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2018年12月29日公開

米のオピオイド危機は対岸の火事なのか

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第925回)

完全版視聴について

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完全版視聴期間 2020年01月01日00時00分
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ゲスト

獨協医科大学医学部麻酔科学講座主任教授
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1992年獨協医科大学医学部卒業。98年獨協医科大学大学院卒業。2000年から2002年まで米国ジョンズホプキンス大学留学。02年獨協医科大学医学部麻酔科学講座講師、同大学病院腫瘍センター緩和ケア部門長、同大学麻酔科学講座准教授などを経て12年より現職。編著に『痛み診療におけるオピオイド治療』、『症例で身につくがん疼痛治療薬』など。

著書

概要

 アメリカでは近年希に見る重大な危機が現在進行中だ。オピオイド危機と呼ばれる麻薬問題だ。

 今日、アメリカではオピオイド中毒で毎日115人、年間では5万人もの人々が亡くなっている。死者の数は過去20年で700万人にも及ぶ。最近で言えば、ミュージシャンのプリンスやトム・ペティもオピオイドの過剰摂取が原因で死亡している。3年前にトヨタ自動車の役員を務めるアメリカ人女性が麻薬取締法違反で逮捕されるという事件があったが、彼女が個人輸入しようとしたのもオピオイドだった。

 上記の死者に加え、既に依存症に罹っている患者が少なくとも200万人を越えると見られている。依存性が強いこの薬から独力で抜け出すことはほぼ不可能なことから、オピオイド危機のピークはまだまだまだこれからだとする見方が有力だ。

 今回のオピオイド危機はさまざまな理由から、特にアメリカの白人男性の間で広く蔓延しているという特徴がある。その結果、薬物中毒死は今や自殺や交通事故を抜いて、アメリカ人白人男性の死因のトップに躍り出ている。そのせいもあって、世界中の先進国の平均寿命が軒並み右肩上がりの伸びを見せる中、アメリカの白人男性の平均寿命だけが唯一低落傾向にあるほどだ。

 危機の発端は1996年にパデュー・ファーマという名のコネチカット州の製薬会社が認可を受け販売を開始したオキシコンチンという名の鎮痛薬だった。この薬はモルヒネやヘロインと同様に、人体のオピオイド受容体と結合して体内に取り込まれ、鎮痛作用を発揮する「オピオイド」の一種だが、モルヒネなど既存の鎮痛薬よりも強い効果がある上、その効果が長時間持続するという特徴を持っていた。オキシコンチンは、がんをはじめ様々な痛みを抱える患者が、夜中に傷みで目を覚ますことなく朝までぐっすり眠れるという触れ込みで大々的に売り出され、瞬く間に最も多く処方される鎮痛薬として、全米に広がっていった。

 ところが、オキシコンチンは錠剤表面の特殊なコーティングによって、持続的に有効成分が放出される「徐放性」に特徴があるが、効果が長時間持続するということは、それだけ多くの鎮痛成分、つまり「オピオイド」が含まれていることを意味する。結果的に、医師から処方された容量以上に服用したり、ひいては錠剤を砕いて取り出した麻薬部分を粉末状にして鼻から吸ってみたり、水に溶かして静脈に注射したりすることで、強力な陶酔感を得られることが知られるようになり、麻薬として愛用されるようになっていった。

 アメリカでは過去に何度か麻薬が社会的な問題になったことがある。南北戦争の後、当時何の規制もなかったモルヒネが一般社会に蔓延し、多くの中毒患者を出したことがあった。また、60年~70年代にはベトナム帰還兵を中心に、再びモルヒネ中毒が急増し、ニクソン大統領が「麻薬との戦争」宣言をしたこともあった。また、80年代~90年代にも、クラックと呼ばれるコカインの結晶の蔓延が、大きな社会問題になった。

 しかし、過去にどんなにひどい麻薬問題が起きても、麻薬に起因する年間の死者数が5,000人を超えることはなかった。それが今回は既に5万人を越える死者が出ているというのだ。これを危機と呼ばずに何と呼ぼう。

 トランプ政権は2017年11月26日、オピオイド危機に対する「非常事態宣言」を発し、処方箋を乱発した医師や、違法な取引に関わったディーラーに対する処罰を厳しくするなど、いろいろな手を尽くしてはきている。しかし、必ずしも効果はあがっていないし、死者の増加ペースも一向に衰えを見せないばかりか、むしろ加速している。

 今回の麻薬危機は過去のものと比べても、明らかに別次元の深刻さを抱えていた。それは、危機が処方薬、つまり医師によって正当に処方された薬に起因するものだったからだ。過去の麻薬問題のように原因が違法ドラッグであれば、それを禁止したり、製造元を押さえ込んだりすることができる。しかし、今回は、この薬のおかげで、長年悩まされた疼痛から解放され、平穏な日常生活を取り戻している患者が大勢いる。そのような薬を、乱用する者がいるからといって、違法化したり流通を止めることができないのは当然のことだった。

 一方、日本でもオキシコンチンや他の強力なオピオイドが販売されている。アメリカのこの状況を、日本に住むわれわれは、対岸の火事として眺めていて大丈夫なのだろうか。

 オピオイド問題に詳しい麻酔医の山口重樹・獨協医大教授は、日本では製造メーカーも処方箋を出せる医師も、対象となる症状も、薬を販売する薬局や薬剤師も、いずれも厳しく管理され、何重にもチェックされる仕組みが存在するため、今のところ日本でアメリカのようなオピオイドが乱用され、危機を招くような恐れはないだろうと語る。

 しかし、アメリカでは今、初期にオピオイド危機の主役だった処方薬のオキシコンチンに代わり、中国やメキシコから入ってきたフェンタニルという新たなオピオイドがネット上や闇市場で大量に取引されるようになっている。フェンタニルの効果はモルヒネの50~100倍、ヘロインの25~50倍も強力とされている。仮に処方薬を押さえ込むことに成功していたとしても、いつフェンタニルの闇市場が日本で形成されてもおかしくはないだろう。

 オピオイドはその離脱症状(禁断症状・退薬症状)のあまりの激しさと辛さ故に、一度依存症に陥った患者はどんな手を使ってでも薬を入手しようとする。そのためには、違法な個人輸入はおろか、窃盗や殺人さえも厭わないという状況が、実際にアメリカでは起きている。しかも、その大元の原因は処方薬として正規に流通している薬だ。どれだけ厳しい規制を設けても、容易に闇市場が形成されてしまうのだ。そして最後には、離脱症状の最たるものとしての呼吸困難に襲われ、死亡してしまう。それほどオピオイドは強力であり、その依存症は恐ろしいものだ。

 そこで年内最後となる今週のマル激では、そもそもオピオイドとは何なのか、オピオイドをめぐりアメリカで何が起きているのか、本当に日本は大丈夫なのかなどについて、麻酔医として20年以上オピオイド問題を研究してきた獨協医大の山口教授と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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