水道民営化法案とかやってる場合ですか

水ジャーナリスト/アクアスフィア水教育研究所長


1967年群馬県生まれ。90年学習院大学文学部卒業。出版社勤務を経て94年アクアスフィア・水教育研究所を設立し代表に就任。武蔵野大学客員教授、NPO法人地域水道支援センター理事を兼務。著書に『水がなくなる日』、『100年後の水を守る』など。
埼玉県八潮市の道路陥没事故からすでに1カ月半が経った。住民への避難要請や下水道の使用を控える呼びかけは解除されたものの、依然として転落したトラックの運転手は取り残されたままだ。
八潮市の陥没事故は、腐食した下水管に周囲の土砂が取り込まれ、舗装面の下の地中に空洞ができたことが原因とされている。水道管は40年から50年を目安に更新の必要があると言われるが、この下水管は42年前に敷設されたものだった。
八潮市の事故は大きなニュースになったが、実は老朽化した下水管に起因する道路の陥没事故は日本全国で起きており、その数は2022年度だけで2,625件にのぼる。上下水道の老朽化は日本中で進んでいて、国交省によると、2040年には全国約74万kmの上水管の約41%、約49万kmの下水管の約34%で、建設後50年以上が経過する見通しだという。
高度経済成長期以降、日本は上下水道の敷設を急ピッチで進めたことで、日本の上下水道の普及率は他の先進国並の9割を超えるまでに上がっていった。しかし、その後、日本の経済成長が鈍化し、人口増加にもブレーキがかかるようになると、耐用年数を迎えた上下水道管を維持管理し必要に応じて付け替えることが財政的に困難になっている。お金の問題だけではなく、水道行政に関わる職員の数も大幅に不足しているという。
水道事業は基本的には市町村が担い、原則として水道料金で運営されることになっている。しかし多くの自治体が水道料金だけでは賄いきれず、毎年、公費による補填を受けている。そのような中、1kmに1億円以上かかると言われる水道管の更新を進めるのは極めて困難だ。
この状況を打破するために、2018年には水道の民営化を促す水道法の改正が行われた。法改正により、個別の業務を委託する従来の官民連携とは異なり、長期にわたり民間企業に水道事業の運営権を譲渡する「コンセッション方式」が可能になった。民間企業なら効率的に利益を生み出せるとして水道管の老朽化問題に対処できることが期待されたが、これまで自治体が独占してきた水道事業のノウハウを持った民間企業がほとんどないことや、そもそも水道事業には他のサービスを付加して顧客を拡大するという余地がないことなどから人気がなく、現在も民営化は宮城県や浜松市など限られた自治体でしか導入されていない。
しかし、かといってこれまでのやり方で日本中の水道管の更新費用を賄おうとすれば、莫大な費用がかかり、それは水道料金の大幅値上げという形で大きな負担がユーザーにかかってくることが避けられない。
特に人口が大幅に減少した地域の水道管をどうするかという問題が深刻だ。ユーザー数が減ったからといって上下水道を止めるわけにはいかないからだ。しかし、かといって日本中で老朽化した水道管を放置し、陥没事故が日常化するような事態を看過するわけにもいかない。
水ジャーナリストの橋本淳司氏は、生活排水を個々の家庭で処理する合併浄化槽の導入や、地域単位で地下水や井戸水を共有することによって、上下水道に代わる選択肢も検討すべきだと言う。同時に、ドローン技術を用いて水道管の点検を効率化したり、新素材を用いて水道管の中に新たな水道管を作る技術など、水道管の点検・更新に関わる技術革新を進めることで、保守点検や更新コストを削減する努力も必要だ。また、上下水道事業に携わる人々の就労環境を改善することも必要だと橋本氏は指摘する。
八潮市の事故が鳴らしている警鐘とは何なのか。日本の道路の下に張り巡らされた上下水道は今どのような状態になっていて、このままそれを放置すると何が起きるのか。日本はこれから人間の生存に不可欠な水をどうやって確保していくのかなどについて、水ジャーナリストの橋本淳司氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。