2015年1月17日
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美濃加茂市長贈収賄事件
贈賄側有罪が物語るこの事件の異常性

ニュース・コメンタリー(2015年01月17日)

 美濃加茂市の藤井浩人市長をめぐる贈収賄事件で、1月16日、30万円の賄賂を送ったとする贈賄側の会社社長に有罪判決が下ったが、そのこと自体が異例ずくめのこの事件の異常性を、更に際立たせる結果となった。
 名古屋地裁は16日、名古屋市の雨水浄化設備業者「水源」社長の中林正善氏に対し、藤井市長に現金を渡したと証言する中林氏自身の主張を認め、別の融資詐欺事件に関わる詐欺罪などと併せて、懲役4年の実刑判決を下した。
 この事件で収賄側とされる藤井氏に対する判決の言い渡しは3月5日に予定されている。
 常識で考えれば贈賄側が有罪になることは、同じ事件で収賄で起訴されている藤井市長にとっても不利なことのはずだ。しかし、実際はそうではない。そして、正にそれが、この事件の異常さを如実に反映していると言っていいだろう。
 藤井氏に現金を渡したと主張している中林氏が贈賄で有罪になった最大にして唯一の理由は、弁護側がこの事件に関する一切の弁護を放棄したからだ。中林氏は自ら贈賄を自白する一方で、現金の授受を全面否定している藤井市長の証言や、現金を渡したとされる会食に立ち会い、現金の授受はなかったと主張しているT氏の証言など、自らの弁護に有利になる証拠を一切提出しなかった。収賄側となった藤井氏の公判では金銭授受の事実に数々の疑問が浮上していたが、別途行われていた贈賄側の公判では、提出された証拠が自身による犯行の自白だけで、一切の弁護証拠がない以上、裁判所としては有罪判決を書かざるを得なかったことになる。
 そもそもこの贈収賄事件は、中林氏自身が「浄水設備導入のための働きかけの見返りに藤井氏に30万円を渡した」と主張している以外は、他のあらゆる証拠が現金授受の可能性を否定していたといってよかった。特に決定的だったのは、当初、藤井氏と中林氏が2人で会っていたとされていた現金の受け渡し場所となったレストランに、実は立ち会い人がいたことが判明したことだった。領収書の記述などから、問題の会食にはもう一人第三者が立ち会っており、その立ち会い人のT氏が、現金の授受はなかったと法廷で証言したため、裁判では、T氏がレストランで一度も席を離れなかったかどうかが最大の争点となるという、一自治体の首長の贈収賄事件の裁判としては異例を通り越して、異常としか形容のしようのないものとなっていた。
 そしてこの事件の異常性を理解する上での重要なカギは、中林氏がなぜ自らの弁護に有利になる証拠をことごとく無視し、あえて有罪判決を甘受したのかだった。
 藤井市長の主任弁護人を務める郷原信郎弁護士は、藤井氏にカネを渡したとする中林氏の証言自体を全く信用に値しないものと一蹴する。なぜならばその証言は、中林氏が3億7800万円にも上る融資詐欺の取り調べの中で、唐突に出てきたものだったからだ。そして、中林氏の嘘の証言に検察が騙された可能性が高いと指摘する。
 この事件はそもそも金銭の授受を裏付ける客観的な証拠が皆無な上に、収賄側は現金の授受を全否定し、その場に立ち会った第三者までが、現金の受け渡しはなかったと断言していた。唯一の証拠と言えるものが、贈賄側の「現金を渡した」とする証言であり、その証言の主は融資詐欺で逮捕され、既に3億円を超える犯行を自供している身だった。その取り調べの最中に突如出てきたのが、この贈収賄事件だった。
 しかし、仮に中林氏に騙されたとしても、あまりにも証拠が希薄すぎる。なぜ愛知県警や名古屋地検は、ここまで証拠が希薄な事件で、現職の市長の逮捕、起訴にまで踏み切ったのだろうか。日本最年少市長として全国にも知られ、美濃加茂市でも絶大な人気を誇る藤井市長は、中林氏の証言一つで現職市長のまま逮捕、起訴され、62日間も勾留されている。
 元特捜検事の経験を持ち、検察の行動原理を肌で知る郷原氏は、どんなに巨額な融資詐欺よりも汚職の摘発が高く評価される検察の特殊な価値基準が、検察の判断を狂わせたのではないかと指摘する。そして検察は中林氏の融資詐欺の訴追を大目に見ることの引き替えに、収賄での藤井氏の立件への協力を求めたのではないかというのが、郷原氏の見立てだ。
 実際、藤井氏が逮捕された時点で、中林氏は既に金融機関を相手に3億7800万円分の融資詐欺を働いていることを自白していたにもかかわらず、融資詐欺については2100万円分しか起訴されていなかった。その後、中林氏と検察との裏取引を疑った郷原氏ら藤井氏の弁護団が、既に中林氏自身が自白していた融資詐欺事件を相次いで告発をしたため、検察は泣く泣くその分も追起訴をせざるを得なくなっていた。融資詐欺では自白をしているにもかかわらずそのほんの一部でしか起訴されず、その一方で、贈賄については全面的に罪を認めている点も実に不可解だ。
 裁判ばかりは判決が出るまで予断を許さない。しかし、仮に藤井氏の無罪が確定した場合、正当な民主的プロセスを経て市民から選ばれた現職市長をこれだけの脆弱な証拠で逮捕、起訴し、62日間勾留した上で、高圧的な取り調べで市長に自白を迫ったことの警察と検察の責任は重く問われなければならない。警察や検察が暴走し制御不能に陥った時、それをチェックする有効な仕組みが、国家賠償訴訟以外に必ずしも存在しない現在の仕組みについては、再考が必要だろう。
 美濃加茂市長贈収賄事件を取材してきたジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、贈賄側有罪判決が露わにしたこの事件の異常性と、逮捕権や公訴権といった絶大な権限を持ちながら十分な監督機能が用意されていない現在の刑事司法の問題点を議論した。

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