2014年04月26日公開

オバマの尖閣発言は日本の外交勝利と言えるのか

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ゲスト

1943年満州・鞍山生まれ。1966年東京大学法学部中退。同年外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大学校教授などを歴任の後、09年定年退官。著書に『戦後史の正体』、『アメリカに潰された政治家たち』『日米同盟の正体』など。

著書

概要

 国賓として来日中のオバマ大統領が4月24日の安倍晋三首相との首脳会談の場で、日中間で緊張が高まっている尖閣諸島は日米安全保障条約の適用対象であることを明言したことについて、日本では外交上の大きな成果だったとの評価が広く喧伝されている。
 米政府のそうした立場はこれまでも閣僚レベルでは確認されていたものだが、何と言っても大統領自身がそのことに言及したことに一定の政治的な意味があることは確かかもしれない。
 しかし、この発言を「尖閣でいざ中国が武力に訴えてきた場合、米軍が出動して守ってくれる」という意味で受け止めたとすれば、それは安直に過ぎると言わざるを得ない。
 首脳会談後に安倍首相と並んでのぞんだ記者会見でオバマ氏は「日本の施政下にある領域は、尖閣諸島も含め日米安全保障の適用対象になる」と述べた。また、共同声明にも同様の文言が含まれている。しかし、この文面は実は日米安保条約の5条をそのまま読み上げたに過ぎない。
 日米安保条約の第5条にはこう書かれている。

第5条
 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 (後略)

 今回のオバマ訪日で、アメリカの対東アジア外交がこれまでの日本一辺倒から、より中国に配慮した外交スタンスにシフトしていることが明確になったと指摘する元外務省国際情報局長で外交評論家の孫崎享氏は、特にこの条文の中の「日本の施政権の下にある」の部分「自国の憲法に従って」の二ヵ所の重要性を指摘する。
 尖閣諸島は現在日本が実効支配しており、日本の施政権下にある。だから、現状では他国が尖閣で武力行使をした場合は、この第5条の対象になるのは当然のことだ。しかし、オバマ氏は今回尖閣の領有権については一切言及していない。つまり、アメリカは尖閣が日本の領土であるとの立場は取っていないのだ。ということは、もし中国が軍隊を投入し尖閣の実効支配権を日本から奪ってしまえば、その瞬間に尖閣は中国の施政権下に置かれた領域となる。
 「尖閣は台湾から至近距離にある。実際に中国のあの海域の軍事力を念頭に置くと、そうなる可能性は高い」と孫崎氏は言う。
 また、NATO条約(北大西洋条約)で、同盟内の一国が他国から武力攻撃を受けた場合「直ちに」武力を行使することが明確に謳われていることと比較すると、日米安保条約は米軍の武力行使に「施政権下にあること」という留保条件が課せられていると考えるのが妥当だと孫崎氏は言う。
 また、安保条約5条には、これもまたNATO条約には含まれていない「自国の憲法の規定に従って」の条文がつけられている。それぞれの国が自国の憲法に則って行動するのはある意味では当たり前のことだが、これをあえて武力行使をする条件を定める条項の中で謳ったのは、アメリカ政府は憲法に則り議会の承認を求め、議会が承認をしなければ武力行使は行わないという選択肢、すなわち武力行使をするかしないかについてのフリーハンドを持っておきたい意図があったと読むべきだと孫崎氏は言う。
 今回のオバマ発言はそのような制約が課された安保条約第5条の条文をそのまま確認したもので、そこから半歩たりとも前進したものではない。オバマ氏は「尖閣有事の際には米軍を投入する意思がある」とは言わず「日本の施政下にある領域は、尖閣諸島も含め日米安全保障の適用対象になる」と、あえて安保条約の条文通りの回りくどい表現を用いた。これをコップに半分水があることを確認した発言と見るか、半分は空であることを強調した発言と見るかはそれぞれの判断だろうが、少なくともこの発言を持ってして、尖閣は米軍が守ってくれることが確認されたとするのは、あまりにも日本にとって虫の良すぎる解釈と言わねばならないだろう。
 そもそも日米間では1997年の日米防衛ガイドラインで日本の防衛には自衛隊がPrimary responsibility(主体的責任)を負っていることが明記されている。また、日米の防衛上の役割分担を定めた2005年の「日米同盟:未来のための変革と再編」には、日本の島嶼防衛は日本の自衛隊が当たることも明記されている。つまり、元々実務レベルでは尖閣諸島は日本が自らの手で守ることが前提になっており、大統領が大局的な意味で「安保の対象」と発言したとしても、政治的、あるいは精神的な意味はともかく、実務面ではほとんど影響がないと考えるのが妥当だ。
 結局、大統領発言の有無あるいはその内容に関わらず、尖閣は日本が自力で守らなければならない領域であることが、既に日米間で繰り返し確認されており、自衛隊がそれを守り切れず中国に実効支配を奪われれば、そもそも安保条約の対象でさえなくなってしまうというのが、現在の日米安保の枠組みということになる。
 その意味で、今回のオバマ発言については安倍首相や外務省、そして主要メディアが喧伝しているような手放しの評価は大いに疑問だ。しかし、その一方で、オバマ大統領が首脳会談後の会見で「米国は今もこれからも太平洋国家」であることを明言した上で、「力による現状の変更には反対」の意思を明確に示したことは特筆に値する。これはウクライナ情勢を念頭に置いたロシアに対する警告の意味合いも含まれていたと思われるが、同時に中国に対する警告の意味も明確に含んでいた。尖閣の領有権が日中どちらにあるかについてはあえて言及を避けたオバマ氏ではあったが、現在日本の施政権下にある尖閣を中国が軍事力で奪うことに米国は反対していることが明確に表明されたことの意味は大きい。
 この発言と「安保の適用対象」発言とを併せて聞いた時に、初めてオバマ発言は一定の意味を持っていると解するべきだろう。ただし、繰り返しになるが、今回のオバマ発言が、尖閣はアメリカが守る意思を表明したものではないことだけは、厳しく認識しておく必要があるだろう。
 孫崎氏のインタビューを参照しつつ、オバマ「尖閣」発言の意味とマスメディアの御用報道ぶりについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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