医師と製薬会社の利益相反を監視せよ

内科医


1971年静岡県生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。2002年同大学医学研究科博士課程修了。博士(医学)。専門は補完代替療法、統合医療。東京女子医科大学消化器外科非常勤講師、早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構客員准教授などを経て2018年より現職。22年より副病院長、24年より緩和ケアセンター長を兼務。著書に『健康・医療情報の見極め方・向き合い方』、共著に『東洋医学はなぜ効くのか』など。
「ツボ」と呼ばれる部位に鍼を刺したりお灸を据えたりする鍼灸は、本当に効いているのか。効いているとすればなぜ効くのか。
かつては医学の世界ではタブー扱いされてきた東洋医学的な医療が、今、臨床試験によってその効果が徐々に科学的に解明され、西洋医学の世界でも注目を集め始めている。
そもそも東洋医学とは何か。東洋医学とはアジア一帯で行われてきた伝統医学の総称で、鍼灸や漢方薬、ヨガ、アーユルヴェーダ、アロマセラピー等々、その種類は多岐にわたる。厚労省は西洋医学と組み合わせて行う東洋医学的な療法を統合医療と呼んでおり、大学病院でも治療の一環として導入されるなど、西洋医学の世界でもその効果が注目され始めている。
『東洋医学はなぜ効くのか』の著者で、自身も鍼灸の臨床試験を行ってきた島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授の大野智氏は、鍼灸についてはその効果を示す臨床研究が増えてきており、ある程度その効果は実証されつつあるという。
鍼は、信頼性の高い臨床試験である「ランダム化比較試験(RCT=randomized controlled trial)」の件数が増えてきている。米国立医学図書館が運営するPubMedによると、鍼の臨床試験は2000年頃から件数が増え始め、今では世界で毎年約300件が報告されている。医学分野全体の件数が約3~4万件であることからすればまだまだ少ないのが現状だが、それでも西洋医学的な方法で客観的に「効く」ことを証明する報告が増えてきていることは重要だと大野氏は言う。
こうした臨床試験は、仮にそのメカニズムが解明されていなくても、とにかく「効く」ことを証明する科学的な裏付けにはなる。西洋医学は、ウイルスや細菌が悪さをするメカニズムが判明すればそれに合わせた薬を作り、臨床試験で確かめるという順番で進歩してきた。一方、東洋医学は、メカニズムが解明されていなくても臨床試験によって「効果がある」ことだけが証明されてきている状態なので、さらなる臨床試験の積み重ねと、なぜ効くのかというメカニズムの解明が並行して進められている状況だと大野氏は解説する。とはいえ、メカニズムが解明されていなくてもランダム化比較試験によって効果が証明されていれば、それは「効く」と言って差し支えないと、大野氏は言う。
西洋医学は基本的に病変の症状がある部位に働きかけるが、東洋医学は病変の根本原因に働きかける。西洋医学が「病気を診る」と言われるのに対し、東洋医学は「人を診る」と言われる所以だ。
そして、東洋医学において重要なのが「経穴」、いわゆるツボと呼ばれるものとそれを結ぶ「経絡」という概念だ。そもそもツボが何なのかははっきりと解明されているわけではないが、ツボとされる部分には神経が集中している場合が多いと大野氏は言う。例えば、膝下のやや外側にあり、消化器と関連があるとされる「足三里」というツボには、他の場所より多くの神経が集まっていることが分かるなど、ツボの正体も少しずつ医学的に分かってきているという。2008年にはWHO(世界保健機関)が361種のツボに番号をつけ、世界共通の標準経穴として公表するなど、西洋医学の分野でもツボは徐々に市民権を獲得しつつある。
一方、鍼灸が痛みを和らげるメカニズムは一部解明されてきている。ツボに鍼を刺したりお灸をすえたりすると、人間の感覚受容器が刺激を感知する。それが身体をめぐり、人体の「末梢」、「脊髄」、「脳」の3つの場所で作用して、鎮痛効果を生み出すのだという。このように一部のメカニズムは解明されてきたが、それでもまだまだ解明されていないことが多くあるのが現状だ。
大野氏は、鍼灸をはじめとする東洋医学のメカニズムについて、ある時期に仮に全てが解明されたとしても、物理学など他の分野でパラダイムシフトが起こると、今まで説明がついていたものが全く説明できなくなる可能性があることを忘れてはいけないと言う。人間の身体については分からないことがたくさんあるという謙虚な姿勢を持つことが重要だと大野氏は言う。
東洋医学とは何か、鍼灸が効く仕組みはどこまで分かっているのか、東洋医学と西洋医学は共存できるのかなどについて、島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授で医師の大野智氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。