人類は地球温暖化という21世紀最大の課題に対応する能力を失い始めているのか
東京大学未来ビジョン研究センター教授
1971年埼玉県生まれ。94年明治大学政治経済学部卒業。2000年英ロンドン大学経済政治学院大学院(LSE)博士課程修了(国際関係論)。横浜国立大学エコテクノロジー・システム・ラボラトリー講師を経て、03年地球環境戦略研究機関(IGES)入所。25年より現職。専門は国際気候変動枠組みの制度設計。編著に『地球温暖化対策と資金調達 地球環境税を中心に』など。
地球を気候危機から救うための最後の防波堤とされる1.5度目標。これは地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えようという国際的な目標のことだ。しかし今やその実現は極めて困難な状況を迎えている。先月ブラジルで開かれたCOP30を受け、本番組では気候変動を巡る国際交渉の最前線を知る田村堅太郎氏を迎え、1.5度目標がなぜ難しいのか、その構造的要因を掘り下げた。
気候変動対策の国際枠組みは、1992年のリオサミットで採択された気候変動枠組条約に始まり、1997年の京都議定書、そして2015年のパリ協定へと、国際社会は制度を進化させてきた。しかし田村氏は、「枠組みは変わっても排出量は減っていない」という厳しい現実を指摘する。実際、パリ協定採択から10年を迎える今も、世界の温室効果ガス排出は過去最高水準に近い状態が続いている。
そもそも1.5度目標は、当初から達成が容易なものではなかった。パリ協定では「2度より十分低く抑える」ことを基本目標としつつ、海面上昇によって存立が脅かされる島嶼国などの強い要請を受け、努力目標として1.5度が盛り込まれた。その後、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書によって、1.5度と2度の差がもたらす影響の大きさが明らかになり、国際社会の軸足は次第に1.5度へと移っていった。
だが問題は、目標と現実の「排出ギャップ」だ。各国が掲げる削減目標と、1.5度に整合する排出削減経路との間には大きな隔たりがある。しかも現在の政策がすべて実行されたとしても、なお不十分だというのが科学の示す冷徹な現実だ。田村氏は、「目標を掲げるだけでなく、実際の行動を強化しなければならない」と強調する。
さらに今回のCOP30で焦点となったのが、「1.5度オーバーシュート」という考え方だ。短期的に1.5度を超えてしまうことを前提に、その超過幅と期間をできる限り小さく抑え、将来的に再び1.5度以下へ戻すための方策が問われるようになった。田村氏は、単年での気温上昇と長期トレンドを区別しつつも、「オーバーシュートが大きくなればなるほど、不可逆的な気候変動リスクが高まる」と警鐘を鳴らす。
議論は日本の立ち位置にも及ぶ。日本政府は2030年・35年目標や2050年ネットゼロを掲げているが、それが1.5度目標と本当に整合しているのかについて、田村氏は懐疑的だ。歴史的排出責任や経済力を考えれば、より踏み込んだ削減が求められるはずだが、国内議論は「何を失うか」というコスト論に偏りがちだ。
田村氏は、多国間交渉の限界を認めつつも、その重要性を否定しない。包摂性と正当性を担保するCOPの枠組みに加え、志を同じくする国や企業、自治体が枠外で先行的に取り組む「多元的アプローチ」が、1.5度目標に向けた現実的な道筋になると語った。
1.5度目標は放棄されたわけではない。しかし、その達成には、これまでとは次元の異なる政治的意思と社会変革が求められている。その厳しい現実を直視しつつ、なお残された選択肢とは何かを、田村氏と環境ジャーナリストの井田徹治、キャスターの新井麻希が議論した。