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2025年08月02日公開

参院選が露わにした日本の「新しい階級社会」の現実

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1269回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2025年11月02日23時59分
(あと91日20時間6分)

ゲスト

1959年石川県生まれ。82年東京大学教育学部卒業。88年東京大学大学院博士課程満期退学。博士(社会学)。静岡大学教員、武蔵大学社会学部教授などを経て2013年より現職。著書に『新しい階級社会』、『中流崩壊』など。

著書

概要

 参院選では自民党が大幅に議席を減らし、参政党国民民主党が躍進した。有権者投票行動の背後にはどのような社会構造の変化があったのだろうか。

 そのヒントになる調査を早稲田大学人間科学学術院教授の橋本健二氏が行っている。橋本氏の研究グループは2022年1月から2月にかけて東京、名古屋、大阪の三大都市圏の住民約43,000人に対して大規模な調査を行った。調査が浮き彫りにしたものは、日本に出現した新しい階級社会の下で増え続けるアンダークラスの存在と、安倍政権を支えた新自由主義右翼の自民党離れだった。

 階級とは、同じような経済的状況に置かれ、同じような労働形態や生活水準を持つ人々の集まりのこと。元は資本家階級労働者階級の2つに大別されていたが、現在では労働者階級が正規労働者非正規労働者に分裂し、正規労働者はむしろ社会の中では恵まれた階級に属する立場となった。そして非正規労働者を中心に、橋本氏は自身が「アンダークラス」と名付けた非正規労働者階級が出現しているという。橋本氏の調査によれば、アンダークラスの人々は収入が低いだけでなく、結婚する人の割合が低いことや、幸福感を持つ人の割合が低いことなども明らかになっている。

 さらに橋本氏は、アンダークラスはこれまで政治からも見放されてきたと言う。調査によると、アンダークラスの人々は政治に対して無力感を覚えていて、実際に投票に行かない人の割合も高い。アンダークラスの人々は政治を見捨てているつもりでも、実際は逆で、政治に対して発言せず投票もしないアンダークラスが政治から見捨てられてきたのだと橋本氏は言う。

 橋本氏は同じ調査の中で、政治的な考えについての質問もしている。東京、大阪、名古屋の都市部の住民に限定されるが、そこに住む人々に(1)再分配に前向きか、(2)軍隊を持つことや日米安保体制に賛成か、(3)外国に対して排他的かの3種類の質問をぶつけた上で、似たような答えをした人を集める「クラスター分析」を行ったところ、「リベラル」「伝統保守」「平和主義者」「無関心層」「新自由主義右翼」の5つのクラスターに分かれたという。かつては経済的な階級によって支持政党が決まることが多かったが、今は階級よりもこれら政治的な考えのクラスターの方が、より支持政党の差異に直結するようになっていると橋本氏は指摘する。

 中でも注目されるのが、「新自由主義右翼」クラスターの動静だ。右派のクラスターは「伝統保守」クラスターと「新自由主義右翼」クラスターの2つに分かれ、新自由主義クラスターは数としては全体の10%強と少ないが、「伝統保守」クラスターと「新自由主義右翼」クラスターのどちらもが自衛隊の軍隊化や日米安保の維持には賛成する一方で、両者は再分配に対する考え方が根本的に異なっていた。「伝統保守」クラスターでは「豊かな人の税金を増やしてでも恵まれない人の福祉を充実させるべき」と答えた人が9割弱にものぼったのに対し、「新自由主義右翼」クラスターでそれを支持する人はわずか8%だった。同じ保守でも再分配に対する考え方は水と油といっても良いほど大きな開きが見られた。

 この調査が行われた2022年の段階では、「新自由主義右翼」クラスターの36.7%が自民党を支持していたのに対し、「伝統保守」クラスターの自民党支持者は27.9%にとどまっていた。橋本氏が前回2016年に行った類似の調査では、「新自由主義右翼」の自民党支持が63.2%もあったので、「新自由主義右翼」クラスターの自民党への支持が6年間で確実に下がっていることが見てとれる。2016年は安倍政権の絶頂期で、安倍政権の掲げる政策と「新自由主義右翼」の政策は親和性が高かったが、その後、岸田石破と自民党内ではリベラル派と呼ばれる勢力が推す政権が誕生したため、自民党から「新自由主義右翼」が大量に離反したと見られる。逆に「新自由主義右翼」の主張は今回の参院選で参政党が展開した主張と共通するところが多い。安倍政権下で自民党の岩盤保守層を形成していた「新自由主義右翼」の多くが、参政党に流れたと考えれば、今回の選挙結果と多くの点で符合する。

 安倍政権下で「新自由主義右翼」クラスターを支持基盤として固めた自民党は、それまでの伝統的支持基盤である「伝統保守」クラスターと「新自由主義右翼」クラスターの矛盾を露呈させないことで、大きな岩盤保守層を形成することに成功し、長期政権を築いた。しかし、ここに来て、日本が物価高トランプ関税などに見舞われたことで、経済政策として再配分をすべきかどうかの二択を迫られる事態となった。もともと経済政策では水と油の関係にある両者を共存させることが困難になったと考えられる。

 自民党は再興のためにあらためて「新自由主義右翼」クラスターを取りに行くべきなのかとの質問に対し橋本氏は、元々「新自由主義右翼」クラスターと「伝統保守」クラスターは似て非なるものであり、両者の矛盾が露呈するのは時間の問題だったことを指摘した上で、「新自由主義右翼」クラスターはかつては維新、今回の参院選では参政党の草刈り場となっていることから、自民党がその層の支持を取り戻すのは容易ではないだろうと語る。その上で、自民党は伝統的には再配分を肯定する政党だったことから、これからは「伝統保守」クラスターをしっかり固めていかないと、二兎を追って一兎をも得られなくなるような最悪の事態にもなりかねない。

 いずれにしても新自由主義的な政策の推進によって現在も広がり続ける格差を放置することは、アンダークラスのみならず、全ての階級にとって損失になる。経済的な理由から結婚して家族を形成することが困難なアンダークラスがこのまま増え続ければ、少子化も止まらないだろう。格差が拡大すれば社会の連帯感が損なわれ、人々は相互信頼を失い、ストレスを感じるようになる。国民全体の幸福度が低下してしまうのだ。また、人々の社会活動への参加が減少すれば、社会全体の健康水準が低下し、子どものいじめや犯罪が増加する。さらに特に根拠もなく、外国人に対する排斥感情なども高まる。実際、今の日本の経済には非正規労働者が不可欠な存在になっている。アンダークラスが家族を形成して子どもを育てることが難しいとなると、いま正規労働者の階級にいる人々やその子どもがアンダークラスに転落していくことになるのだと橋本氏は言う。

 英語では「アンダークラス」という呼び方がやや侮蔑的なニュアンスを含むことから、あまり広くは使われていないが、日本でもこれまで非正規雇用労働者が多い「就職氷河期世代」の問題などが指摘されてきた。しかし、呼称は何であれ、この格差の解消に向けた方向に舵を切らなければ、日本の社会がより不安定化し、経済の低迷は続き、政治の漂流も続くことは避けられないだろう。

 新たに出現した現代日本の階級社会はどのような構造になっているのか、今アンダークラスと呼ばれる人たちはどのような状況に置かれているのか、格差を縮小するために政治がすべきことは何かなどについて、早稲田大学人間科学学術院教授の橋本健二氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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