日本が東アジアの貧乏小国に堕ちるのを防ぐための唯一の処方箋はこれだ
小西美術工藝社社長
1960年三重県生まれ。83年埼玉大学理学部卒業。94年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。北海道医療大学基礎教育部助教授、明治学院大学社会学部助教授などを経て2002年より現職。21年より明治学院大学副学長。著書に『生殖技術と親になること 不妊治療と出生前検査がもたらす葛藤』、共著に『文科省/高校 「妊活」教材の嘘』など。
生殖技術については、これまでもさまざまな課題が見え隠れしていた。
第三者の卵子や精子の提供による出生や代理出産はもとより、最近、海外で行われるようになった子宮移植について、日本でも臨床研究が始まろうとしている。これまでも生殖医療によって生まれた子どもの親子関係がどうなるのかや、安全性や倫理面に問題はないのかなどが議論されてきた。また、妊婦の血液だけで胎児の染色体異常をしらべる新型出生前検査は産婦人科以外でも容易に行われるようになっており、障害者排除の優生思想につながる危険性が障害者団体などから問題提起されてきた。
しかし、脳死や安楽死などの死をめぐるテーマと異なり、生殖技術はプライベートな事柄とされ、世論をまきこむ積極的な議論が行われないまま、当事者間で一方的に進められてきたのが現状だ。
そして、ここに来て生殖技術が大きく動く気配を見せている。
菅前政権が少子化対策として看板に掲げた「体外受精の保険適用」が、この4月から始まる。1983年に第1号の体外受精による子どもが生まれて以来、その数は今や年間6万人を超える。生まれてくる子どもの14人に1人が、体外受精によって生まれている計算だ。それでも、これまでは体外受精は自由診療だったため、1回につき30万円から50万円の費用がかかるとされてきたが、それが保険適用となる。
日本医学会はこの2月、これまで高齢出産など限られてきた新型出生前検査の対象を、妊娠したすべての女性たちに拡げる新しい指針を発表した。さらに、2020年12月に成立した生殖医療法には、第三者の精子や卵子で生まれた子どもの親子関係を法的に規定する内容が盛り込まれている。
こうした動きに対して、生殖技術の社会的な課題を30年近く研究してきた明治学院大学社会学部教授の柘植あづみ氏は、体外受精の保険適用が有効な少子化対策になるのかどうかについての議論が不十分であることを指摘した上で、わずか3週間の審議で成立した生殖医療法が、第三者の精子・卵子で生まれた子どもが「出自を知る権利」を認めるかどうかなど「重要なことは何も規定されないまま」であることに強い疑問を呈する。
さらに柘植氏は、最新の著作「生殖技術と親になること」に「不妊治療と出生前検査がもたらす葛藤」という副題を付け、生殖技術が目の前に提示されることで当事者たちの葛藤がいかに大きく複雑になっているかを指摘する。不安と孤独のなかで医療と向き合わざるを得ない現代社会で、子どもが欲しいと望むカップルにとって、生殖技術を自ら望んで主体的に選択しているのかどうかについては、今あらためて立ち止まって考える必要があると、柘植氏は語る。
十分な議論を経ずに生殖技術が普及、拡大していく現状と、市民社会はどう向き合っていくべきなのか。生殖と生殖技術は2020年代が歴史的に大きな分かれ目の年になるのではないかと語る柘植あづみ氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。