戦後80年の節目に目の前にある戦争のことを考える
国際政治学者、放送大学名誉教授
1959年愛知県生まれ。82年東京大学教養学部卒業。90~92年テヘラン大学留学。95年東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。専門はイラン地域研究、文化論。東京大学助手、明治大学政治経済学部助教授、同准教授などを経て2009年より現職。19~20年テヘラン大学客員。共著に『現代イランの社会と政治』、『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』など。
1965年静岡県生まれ。90年上智大学外国語学部卒業。97年ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了。2007年メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。文教大学准教授などを経て14年より現職。22年~24年、アメリカ学会会長。著書に『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』、共著に『アメリカ政治』など。
そもそも何のためのイラン攻撃なのかが、さっぱりわからなくなってきた。2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃について、トランプ大統領の説明は二転三転し、作戦の最終目的がわからないが故に、終わりも見えなくなっている。
トランプ大統領が当初目指していたはずのイランの体制転換には今のところ失敗しているし、トランプ大統領によると「殲滅させた」はずのイラン軍からの報復攻撃も続いている。しかも、イランがホルムズ海峡の封鎖に出たことで、世界のエネルギー市場に激震が走っている。世界各地の株価相場は軒並み暴落し、為替相場もいよいよ1ドルが160円に届きそうだ。国際原油価格の指標となるWTI原油先物は再び1バレル100ドルに迫っている。エネルギー価格の高騰が長期化すれば、中東からの石油に依存する日本はもとより、世界経済への深刻な影響は避けられない。
それにしても、それだけ大きなリスクを犯してまで断行に踏み切った今回のイラン攻撃の目的が何なのかが誰にもわからないというのは、異常事態としか言いようがないではないか。
とは言え、アメリカ、イスラエルという2つの軍事大国から容赦のないミサイル攻撃や空爆を受けたイランが甚大な被害を受け、現体制が大混乱に陥っていることは間違いなさそうだ。政府による厳しい検閲の下でインターネット接続も不安定な状態が続き、国外からの情報アクセスは大きく制限されているため、現在のイラン国内の状況は外からは極めて見えにくい。ただ、イラン国内にも取材源を持つカタールの衛星テレビ局アルジャジーラによれば、今回の戦闘による死者は3月12日時点でイラン側が1,444人、レバノンで687人に上り、その中には多くの民間人も含まれているとみられる。実際にはその数値を遥かに上回る数の犠牲者や被害者が出ているとの観測もある。
また、今回の攻撃でイランは最高指導者のアリ・ハメネイ師を殺害された。イスラム革命以来、体制の頂点に立つ最高指導者が外部勢力によって殺害されたのは初めてのことであり、イランの政治体制が重大な局面を迎えていることも間違いないだろう。
その後、イランでは宗教指導者らで構成される「専門家会議」が開かれ、ハメネイ師の後継者に次男のモジタバ・ハメネイ師が選出された。しかしモジタバ師はこれまで公職に就いた経験がなく、政治的実績も乏しい人物とされる。イラン地域研究を専門とする明治大学の山岸智子教授は、「モジタバ師にはイスラム法学の権威も政治経験も不足している」と語り、今回の後継者選びが異例の対応となった点を強調する。その上で、「それでもなお彼を3代目の最高指導者に選ばざるを得なかったこと自体が、現在のイランが政治的に追い詰められた状況を示している」と山岸氏は語る。
一方で、今回の軍事行動について、アメリカ側に明確な戦略が存在しているのかについての疑問も浮上している。ルビオ国務長官は3月2日の記者会見で、イスラエルがイランを攻撃する可能性を事前に把握していたことを示唆したうえで、その場合には中東に展開する米軍が攻撃を受ける可能性があったと発言した。この発言は、アメリカが主体的に戦争を計画したというよりも、イスラエルの軍事行動に結果として巻き込まれる形で参戦した可能性を示唆するものとして受け止められている。
さらに、この軍事行動の背景にはアメリカ国内政治の事情も指摘されている。トランプ大統領は、エプスタイン文書をめぐる問題などで支持率の低下に直面しており、対外的な軍事行動によって国内支持の回復を図ろうとしているのではないかという見方だ。
アメリカ政治を専門とする上智大学の前嶋和弘教授は、「今回のイラン攻撃はアメリカ全体の国益というよりも、トランプ大統領が自らの支持基盤である共和党支持者を満足させるために仕掛けた可能性がある」と指摘する。その意味で今回の軍事行動は、アメリカの圧倒的な軍事力を背景にした帝国主義的な行動と見ることもできるという。
イスラエルのネタニヤフ首相も連立を組む対イラン強硬派の保守勢力からの強い圧力に晒されており、今回のイラン攻撃がアメリカやイスラエルの国内政局の産物であるとの見方もある。より厳しい言い方をすれば、トランプ、ネタニヤフという2人の政治家の個人的利益から行われているとの疑いが拭えないのだ。
アメリカとイスラエルはなぜイラン攻撃に踏み切ったのか。イランの現体制はこの攻撃を持ち堪えることができるのか。そして、この戦闘が終結に向かう道筋は見えているのか。イランの地域研究を専門とする明治大学政治経済学部の山岸智子教授と、アメリカ政治を専門とする上智大学総合グローバル学部の前嶋和弘教授にジャーナリストの神保哲生が聞いた。