会員登録して完全版を視聴
会員登録して完全版を視聴
2025年08月23日公開

映画『黒川の女たち』から考える戦争と性暴力

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1272回)

完全版視聴について

会員登録して完全版を視聴
完全版視聴期間 2025年11月23日23時59分
(あと92日4時間25分)

ゲスト

映画監督、テレビ朝日ビジネス開発担当部長
その他の放送 (1件)

1966年青森県生まれ。90年東京大学経済学部卒業。91年テレビ朝日入社。政治部・経済部記者、「報道ステーション」ディレクター、同チーフプロデューサー、経済部長などを経て2025年より現職。監督作品に『黒川の女たち』、『ハマのドン』。

概要

 戦争はあらゆる面で人間性を奪う。それは戦争中も。そして戦争が終わった後も。

 戦後80年となるこの夏、日本から満州に渡ったある村の開拓団で起きた衝撃的な事件を描いたドキュメンタリー映画が公開されている。タイトルは『黒川の女たち』。敗戦が濃厚となった1945年8月、日ソ中立条約日ソ不可侵条約)を一方的に破棄して満州に進軍してきたソ連軍に対し、関東軍は民間人を置き去りにしたまま撤退してしまう。残された市民はソ連軍のみならず、日本人に強い恨みを持つ地元の中国人からも容赦ない殺害、略奪、強姦などにさらされることとなった。満州では移住した27万人のうち、8万人が命を落としている。

 岐阜県黒川村から満州に渡った黒川開拓団は、未婚女性を差し出すことでソ連軍の保護を受け、650人余りのうち451人が日本に引き揚げることができた。その時、性接待に駆り出された女性のうち、「なかったことにはできない」との思いを強く持った女性が語り始めたことで、長らく封印されてきた歴史的事実が明らかになってきた。

 日本は1932年、傀儡国家「満州国」を建設し、1936年には「満州農業移民100万戸移住計画」を決定。満州国の開拓を目的に、日本からは主に困窮した農民が移住させられた。1945年の敗戦までに約27万人の日本人が満州に移住したとされる。岐阜県黒川村(現加茂郡白川町)の黒川開拓団もその国策に応じた移住団の1つだった。

 関東軍の撤退でソ連軍と地元民からの攻撃にさらされた開拓団の中には、集団自決の道を選んだ村も数多くあった。しかし、黒川開拓団は生き延びるために、地元住民の襲撃からの護衛をソ連軍に依頼し、見返りとして若い未婚女性15人を性の相手として差し出すことを選択した。当時、17~21歳の未婚女性15人が差し出され、日夜ソ連兵の性接待に応じた。15人のうち性病や発疹チフスで4人が現地で亡くなったという。

 敗戦から1年後、黒川開拓団451人の日本への引き揚げが実現した。ところが日本で、村を守るために自らを性接待に差し出した女性たちを待っていたものは、差別と偏見だった。これから日本で結婚したり、職を得たりしなければならない若い女性たちにとって、性接待の事実はできるだけ隠したいことだったし、女性を差し出すことで自分たちが生き延びたことへのうしろめたい思いを持つ村の人々も、性接待については固く口を閉ざした。そのためこの事実は、長らく封印されてきた。黒川村では誰もが知るこの歴史の事実が、村の外に出ることはなかった。

 1982年には村の神社に「乙女の碑」と刻まれた慰霊碑が建立されたが、そこには性接待の事実に関する説明は一切なかった。

 しかし、その一方で1983年に月刊誌の取材を皮切りに複数のメディアの取材に応じてきた被害者の1人だった佐藤ハルエさん(2024年1月死去)は、実名で性接待の事実を語り、実名が公表されることを望んでいた。メディアの側が佐藤さんの実名も、また性接待の事実についても、「自主的」にこれを隠蔽した。性接待の事実や佐藤さんの実名が表に出れば、他にも被害者だったことが疑われる人が出てしまう。その中には事実を隠したまま結婚し、社会生活を送っている人がいるため、実名での告発は見送られ続けたのだった。

 佐藤ハルエさんと安江善子さん(2016年死去)の証言によって黒川開拓団のソ連兵への性接待という歴史的事実が実名とともに表に出たのは、2013年のことだった。戦争が終わってから68年が経っていた。

 ドキュメンタリー映画『黒川の女たち』は、そのような自らの性被害を証言する女性たちを追ったドキュメンタリー映画だ。監督の松原文枝氏は、「戦争は人間性を失わせる。明日死ぬか、女性を道具にするかという究極の選択を迫るような状況を為政者に作らせてはいけない」と語る。

 黒川村のケースでは、佐藤ハルエさんらの「事実を埋もれさせてはならない」という強い思いがあったからこそ、歴史的な事実が人々の知るところとなった。しかし、犠牲になった女性にとっても、女性を差し出すことで生き延びた人々にとっても、この事実を公表するのが非常に困難な選択であることは容易に想像できる。満州のみならず、日本が侵攻し積極的に住民の移住を進めた地域では、他にも似たような事例が少なからずあった可能性が否定できない。

 黒川開拓団に何が起きたのか、帰国した彼女たちを何が待ち受けていたのか、表には出にくいこの歴史的事実がいかにして公の知るところとなったのかなどについて、映画『黒川の女たち』監督の松原文枝氏と、ジャーナリストの神保哲生、迫田朋子が議論した。

ディスカッション

コメントの閲覧、投稿は会員限定の機能です

月額1100円で過去全ての放送を視聴。
月額550円で最新放送のみ視聴。

毎週の最新放送の視聴、会員限定放送の視聴、コメントの閲覧と入力が可能になります。>入会について