ハリス対トランプはアメリカに何を問うているのか
成蹊大学法学部教授
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トランプ前大統領が起訴された。アメリカ建国以来、元大統領が起訴されるのはこれが初めてのことで、アメリカでは大きな騒ぎとなっている。
何せ、前大統領であると同時に来年の大統領選挙への出馬を表明している次期大統領候補でもある人物が、法の裁きを受けることになったのだ。普通であれば、次期大統領選挙への出馬は取り消されるだろうし、世の中も元大統領が犯罪に関与していた疑いが持たれているという事実を、衝撃や怒りを持って受け止めるところだろう。少なくとも約50年前にニクソンがウォーターゲート事件で辞任に追い込まれた時はそうだった。
しかし、今回はそうなっていない。今回の起訴によってトランプの支持率がむしろ跳ね上がっているのだ。
その原因の一つは、今回の起訴内容が、愛人に支払った口止め料を正しく申告しなかった「事業収支の虚偽申告」という、アメリカ史上初めて元大統領を起訴する罪状としては軽微な印象を与えるものだったことにもあるだろう。そもそも愛人に口止め料を支払うこと自体は犯罪ではない。また、事業収支の虚偽申告というのもニューヨーク州法における「軽罪」(misdemeanor)でしかない。しかし、検察はトランプが大統領に当選した2016年の大統領選直前に行われたこの支払いが、選挙戦を有利に戦うためのものだったとして、この支払いが選挙資金として正しく申告されていないことも併せて違法と認定し、その違法行為を隠匿するために事業収支を虚偽申告した場合は「重罪」(felony)が成立するという、かなりアクロバティックな構成要件を駆使して起訴していた。
しかし罪状が何であっても、訴追を受けることになればトランプの支持が急伸したことに変わりはなかっただろう。それはトランプが起訴、罪状認否を受けた直後の会見で語っているように、自分に対する訴追は「この国の破壊者たち」による陰謀であり、自分とその支持者たちはこのような陰謀とは戦わなければならないという主張が、全米で3割程度はいると見られているトランプの鉄板支持層から受け入れられているからだ。
トランプ元大統領を巡っては、この口止め料疑惑の他にも、2021年1月6日の議会襲撃事件への関与の疑いや、2020年の大統領選挙で自身の得票の水増しを要求した疑惑など3つの嫌疑がかけられているが、仮にそれらの事件で刑事司法のプロセスとしては起訴ができたとしても、恐らく社会への影響という意味では今回と同様になる可能性が高い。つまり、トランプの反対勢力や中立勢力は違法行為の問題を十分に認識していたとしても、彼らはそもそも最初からトランプには投票しない人たちなので、大きな影響はない。しかし、トランプの鉄板支持層の多くはそもそも2020年の選挙結果そのものを不当だったと考えており、いかなる罪状であろうともトランプの訴追は反対勢力による陰謀となる。
今回のトランプ起訴劇を、一国の指導者であった人物さえも法の下には平等に裁かれるという法治主義の貫徹であり、民主主義の逞しさの反映と見るべきなのか。あるいは民主政が進んだ結果、社会がここまで分断されると正義の貫徹さえ困難になるという、民主主義の脆さの反映とみるべきなのか。今後のトランプ裁判と大統領選挙の行方も含め、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。