2015年3月7日
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美濃加茂市長収賄事件
無罪判決で露呈した杜撰な捜査

ニュース・コメンタリ―

 業者から30万円の収賄容疑に問われていた美濃加茂市の藤井浩人市長に3月5日、無罪判決が下された。職務権限や請託の事実を問われるまでもなく、現金の授受自体が否定される検察の完全敗訴だった。
 この事件は客観的な証拠が何一つ提示されないばかりか、告発者となった贈賄側の会社社長が、4億近い融資詐欺の常習者であることを自白するなど、現職の市長を逮捕・起訴した事件としては常識では考えられないほどの検察の証拠能力の低さに、驚きの声があがっていた。
 裁判所は金銭の授受を証明する客観的な証拠が何一つなく、贈賄側の会社社長の供述も不可解な変遷を繰り返したことを指摘した上で、現金の授受には合理的な疑いがあると、検察の主張を一顧だにしない厳しい判断を下した。
 そもそもこの事件では何が問題だったのか。検察は詐欺の常習者に騙されたのか、それとも汚職を告発することで手柄をあげたい検察が判断を誤ったのか。主張を全面的に否定されたにもかかわらず、検察が控訴をした場合、どのような影響が予想されるかのか。
 発生当初からこの事件を取材してきたジャーナリストの神保哲生と、憲法学者の木村草太首都大准教授が、万に一つの可能性もないと言われる汚職事件の無罪判決の意味を議論した。

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