2014年2月1日
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人類は10万年先の未来に責任を持てるか

 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金。今回の5金はマル激本編でNHK問題を扱ったため、特別にNコメで映画特集をお送りします。

 今回紹介する映画はドキュメンタリー映画『10万年後の安全』(マイケル・マドセン監督。原題Into Eternity)。フィンランドのオルキルオトに世界で初めて建設されることになった、高レベル放射性廃棄物の地層処分を行う最終処分場「オンカロ」に、淡々とカメラを向けたドキュメンタリーの秀作だ。

 隠れ家を意味するオンカロは、原発から出る核のゴミを埋めるために、岩盤を地下400メートル以深まで削って作った巨大な洞窟だ。フィンランドが持つすべての使用済み核燃料を埋め終えた後、最終的にその入口に完全に蓋をして、地上からはその存在が全く見えないようにしてしまうことで、少なくとも表面上は永遠に地球上から葬ってしまおうという。
しかし、今なお科学者たちを悩ませている問題がある。それは10万年後地球がどうなっているかは、どんなに進んだ科学をもってしても予想ができないことだ。核廃棄物はプルトニウムの半減期が2万4千年。10万年たつとプルトニウムの放射線量が当初の約16分の1程度に下がるという。しかし、それにしてもまだ16分の1だ。ウラン238にいたっては、半減期が地球の年齢とほぼ同じ45億年だ。
何らかの理由でオンカロが再び掘り返されるようなことになった時、それが今より進んだ科学技術を持つ生物の手で行われるという保証はどこにもない。地球温暖化が進み、人類は滅亡しているかもしれない。あるいは、再び地球に氷河期が訪れ、地球上の生物のほとんどが絶滅してしまうかもしれない。今から10万年前というと、ネアンデルタール人の時代だ。10万年後、あるいはそれよりさらに遠い未来に、より原始的な生物が何らかの理由でオンカロを掘り起こした場合、いかにして彼らにその危険性を伝えるかは、もはやどこの国の言葉で警告文を書けばいいかといったレベルの問題では済まされない。
核のゴミの捨て場がないまま運転を続けてきた原発が、トイレのないマンションと言われて久しい。そうした中でフィンランドが初めてトイレを作ることができた。しかし、いざトイレを作ってみてわかったことは単なるトイレ、つまり捨て場を作ればいいというような簡単な話ではなかったということだった。
果たしてわれわれは今、そうしたことを念頭に置いた上で原発の是非を考えているだろうか。それだけの責任を担う覚悟が、われわれにあるか。10万年後の地球上に生きる生物に対する責任を問うドキュメンタリーを題材に、マル激本編にゲスト出演した元NHKプロデューサーの永田浩三武蔵大学教授とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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