日本は何のために安保政策を変更するのか
学習院大学法科大学院教授
1973年生まれ。95年国際基督教大学教養学部卒業。2003年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部助教授、成城大学法学部准教授などを経て11年より現職。論文に『武器輸出三原則を考える(信州大学法学論集)』、共編著に『亡国の武器輸出 防衛装備移転三原則は何をもたらすか』など。
日本は武器で稼がなければならないほど落ちぶれた国になるのか。
高市政権は4月21日、武器輸出に関する歯止め規定を撤廃した。「防衛装備移転三原則」とその運用指針を改定し、これまで認めてこなかった殺傷能力のある武器の輸出を可能にしたのだ。
政府は「防衛装備移転三原則」を閣議決定で、その運用指針を国家安全保障会議(NSC)で改定した。「防衛装備移転三原則」は、2014年に安倍政権が策定したものだ。安倍政権は1976年の三木内閣以来日本が堅持してきた武器輸出の全面禁止の方針を転換し、一定の条件のもとで輸出を認める枠組みを導入したが、ただ一点、殺傷能力のある兵器の輸出だけは禁止の対象であり続けた。今回高市政権はその最後の条件をも解除した。長らく武器の輸出を禁止してきた日本にとっては、平和国家を象徴する看板ともいうべきその大方針が、いま大きく転換されたことになる。
日本の武器輸出禁止の歴史は古い。1967年、佐藤栄作首相が「武器輸出三原則」を打ち出し、共産圏や紛争当事国への武器輸出を禁じた。さらに1976年、三木武夫首相が「西側諸国への武器輸出も慎む」方針を示したことで、事実上の全面禁輸体制が確立した。
もっとも、その後は例外が積み重ねられ、徐々に緩和が進んできたのも事実だ。中曽根政権下ではアメリカへの輸出については例外とする方針が設けられたほか、民主党の野田政権では、国際共同開発や平和貢献を目的とする場合の輸出を認める基準が新たに設けられた。
そのような例外が設けられながらも、安倍政権までは「日本は武器を輸出しない国」という平和国家としての看板は掲げ続けてきた。2014年、安倍政権は「武器輸出三原則」に代わり新たに「防衛装備移転三原則」を定め、兵器の中でも「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に該当するものに限って例外的に輸出を認める仕組みが設けられた。しかし、戦闘機やミサイル、軍艦など殺傷能力を持つ兵器の輸出だけは禁止が維持されたが、今回高市政権はその5類型の枠そのものを撤廃し、殺傷兵器の輸出を全面的に解禁した形だ。
もっとも殺傷兵器を除いた兵器の輸出が可能になった2014年以降の10年余、実際に日本が完成した装備品を輸出できたのは、2020年に三菱電機がフィリピンに輸出した警戒管制レーダーの1件だけだった。
今回の殺傷兵器の輸出解禁にあたり高市政権は、防衛産業の成長を大きな目標に掲げている。しかし、防衛ジャーナリストの半田滋氏は、武器輸出が大きな成長戦略になる可能性は低いとの見方を示す。その理由として半田氏は、日本製の兵器は市場価格よりも値段が高い傾向があり、また自衛隊という独自の運用思想に合わせて設計されているため、汎用性に乏しいことを理由に挙げる。結局、自衛隊の中古品を主に発展途上国に買ってもらう程度にとどまるのではないかというのが、半田氏の見立てだ。
1976年、三木政権の宮澤喜一外相は国会で「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したが、今年3月17日の参院予算委員会でこの宮澤発言への感想を求められた高市首相は、「時代が変わった」、武器を輸出することが「落ちぶれたことだとは思わない」と答弁している。
学習院大学の青井未帆教授は、十分な根拠や説明が示されないまま、「時代が変わった」というだけでこれほど大きな方針転換が行われたことは「驚愕だ」と批判する。さらに青井氏は、今回の制度変更では武器の輸出先が日本と協定を結んだ国に限定されている点にも注意が必要だと語る。中国やイスラエルなどを対象外とすることで、日本の対外関係を敵味方に明確に色分けしてしまうことにつながるからだ。
今回の政策方針はその決定プロセスにも問題が多い。青井氏は、もともと武器輸出規制の議論は国会での議論を通じて形成されてきたものなのに、国会での十分な審議もなく、閣議決定や国家安全保障会議(NSC)のみであっさり方針転換が行われたことを問題視する。
問われているのは、日本がどのような平和国家像を掲げるのかだ。日本が作った武器によって人が殺されていいのかという直球の議論が必要だと青井氏は語る。
武器輸出の解禁は本当に日本の防衛産業の成長につながるのか。武器を輸出しない平和国家の看板を下ろしてまで、今ここで武器輸出を始めるメリットがあるのか。武器輸出三原則をなし崩し的に放棄してしまった日本を、次は何が待っているのか。学習院大学法科大学院教授の青井未帆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。