現行の法制度では国民は政治資金の流れを監視できない
今回のディスクロージャー&ディスカバリーでは、地方議会による観光旅行まがいの海外視察の実態と、それを監視し正していくために情報公開に加えて何が必要になるかを考えた。
番組が取り上げたのは、福岡県議会の2023年度の海外視察問題だ。
この年、福岡県議会の議員らによるハワイ、スイス、ベトナムなどへの海外視察が11回実施され、総額は約1億4100万円にのぼった。そしてその契約の多くが公開入札ではない随意契約で行われていた。一つひとつの視察では、契約時にはルール上認められている1回100万円以下の契約となっていたが、その後の契約変更によって、最終的には支出額が10倍にも膨らむケースが相次いでいた。
さらに、驚かされたのは福岡県議会の場合、海外視察の成果を示す報告書の作成が義務づけられていないことだった。これでは税金を使って海外に観光旅行をしておいて、それが住民に何をもたらしたのかが住民からはまったく見えないなどということが許されてしまう。議員特権を悪用した単なる観光旅行だったのではないかとの疑いが拭えないのは当然だ。
こうした問題に対して、情報公開制度はどこまで機能しているのか。結論から言えば、情報公開は問題の尻尾を掴むための「入口」にはなるが、それだけでは不十分だ。
確かに、契約書や支出記録は情報公開請求によって入手できる。しかし、今回問題になったような契約変更の経緯や実質的な意思決定プロセス、視察の政策的成果などの核心部分は、情報公開だけでは断片的にしか見えてこない。
つまり、形式的な透明性はあるが、実質的な説明責任は果たされていないという、ある意味で制度の穴を突いた悪意のある事例に対しては、情報公開だけでは行政の実態に迫ることが難しい。
情報公開で尻尾を掴んだ後、重要な役割を担うのが住民監査請求だ。地方自治法に基づき、住民は公金支出の違法性を監査にかけることができる。今回の福岡県のケースでも、この制度が実際に活用された。
しかし、そのハードルも低くはない。この制度の下で監査請求を行えるのは当該自治体の住民に限られるし、請求期限が原則1年と厳格に定められている上、請求者の氏名が公にされる可能性がある。こうした制約のため、制度は存在しても、実際に使われるケースは限られる。
さらに、監査の結果としては「違法性なし」と判断されるケースも多く、制度としての限界も指摘されている。
今回の海外視察問題では、成果報告義務がなく、契約変更のチェックが働かず、監査の実効性も限定的だったために、議会や行政の自己規律が働きにくくなっていた。その結果、公金の使途が不透明なままでも問題化しにくく、見えない特権としての支出が温存されてきた。
これを地元メディアが大きく取り上げたために、今回は地元では大騒ぎになった。
今回のような問題に対しては、情報公開も住民監査請求も、制度としては非常に有効だが、それだけでは不十分だった。なぜならば、それは使われ、そしてその結果をメディアが報じることで住民の間に周知された時、初めて機能する制度だからだ。
そこには情報公開請求を行う市民と監査請求に踏み出す住民、そしてその問題を報じるメディアが必要だ。それらが連動して初めて、行政へのチェックが実効性を持つ。民主主義は制度だけで自動的に維持されるものではない。市民の関与によって初めて動く仕組みなのだ。
一見ローカルな問題に見えるが、その本質は極めて普遍的な民主主義の本質を問う「地方議会の海外視察問題」を通じて、権力の濫用を監視するためにはどのようなツールが存在するのか、それは誰がどのように利用すべきものなのか、そしてメディアの役割は何か、などについて、情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。