2011年2月5日
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自由貿易を考えるシリーズ
TPPに見る「自由貿易の罠」

中野剛志氏(京都大学大学院助教)
マル激トーク・オン・ディマンド 第512回

 菅直人首相は政権の3本柱政策のひとつ「平成の開国」の目玉として、TPP(環太平洋経済連携協定)参加をあげている。これはアメリカ、オーストラリアなどの9カ国との間で関税などの貿易障壁をすべて撤廃する自由貿易協定だが、菅政権は6月までにこれに参加するかどうかを決定するとしている。TPPへの参加で、はたして日本は本当に幸せになれるのか。シリーズで考えていく。
 第一弾は経済産業省から京都大学大学院助教に出向中の中野剛志氏を招いた。中野氏は出向中とはいえTPP推進の先頭に立つ経産省の現役官僚でありながら、TPP批判の急先鋒。今日本がTPPに参加することは、最悪のタイミングで最悪の選択だと、これを厳しく批判している。
 中野氏の主張は明快だ。まず、TPPは9カ国といっても、経済規模で日米2カ国が参加国中9割のGDPを占めることから、実質日米二国間の自由貿易協定以外の何物でもないと指摘。菅首相はTPPへの参加によって「発展著しいアジア太平洋地域と共に成長の道を歩む」と言うが、そもそもその大前提が間違っているという。
 しかも、長引く不況と高い失業率で政権基盤が揺らいでいるアメリカのオバマ政権は、先月25日の一般教書演説でも、2014年までに輸出を倍増し、輸出を通じて雇用を生む方針を明確にしている。リーマンショック以来、金融で大きくつまずいたアメリカが、次に打ち出してきた窮余の策が、自由貿易協定を通じて、豊かな金融資産を抱える日本にアメリカ製品を売り込むことだったと中野氏は分析する。
 また、韓国がアメリカやEUと自由貿易協定を結んだ以上、日本もTPPでそれに続かなければ韓国に負けてしまうという論調も散見されるが、これも前提が間違っていると中野氏は言う。GDPの5割を外需に依存している韓国に対し、日本の外需依存度は17%に過ぎない。日本の輸出セクターではすでに現地生産が進み、関税が撤廃されたところで、日本からアメリカへの輸出が急激に増えるとは考えられない。いや、むしろ為替の方がはるかにインパクトが大きく、それに比べれば関税など誤差の範囲だと、中野氏は言う。つまり、日本にとって自由貿易とは、日本の国内市場を諸外国、とりわけアメリカに差し出す行為に他ならないということになる。
 菅首相は「平成の開国」と言うが、日本はすでに開国していると中野氏は言い、日本の平均関税が工業品、農業品ともに、国際標準と比べて高いわけではないことを指摘する。
 そして、中野氏がTPPが間違っていると主張する最大の理由は、自由貿易、つまり関税の撤廃が、デフレ状態にある日本にとっては最悪の影響を及ぼすことだ。
 グローバル化によって、輸出産業は収益を上げたが、労働分配率は減り、一人あたりの給与は下がり続けたことで、日本では依然として長期のデフレが続いている。TPPによって関税が下がる結果、日本により安い製品が海外から入るようになれば、デフレが更に悪化し、賃金が下がるため、国民はより苦しい生活を強いられることになる。
 要するに、今の日本にとってTPPは、百害あって一利なしと中野氏は言い切る。
 また、中野氏は自由貿易への信仰には根拠がないことを指摘する。国内経済が成長してはじめて、貿易が拡大するのであり、自由貿易が経済を成長させるのではないというのだ。2つの国がそれぞれ得意な商品に専念し、それを自由貿易で交換することが、結果的に2つの国のより大きな発展をもたらすとするリカードの比較優位論のモデルは、2つの国が完全雇用の状態であるなどいくつかの前提がある。中野氏は、世界中で失業者が増大する中で、その前提が崩れていることが議論されていないと指摘し、自由貿易原理主義的な考え方に疑問を呈する。
 欧米が「内向き」になって必死で自国の雇用や産業を守ろうとしているときに、「開国」を叫び、関税自主権を放棄しようとしている菅政権は、鴨がネギを背負って来たのも同然だと酷評する中野氏とともに、TPPの問題点と自由貿易の限界について、議論した。

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中野 剛志なかの たけし
(京都大学大学院工学研究科助教)
1971年神奈川県生まれ。96年東京大学教養学部教養学科卒業。同年通商産業省(現経済産業省)入省。00〜03年英エディンバラ大学大学院留学。05年同大学院より博士号(社会科学)取得。経産省産業構造課課長補佐などを経て、10年より現職(経済産業省より出向中)。著書に『自由貿易の罠 覚醒する保護主義』、『恐慌の黙示録—資本主義は生き残ることができるのか』、共著に『成長なき時代の「国家」を構想する』など。 512_nakano

 

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