2005年10月28日
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誰が何のために何の罪でフセインを裁いているのか

大野元裕氏 (中東調査会上席研究員)
マル激トーク・オン・ディマンド 第240回

 イラクのフセイン前大統領の人道に対する罪を裁く特別法廷の公判が始まった。この裁判は旧独裁体制の象徴を裁くことによって、新しいイラクの政権に正当性を与える重要なステップになるものと見られている。
 しかし、中東地域の専門家でイラクなど中東5カ国で外務省専門調査員や書記官を務めた大野氏は、フセイン氏の処刑を性急に行えば、イラク国民には正当性を欠いた裁判として受け取られ、かえってフセイン氏を英雄化してしまう危険性があると指摘する。
 もともと民族的・宗派的なまとまりに欠けるイラクを、強権と石油の富の飴と鞭で統一してきたフセイン政権下では、よくも悪しくも一定の秩序と正当性が保たれていた。しかし、戦争後のイラクにはそのいずれもが欠けていると大野氏は言う。
 イラク国民の目にはこの裁判はどう映っているのか。フセインを処刑することでイラクの民主化は本当にアメリカの目論み通りに進むのか。フセイン亡き後のイラクは国家としてのまとめりを維持していけるのか。勝者が敗者を裁く東京裁判を経験した日本人の目線から、この裁判の意味するところか何なのかを考えてみた。

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