2006年7月14日
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シリーズ『小泉政治の総決算』 その1
われわれは歴史を正しく語り継いでいるか

江川達也氏(漫画家)
マル激トーク・オン・ディマンド 第276回

小泉政治とは何だったのかを問う「小泉政治の総決算」。シリーズ第一回目の今回は、靖国参拝問題で問われる歴史認識を取り上げた。
 ゲストは漫画家にして日露戦争物語などの歴史漫画を精力的に手がけている江川達也氏。
 江川氏は小泉政権の最大の功績は「北朝鮮に拉致の事実を認めさせたこと」と言い切る。その理由は「そのことで戦後日本の言論を支配してきた左(ひだり)が総崩れとなり、より正確で公正な歴史認識が可能になった。その一点をもってして小泉政治の功績を大とする」というものだ。
 江川氏は、現在もまだ執筆を続けている『日露戦争物語』の創作のために、アヘン戦争以降の史実を忠実に検証してみたところ、いかに戦後日本の歴史認識が欺瞞に満ちたものだったかがよくわかったと言う。日本人はアメリカや一部の「進歩的言論人」によって、一つのフィクションに過ぎない物語を、それがあたかも客観的史実であるかのように強要されてきたというのだ。そして、現在の靖国参拝をめぐる論争も所詮はそうしたフィクションのぶつかり合いに過ぎないと言って憚らない。
 江川氏の主張は概ねこうなる。戦前の日本が本当に目指していたものは、西郷隆盛などの流れを汲む大アジア主義だった。日本がアジア諸国と力を合わせて欧米列強の植民地化に対抗するというものだ。
 しかし、一部の軍部の暴走と欧米列強の巧みな外交戦術に乗せられた結果対中戦争が泥沼化し、その政策は次第に正統性を失っていった。そして戦争に負けた結果、日本が行ったことは単なる侵略戦争であり、その全てが間違っていたというフィクションを日本は受け入れざるを得なくなった。更にそのフィクションに積極的に乗っかることが得になる言論人が登場し、そのフィクションがあたかも史実となってしまった、と。
 しかし、仮にそれがフィクションであったとしても、日本はサンフランシスコ講和条約でその物語を受け入れ、連合国側と「手打ち」をしたことで、戦後の再スタートを切ることが可能になったこともまぎれもない事実だ。今更「あれはフィクションだ。真に受ける必要はない」という主張が、果たして国際的に通用するだろうか。また、今になって日本がそのようなことを言い出せば、国際的な不信を買うことは避けられないのではないだろうか。
 そうした疑問に対して、江川氏は歴史を語り継いでいくことの重要性を説く。問題の本質は総理が靖国に参拝することの是非ではなく、日本がやってきたことの過ちは過ちとして認める一方で、その根底にどのような思想があり、どのような思想に基づいて日本が戦前のような政策をとったかについて、正しい認識を持つと同時に、それをいろいろな形で語り継いでいくことが必要なのではないかと問いかけるのだ。
 果たして戦後日本でわれわれの多くが信じ込んできた歴史認識は、本当に歪められたものなのだろうか。そもそも歴史認識とはどのように作られるのか。歴史はどのように語り継いでいくべきものなのか。小泉首相の靖国参拝に端を発する歴史認識問題を、江川氏とともにいろいろな角度から考えてみた。

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