2012年3月17日
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フランスで高田賢三氏らが3・11追悼式

報告:藍原寛子氏(医療ジャーナリスト)
スペシャルリポート

 震災から1年を迎えた3月11日、フランス・パリ中心部のトロカデロ地区、エッフェル塔が見えるシャイヨー宮広場で、日本人を中心とした追悼式「東日本大震災から1年、犠牲者への方々への追悼と復興への祈りと連帯を伝える集い」が開かれた。在パリ日本人有志を代表してデザイナーの高田賢三さんが呼び掛け人となり、大震災が起きた現地時間午前6時46分(日本時間で午後2時46分)に合わせて開催。1500人以上が会場を訪れて祈りをささげた。高田さんは「日本人の支え合う姿に勇気づけられた」などと語った。
 また3月11日を前にした7日、ベルギー・ブリュッセルのEU議会で、第4位の会派「緑の党・欧州自由連合」による福島原発事故から1年の会議が開かれ、福島県の前知事佐藤栄佐久氏、ホットスポットになった飯舘村前田地区の酪農家長谷川健一氏ら福島県の人々が、「二度と、福島の人が体験したことを繰り返してほしくない」と、原発事故による県民の生活の現状と課題、再発防止を訴えた。今年1月に横浜で開催された「脱原発世界会議」に同会派共同代表のレベッカ・ハームズ氏が参加し、福島の現状を視察して地元の人々から現状を聞いたことが、ブリュッセルでの会議開催のきっかけになった。
 メインゲストとしてスピーチした佐藤氏は「原子力は民主主義の尺度を図る大切な素材だが、まさに日本は原子力帝国。福島の事故後もまだ(原発を)進めようとしている」「原発で民主主義が壊された」と厳しく批判。自らが「収賄額ゼロで収賄の認識もないのに(汚職事件で)有罪になった」ことや、「(日本政府の緊急)災害対策本部の議事録がとられていなかった」問題を取り上げて、原発事故から1年の惨状を訴えた。
 飯舘村の長谷川氏は、「(原発が爆発しても)政府は『直ちに健康に影響はない』と言い続けた。村の対策本部に放射能の状況を聞くと、『40マイクロシーベルトで、大変な数字になっている』と言われた。その後、役場職員に呼び止められ、『村長にこの数字を口外するなと言われている』と口止めされたが、地区の住民らに事実を伝えて回った」との体験を紹介。飯舘村がホットスポットになっていた事実が隠蔽されて、被害が拡大した問題を指摘した。
 また、「原発さえなければ。残った酪農家は原発に負けないでください」という書き置きとともに、7歳と5歳の息子を残して自殺した酪農家の友人の話をすると、会場からはすすり泣きの声が漏れた。
 このほか、元原子力プラント設計技術者で原子力安全専門委員の後藤政志氏、脱原発への政策提言をしているNPOグリーンアクションのアイリーン・美緒子・スミス氏、ピースボートの川崎哲氏らも出席し、被曝基準の問題や原子炉のストレステストの妥当性などについて出席者と意見を交わした。
 現地取材をした医療ジャーナリストの藍原寛子氏が報告する。

藍原 寛子あいはら ひろこ
(医療ジャーナリスト)

1967年福島県生まれ。90年千葉大学文学部行動科学科卒業。同年福島民友新聞社入社。マイアミ大学医学部移植外科、フィリピン大学哲学科などの客員研究員、国会議員公設秘書を経て、2011年よりフリー。
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