2014年5月24日
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これでは取り調べの可視化が進むわけがない

周防正行氏(映画監督)
マル激トーク・オン・ディマンド 第684回

 海外から「中世」とまで揶揄される日本の刑事司法制度の改革が、遅々として進みそうにない。
 検察の無理な捜査や人権を無視した長期の勾留が指摘された遠隔操作ウイルス事件は、被告の全面自供によって、事件そのものは全く新たな段階に入っている。しかし、今回のように警察や検察が白羽の矢を立てた被疑者が結果的に真犯人だったとしても、不当な刑事手続きが許されるわけではない。仮に今回は警察・検察の見立てが当っていたとしても、次はその見立てが間違っているかもしれない。そして、問題のある捜査によって無実の人間が犯人に仕立て上げられる危険性があることに全く変わりはない。
 日本の刑事制度が「中世」とまで批判されるのは、端的に言えば冤罪を防ぐためのチェック機能が余りに弱いからだ。起訴前の23日間の長期勾留とその間代用監獄という劣悪な環境下に置かれての時間無制限の取り調べ。弁護士も立ち会えず録音・録画もされていない密室の取り調べでは、被疑者が実際に話した内容と大きく異なる供述調書が作成され、それにサインを求められる。サインをすれば釈放されるが、しなければずっと勾留が続くという人質司法だ。そしてその間マスメディアを通じた捜査情報や嘘情報のリーク等々によって、既に被疑者の社会的な地位や信用は地に墜ちる。本来であれば被疑者に有利な証言をしてくれるはずの証人たちも、被疑者を犯人扱いするリーク報道を見て次々と証言を翻してしまう。
 そして、ごく希に、それでも被疑者が無実を訴え続ける気力を持ち続けることができた場合、起訴前の23日間勾留が終わった後も証拠隠滅の恐れがあるなどの理由で勾留され続け、しかも裁判では起訴された事件の99.98%が有罪になるという現実が待っている。下手に無実を訴え続けると、反省が見られないなどの理由で刑罰がより重くなるなど、一旦日本の刑事司法制度の標的になると、実際に犯行を行っていてもいなくても、罪を認めてしまった方が遙かに被疑者にメリットがあるというあり得ないような人権を無視した制度がまかり通っている。そして、このような制度の欠陥をあざ笑うかのように、特に近年になって冤罪事件が相次いでいるという現実がある。
 ところが、この刑事制度を何とかしなければとの理由で組織された有識者会議『法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会』では、実質的な改革の議論が遅々として進んでいない。先月部会の事務局を務める法務省から出された「試案」によると、刑事事件全体の2%程度に過ぎない裁判員裁判事件のみを録音録画の対象とし、しかも検察官の判断でいつでも録画を中止できるなどという、常識外れの提案が真剣に議論されているという。そもそもこの特別部会は、現厚労事務次官の村木厚子氏を誤って起訴した郵便不正事件で、事件を担当した大阪地検特捜部の検事が証拠をねつ造して逮捕・起訴されるという衝撃的な事件を受けて、刑事司法制度を根本から改革する必要があるとの認識の下に設置されたものだった。
 しかし、その特別部会は、委員25人中、17人が法曹・法務関係者からなり、実際の委員ではないものの会議に出席している「幹事」や「関係官」なる役職まで含めると総勢42人のうち31人が法曹・法務関係者、さらに警察関係者も含めると35人を占めるという、いわば法曹ムラの住人が圧倒的多数を占めているものだ。中でも特に警察関係者や検察関係者が多いため、可視化や証拠開示によって実際に影響を受けることになる利害当事者自身が、新しいルールの決定に関与し、それを主導するという、あり得ないような利益相反に陥っているのだ。
 法曹界の部外者という圧倒的少数派の一人として特別部会の委員を務める映画監督の周防正行氏は、痴漢えん罪事件を描いた2007年の映画「それでもボクはやってない」で、日本の刑事司法制度の常軌を逸した後進性や閉鎖性を厳しくあぶり出している。その周防氏や同じく特別部会の委員を務める村木厚子氏ら5人が、取り調べの可視化などを求めて意見書を提出しているが、如何せん特別部会内では法曹界や法曹出身者、警察・検察関係者らが圧倒的多数を占めているため、現在の捜査手法や考え方を変えることに消極的な議論しか出てこないと周防氏は言う。
 捜査当局が独占している関係証拠の全面開示に関しても、周防氏は「部会では『事前に被告人に証拠を全面開示すると、全てに矛盾のない言い訳をするからダメだ』という信じがたい理由で却下された」という。常識的に考えると全ての証拠に矛盾のない供述が出来れば、それはイコール無実の証明になるはずだが、日本の刑事司法においてはそのような常識は通用しない。周防氏によると、そもそも現在の刑事司法制度に問題があるという認識がない人たちが有識者会議の多数を占めているため、とてもではないが実効性のある改革案が出てくることが期待できる状況にはないという。
 これまで日本では、近代司法の大前提である推定無罪の原則が確立されておらず、「疑わしきは罰せよ」という推定有罪の前提で刑事司法が運用されてきたと言っていいだろう。しかしこれは、「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜を罰するなかれ」ではなく、「100人の真犯人を罰せれば1人の無辜を罰するくらいはやむを得ない」という考えをわれわれ自身が受け入れてきたことになる。周防氏は、正に法曹界の刑事関係者はそう考えているようだと言うが、それをわれわれ市民やマスメディアも容認してきたことは否めない。実際に周防氏は今回の特別部会の関係者から「それは分かりますが、それでも真犯人は逃すことは出来ないんです」との言葉を返されたことがあると証言する。
 周防氏は警察・検察がこれまでの捜査の方法を変えたくないがために、可視化や証拠開示に反対しているとの見方を示すが、逆の見方をすれば新しい捜査方法を取り入れようとしないために、いつまで経っても可視化が進まないということも言える。
 民主主義制度のもとでは、刑事事件の捜査こそが統治権力における暴力的な権力が最も顕著に現れる場となる。そこで統治権力の横暴を自在に許しているということは、われわれ日本人がいかに統治権力の暴走リスクに無頓着であるかの証左と言っても過言ではない。そして、このことは刑事司法にとどまらず、他の分野でもわれわれが基本的人権をどう守り、統治権力をいかにして監視しているかの反映となる。言わずもがなだが、社会にとって警察や司法制度がきちんと機能することが重要だからこそ、公正な制度を構築する必要があるのだ。
 これだけ問題が表面化していながら、なぜ日本の刑事制度改革は進まないのか。その結果、われわれの社会はどのような影響を受けているのかなどを、ゲストの周防正行氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
周防 正行すお まさゆき
(映画監督)
1956年東京都生まれ。81年立教大学文学部卒業。84年『変態家族 兄貴の嫁さん』で監督デビュー。93年映画制作会社アルタミラピクチャーズ設立。2011年より法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会委員。主な監督作品に『シコふんじゃった。』、『Shall we ダンス?』、『それでもボクはやってない』、『終の信託』など。  
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