そして世界は中世に戻る
法政大学法学部教授
1953年愛知県生まれ。77年早稲田大学政治経済学部卒業。80年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。80年八千代証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。同社執行役員、参与、チーフエコノミストなど歴任。10年同社を退職後、内閣審議官などを経て11年11月より現職。著書に『世界経済の大潮流』『100年デフレ』など。共著『超マクロ展望〜世界経済の真実』など。
ビデオニュースでは多くの識者からアベノミクスへの評価を聞いてきた。全面的に支持する識者もあった一方で、批判的な識者もいた。しかし、アベノミクスに否定的な考えをする識者の大半は、アベノミクスでは日本を現在のデフレから救い出し、再び成長軌道に乗せることはできないだろうという意味で、否定的だった。
しかし、今週のマル激のゲストはエコノミストでありながら、そうした識者らとはやや趣を異にする。日本に限らず先進国のデフレは構造的なものであり、われわれはもはやそこから脱することができないことを前提に、「成長を目指さない経済戦略」を描かなければならないとゲストの水野和夫氏は説くのだ。
日本の株価がリーマンショック以前の水準にまで戻り、為替市場では円安の流れが続いている。安倍政権が掲げる経済政策「アベノミクス」はひとまず市場の期待感を引き出したようだ。日銀とタッグを組んで「大胆な金融緩和」を実施して物価上昇を実現し、「国土強靱化」と称する公共事業で景気を刺激するとともに、「成長戦略」によって日本経済を新たな拡大成長路線に乗せようというのが「3本の矢」と形容される安倍政権の経済政策の中身ということのようだが、水野氏は成長を目指す経済戦略自体が間違っているとの立場を取る。そもそも日本のように経済的な成熟を実現した国は、経済がグローバル化した今日にあって、これ以上成長し続けること自体が不可能な構造の中にいることをまず受け入れなければならないのだと水野氏は言うのだ。そして、それでも無理矢理に成長を図ろうとするアベノミクスは、「金融株式市場でバブルを起こすだけ」と水野氏は批判する。
話は資本主義の起源にまで遡る。キリスト教が金利を容認して以降、いわゆる大航海時代を経て大英帝国のパックス・ブリタニカ、その後のアメリカによるパックス・アメリカーナなどの資本主義は常に列強国の覇権主義とともにあった。列強は覇権国家の軍事力を後ろ盾に新大陸や植民地などの新しいフロンティアから資源をただ同然で手に入れ、そこに付加価値を乗せた製品を販売・輸出することで資本を増大させてきた。その結果、世界でも西洋のほんの一握りの国が世界の冨を独占し、自国の経済を成長させ、目映いばかりの繁栄を享受する現在の経済秩序が形成された。日本も1960年〜70年代の高度経済成長によって先進国の仲間入りを果たし、経済成長クラブの一員となった。
しかし、先進国はもはやこれ以上豊かになる必要性がないレベルまで富み、世界経済も飽和状態を迎えている。水野氏は「開発や支配権の拡大に下支えされた経済成長は今後は難しい」とした上で、此度のアルジェリアのテロ事件で明らかになったように、既に先進国の開発の手はアフリカの砂漠の真ん中にまで及んでいることを指摘する。
また、中国では急速に近代化が進み、GDPは既に世界第2位を占め、インドやブラジルなどの新興国も成長経済モデルを踏襲して台頭してきたが、既に世界にはそれらの国々の需要を満たすだけの資源や市場が存在しない。20世紀に日本を含めた先進国が豊かになる上での大前提だった「ただ同然の石油」も今や当時の何十倍、何百倍に高騰している。結果的に新興国でさえも、低成長経済への転換を迫られ始めているというのだ。
もはや人類は地球の果てまで開発をし尽くし、地球上には夢の未開地=フロンティアが存在しない。常に先進国の成長の大前提だった搾取の対象を、既にわれわれはしゃぶり尽くしてしまったというわけだ。そのような状況の下で、相も変わらぬ成長神話にすがりついた政策を無理矢理推し進めれば、当然そのバックラッシュは避けられない。こうした世界経済の潮流の中で、日本はどこへ向かうべきなのか。成長を前提としない資本主義は成ち立つのか。その場合、民主主義はどうなるのか。
日本のように成長を果たした国は、これ以上の成長を目指さなくても十分豊かになれる、いや、無理に成長を目指そうとするからこそ豊かになれないのだと説く水野氏と、ジャーナリストの神保哲生と哲学者の萱野稔人氏が議論した。