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2022年02月19日公開

ウクライナで誰も望まない戦争が起きそうな理由と起きなさそうな理由

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1089回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2022年05月19日23時59分
(終了しました)

ゲスト

1972年東京都生まれ。95年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2001年東京大学大学院博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、東京外国語大学大学院地域文化研究科准教授、静岡県立大学国際関係学部准教授などを経て16年より現職。博士(政策・メディア)。著書に『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦』、『ロシア 苦悩する大国、多極化する世界』など。

著書

概要

 バイデン政権のレトリックを見る限り、今日、明日にもロシア軍のウクライナ侵攻が開始されようとしているという。東欧やロシア国内のインテリジェンスが必ずしも強いとは言えない日本では、アメリカの立場を受け売りする報道が主流を占めているようだが、実際に現在のウクライナ国境沿いに展開されているロシア軍は、いつでも軍事侵攻を開始できる布陣と臨戦態勢を敷いていることは間違いないようだ。

 しかし、ロシアの軍事侵攻の可能性について、専門家の見方は大きく分かれている。軍事専門家の多くは、あそこまで部隊を展開しておいて何もないということはあり得ないところまで、事態はエスカレートしているとの見方で一致している。しかし、その一方で、ロシア政治の専門家の中には依然として、軍事侵攻はあり得ないとの見方も根強い。なぜならば、ウクライナへの軍事侵攻はロシアにとっても、そしてウクライナやアメリカにとっても、決して得にはならないからだ。

 ロシアはウクライナがNATOには加盟しないと約束することと、2014年のクリミア半島併合の際にウクライナと結んだミンスク合意の履行などを求めており、それが達成されなければ軍事侵攻も辞さないとの立場を取っている。ミンスク合意には、ウクライナ政府がロシア系人口の多い東部2州に一定の自治権を認める条文があり、ウクライナ政府はミンスク合意はウクライナにとって一方的に不利な条件を強制的に合意させられたものとして、その不履行を宣言している。ミンスク合意が履行され、東部2州の自治権が保証されれば、ウクライナ全体としてNATOに加盟することは困難になるという意味で、NATO加盟とミンスク合意は表裏一体の関係にあると見ることもできる。

 ロシア政治の専門家で慶應義塾大学総合政策学部の廣瀬陽子教授は、仮にウクライナがNATOへの加盟を決定したとしても、加盟のための条件を整えるのに少なくとも10年は要することから、それを理由にロシアが軍事侵攻まですることは考えにくいという。仮にロシアが実際にウクライナに軍事侵攻を行った場合、真の目的はウクライナのNATO加盟阻止ではないとの見方だ。

 万が一ロシアがウクライナに軍事侵攻すれば、ウクライナ軍も応戦することになり、少なくとも数万単位の犠牲者が出ることが予想されている。NATOを含むアメリカの同盟国も、厳しい制裁措置に打って出ることは必至だ。ロシアが国際社会から、2014年のクリミア併合とは比較にならないほどの激しい糾弾を受けることが避けられない。

 ヨーロッパで現在のような緊張状態が続けば、ロシアの主要輸出品である石油や天然ガスの価格が高騰し、ロシアにとっては経済的に大きなメリットがあるとの見方もあるが、いざ武力侵攻ともなればロシアにも多額の戦費が生じるし、何よりもロシアにとっては厳しい制裁が科される。そのコストは石油・天然ガス価格の高騰がもたらすメリットを遙かに凌ぐ可能性が高い。経済的に低迷を続けるロシアにとっては、大きな打撃となるだろう。

 一方、紛争の当事者となるウクライナだが、確かに現在のウクライナでは、NATO加盟を望む声が国民の多数を占める。また、ウクライナがロシアよりもヨーロッパの西側諸国側に傾斜していることも確かだ。

 しかし、現在、ウクライナ国内では喜劇役者出身のゼレンスキー大統領の指導力や能力に疑問符が付けられ、内政は混乱を極めている。国内経済も破綻国家の一歩手前の状態にあるとされている。ロシアとの緊張状態が続けば、一時的には大統領の失政から国民の目を反らす効果は期待できるかもしれないが、いざロシアの侵攻を受け、最悪の場合ロシアの占領下に入るようなことになれば、ゼレンスキーが大統領の地位にとどまることはできないだろう。ロシアとの武力衝突で多数の犠牲者と多額の戦費が発生することも避けられない。ウクライナにとっても、ロシアの脅威を受けている現状の下では、アメリカや西側ヨーロッパ諸国からの支援が期待できるが、いざ戦争となれば、実際のコストは計り知れない。

 ではアメリカはどうか。目下、ロシアが今にも戦争を始めると喧伝しているのは専らアメリカであり、ヨーロッパ諸国の中ではイギリスがアメリカに同調しているが、フランスやドイツは米英とは一線を画した姿勢を見せている。今や石油・天然ガスの世界最大の産出国となったアメリカは、ロシアへの制裁が発動され、ヨーロッパがロシアから天然ガスを買えなくなれば、価格競争力で劣るとされるアメリカの天然ガスの需要が一気に増すことが期待できるかもしれない。

 しかし、そもそもアメリカは外交的には対中国シフトに主眼を移しており、その目もアジアを向いている。今さら東ヨーロッパ情勢に深々とコミットする余裕もないし、その意思も持ち合わせていない。アメリカ国内の世論調査でも無党派層の61%が、ウクライナ情勢に関わるべきではない(CBS世論調査)と答えており、今ウクライナで戦争が起きても、実際にアメリカがどこまで関与できるかは疑問だ。

 ただ、バイデン政権はアフガニスタンでタリバンの復権を予見できなかったために、ベトナム戦争さながらの無様な撤退劇を演じなければならなかったことが国内で批判され、支持率低下を招いた。また、このことが国際的にもアメリカの信用を大きく傷つける結果となった苦い経験から、「ロシアのウクライナ侵攻をみすみす許した」との批判だけは何としても避けたい。また、ウクライナは同盟国ではないが、アメリカはウクライナに2014年以降、15億ドル(約1600億円)もの軍事援助を行ってきている。侵攻を受けたウクライナが簡単にロシア陣営に組み込まれてしまえば、それがすべて無駄になってしまう。

 こうして見ていくと、仮にウクライナとロシアとアメリカを第一義的な当事者と位置づけると、ウクライナで緊張関係が続くことはいずれの当事者にとっても一定のメリットがあるが、いざこれが軍事衝突となると、誰も得をしないように見える。ウクライナのNATO加盟をレッドラインとしているロシアにとっても、ロシアのウクライナ侵攻をレッドラインとしているアメリカにとっても、ウクライナのNATO加盟がロシアの軍事侵攻を招き、実際にロシアが軍事侵攻すればかえってウクライナのNATO加盟を加速させることになるという意味で、どちらも相手のレッドラインを越えないことが、自らのレッドラインを守ることにつながる。米露両国の利害はロシアが軍事侵攻をせず、アメリカも直ちにウクライナをNATOに加えないところで一致することになる。

 しかし、もし本気で軍事侵攻する意思がないとすれば、なぜロシアはここまでリスクを負ってまで大規模な軍事展開を行ったのかが、理解に苦しむ。ロシア軍もいつまでも臨戦態勢を敷いたまま待機し続けることはできないので、ロシアとしては恐らく今月中に攻撃を開始するか、撤退するかの二者択一を迫られる。ここまで手を拡げたロシアが、今さら「手ぶら」で軍を撤収させるシナリオがあり得るのだろうか。

 廣瀬教授はロシアは実際に軍事侵攻をしないでも、既に大きな成果を勝ち取っており、ここで撤退しても決して「手ぶら」で帰ることにはならないと指摘する。今回の大規模な兵力の展開によりロシアは、米中対立にばかり目を奪われている世界に自身の存在感をあらためて見せつけると同時に、ロシアがウクライナのNATO加盟をどれだけ嫌がっているかや、ウクライナ東部州の自治権を認めたミンスク合意に強くこだわっていることなどを国際社会に痛感させることができた。また、世界から忘れかけられていたロシアが、どこまでを自分の勢力圏と捉え、その維持にこだわっているかも、世界に再認識させることができた。その意味では、撤退はロシアにとって決して「手ぶら」ということにはならないと廣瀬氏は語る。

 今にも攻撃するぞとの臨戦態勢を取り、実際にそのような部隊展開まで行うことによって、初めてロシアの目的が達成されるというのだ。しかし、それが非常に危険な賭けであることは言うまでもない。過去の戦争の中には、お互いが相手の真意を読み間違えたことで、必ずしも望んでいなかった戦争に突入した事例が実に多く存在することは歴史が証明している。また、軍と軍が国境を挟んで角を突き合わせている状態が長引けば、ちょっとした事故や間違いから戦闘状態に突入してしまうことも十分にあり得る。

 厄介なのは、ベルリンの壁の崩壊以降、アメリカが当時の約束を破ってNATOを東欧圏まで拡大し続けたことに対するロシアの対米不信と、アメリカの大統領選挙に介入したり、国家ぐるみでサイバー攻撃を展開したあげく、2014年にはクリミア半島を力で併合してしまうロシアに対するアメリカの対露不信が、今回の緊張の背後に根強く残っていることだ。

 机上の理屈では誰の得にもならないからといって甘く見ていると、何が起きてもおかしくないのが、国際政治の常でもある。特に今週末に北京冬季五輪が閉幕してからから2月末までの約1週間は、予断を許さない状態が続くとみていいだろう。

 プーチンはロシア軍を撤収させるのか、それともリスクを承知の上で軍事攻撃に踏み切るのか。世界をその一点に注目させている段階でプーチンの目的は半分以上は達成されているようにも見える。

 今週はロシア情勢に詳しい廣瀬陽子氏を招き、ウクライナを舞台に複雑に絡み合う米露の利害関係を整理した上で、実際に戦争は始まるのか、ロシアとアメリカはどこに落とし所を見ているのか、日本のとるべき行動は何かなどについて、廣瀬氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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