2011年10月15日
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iPS細胞は何がそんなにすごいのか

八代嘉美氏(東京女子医科大学先端生命医科学研究所特任講師)
マル激トーク・オン・ディマンド 第548回

 10月3日にノーベル医学・生理学賞が発表されたが、iPS細胞を開発した京都大学の山中伸弥教授は最後まで最有力候補として名前が挙がっていながら今回は受賞に至らなかった。しかし、山中教授の功績が、医療界のみならず世界の人々の価値観を揺るがすほどの大きな衝撃を与えたことはまちがいない。そもそも、山中教授が開発した「iPS細胞」のどこがそんなにすごいのか。
 iPS細胞は「induced Pluripotent Stem cells」の頭文字を取ったもので、日本語で「人工多能性幹細胞」もしくは「誘導多能性幹細胞」と訳される。「幹細胞」とは、自分と異なる機能を持つ細胞を作り出す能力(分化能)と分化する能力を保ったまま、自分と同じ性質の細胞を増やす能力(自己複製能)の2つを併せ持った細胞のこと。ただし、iPS細胞は胚(受精してから胎児になる前の段階の細胞)を構成する一部の細胞は作り出せないことが、「万能性(あらゆる細胞を作り出せる能力)=omnipotent」ではなく「多能性(万能性よりやや能力範囲が限定される)=pluripotent」と称される所以となっている。要するに、一部の例外を除き、生物のあらゆる臓器や器官を構成する細胞組織を作ることができるのがiPS細胞ということになる。
 生物のあらゆる組織を作ることができるとは、どういうことなのか、また、iPS細胞はどのようにして臓器や器官によって千差万別な組織を作りだすのだろうか。
 iPS細胞や再生医療に詳しい東京女子医科大学先端生命医科学研究所の八代嘉美特任講師によると、細胞と細胞の間には様々な蛋白質や分泌物が存在し、それらが出すシグナルにより、どのような細胞に分化していくかが決まってくる。したがって、培養皿上でiPS細胞にそれらの蛋白質を加え、何を加えたらどういう細胞に分化するかを観察することにより、求める組織を作り出す条件を決定することができる。組織の種類によって作りやすさの難易度は変わるが、現在ではかなり多くの種類の組織がiPS細胞から作り出せるようになっているという。
 iPS細胞を開発した京都大学の山中教授は、もともとES細胞の研究を行っていたが、奈良先端科学技術大学院大学に在籍中に、ES細胞から分化多能性を決定づける4種類の遺伝子を特定することに成功した。そして、その4種類の遺伝子を大人の皮膚の細胞に導入することで、ES細胞と同等の性質を持つiPS細胞を作り出せることを発見した。ES細胞は受精卵の細胞の一部で、ES細胞を作製するには受精卵を取りだし壊さねばならないため、倫理的・宗教的な問題があった。しかし、iPS細胞がそのハードルをクリアしたために、再生医療の限界が一気に広がった。当時、ES細胞と同等の性質を持ちながらES細胞の欠点を克服する方法を世界中の研究者が探す中、ユニークな発想で世界に先駆けてそれを実現した山中教授は天才だったと、八代氏は言う。
 iPS細胞は再生医療に加え、病気の原因解明、新薬の開発などの分野で、その活躍が期待される。再生医療というと、「臓器が作れる」と真っ先に考えてしまうが、それは若干先走った考えで、現段階では「細胞や組織レベルでの再生」への期待が大きいと八代氏は言う。たとえば、糖尿病の患者にインスリンを作る細胞を補充するなどの活用の仕方だ。
 臓器を作るということは、決まった大きさ・形のものを作り出すということなので、三次元的に体内と同様の環境を設定する必要があるが、そのような環境を整えることは現在の技術では難しいと、八代氏は現時点でiPS細胞がただちに「臓器を作れる」とはならない理由を説明する。
 病気の原因解明では、たとえばアルツハイマー病のような変性疾患に対して有効とされる。変性疾患は、遺伝・環境・加齢という3つの要因が複雑に影響し合い発病すると考えられるが、iPS細胞は既に分化が行われた細胞を、その前の状態にリセットする能力を持っているため、変性疾患3要因のうち、環境と加齢という要因を排除できるという。
 しかし、iPS細胞を実際の医療に応用するためには、まだ課題は多い。一つは、iPS細胞の作製にあたって、遺伝子を組み込む際のガン化のリスクをどう低減するか。二つ目は、初期化の問題。生物は細胞が分化される過程で、使わない遺伝子には「カギ」がかけられるようになっており、そのカギを外して何にでもなれる細胞までリセットさせることを初期化という。iPS細胞は、この初期化という作業を通じて作製されるため、作製後、再びそのカギが外れるリスクが高まることが指摘されている。そして三つめは、iPS細胞そのものが持つガンの発現リスクをいかに減らすか。この3つの課題をクリアすることが、iPS細胞を再生医療に適用する上での鍵となると八代氏は言う。
 また、上記のような技術的な課題に加え、iPS細胞のような先端医療には、常に技術が暴走するリスクも伴う。再生医療の技術が向上することで、臓器や四肢の再生が可能になり、事実上の不老不死の実現が現実味を帯びてくると、「そもそも人間とは何か」、「生とは何か」といった根源的な問いが、倫理的・宗教的な立場から出てくることは避けられない。そうした問題に科学は今後どう答えていくのか。
 iPS細胞のすごさとその可能性、そしてそれが投げかける人間や生への根源的な問いについて、八代氏と議論した。
(今週はジャーナリストの武田徹、社会学者の宮台真司両氏の司会でお送りします。)

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八代嘉美やしろ よしみ
(東京女子医科大学先端生命医科学研究所特任講師)
1976年愛知県生まれ。2003年名城大学薬学部卒業。05年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了。09年同大学大学院医学系研究科病因・病理学専攻博士課程修了。医学博士。慶應義塾大学総合医科学研究センター・生理学教室特任助教を経て、11年より現職。著書に『増補 iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』、共著に『再生医療のしくみ』 など。 548_yashiro
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