2016年5月28日
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「核なき世界」の実現を阻むもの

高原孝生氏(明治学院大学国際学部教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第790回(2016年5月28日)

 なぜ「核なき世界」の実現が、そんなにも難しいのだろうか。

 アメリカのオバマ大統領が、現職の大統領として初めて被爆地の広島を訪問して、改めて「核なき世界」の実現を訴えた。人類史上初めて核兵器を使用した国の指導者による被爆地の訪問は、歴史的な出来事として、世界に向けて大きく報じられた。

 しかし、「核なき世界」への歩みは遅々として進んでいない。オバマは大統領就任直後の2009年4月5日、チェコのプラハで、「核なき世界」の実現を訴え、その年のノーベル平和賞まで受賞しているが、その後、核廃絶へ向けた具体的な施策はほとんど実施されていない。

 今回のオバマの広島訪問について、明治学院大学国際学部教授で軍縮問題に詳しいゲストの高原孝生氏は、世界で唯一核兵器を使用したアメリカの大統領が公式に訪問した意義を評価しつつも、プラハ演説以降、オバマ政権は核廃絶に向けてほとんど何もしていないと、厳しい見方を示す。

 世界には依然として1万5000発以上の核弾頭が存在し、その9割以上をアメリカとロシアが保有している。冷戦期の1980年代には6万発以上あったことを考えると、多少は削減が進んでいるようにも見えるが、何度も地球を破滅させることが出来る「オーバー・キル」の状態にあることには変わりはない。プラハ演説以来、アメリカが核なき世界に向けた具体的な行動を取る機会はいくらでもあったが、医療保険改革やイラク戦争の後処理を抱えたオバマ政権では、核廃絶が必ずしも優先順位の高い政策とは位置づけられていなかったと高原氏は残念がる。

 アメリカは圧倒的な通常兵器を保有するため、保有する核兵器を一方的に削減しても、安全保障上の問題が生じない唯一の国と言っても過言ではない。そのアメリカが率先して核兵器の削減を行わない限り、他国に対して核の削減を訴えることは難しい。実際、アメリカは包括的核実験禁止条約(CTBT)すら、いまだに批准していないなど、世界における核兵器廃絶のリーダーとは到底言えない状態だ。更にアメリカは冷戦時代に拡大した核兵器が一斉に耐用年数を迎えるため、今後30年で総額1兆ドルもの予算を割いて、核システムを最新鋭化する予定だという。現実はオバマの掲げる理想とは正反対の方向に向かっていると言わざるを得ない。

 一方で、高原氏は大国間の核保有競争と別次元で、核のリスクが高まっていると指摘する。それが、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮の核だ。世界には核不拡散条約(NPT)で核保有が認められている米、露、英、仏、中の5か国の他に、上記の4か国が既に核兵器を保有していることが明らかになっている。特にカシミールの領土紛争などで今も緊張関係にあるインドとパキスタンは互いに相手国に対する核攻撃計画を持っていて、偶発的な核戦争が勃発する危険性が付きまとう。中東においても、イスラエルが核兵器を持ったことで、緊張関係にあるサウジアラビアやイランなどが核武装に踏み切る可能性がある。

 世界では核兵器禁止条約の制定に向けた地道な努力も続いているが、既に120カ国以上が同条約に賛成の立場を表明しているものの、核保有国は議論にも参加してないために、条約発効の目途は立っていない。そうした中にあって、唯一の被爆国である日本は、世界の核廃絶運動を牽引していると思いたいところだが、残念ながらアメリカの核の傘に依存しているため、まったく指導的な役割は果たせていない。核保有国の核に守られてずる賢く立ち回る国を「イタチ国家」と呼ぶのだそうだが、残念ながら日本はその代表格と位置付けられているのが現状だと、高原氏は言う。

 唯一の核兵器使用国の指導者が、被爆地を訪問して、犠牲者を追悼するとともに核なき世界の実現を訴えたことには大きな歴史的意味があった。しかし、オバマもそして日本も、現実の行動がまったく伴っていない。なぜ核兵器の廃止は一向に進まないのか。核廃絶が進まないことで、世界にはどのようなリスクが生じているのか。オバマの広島訪問を機に、世界の核兵器の現状や廃絶に向けた取り組みを参照しながら、アメリカの責任や日本の対応など、「核なき世界」の実現の前に立ちはだかる諸課題について、ゲストの高原孝生氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

 
高原孝生たかはら たかお
明治学院大学国際学部教授
1954年兵庫県生まれ。78年東京大学法学部(政治コース)卒業。79年同学部(公法コース)卒業。立教大学助手、明治学院大学助教授などを経て、97年より現職。同大学国際平和研究所所長を兼務。編著に『戦争をしないための8つのレッスン 二十一世紀平和学の課題』、共著に『重大な岐路に立つ日本 今、私たちは何をしたらいいのか!』。
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