配分政治を一掃し、新自由主義へと舵を切った。それが功を奏し、自民党は少なくとも一時的に農村政党から都市政党への脱皮に成功したかに見えた。しかし、小泉政権の新自由主義的政策は、それまでの再配分で「一億総中流」と言われるほど所得の平準化が進んでいた日本で所得格差を急拡大させ、公的補助の削減によってセーフティネットからこぼれ落ちる困窮層を急拡大させた。小泉政権以後の自民党政権では、改革の負の面が一気に吹き出し、構造改革路線も立ち行かなくなる。しかし、かといって今更農村政党に戻ることもできず、自民党は政策的には「八つ裂き状態」(杉田氏)に陥ってしまう。
 その間隙をついて、それまで必ずしも方向性が定まっていなかった民主党は、小沢一郎代表のもと、再配分に主眼を置いたリベラル政党としての方向性を固めていく。また、農家の戸別所得補償制度などを主張することで、小泉改革の下で自民党が置き去りにした農村票を丸々奪うことに成功する。  しかし、自民党が迷走するのも無理からぬ面があった。保守というからには保守すべき対象が問われる。冷戦下の保守勢力が保守すべき対象は日米同盟であり、自由主義経済であることは自明だった。しかし、今日の日本の保守勢力が保守すべき対象が何であるかについてコンセンサスを得ることは、決して容易ではない。
 来る総選挙の結果、民主党政権が誕生した場合、日本では事実上初めてのリベラル政権の誕生ということになる。人間の理性を過度に信じ、正しい政策を行えば必ず社会は良くなると過信する傾向があるリベラル政権には、対抗勢力として、伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党が必要だ。自民党が保守政党として再興し、民主党政権の暴走をチェックするとともに、有権者に別の選択肢を提示することは、日本の議会制民主主義の安定のためにはどうしても不可欠だ。
 政権交代がいよいよ現実味を帯びてきた今、日本の保守政党に求められる条件とは何かを、杉田氏と考えた。
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放送日 2009年07月25日(PART1:84分 PART2:50分)
密約問題が示す無法地帯と化した日本外交の現実

ゲスト:河辺一郎氏(愛知大学現代中国学部教授)

 戦後の日本外交を象徴すると言っても過言ではない、核兵器の持ち込みをめぐる日米間の密約が、皮肉にも日本外交の実態を白日の下に晒し始めている。
 60年の日米安保改定時に、核兵器を搭載した米艦船の寄港や領海通過を日本が容認したとされる「密約」は、過去にライシャワー元駐日大使の証言や機密指定が解かれ公表された米公文書資料によって、その存在が何度となく取りざたされてきた。しかし、このたび村田良平元外務次官らが密約の存在を正式に認めたことで、密約の存在を否定し、非核三原則を国是として掲げてきた日本政府の外交政策の正当性が、いよいよ問われる事態を迎えている。なんと言っても日本は、唯一の被爆国として戦後一貫して核兵器に反対し、核軍縮に努めることを国内外に向けて高らかに謳ってきた国だ。にもかかわらず、その国が実は自国への核兵器の持ち込みを容認し、しかもその事実を50年間も隠し続けていたということになるからだ。
 日本政府は依然として、密約の存在も、核持ち込みの有無も言下に否定するばかりで、半世紀もの間、その存在を否定し続けてきた理由を説明しようとしない。そのため日本では、米軍の核持ち込みが容認されているという現実の上に立って、これからの安全保障を議論することすら、できないでいる。
 国益を守るためには、自国民や他の国に対して外交交渉のすべてを明らかにできない場合もあり得るだろう。その意味では、密約そのものを全面的に否定すべきではないかもしれない。ただし、それは一定の期間を経た後に、必ず事実が明らかにされ、その正当性が検証されることが大前提となる。この期に及んでも、密約の存在すら認められない日本政府や外務省の立場を見ると、そもそもこの密約が真に国益を守る目的で秘密にされてきたかどうかすら、怪しくなってくる。
 日本外交をウォッチしてきた愛知大学の河辺一郎教授は、日本は外交の舞台で核軍縮に関してイニシアチブをとったこともなければ、国連の核兵器に反対する議決に対しても、率先して反対もしくは棄権をしてきたのが現実だという。安全保障政策においてアメリカの核の傘に依存する日本にとって、核軍縮はもはや外交上の大きな関心事ではなかったのだ。むしろ、核の傘を提供してくれているアメリカの意向を慮ることこそが、日本外交にとっては唯一無二の重要課題であり、こと外交に関する限り、それ以外のことは真剣に考える必要すらなかった。
 つまりアメリカの核の傘に守られているからこそ、そしてそれが密約という形で担保されているからこそ、日本は表面上は非核三原則や核廃絶や平和主義を訴えることができたが、実際にその真贋が問われる外交交渉や国連決議の場では、実は日本外交は何度も馬脚を現していたということになる。知らぬは日本人ばかりなりということか。
 河辺氏は、日本の外務省が事実上法を超越した存在として、国会のチェックすら及ばない状態にあることに、日本外交が国民から乖離したり、暴走したりする原因があるとの見方を示すが、その一方で、その責任は外務省だけはなく、外交政策のチェックや検証を怠ってきた外交の専門家やジャーナリストにもあると指摘する。
 来る総選挙で民主党が勝利し、政権交代が実現した時、日本のチェック無き外交の病理を断ち切る千載一遇のチャンスがめぐってくる。しかし、今のところ外交政策や外務省のあり方が選挙の争点になる気配は全く見られない。残念ながらこれが今の日本の実情のようだ。
 今回は密約問題を入口に日本外交が抱える問題を河辺氏と議論した。また、国連の専門家でもある河辺氏に、民主党の国連中心主義への評価を聞いた。
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放送日 2009年08月01日(PART1:103分 PART2:56分)
5金スペシャル
自民党の難点・民主党の難点


 5週目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする5金スペシャル。今回は、久々の神保哲生・宮台真司による二人マル激。今日の日本が抱える諸問題を解説したベストセラー『日本の難点』と、民主党の政策を徹底分析した『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』の両著者による、その名も「自民党の難点・民主党の難点」をお送りする。
 7月31日に自民党がマニフェストを発表し、自民・民主の二大政党の政権公約が出揃った。しかし、どんなにマニフェストと睨めっこをしていても、両党の正体は一向に見えてこないと、神保、宮台ともに、両党のマニフェストを一蹴。マニフェストではわからないこの選挙の本当の争点を、過去の番組映像を交えつつ、独自の視点から徹底討論した。
 戦後半世紀に渡り日本の政治権力を独占してきた自民党の力の源泉は、農村を権力の基盤としながら、経済成長を図り、その果実としての富を公共事業を通じて農村に還元させる再配分政治にあった。その再配分政治をより上手く回すために綿密に練られた権力構造が、野中尚人学習院大学法学部教授【2008年09月27日、第391回放送「自民党システムの終焉」】が指摘する、「自民党システム」だった。しかし、それは自民党の権力基盤を内側から瓦解させる時限装置でもあった。日本の工業化を進めた結果、自民党は自らの権力基盤である農村を弱体化させていったからだ。
 伝統的な農村依存型ではもはや権力の維持が困難であることを悟った自民党は、小泉首相の登場によって、これまで自民党システムを支えてきた農村を切り捨て、都市浮動票を獲得することで一時的に新自由主義政党として党を再生させるという、窮余の一策に打って出る。
 その結果、小泉政権誕生以降、自民党は急速に農村の支持基盤を失い、人気をベースとする都市無党派層に支えられた都市型政党に変質した。それを裏付けるデータ分析を提供してくれたのが、森裕城同志社大学法学部教授【2007年08月03日、第331回放送「データから見えてくる『やっぱり自民党は終わっていた』」】だった。そして、森氏の分析は、自民党が失った農村地盤に、そっくりそのまま小沢民主党が収まっている様も明らかにした。
 しかし、小泉改革は格差の拡大という深刻な問題を引き起こし、小泉路線を引き継いだ安倍晋三首相以降の自民党は、従来の支持母体を失った上に、都市無党派層にもそっぽを向かれ、方向性を失ったまま迷走を続けることになる。
 今回のマニフェスト発表会見で麻生首相は、市場原理主義との決別を宣言し、自民党旧来の再配分路線への回帰を打ち出したが、宮台はこの路線には無理があるとの厳しい評価を下す。グローバル化の傷を深く負った今日の日本では、誰が政権についたとしても一定の再配分は不可欠だが、同じ再配分でも「既得権益を温存したままの再配分か、既得権益を引き剥した上での再配分か」が、現在の日本の路線の分かれ目になると宮台は言う。今回の自民党のマニフェストに、既得権益との決別が明示的に打ち出されてないことが、現在の自民党の正体を露わにしているというのだ。
 自民党は保守政党としてのアイデンティティを再構築し、自分たちが保守すべき価値とは何であるかを明確にした上で、党勢の回復を図らない限り、自民党の真の復活は期待できないと、宮台は言う。【2009年07月18日、第432回放送「やっぱり日本にも保守政党が必要だ」、ゲスト:杉田敦(法政大学法学部教授)】
 一方の民主党はオープン、フェアネス、セーフティネット、包摂性などをキーワードに、リベラル政党としてのアイデンティティを固めつつあるかに見える。しかし、その路線や立ち位置が明確に有権者に伝わっているかと言えば、疑問が残る。【2009年03月17日、第413回放送「今あえて民主党の政権構想を再検証する」、ゲスト:飯尾潤(政策研究大学院大学教授)】
 ダイヤモンド・オンラインに寄稿した連載記事【ダイヤモンド・オンライン「民主党政権ができると何がどう変わるのか?」】の中で神保は、民主党が打ち出している子ども手当、公立高校の実質無償化、農業の戸別所得補償、選択的夫婦別姓などを引き合いに出した上で、民主党がリベラルな再配分政党であることは明白であるにもかかわらず、民主党は、恐らく旗幟を鮮明にすることで支持率が下がることを意識して、自らの路線を明確にすることを意図的に避けているように見えると、こちらもまた民主党のマニフェストへの不満を隠さない。
 「マニフェストを単なるきれいごとにしてしまうと、いざ政権をとって本当に改革の痛みが出てきたときに、民主党を支持した人たちがそっぽを向いてしまうリスクが高まる」と神保は指摘する。また、民主党は一定の理念に基づいて再配分を行っているにもかかわらず、子ども手当など目立つ政策だけが一人歩きすることで、これが単なるバラマキとしてしか受け止められないリスクも冒すことになる。
 「民主党は、多少不人気になっても、自分たちの路線がまかせる政治から引き受ける政治への路線転換であり、市民側にその覚悟を求めるものであることを伝える必要がある」と、神保は注文をつける。
 これまで大勢の識者とともに自民党と民主党の政治をさまざまな角度から検証してきた神保・宮台両キャスターが、マニフェストやマスメディア報道からは見えてこない、来る総選挙の真の争点を、徹底的に議論した。
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放送日 2009年08月08日(PART1:65分 PART2:38分)
今の霞ヶ関では日本をパンデミックから守れない

ゲスト:木村盛世氏(医師・厚生労働省医系技官)

 この冬もし豚インフルエンザが再び日本を襲った場合、日本はただでは済まないかもしれない。なぜならば、日本は感染症に対する体制が全く整っていないからだ。いや、この春の感染拡大で、日本には体制が整っていないことが明らかになっていながら、それに気づかなかったり、それを修復しようとしていないからだと言った方が、より正確かもしれない。
 今年の春メキシコで発生した豚インフルエンザは、またたく間に世界中に広がり、最終的な感染者数は既に13万人を超えた。日本では4月に最初の症例が報告されて以来、7月24日時点で4986人の感染が確認されており、これはアメリカ、メキシコ、カナダ、チリ、イギリス、オーストラリアに次ぐ世界で7番目の多さとなった。問題は、日本は早くから水際作戦を展開し、空港での徹底した検疫を実施した上に、多くの大学や学校を閉鎖し、マスクが日本中で売り切れるほど徹底的に対策を施したにもかかわらず、最終的に世界でも有数の感染者数を出してしまったことだ。
 日本の水際作戦について、医師で厚生労働省の現役検疫官を務める木村盛世氏は、厚労省が実施した検疫強化や水際阻止は、全くのナンセンスだったと一蹴する。アメリカで公衆衛生学を学んだ木村氏は、もともと潜伏期間や発熱の度合いの個人差などを考えると、サーモグラフィーなどを使って感染者のすべてを水際でせき止めることなど、もともと不可能だったと言う。不可能なことに多大な資源を投入するよりも、国内感染が始まった後の対応に力を入れるべきだったと、木村氏は自らが所属する厚労省の対応を厳しく批判する。
 実際、水際作戦は物々しい防護服を身にまとった検疫官が、空港で機内検疫に向かうシーンなどがテレビで放送され、それが逆に国民の不安を必要以上に煽り、学級閉鎖やマスクの品切れなどを招いた。しかも、いざ国内感染が広がり始めると、その後の対応は後手後手の連続で、世界から日本がいかに感染症に対応する体制ができていないかを露呈する結果となったと、木村氏は残念がる。
 日本は感染症対策後進国と言ってはばからない木村氏は、その理由として、厚生労働省の危機意識の希薄さと使命感の欠如を指摘する。実際、アメリカの大学院を卒業後、厚労省に医系技官として入省した木村氏は、これまで繰り返し厚労省の組織の論理の壁にぶつかってきた。問題があると思った時に局長に直談判したり、国際会議に積極的に出席し、海外とのネットワークを強化したりする木村氏の行為は、役所の上司からはことごとく忌み嫌われ、繰り返し「左遷」の憂き目に遭う。現在の羽田空港の検疫官のポストも、「島流しポスト」(木村氏)であり、不祥事を起こしたわけでもないキャリア待遇の医系技官が就くポストとしては、本来はあり得ないものだという。
 しかし、木村氏は「自分が声をあげていかなければ、何も変わらない」と、左遷や嫌がらせ、降格を覚悟で、役所の体質や日本の感染症対策の問題点をこれからも指摘し続けたいと言う。その木村氏の使命感を支えているのは、厚生労働省こそが、国民の健康を守ることができる唯一の政府機関であるとの自負だと言う。
 厚生労働省を変えるために著書「厚生労働省崩壊」を出版し、日本の感染症対策の無策ぶりを指摘する木村氏と、パンデミックに対応するために日本がしなければならないこと、そして霞ヶ関を機能する機関に変えていくために何が必要になるかを議論した。
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放送日 2009年08月15日(PART1:92分 PART2:42分)
最高裁国民審査を審査する

ゲスト:長嶺超輝氏(司法ライター)

 総選挙前の恒例企画となった最高裁判所裁判官の国民審査特集。前回の国民審査以降の主要な最高裁判決を取り上げ、どの裁判官がどのような判断を下し、どのような意見を述べたかを、詳しく検証する。
 最高裁判所裁判官の国民審査は不信任の総数が投票総数の過半を超えた時に罷免となるが、それ以外は実質的な効力は何も持たない。いろいろな意味で、明らかに形骸化した制度であることは否めない。
 しかし、マル激で繰り返し見てきたように、最高裁の決定がさまざまな形で現在の日本の社会の在り方を規定していることは間違いない。首をかしげたくなる判決を下したり、おかしな意見を述べたり、あるいは批判を恐れずに勇気ある決定を下した裁判官に対しては、われわれはしっかりと意志表示をする必要がある。
 今回の国民審査の対象となる最高裁判所裁判官9名を、本邦メディアでは初めて(?)顔写真付きで一人ひとりのプロフィールを紹介するとともに、2005年の国民審査以降の主要事件として、一票の格差訴訟や和歌山カレー事件、情報公開訴訟、痴漢冤罪事件、催涙スプレー携帯事件における各裁判官の判断と意見を採り上げ、その内容を検証した。
 と、そこまではやるべきことをやってみたのだが、検証の過程で、あり得ないほど国民審査の制度が欠陥に満ちていることが明らかになった。そのような重大な問題が、これまで明らかにならなかったこと自体が、もしかすると国民審査を誰も真剣に受け止めてこなかった証左なのかもしれない。そう思えるほど、決定的な欠陥があるのだ。
 最高裁裁判官の国民審査は、まず裁判官任官後の最初の総選挙で審査にかけられ、その後10年間は審査がない。2度目の審査を受けるのは、最初の審査から最低でも10年以上経過した後になるが、ほぼ例外なく最高裁の裁判官には60歳以上の人が就任している。そして、最高裁裁判官は70歳が定年であるため、ほとんどの最高裁裁判官は、任官直後の総選挙時に一度だけ審査を受け、それ以降は審査を気にせずに悠々と裁判官を務めることになる。
 さて、問題は、その唯一の国民審査では多くの裁判官が任官からそれほど日が経っていないため、審査の判断材料となる主要な裁判にほとんど関わっていない場合が多いことだ。今回も過去4年間で主要な裁判に関わった裁判官の大半は、今回の国民審査の対象になっていない。仮に最高裁の決定に不服があっても、国民審査を通じて特定の裁判官に対してその意志表示をすることが、事実上不可能になっているのが、この制度の実情なのだ。
 また、最高裁は仕組みそのものに、大きな問題を抱えている。これまで数多くの裁判を傍聴し、最高裁をウォッチしてきた司法ライターの長嶺超輝氏によると、最高裁への上告申立て件数は年間数千件〜1万件近くにも及ぶという。わずか3つの小法廷に15名のみの裁判官(1名の長官と14名の判事)では、個々の案件を十分に審理することは、そもそも不可能なのだ。驚いたことに、最高裁がそれらを処理するスピードは、年間1万件とすると、1日あたり40件という計算になる。それを3つの小法廷で分担することを考慮に入れても、1つの小法廷で1日に13〜14件、1件あたり30〜40分に過ぎない。
 30分そこそこで地裁、高裁での審理を全て再検証し、最高裁として独自の判断を下すことなど、あり得るはずがない。そこで、実際には裁判官の補佐役として任命される調査官が、予め膨大な裁判記録を読み、裁判官に争点を説明した上で過去の判例を提示し、選択肢を示すことになる。それが裁判官の判断に決定的な影響を与えるであろうことは、想像に難くない。そもそも最高裁の裁判官は、調査官からあがってきた情報をじっくりと精査する時間すら無いはずだ。
 つまり、早い話が、最高裁の実質的な意思決定は、政治任命を受けた最高裁裁判官ではなく、司法官僚制度の中で人選された調査官によって機械的に下されている可能性が否定できないのだ。これでは、せっかく最高裁という権威のある裁判所を設置して、三権の長の一人として首相待遇の長官と大臣待遇の判事を並べてみても、下級審や過去の判例から外れた大胆な決定など下るはずがない。日本の司法判断が陳腐化し、時代の潮流からずれていると感じる人が多いのも、やむを得ないことなのかもしれない。アメリカなどに比べて日本では最高裁の顔が見えないと言われる所以も、そのあたりにあるのだろうか。 もはや有名無実化した最高裁を改革する術はあるのか。長嶺氏は、次の総選挙で民主党が勝った場合、慣例化した裁判官の人事システムに政治が介入することが突破口になる可能性があるという。
 最高裁判所の裁判官は、憲法上、内閣が任命することとなっているが、実際は最高裁事務総局という密室の中で司法官僚によって決められている。自民党政権下では、内閣は事務総局があげてくるリストを追認するだけだったが、政権交代を果たした民主党には、原理原則に立ち返り、内閣が独自の判断で裁判官を任命することで国民の関心を集めてほしいと、長嶺氏は注文をつける。まずは物議を醸すことで、世論を喚起し、マスメディアがそれを報じることから始めないと変わらないというのだ。それは、国民やメディアの関心の薄さが、最高裁の有名無実化や国民審査の陳腐化を招いてきたからだ。
 さらに、法律自体の違憲審査を行う「憲法裁判所」の創設や、十分な審理を行うために裁判官の人数を増員するなど、司法改革として手をつけるべきことはたくさんある。もしかすると裁判員制度などを導入する前に、日本の司法権力の頂点にある最高裁判所のこのような深刻な問題を改革することの方が、遙かに優先順位の高い問題だったのかもしれない。
 限られた事件の中で、最高裁裁判官の判決内容を検証するとともに、国民審査の欠陥と、そこから見えてくる最高裁や司法全体の問題について、長嶺氏とともに考えた。
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放送日 2009年08月22日(PART1:87分 PART2:47分)
権力が移動する時首相官邸で起きていること

ゲスト:武村正義氏(元内閣官房長官・蔵相)

 報道などを見る限り、どうやら政権交代は必至の情勢のようだ。そこで今回は、16年前の政権交代の仕掛け人の一人で細川政権と村山政権を内から支えた武村正義氏に、政権交代で権力が移動する時、政権内部で何が起きているかを聞くとともに、権力の甘さも怖さも経験してきた武村氏に、民主党が政権の座に就いたとき、どのような落とし穴が待ち受けているかなどを聞いた。
 1993年の政変で、小沢氏のグループより一足早く自民党を離党し、新党さきがけの党首として細川内閣で官房長官として政権を支えた武村正義氏は、細川政権の功績と失敗に、それぞれ民主党政権への教訓が隠されていると言う。
 まず功績の方は、細川連立政権が自らを「政治改革政権」と位置づけ、その使命を自他ともに明確にしたことにあった。それが功を奏し、細川政権は8つの小党の寄り合い所帯の脆弱な政権であったにもかかわらず、長年の日本政治の課題だった政治改革と選挙制度改革を成し遂げることができた。まずは政権獲得によって得た権力を、政治改革の一点に集中させたからこそ、困難な課題を成し遂げられたということだ。
 しかし、細川連立政権は政治改革の次の課題を考えていなかった。そのために、政治改革関連法案が可決した瞬間に一気に求心力を失ってしまう。94年1月に政治改革法案を成立させた後、2月には深夜に唐突に発表した国民福祉税構想を翌日には撤回するなど、未曾有の混乱ぶりを露呈し、その後首相の政治資金スキャンダルが表面化したことで、細川首相が自ら政権を投げ出し、連立政権は僅か8か月で崩壊してしまう。
 武村氏の民主党政権への教訓は、政権を取ったならば、まずは課題を明確にして力をそこに結集させること、そしてそれと同時に、その後の課題もちゃんと用意しておくこと、ということになろうか。
 武村氏はまた、民主党の「政治主導」構想にも懸念を表する。官僚の力を使わずに政府を回していくことが不可能であることを、官房長官としての、また大蔵大臣としての経験から、痛いほど知っているからだ。
 武村氏は、自身の大臣時代は、官僚がお膳立てしたその日のスケジュールをこなすのが精一杯だったと、当時を振り返る。そのような官僚の手の平の上で政治家が踊るだけの現行制度こそ、民主党が最優先で変えようとしているものだ。しかし、武村氏はそれはそう容易なことではないだろうという。それは、政治家がどんなに勉強をしても、それぞれの分野を何十年も担当してきている官僚の知識に敵うはずがないからだ。政と官は敵対するものではなく、協調しなければならないものだと、武村氏は言う。
 官僚を敵に回すことのリスクもまた計り知れない。警察や検察、国税を含め、政治家のあらゆる情報を握っているのが官僚機構だ。いたずらに官僚を敵に回せば、復権を期す自民党に民主党のスキャンダル情報が流れ、国会で厳しい追及を受けることは必至だ。それは細川政権の結末を見ても明らかだ。武村氏は自民党が下野した場合、手強い野党になるだろうと予想する。
 16年前の政権交代で生まれた細川政権は、功績もあったが、結局8ヶ月の短命に終わってしまった。そして、結果的にそれが「自社さ」といういびつな組み合わせの政権を経て、古い体質のままの自民党の復権を許すことになる。
 細川政権の成功と失敗から民主党は何を学ぶべきか。そもそも政権を取るとは、どういうことなのか。前回の政権交代の仕掛け人でありキーパーソンでもあった武村氏に、自らの経験をもとに、政権交代の期待がかかる民主党への提言と苦言を語ってもらった。
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放送日 2009年08月28日(PART1:83分 PART2:45分)
これでもあなたは投票に行きませんか

ゲスト:森川友義氏(早稲田大学国際教養学部教授)

 総選挙直前となる今回のマル激は、この選挙で投票に行かないことが、とりわけ若い世代にとってどれだけ損なことかを、世代会計の観点から考えてみた。
 格差問題が取り沙汰されるようになって久しいが、その中でももっとも深刻なものの一つが世代間格差だ。急速な少子高齢化によって、若い世代ほど社会保障負担が重くなる一方で、その受益は年々目減りしている。それを世代別に収支計算をしてみると、現時点から将来にわたって年金や医療、教育など政府から受ける受益と、税金や保険料など政府に支払う負担との収支は、現在65〜70歳の世代がプラス1500万円になるのに対し、25〜30歳の世代はマイナス2500万円となり、世代間の収支に4000万円もの開きが出るという。高齢世代が払った分より遙かに多くの受益を受ける一方で、若い世代は実際に支払った分さえ取り返せないということになる。
 なぜ、世代間でこれほど不公平な制度が、まかり通っているのか。政治学者で新著「若者は、選挙に行かないせいで、4000万円も損している?!」著者の森川友義早稲田大学国際教養学部教授は、それは若者が選挙に行かないからだと言い切る。
 そもそも20歳代の人口は60歳代の半分から3分の2程度しかない。にもかかわらず20代の投票率は60代の投票率の半分しかない。となると、20代と60代では投票する人の数に3倍もの開きが出ることになる。
 「もしあなたが政治家なら、どっちの声に耳を傾けますか」と、森川氏は問いかける。
 より多くの票を投じ自らの意思を表明している60代の声が、人口も少なく投票にも行かない20代よりも政策に反映されるのは、民主主義の前提として当然のことだと森川氏は言う。
 実は現在の格差はまだ序の口の可能性が大きい。現在の投票率がそのまま続き、少子高齢化も今のペースで進んだ場合、2050年には70代の投票総数が2000万票を超えるのに対して、20代のそれは300万にまで減少する。20代の利害はほとんどまったくと言っていいほど政治に反映されなくなる可能性も、あり得る状況なのだ。
 既に今の日本は、世界的に見ても高い水準にある社会保障制度を誇る一方で、OECD加盟国で最低水準の子育て支援や教育支援、高い非正規雇用率など、すでに高齢者に有利な制度が目白押しだ。そして、それが今後更に高齢者に手厚い制度に変わる可能性があるというのだ。それはまた、若者には今よりも更に重い負担を強いることを意味する。
 そのような馬鹿げた状況を避けるためには、今回の選挙が一つのカギになると森川氏は言う。森川氏の予想ではこの選挙を境に、若年層と高齢層の投票総数の乖離が一気に広がる可能性が高く、そのトレンドを逆転させるには、この選挙が最後のチャンスになるかもしれないと、森川氏は言うのだ。
 もし、現在のこの状況を不公平でおかしいと考え、そのような政策の転換を望むならば、それを実現する唯一の方法は、若い世代が年寄り世代よりも高い投票率で投票に行き、自分たちの意思を鮮明に表明する以外にない。
 森川氏は、若者が選挙に行かない理由として、政治リテラシーの低さをあげる。政治に関心が無ければ、投票する気にならないのはわからなくはないが、しかし、森川氏の調査では20代の政治リテラシーのレベルは60代、70代とほとんど変わらないと言う。高齢者は政治がわからなくても投票だけするのに対して、若者は「わからない」や「興味がない」ことを理由に投票に行かない。その差が、不公平な社会制度という形で、顕在化しているのだ。
 無関心から来る政治への不参加が生んだものこそが、お任せ民主主義だ。日本では市民の政治参加の度合いが低い分だけ、利益団体や官僚の政治参加を許してしまっている。昨今批判が高まっている官僚主導の政治とは、裏を返せば、市民の怠慢に他ならない。そして、その結果が860兆円の財政赤字であり、一人あたりGDPの世界第19位への転落に他ならないのだ。
 この選挙は、これからも市民が本来果たすべき領域を官僚や利益団体に占領されたまま、将来世代にツケを回し続けることをよしとするのか、お任せ政治をやめて市民が引き受ける政治へと舵を切れるかどうかを問う、最初で最後の選挙になる可能性が高い。これ以上の問題の先送りは、将来世代に対して倫理的に許されないばかりか、もはや問題の解決そのものが不可能になる可能性すらある。それだけ重要な、日本の将来を左右すると言っても過言ではない選挙が、2日後に投票日を迎える。
 これでもあなたは選挙に行きませんか?
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放送日 2009年09月05日(PART1:77分 PART2:48分)
シリーズ・民主党政権の課題1・高速道路無料化のすべての疑問に答えます

ゲスト:山崎養世氏(シンクタンク山崎養世事務所代表)

 いよいよ民主党政権が始動することとなった。実質的に半世紀ぶりの政権交代でもあるので、課題が山積していることは言うまでもないが、まずは何と言っても民主党が公約に掲げた政策を実現し、日本に真の変化をもたらすことができるかどうかに注目が集まっている。
 そこで選挙明け最初のマル激では、民主党の目玉政策のひとつである高速道路無料化を取り上げ、無料化の元祖提唱者であるシンクタンク代表の山崎養世氏に、高速道路無料化に対するさまざまな疑問を徹底的にぶつけてみた。
 高速道路無料化は、2003年の総選挙から民主党が主張している主要政策だが、依然として財源や渋滞を招くのではないかという懸念、CO2発生の増加による地球環境への影響などを理由に、無料化に反対する声が根強い。
 しかし、山崎氏はこうした批判をいずれも、的外れだと一蹴する。それはこうした批判がいずれも、「前提から間違っている」からだと言うのだ。
 まず、無料化が受益者負担の原則を壊し、ただでさえ火の車状態にある財政をさらに悪化させるのではないかとの懸念には、山崎氏はこう答える。
 既に高速道路ユーザーは年間2兆3千億円の通行料金の他に、ガソリン税などを通じて年間2兆円にのぼる税金を支払っている。無料化に必要な財源は高速道路ユーザーの支払う税金で十分に賄えるため、一般国民の税金が投入されることはない。つまり、無料化こそ受益者負担の原則に戻ることであり、逆にガソリンで税金徴収した上に、高速道路ユーザーからも1キロあたり25円もの高い通行料金を徴収し、その二重取りしたお金で無駄な道路を作り続けている現在の道路システムこそ、受益者負担の原則に反していると山崎氏は言う。
 もともと日本では高速道路は無料だった。東名・名神高速の建設の際、建設に費やした借金の返済のために有料化されたが、返済を終えたら無料に「戻す」約束だった。しかし、1972年に田中角栄首相により料金プール制が導入され、他の路線の建設に回すため永遠に通行料金を取り続けることが可能になってしまった。その時初めて、高速道路は有料が当たり前になったのだ。それ以来、二重取りした財源を道路に注ぎ込み続けた結果、今や日本の道路支出は、英仏独伊の欧州の主要4カ国の合計額に匹敵するほど莫大なものとなっている。日本は教育費や子育て支援費ではそれらの国々の足下にも及ばないにもかかわらず、こと道路だけは世界に冠たる超大国になってしまったのだ。
 山崎氏によると、現在進行している民営化策では新たな借金で道路を作り続けるスキームが残されているため、無駄な道路は作られ続けることが可能だと言う。それをやめさせるには料金収入を断ち切るしかない。つまり、無料化こそが有効な財政再建策になると、山崎氏は説く。
 無料化すると高速道路が渋滞するという懸念も、山崎氏は真っ向から否定する。地方では、高速道路は料金が高過ぎるために、地域の人々はこれを気軽に利用できる状況にはない。そのため、地方を走る高速はほとんどがガラガラで、むしろ周辺の一般道路が混雑しているのが実情だと言う。ならば、高速を無料にして一般道を走っている車を高速道路に乗せることで、高速も一般道も渋滞はなくなる。
 麻生政権の経済対策で高速道路を1000円にした際に高速が大渋滞した問題は、そもそも行楽のピークの道路がもっとも混む時期に値下げを行ったことの影響であり、期間を限定しない無料化であれば、あのような事は起きないと説明する。
 また、環境面から懸念されるCO2排出量の増加についても、混雑する東京の首都高や大阪の阪神高速は無料化の対象から外れるため、交通量が増えることはない。地方では一般道から高速に車が移動するので、より燃費の高い走行が可能になるうえ、一般道の渋滞は解消されるので、むしろCO2は減るはずだと山崎氏は言う。  さまざまな批判や疑問に一つひとつ丁寧に答える山崎氏だが、しかし、そもそもこれらの批判は、大前提が間違っていると山崎氏は言う。
 財政負担についても、高速道路の無料にすることの経済効果は7兆8千億円もあり、道路の無料化による歳入の減少分を埋めて余りあるメリットが期待できる。料金徴収が不要になれば、料金所が不要となるので、出入り口を低コストで容易に増やせるようになる。出口が増えれば、自動車の流れがもっとスムーズで快適なものとなり、高い料金のために無用の長物となっていた高速道路は地域の生活道路に生まれ変わり、多大な経済効果も見込めるという。
 また、環境に対する懸念も、それは現在の内燃式のガソリンエンジン車を前提にした話であり、高速道路の無料化は車のエコ化を前提としなければ、意味のない議論になると山崎氏は言う。
 つまり、高速道路の無料化論は単なる利益や便益の向上を目的としたものではなく、これまでの外需中心の工業化社会から、地域振興、農林水産業の発展、観光、教育の充実など、内需主導のポスト工業化社会へ移行することを前提としているし、それを意図している。現在の体制を前提とした批判は、それ自体に意味が無いというのが、山崎氏の基本的な考え方だ。
 日本がこれから豊かな先進国になっていくためには、工業化の象徴とも言うべき東京一極集中を解消し、人を分散させ、時間と空間にゆとりを持たせることが不可欠であり、そのようなグランドデザインを実現するために高速道路の無料化があると山崎氏はいうのだ。
 山崎氏は、高速道路の無料化を実現する上での最大のハードルは、われわれ国民が無意識の間に受け入れてしまっている誤った「常識」と「想像力の欠如」だとの見方を示す。そもそも高速道路がタダになることは、本来であれば誰にとっても喜ばしいことであるはずだ。にもかかわらず、多くの国民がそれに懸念を表し、反対までするのは、無料化で既得権益を失う道路官僚や道路政治家たちが、それがあたかも悪いことであるかのようなネガティブキャンペーンを張り、マスコミもそれを垂れ流ししてきたことにも一因はある。しかし、多くの国民が自分の頭で考えることをせずに、それを受け入れてしまっていることで、われわれ一人ひとりの中に「そんなことできるはずがない」とか「そんなうまい話があるはずがない」といった「常識の壁」ができてしまっている。それこそが、高速道路無料化の最大のハードルだと山崎氏は言う。
 山崎氏の話は、高速道路の無料化が実現した後の課題となる、石油をベースとする経済体制から太陽をベースとする「太陽経済」への移行へと広がっていった。
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放送日 2009年09月12日(PART1:51分 PART2:42分)
シリーズ・民主党政権の課題2・「対等な日米関係」のすすめ

ゲスト:孫崎享氏(元外務省国際情報局長)

 民主党は「対等な日米関係」という表現を好んで使う。民主党はマニフェストにもそれを盛り込んでいるし、民主、社民、国民新党の連立合意文書にも「緊密で対等な日米同盟関係」という文言が盛り込まれている。先日物議を醸した鳩山論文でも「対等」が強調されていた。
 しかし、「対等な日米関係」とは何を指しているのか。そもそも現在の日米関係は本当に対等ではないのか。
 日本の安全保障の根幹を成す日米同盟は、これまで何度か変質を繰り返してきた。著書『日米同盟の正体』で日米関係の現状を批判している元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、変遷を繰り返した結果、現在の日米同盟は60年の日米安保条約締結当時とは全く異質なものになっていると指摘する。
 日米の同盟関係は、警察予備隊の創設や思いやり予算の導入、日米共同軍事演習の開始など古くから多くの変質を遂げてきたが、孫崎氏はその中でも最も重要な変化が、92〜93年の日米安保の再定義と2005年の2+2合意だったとの見方を示す。
 92〜93年は、それまで日本に対してさしたる軍事的役割を求めてこなかったアメリカが、日本の自衛隊をどう使うかという発想へ大きく方針転換したと孫崎氏は言う。それまで冷戦体制の下でソ連の脅威への対応に専念してきたアメリカが、新たな脅威として北朝鮮やイラン、イラクといった不安定な国家を念頭に「国際環境を改善するために軍事力を使う」戦略へと切り替えた。
 その結果、日本の米軍基地の役割も変化し、アメリカにとっての自衛隊の位置づけも変わった。日米安保の対象が日本の国防から徐々に拡大され、その対象地域も拡大の一途を辿ることになる。
 また、外務省で情報畑を歩んできた孫崎氏は、ソ連の崩壊後、日本の経済力がアメリカにとって真の脅威となったことも、日米同盟の変質を促す要因となったと言う。アメリカの軍事力にただ乗りしながら、軽武装で経済に専念することで、経済的にアメリカを脅かすまでになった日本の国力を殺ぐために、その頃からアメリカは、自国の国際的な軍事戦略に日本を巻き込むためのさまざまな工作を行うようになった。
 それが実を結んだのが、安保成立当時からの明確な「縛り」だった極東条項を「周辺地域」にまで広げ、事実上日米安保の地理的概念を取っ払うことに成功した97年の日米新ガイドライン合意であり、99年の周辺事態法の成立だった。
 そして、アメリカの日本巻き込み戦略の集大成とも呼ぶべき成果が、05年に両国の外務・防衛大臣(アメリカは国務長官と国防長官)の間で合意された、いわゆる2+2合意「日米同盟:未来のための変革と再編」だった。孫崎氏はこの合意によって、日米同盟は締結当時とは全く異なる代物に変質したと言い切る。それは、元々日本の防衛のために存在したはずの日米安保が、遂には全世界の秩序維持のための協力関係へと変わってしまったからだ。
 2+2合意は、日米安保の根幹を成していた国連憲章の尊重も放棄し、国際安全保障環境を改善するために日米共通の課題に取り組むことが掲げられている。そして作戦、戦略、運用、訓練と全ての分野において細かく定められた規定によって、米軍と自衛隊との部隊レベルでの一体化が既に進んでいるという。
 05年の2+2合意はそれだけ重要な安保政策の転換を意味するものでありながら、国会でもほとんど議論されず、マスコミでもその意味を解説する記事は皆無だったと孫崎氏は言う。日本の安全保障の根幹を成す日米同盟に本質的な変更を加える政策転換が、一握りの外務官僚とその重要性をほとんど理解していない政治家によって実行されていたことになる。
 いずれにしても、日米同盟関係はもはや、「日本がアメリカから守ってもらっている」などという牧歌的な次元を遙かに超えた、世界規模の軍事協力関係にあることだけはまちがいないようだ。
 しかし、それでも多くの日本人が、「日本はアメリカに守ってもらっているのだから、日米関係が対等なはずがない」と感じているとすれば、それはなぜだろうか。孫崎氏は、それは長年に渡るアメリカの「情報戦」の成果だと言う。日本にはアメリカのためになることが日本の国益に資すると信じて疑わない人が多くいるため、アメリカは日本に対して簡単に情報戦を仕掛けられる立場にある。本人が自覚しないまま、結果的にアメリカの情報戦略の片棒を担いでいる日本人がたくさんいるというのだ。
 そもそも日米同盟は、アメリカが日本を守るための軍事力を提供する代わりに、日本は米軍に基地を提供することで、バーターが成立していると孫崎氏は言う。以前にこの番組でケント・カルダー氏が指摘したように、アメリカにとって日本ほど重要な軍事拠点は他になく、アメリカも既に日米同盟からは十分な対価を得ている。日米関係は決して「日本がアメリカに守ってもらっている」だけの関係ではないのだ。
 しかし、元々対等と言ってもいいような互恵関係にありながら、あたかも日本がアメリカに隷属しているかのようなイメージを定着させ、日本をアメリカの意向に従わせるのが情報戦の目的だとすれば、日本は情報戦においては、アメリカに完敗していると言わざるを得ないだろう。今回の選挙で民主党の「対等な日米関係」が国民の支持を集めたことが、そのイメージに対する反発の結果だったとすれば、情報戦がうまくいきすぎたために国民の反発を招いたことになり、皮肉な結果だったとしか言いようがない。
 日米関係の変遷と現状を検証し、民主党の掲げる「対等な日米関係」の意味を孫崎氏と議論した。
 
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