2015年3月21日
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オウム真理教と地下鉄サリン事件20年目の教訓

島田裕巳氏(宗教学者)
マル激トーク・オン・ディマンド 第728回

 オウム真理教事件とは一体何だったのか。地下鉄サリン事件から20年目を迎えた今、われわれはその問いに向かい合うことができるだろうか。
 1995年3月20日午前8時頃、オウム真理教の複数の信者が、首都東京のど真ん中の霞ヶ関駅周辺において、通勤ラッシュで満員の地下鉄車内で猛毒ガスのサリンをまき、13人が死亡、6000人以上が中毒症状などを訴えるという前代未聞の無差別テロ事件を引き起こした。2日後に予定されていた警察による教団施設への一斉捜査を攪乱することが目的だったと見られている。しかし、化学兵器として使われる自家製のサリンの毒性は非常に強く、被害者の中には今もその後遺症に苦しむ人が多い。そして何よりもこの事件は、世界でも例を見ない、都市の真ん中で一般市民の無差別殺戮を目的に化学兵器が使われるという、歴史上初めての化学兵器テロ事件だった。
 その後、新興宗教団体のオウム真理教が警察の一斉捜査を受け、事件そのものはオウムの信者らの犯行であることが明らかになった。しかし、同時にわれわれは、大勢の若者たち、とりわけ一流大学出身のエリート学生たちが、一見、荒唐無稽としか思えないような教祖・麻原彰晃の説法に引き寄せられ、すべてを捨てて教祖に帰依することを厭わない教団の実体を、いやというほど知らされることとなる。
 オウム真理教は麻原彰晃(本名松本智津夫)が1984年頃に設立したオウム神仙の会が前身で、仏教の流れをくむ一方、ヨガの修行や技法などを取り入れて独自に体系化された新興宗教だった。麻原とたびたび対談をした経験を持つ宗教学者の島田裕巳氏は、オウム真理教が信者を獲得していく秘訣は、激しい修行とその修行がもたらす精神的な満足感だったという見方を示す。
 信者らが最初にオウムに関心を持つきっかけとしては、日常への不満や自分の人生を顧みたときの焦りや将来への不安感などが多かったようだが、オウムの修行はこうした人々に達成感や満足感を与えられるような効果を持っていた。軽い気持ちで麻原の書籍を読んだり、友人に誘われて興味本位で修行に参加した人々が、実際の修行を通じてその効果を実感できた。こうした実体験に根ざした教えには強い説得力があったと、島田氏は言う。
 しかし、信者を1万5000人にまで増やし、特に出家制度を取り入れたことで信者らが集団生活を送るようになっていったオウム真理教は、次第に過激な思想を身に纏うようになっていった。最初は、激しい修行で信者の一人が死亡した事故を隠蔽することがきっかけとなり、教義のために殺害を正当化するような理論武装が行われていった。そのために、教祖への絶対的な帰依を求める密教のヴァジラヤーナが用いられた。そしてそれが、坂本弁護士一家殺害事件や松本サリン事件などの複数の殺人事件を経て、ついには地下鉄での無差別殺人事件にまでエスカレートしていったのだった。
 それにしてもなぜオウムがそこまで先鋭化したのか。なぜ1万5000を超える人々が、ハルマゲドンだポアだといった、悪い冗談としか思えないような理屈を謳った教義に引き寄せられていったのか、20年前われわれは、もう少しそれを真剣に問わなければならなかった。オウムは決して社会から隔絶された突飛な事件ではなく、当時の日本社会に内在する矛盾が危険な形で吹き出したものだった可能性が高いからだ。
 しかし、地下鉄サリン事件とその2日後に行われた警察による山梨県上九一色村のオウム施設への一斉捜査の直後から、メディアによるオウムへの激しいバッシングが始まった。そうして社会の中に醸成されたオウムに対する激しい嫌悪感や拒絶感は、オウムの教義やそれが若者を惹きつける原因などを宗教学的な観点から解説することを許さなかった。現に島田氏も、宗教学者としてマスメディアでオウム現象を真面目に解説したために、オウムシンパとしてのレッテルを貼られ、激しいバッシングを受けたばかりか、当時教授を務めていた大学の退任にまで追い込まれていた。元々、金目当ての冠婚葬祭業に成り下がっていた日本の既存の宗教に批判的だった島田氏は、レベルはともあれ一応教義らしきものが存在するオウムは宗教学者として解説に値すると考えていた。しかし、当時の社会の空気感はそれさえも容認できないほどの反オウム一色となっていた。
 あれから20年の月日が流れ、一連のオウム事件の裁判もほぼ終了した今、日本社会はようやくオウム現象とは何だったのかを議論する冷静さを取り戻しつつあるように見える。島田氏はオウム現象について、経済的に豊かになったが何か満足感を得られないでいた日本に蔓延していた、経済を最優先する価値観の行き詰まりが背景にあるとの見方を示す。80年代後半から90年代前半にかけての日本は、終戦の焼け野原からひたすら突っ走ってきた経済至上主義が頭打ちとなる中、それに代わる新たな価値観を見いだすことができないでいた。そのような中で、特にエリート学生らの多くは、人生に充足感を味わえなかったり、不全感に悩まされていた。そこにオウムという、一見荒唐無稽に聞こえるが、実践してみると予想もしなかったような大きな満足感を提供する宗教団体が現れ、たまたまそれを体験した若者たちが次々と入信し、麻原に帰依していった。
 地下鉄サリン事件から20年が経過した今日、あの事件からわれわれはどのような教訓を得ることができるだろうか。オウム事件とは何だったのか。そして現在の日本にあの事件はどんな影響を与えたのか。事件当時、ジャーナリストとして第一線でオウムを取材していた神保哲生による当時の取材映像などを交えながら、ゲストの島田裕巳氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
島田裕巳しまだ ひろみ
(宗教学者)
1953年東京都生まれ。76年東京大学文学部宗教学科卒業。78年同大学大学院人文科学研究科修士課程修了。84年同大学院博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。2013年より東京女子大学非常勤講師を兼務。著書に『0葬:あっさり死ぬ』、『オウムと9.11』、『オウム:なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』など。
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