違憲のハンセン病療養所「特別法廷」判決が揺るがす死刑制度の正当性
弁護士、菊池事件弁護団共同代表
1957年東京都生まれ。81年東京大学文学部社会学科卒業。同年、アジア経済研究所入所。専門は開発社会学、イエメン研究。イエメン・アラブ共和国サナア大学客員研究員、海外調査員(ブライトン駐在)などを経て2014年より現職。2011~14年、国際開発学会会長を務める。著書に『開発援助の社会学』、編著に『援助研究入門』など。
「サプライチェーンの人権」と言われても、すぐにはピンと来ない人も多いかもしれない。
日本に住む私たちは今、世界中から集められた原材料でできている商品や製品、食品をコンビニやスーパーマーケットや通販などを通じて、いつでも簡単に、しかも驚くほど安価で、手に入れることができている。サプライチェーンとは、それらの商品や製品が消費者の手元に届くまでの、調達、製造、在庫管理、配送、販売、消費といった一連の流れのことを指している。
そのサプライチェーンにおける人権尊重の促進が、国際社会の主流となっている。これはわれわれがなぜ世界中の商品をこうも安価で手に入れられるのかと密接に関連していることなので、誰もが自分事として受け止めなければならない問題のはずだ。しかし、カタールのサッカーW杯でも、スタジアム建設に関わった労働者の中に大勢の死者が出たことなどが国際的には大きな問題となったが、日本では自国チームの活躍への熱狂ぶりと比べて、この問題に対する反応はいたって鈍かった。
日本で消費される製品や食品が製造されたルートを辿っていくと、原材料の生産や採取、加工や流通の過程で、途上国
の安い労働力に頼っていることが多いことは、多くの人が何となくは知っているだろう。グローバル化した社会のなかで、安い原材料を求め流通等のコストを抑制しようとするのは企業活動としては当然のことでもある。しかし、そのサプライチェーンの多くが、強制労働や児童労働、奴隷のような低賃金による搾取といった人権に関わる様々な課題を抱えていることについては、気づかないか、もしくは気づかないふりをしているというのが現状ではないか。
国際社会に大きな衝撃を与えたのが、2013年にバングラデシュのダッカ郊外にあった8階建てのビルが倒壊し1,100人以上が死亡したラナ・プラザ崩落事故だった。亡くなったのはこのビルで働いていた女性たち。各階ごとに世界的に有名なアパレルブランドの下請け工場が入っていて、低賃金、劣悪な労働環境、そして何より安全性が問題である亀裂が入っているようなビルであったことが明るみになった。安価で最新の流行ファッションを提供するアパレルブランドのサプライチェーンの末端で大きな人権侵害が起きていたのだ。欧米の消費者は抗議の声をあげ、ブランド店の前でデモも起きたが、日本ではそれほど大きな問題とはならなかったと、開発社会学が専門でアジア経済研究所の佐藤寛氏は指摘する。
グローバル企業が網の目のようにサプライチェーンを伸ばしていくなか、国際社会としてのルールづくりもこの10年で大きく動いている。国連は2011年にビジネスと人権に関する指導原則を策定、人権を擁護する国家の責務と企業の責任を明記した。またOECDも多国籍企業行動指針に人権における原則と基準を加えている。
日本政府もようやく今年になって経産省内に検討会を設け、この9月にサプライチェーンの人権問題についてのガイドラインを公表した。そのなかで重視されているのが、「人権デュー・ディリジェンス」という考え方だ。それは自社が扱う製品のサプライチェーンのなかで人権侵害が起きていないかを調べ、その防止・軽減のために取り組み、その結果を公表するというプロセスの実施を、日本で活動するすべての企業に求めるというもの。しかし、現実にはガイドラインをすべて実施する余力がある企業はごく一部で、これまでなかった基準を求められることに対して戸惑いを隠せない企業も多いという。
しかし、国際NGOなどの活動にも詳しい佐藤氏によれば、国際社会ではNGOと連携して人権問題にとりくむグローバル企業も増えているという。この問題は利潤追求が最優先される企業だけにまかせておくのではなく、消費者や投資家が同じ考えのもとに行動することが重要で、国際社会ではすでにそうした土俵で企業活動を繰り広げようとされているなか、日本が乗り遅れていることが懸念される。サプライチェーンの人権を考慮した選択が、消費者にも求められているのではないか、と佐藤氏は指摘する。
40年近く途上国の課題に取り組み国際開発学会の会長も務めた佐藤寛氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。