2016年2月20日
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安倍政権ウーマノミクスの本物度

杉之原真子氏(フェリス女学院大学国際交流学部准教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第776回(2016年2月20日)

 現在、日本が抱える最も深刻な問題は何かと問われれば、多くの人が人口減少の問題を挙げるにちがいない。財政赤字、経済成長、社会の空洞化、そして移民政策の是非等々、いずれもその背後には人口減少問題がある。政府は現在の出生率が続けば、日本の人口は現在の1億2千万人から、2060年には8,674万人まで落ち込むと予想している。それはそのまま国力の低下につながると言っても過言ではない。

 そして、その元凶としてやり玉に挙げられているのが、低迷を続ける出生率と、その原因として、女性が安心して子供を産んで育てられる環境整備が進んでいないことだ。

 総理になる前の2000年代前半には、男女共同参画運動やジェンダーフリー教育を保守の立場から批判し、第一次政権でも「女性政策」には見向きもしなかった安倍政権が、今回の第二次政権では打って変わって女性政策を最前面に打ち出している。

 安倍政権は小泉政権が2003年に掲げた、2020年までに指導的地位における女性の割合を30%に引き上げるという目標をアベノミクス成長戦略の中核に据えたかと思えば、今度は「1億総活躍」のスローガンの一環として「女性が輝く社会」を掲げるなど、その突然の変貌ぶりには驚くばかりだ。

 しかし、女性政策とは言え、そのアプローチはあくまで経済政策の一環という色彩が強く、従来の女性運動が大切にしてきた女性の権利や理念がなおざりになっているのではないかとの批判は根強い。

 共著書『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』の中で戦後の女性政策や少子化対策を検証したフェリス女学院大学の杉之原真子准教授は、安倍政権の「ウーマノミクス」がもっぱら経済政策、とりわけ人口減少に伴う労働力の減少に対応するために、女性の労働力を活用することに政策の力点が置かれている点に懸念を表す。女性が働きやすい環境作りが進むこと自体はいいことだが、女性の権利という根本的な理念が置き去りになると、結果的にこれからの女性は男性並みに働かされた上に、家事や子育てもこれまで通り女性が担わなければならないというような、理不尽な立場に追い込まれることになりかねないからだ。

 とは言え、現在、日本の女性の社会進出が、世界の潮流から完全に取り残されていることは確かだ。国会の女性議員が占める割合は衆参合わせて11.6%、列国議会同盟(IPU)が世界ランキングの対象としている衆議院では9.5%にとどまり、何と世界の153位に低迷している。また官界、経済界に目を転じても、国家公務員の課長級で3.5%、企業の女性社長は7.5%、上場企業の女性役員に至ってはわずか2.8%という状況で、政権が掲げる「2020年に指導的地位における女性の割合を30%」という目標は、今や夢物語でしかない。実際、政府が昨年12月に閣議決定した「第4次男女共同参画基本計画」では、女性の進出度を分野ごとにより現実的な数値目標を設定し直した結果、30%には遠く及ばないことが明らかになり、事実上「2020年30%」目標は断念された形になっている。

 日本における女性の社会進出が、欧米先進国は言うに及ばず、新興国や発展途上国にも水を開けられるまで遅れているのは、なぜなのか。杉之原氏は、戦後の政治を担ってきた自民党保守政治の構造とその性格に根本的原因があると指摘する。

 戦後、日本の政治の担い手は、戦前からの政治家と官僚、そして2世、3世議員に大きく偏っていた。しかも、その大半は高齢の男性だった。今もその傾向は変わっていない。彼らのようなある意味で特権階級出身の高齢男性にとっては、育児や家事、介護などをもっぱら女性が担うことは、ごくごく当たり前のことだった。そのため戦後の日本では一貫して、そうした性別固定的で保守的な価値観や家族観を元に法律や社会制度が整備されていった。

 現在の日本社会における女性の地位を固定化する大きな転機となったものに、1979年に当時の大平内閣が決定した「新経済社会七か年計画」がある。日本が高度経済成長を経て福祉社会を迎えるにあたって打ち出されたこの計画では、稼ぎ主としての男性と、家事・育児などを担う主婦から成る標準家庭が、これからの日本の福祉の担うことが想定され、以後、そのモデルに基づいた社会制度の整備が進められてきた。それが1980年代になって、専業主婦らを優遇する年金の第三号被保険者制度や税制上の配偶者控除制度などの設立につながり、現在の男女の役割分業的な世界観が、制度面からも固定化されていった。

 「新経済社会七か年計画」に代表される、日本のおける女性政策の多くが、いずれも経済政策としての色彩を色濃く持っていたことは認識しておく必要がある。女性の権利や人権に根差した女性政策というよりも、福祉、介護のようにその時々に求められる社会的な機能の担い手として女性を活用することが、経済的にも財政的にも合理的だと考えられ、それが女性政策の名の下で実施される一方で、理念的な女性政策は多分にスローガン的なものにとどまっていた。

 現在の安倍政権による女性政策も「ウーマノミクス」の異名を取る通り、経済合理性の観点から推進されていることは明らかだ。確かに、人口の半分を占める女性の活躍が阻害されることの経済的損失は大きい。女性の就業率を男性並みに引き上げることで、日本のGDPを10数%押し上げる効果があるという民間の試算もあるように、能力も意欲のある女性が社会の中で思う存分活躍できる環境を整備することには、経済的にも大きな意味があることは言うまでもない。

 しかし、そこに根本的な理念が欠けていると、大きな弊害が伴う恐れが出てくる。自民党の日本国憲法改正草案には保守的な家族観や道徳観が数多く書き込まれているように、このままウーマノミクスと安倍政権の保守路線が同時進行で進めば、女性はそうした家族観にそった伝統的な役割を全うしつつ、もう一方で、経済プレーヤーとして男性と伍して競争していかなければならない立場に置かれるようなことになりかねない。それを避けるためには、女性の生き方や家族モデルに多様性を認め、男性の側に対しても
、家事や育児への積極的な関与をサポートする仕組みが必要となるが、これは伝統を理由に選択的夫婦別姓にさえ同意できない現在の安倍政権の伝統的な価値観とは相容れないところがある。

 杉之原氏は、今後、安倍政権のウーマノミクスの本物度を占う試金石となるのが、第三号被保険者制度と配偶者控除制度を廃止できるかどうかだという。これらの専業主婦を優遇する制度は、いずれも導入当時、農村部からの支持に陰りが出てきた自民党が、男性稼ぎ主による標準家庭からの支持を得ようとして打ち出した、場当たり的な選挙対策に過ぎなかった。ところがこれが現在まで思わぬ副作用を持ち続け、女性の社会進出の足枷なってきた。第三号被保険者という特権を享受するために、女性は家庭に縛り付けられ、配偶者控除によって働き方の多様性も奪われている。ここにメスを入れられなければ、安倍政権のウーマノミクスも所詮は掛け声だけの選挙対策であり、イメージ戦略の域を出るものではなかったと断じざるを得ないだろう。

 なぜ日本では女性の社会進出が一向に進まないのか。安倍ウーマノミクスでそれが変わることが期待できるのか。戦後の日本の政治構造が女性政策に与えてきた影響を検証しつつ、安倍ウーマノミクスの本物度を、ゲストの杉之原真子氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
杉之原真子すぎのはら まさこ
フェリス女学院大学国際交流学部准教授
1972年大阪府生まれ。95年東京大学教養学部卒業。97年同大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2014年米コロンビア大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学社会科学研究所助教などを経て15年より現職。共著に『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』。
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