2022年04月30日公開

5金スペシャル映画特集

「森のムラブリ」に見る人間のモラルの根源と他者を恐れる習性

マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1099回)

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ゲスト

言語学者、横浜市立大学客員研究員

1986年島根県生まれ。2010年富山大学人文学部卒業。16年京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、富山国際大学現代社会学部講師、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員などを経て、20年より独立研究に入る。ドキュメンタリー映画『森のムラブリ』では主演、現地コーディネーター、字幕翻訳を担当。

概要

 月の5回目の金曜日に普段のマル激とはひと味違う特別な企画をお送りする5金スペシャル。今回は『森のムラブリ』、『アネット』、『ベルファスト』の3本の映画を取り上げた。

 1本目はタイラオスの国境沿いで狩猟採集生活を送りながら、他の部族との接触を避けてひっそりと暮らす遊動民ムラブリ族を取り上げた出色のドキュメンタリー映画『森のムラブリ』。

 ムラブリ族は世界に400人ほどしかいない超のつく少数民族で、1930年代にオーストリア人人類学者のフーゴー・ベルナツィークが初めて接触に成功して以来、その存在自体は西洋でも知られてきた。タイ国境側では今、約400人のムラブリがタイ政府の庇護の下で定住生活を送っているが、ごく少数が残っていると考えられているラオス側のムラブリ族の実態は未知のままだった。

 現地を調査中に偶然、運命的な出会いを果たした同作品監督の金子遊と言語学者の伊藤雄馬は、ラオス側で今も昔ながらのノマド生活を送っているとされる十数名のムラブリを探しに、伊藤の案内でタイ国境を越えて、ラオスの森の中へ入っていく。そこで2人は山奥からたまたま下りてきたムラブリの一人と偶然出くわしたところから物語が始まる。

 このドキュメンタリーでは世界で初めて、ラオス国内で今もノマド(遊動民)として狩猟採集生活を送るムラブリと接触しその暮らしぶりの撮影に成功している。国際的にも、また歴史的にも画期的な作品と言っていいだろう。その映像そのものや、そこに描かれているムラブリ族の人々の暮らしぶり、ムラブリ語を習得した伊藤とムラブリ族の人々との間で交わされる会話の一つひとつには自然と引き込まれるものがあるが、中でも一番驚かされたのが、ノマド生活を送るムラブリが3つの村に分かれて暮らしていて、その3者はお互いのことを「入れ墨をした人食い族」や「人殺し」などと考え、恐怖の対象として、ずっと接触を避けてきたことだった。

 そして映画の中で伊藤は、これまで接触がなく、相手を恐れていた3つのムラブリ族の人々を互いに引き合わせ、その通訳を買って出る。同じムラブリ族でもお互いに接触がなかったため、言葉は微妙に異なっていて、通訳なしではコミュニケーションを取ることが難しいことがわかったからだ。同じ種族ながらこれまで人食い族として恐れ、接触を避けてきた別のムラブリ族と初めて会った時、彼らは意外なまでに積極的、かつ友好的に振る舞ったと伊藤は言う。実際に会って話してみた他のムラブリは、少なくとも恐怖の対象となるような人々ではなかった。

 文字を持たないムラブリだが、それでも彼らの中には「嘘をつかない」、「物を盗まない」、「人を殺さない」などの戒律が厳然と存在することもわかったと伊藤は言う。

 森で自然に生えている芋を掘り、木の実を取り、小動物を捕まえて食べて生きているムラブリが、なぜ他の部族を恐怖の対象と見たり、われわれが「モラル」や「倫理」と考えるような規範を持つようになったのか。文字を持たず、目の前にあるものを食べて生きている彼らの思考は、物へのこだわりや将来不安で雁字搦めになっているわれわれの思考とどう違っているのか。繰り返し現地に通いつめることで、ムラブリ語をマスターし、ムラブリ語の辞書を作りたいというまで現地に溶け込んだ異色の言語学者伊藤雄馬と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司がムラブリから学ぶ人間にとっての本質的な価値について議論した。

 その他、今回は、レオス・カラックス監督の話題作『アネット』とケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』の2作品(いずれも現在劇場公開中)を取り上げた。

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