ウクライナ戦争の終わらせ方とその後の世界秩序

明海大学外国語学部教授


1943年満州・鞍山生まれ。66年東京大学法学部中退。同年外務省入省。モスクワ大学留学、ハーバード大学国際問題研究所研究員、国際情報局長、イラン大使、防衛大学校人文社会科学群教授などを経て2009年退官。東アジア共同体研究所所長を兼務。著書に『私とスパイの物語』、『戦後史の正体』など。
トランプ大統領が就任直後から連邦政府の職員を大量に解雇している。その数は就任後の1カ月で既に3万人に及び、まだまだ続きそうな気配だ。果たしてこれはトランプが掲げる「常識の革命」なのか、はたまた憲法で規定された大統領権限を遥かに超えた「クーデター」なのか。
トランプ大統領は1月20日の就任以来、国際協調や人種的・性的マイノリティの尊重といったこれまでアメリカが重視してきた理念を「民主党的なもの」として徹底批判し、そうした価値や理念に基づく様々な制度や機関をことごとく縮小・解体している。これをトランプ自身は「常識の革命(the revolution of common sense)」と呼んでいる。
一連の施策の中でも枢要な位置を占めるのが、連邦職員の大量解雇だ。特にここまでは、他国への対外援助や地球温暖化対策、人種的・性的マイノリティの支援、子ども達にリベラルな教育を行うプログラムを支援してきた教育関連省庁や機関などに所属する連邦職員が大量に解雇されたり、早期退職に追い込まれたりしている。要するに「民主党的」な価値や理念に基づいた政策や施策を執行してきた官僚を政府から完全に排除してしまおうというわけだ。
トランプは1月28日、連邦職員に対し、2月6日までに自主退職すれば9月末までの給与を支払うという自主退職案を通知。その結果、連邦職員230万人のうち、7万5,000人が早期退職に応じたという。これは全職員の3%にあたる。さらにトランプは国際開発庁や教育省を廃止し、その他の省庁も大幅に縮小する意思を表明している。トランプ政権の公務員大量解雇はまだまだ続きそうだ。
ワシントンでは公務員の大量解雇に伴い、様々な問題が表面化している。日本の国税庁にあたる内国歳入庁では確定申告シーズン真っただ中に約6,000人が解雇されたことで、既に確定申告業務に遅れが生じている。また鳥インフルエンザの人への感染の報告が相次ぐ中、CDC(疾病管理予防センター)の職員が1,300人解雇されたことで事態への対応が遅れ、再びパンデミックに発展するリスクなどが懸念されている。
また、大量解雇が「民主党的」なリベラル政策を推進する省庁や部署を標的にしていることに加え、バイデン政権下でトランプ自身の訴追に関わった部署や担当者を狙い撃ちにしていたり、政府リストラ計画の指揮を執るイーロン・マスク氏が、自身が経営する会社に有利になるようなリストラを行っている疑いが取り沙汰されるなど、利益相反が問題視されている。
なぜトランプはこのような政府の解体を進めるのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏はその背景に、一般的なアメリカ人、とりわけトランプを支持したレッドステートにおいて、連邦政府やそこで働くエリートたちに対する根強い不信感があると言う。日本に伝わってくる「アメリカ」の情報は、主にニューヨーク、ワシントンなどの東海岸とカリフォルニアなどに偏っている。レッドステートでは元来、トランプが民主党的と呼ぶリベラルな理念や、連邦政府が州に対して多くの権限を行使している現状に対して不満を持つ人が相対的に多い。トランプの連邦政府職員の大量リストラはそうした有権者の支持を意識したものでもあると孫崎氏は指摘する。
トランプによる政府の解体は、今後のアメリカにどのような影響を与えることになるのか。孫崎氏は、アメリカ第一主義と孤立主義を掲げるトランプ政権は、もはや国際社会におけるアメリカのイメージなどどうでもいいと考えていて、アメリカに好意的な国を1つでも増やすために毎年何千億ドル単位の対外援助をする時代は終わったと考えるべきだと言う。曲がりなりにもこれまで西側自由民主主義陣営の盟主としてアメリカが掲げてきた理念や建て前は、もはや存在しなくなったと言うのだ。そして、それは、国力が相対的に低下したアメリカにとっては当然の帰結だったと孫崎氏は指摘する。かつてアメリカが強大だった時は、グローバル化を進めることがアメリカの利益につながっていた。しかし、アメリカが圧倒的な優位性を失った今、グローバル化を進めたりアメリカの対外イメージを好意的なものにしても、アメリカがそれを自国の利益につなげることが難しくなっていると孫崎氏は言う。
しかし、連邦政府の解体はトランプがかねがね主張してきたDrain the Swamp(沼の水を抜く)につながるのだろうか。また、トランプがこれまでワシントンや対ヨーロッパで実行してきた「常識の革命」による政策転換がアジアにまで及ぶ可能性はないのか。そうなった時、それは日本にどのような影響を与えるのかなどについて、元外務省国際情報局長の孫崎享氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。