2006年5月13日
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Googleの何がそんなにすごくて何が危ないのか

森健氏 (ジャーナリスト)
マル激トーク・オン・ディマンド 第267回

 巷ではグーグル本が売れている。その大半が、グーグルのすごさやグーグルの便利さを紹介する礼賛本だ。日本ではまだその力が十分に認識されていないかもしれないが、確かに世界市場に目をやると、グーグルの一人勝ちになっている。欧米市場では、かつて検索サイトの代名詞にもなっていたヤフーをとうに抜き去り、グーグルのシェアはユーザー数は5倍以上にのぼるところも珍しくない。(ただし、日本市場は世界の中でも例外で、ヤフー6に対してグーグルユーザーはまだ4程度)。どうやら以前丸激に登場した際に東大の西垣通教授が予告した「自由競争は最後には一人の勝者に収斂する」事態が、世界規模で確実に起こりつつあるかのようにも見える。
 確かにグーグルの検索エンジンの性能、そしてそれを支える技術と膨大な数のサーバーは、他の検索エンジンを圧倒するだけのものがあると専門家は口を揃えて賞賛する。また、単なる検索サイトから、広告、ニュース検索など多様なサービスへと移行していくスピードも、類を見ない。グーグルのビジネスとしての優位性には疑いの余地は無いようだ。
 ユーザー数の拡大にともない、グーグルの影響力も急激に高まっている。今やグーグルで上位表示されるかどうかがネットビジネスの成否を決すると言っても決して過言ではないほど、グーグルはネット界の覇者としての地位を確保しつつある。
 しかしその一方で、グーグル自身はその影響力や、影響力に伴う社会的責任を必ずしも認識できていないとの指摘もある。不明瞭な基準による安易な削除要請への対応などはその最たるものだろう。グーグルに不適切の烙印を押され、検索サイトから削除されることは、ネット上から抹殺されることを意味する。いまやグーグルの判断が、実社会における裁判所のそれを上回りかねない事態も起きている。また、グーグルの恐らく無自覚な行動によって、本来より多くの人に市場参入の機会を与えてくれるはずだったインターネットが、SEO(検索エンジン最適化)や検索サイトのチェックの人員を投入することができる大企業や金持ち企業によって席巻される傾向もより顕著になってきている。よくも悪くもグーグルがインターネットの性格を変えようとしていることだけは間違いない。
 そこで今日は長くグーグルを取材してきたジャーナリストの森健氏とともに、グーグルの何がそんなにすごいのか、グーグルは私たちとインターネットの関係どう変えようとしているのか、そこに死角や懸念材料はないのかなど、グーグルを中心とするインターネットの新しい秩序について考えた。

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