急激すぎる経済成長が韓国にもたらした超競争社会と超少子化から日本が学ぶべきこと

ニッセイ基礎研究所上席研究員、亜細亜大学創造学部特任准教授
1970年ソウル生まれ。94年一橋大学法学部卒業。2003年同大学院法学研究科博士後期課程修了(法学博士)。専門は国際関係史、日韓関係。一橋大学大学院法学研究科研究助手、同専任講師などを経て08年より現職。著書に『「韓流」と「日流」』、『岸政権期のアジア外交』、共著に『韓国文学を旅する60章』など。
前大統領の逮捕、罷免に伴う韓国の大統領選挙の投開票が6月3日に行われ、革新系政党「共に民主党」の前代表、李在明(イ・ジェミョン)氏が新大統領に選出された。
今回の大統領選挙は尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が突如として宣言した「非常戒厳」が裁判所から違法と判断され罷免されたことを受けて行われたものだが、新しい大統領の下で韓国はどう変わっていくのか。また、日韓関係にはどのような影響が出るのか。
2024年12月3日夜、尹大統領(当時)は唐突に非常戒厳を宣言した。その時韓国は非常戒厳が前提としている戦争や大災害などの非常事態に陥っているわけではなかったが、戒厳令の発令を受けて軍が国会や政府機関に動員され、抗議に集まった市民に銃口を向ける事態となった。しかし、軍に包囲された国会に国会議員が駆けつけ、発令から6時間後の翌4日未明、国会で戒厳令解除要求決議案が可決され、非常戒厳は解除となった。とはいえ、もし国会による迅速な宣言の解除がなければ、野党議員や政権を批判する者は軒並み逮捕され、言論機関は軍の統制下に置かれる、「軍政」が復活してもおかしくない状況だった。
国会は12月14日、尹大統領の弾劾決議案を可決し、2025年1月19日、尹大統領は内乱罪の疑いなどで逮捕された。元大統領が逮捕されることは珍しくない韓国でも、現職の大統領が逮捕されたのはこれが初めてだった。その後、韓国の最高裁にあたる大法院は尹大統領の罷免を決定し、2025年6月3日に新しい大統領を選ぶ選挙が行われた。
自身が日韓両国で育ち、韓国の政治や文化に詳しい一橋大学法学部のクォン・ヨンソク准教授は、今回の大統領選挙を「韓国の歴史上最も重要な大統領選挙」と位置づける。クォン氏は戒厳令が出された時、韓国がこれまで苦労して積み上げてきた民主化の歴史がいとも簡単に崩れてしまう恐れがあったと、当時を振り返る。同時にクォン氏は、韓国で戒厳令が出されたことの深刻な意味に日本の人々があまり関心を持っていないように見え、愕然とした思いを持ったとも言う。近年両国の関係は劇的に改善され、特に若者の間では日韓は互いにとても近い存在になっているが、日本人の韓国に対する理解、とりわけその歴史的な苦悩に対する理解は、まだまだその程度なのかも知れない。
新大統領に就任した「共に民主党」前代表の李在明氏は、韓国東南部の慶尚北道の極貧家庭に生まれ、小学校卒業後、少年工として働きながら苦労して大学を卒業し、弁護士資格を取得した上で、市長、知事などを経て大統領にまで登りつめた、いわば「コリアン・ドリーム」の体現者だ。李氏が所属する政党「共に民主党」は国会でも多数を占めていることから、政権は安定した船出となることが予想されている。
韓国は日本による植民地支配に苦しめられた後、朝鮮戦争を経て南北の分裂国家となったが、1961年に朴正煕(パク・チョンヒ)少将がクーデターで軍事政権を発足させて以降、1988年に直接選挙で選ばれた盧泰愚(ノ・テウ)大統領による政権が成立するまでの27年間、軍政の下で市民の権利が抑圧される時代を経験した。だからこそ、今回、自身の政治的な動機に基づく非常戒厳宣言の発令に対する市民の恐怖と反発は根強く、それが野党候補勝利の原動力となった。
クォン氏は李政権の下で韓国はまず停滞する経済問題に取り組むことになるだろうと指摘する。本来は尹前大統領の出身母体でもある検察や検察出身者の暴走が続いていることから検察改革や司法改革にも手を付けたいところだが、広がり続ける貧富の差や高い若者の失業率、その結果としての高い自殺率と世界最低水準の出生率などは新大統領にとって待ったなしの課題となる。
新大統領の下で日韓関係はどう変化するのか。
韓国ギャラップによると、日本人に対して「好感を持つ」と答える韓国人の割合は56%と過去最高の水準で、18歳~29歳の若者に限れば74%とさらに高い。日本でも特に近年では若者の韓国に対する関心は高まっており、実際に韓国に親しみを感じる日本人の割合も全体で56%、18歳~29歳では73%に達している。ついこの間まで嫌韓だの反日だのといった言葉が両国間で飛び交っていたことを考えると、隔世の感がある。
クォン氏はお互いの国や文化に関心を持ちそれを楽しむことは素晴らしいことだが、しかし、それと同時に日本と韓国は互いに学び合うことができる特別な関係にあるべきだと語る。歴史的な問題も含め、両国間の問題と向き合い相互理解によってそれを解決していくことによって、初めて成熟した日韓関係が構築できるはずだとクォン氏は言う。
韓国の政治、経済、そして社会は今どのような状態にあるのか。日本はそれをどのように受け止めるべきなのか。日韓国交正常化から60年を迎える今、われわれはどのような日韓関係を目指していくべきなのかなどについて、一橋大学法学部准教授のクォン・ヨンソク氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。