東海第二原発 「2平方メートル避難計画」と情報非公開
日本で裁判は公開とすることが憲法で定められている。しかし、その公開はあくまで裁判の一般傍聴を可能にするという意味に矮小化され、実際の裁判は公開とはほど遠い状態にある。今回の「ディスクロージャー&ディスカバリー」では、横浜市内で起きた交通死亡事故をめぐる訴訟記録コピー拒否の事例を入口に、日本の司法制度が抱える深刻な情報非公開の問題を検証した。
事件は横浜で発生した交通死亡事故だ。刑事裁判では被告人の責任が問われ、裁判の過程で事故当時の状況を記録したドライブレコーダー映像が証拠として採用された。被害者遺族は刑事裁判とは別に民事で損害賠償請求を行うため、その訴訟記録のコピーを裁判所に求めた。事故の瞬間を直接映した映像は、過失割合や事故態様を立証するうえで極めて重要な資料になるからだ。
ところが、横浜地裁はこの請求を拒否した。当初、理由として示されたのは「コピーする装置がない」という説明だった。しかしその後、理由は「説明しない」に変更され、最終的にコピー拒否の具体的な根拠は示されないままとなった。映像は刑事裁判で証拠採用されており、閲覧自体は可能とされている。それにもかかわらず、「コピー」だけが認められない。しかも裁判所は非公開の理由を説明しなくてもいいことになっているのだ。
閲覧とコピーの違いは決定的だ。閲覧しただけでは、記録を民事裁判の証拠として提出できない。目撃証言に頼るしかなく、事実認定の客観性は大きく損なわれる。被害者遺族が真相を知り、正当な賠償を求めるための道は、制度によって事実上閉ざされている。
刑事裁判と比較して民事裁判では被害者や訴訟関係者に対して比較的広く閲覧が認められている一方、コピーは原則として制限されている。刑事事件ではさらに厳しく、確定後の記録は「刑事確定訴訟記録法」に基づいて閲覧のみが規定され、コピーは法律上想定されていない。法務省の内部規定では、閲覧を認めた場合にコピーも可能とされているが、実際に刑事事件でコピーが認められた例はほとんどないという。
誰が、何の基準に基づき、何を理由に拒否できるのかが明示されていない。その結果、犯罪被害者や遺族でさえ、なぜ自分たちが記録を入手できないのか分からないまま時間だけが過ぎていく。結果的にドライブレコーダーのコピー拒否から半年近く経っても、肝心の映像は遺族の手に渡っていない。
あまり知られていないことだが、日本では1989年まで司法記者クラブに所属する大手報道機関の記者以外には、法廷内でのメモ取りすら認められていなかった。驚いたことに筆記用具の持ち込みが禁止されていたのだ。アメリカ人法律家のローレンス・レペタ氏が、裁判記録が公開されず法廷でのメモ取りさえもが認められていないことで、法律家としての研究機会が妨げられ、また市民社会が裁判内容を検証することが不可能になっているとして、国を相手取り損害賠償請求を起こした。そして最高裁まで争った結果、1989年に最高裁はレペタ氏の訴えを退けつつも、法廷のメモ取りくらいは認めなさいという温情判決を下した。
レペタ判決から36年。この判決によってメモ取りだけは許されることになったが、レペタ氏が問題にした学術研究や市民社会による監視は依然として事実上困難な状態が続いている。もちろん被害者や被害者家族が求める証拠開示もだ。
憲法82条が定める「公開裁判」とは、本来、市民が司法を検証できることを意味するはずだ。しかし現実には、裁判の中核となる記録は閉ざされ、研究者や市民社会はおろか、被害者ですらアクセスできない。今回の事例は、個別の不運ではなく、日本の司法制度が構造的に抱える問題を象徴している。このまま非公開が続けば、日本の司法制度自体が市民社会の信用を失いかねない。
そもそも訴訟記録は誰のためのものなのか。なぜ司法の情報公開はここまで遅れているのか。情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子とジャーナリストの神保哲生が議論した。