ロシアが隣国に軍事介入したかと思えば、アメリカはよくわからない理屈でイラン攻撃を続ける、そうかと思えば、他国の国家元首をいきなり拉致したり暗殺までするようになっている。
どうやら世界は本当に壊れ始めているのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはこれから何を頼りに生きればいいのだろうか。
月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は「壊れた世界でどう生きるか」をテーマに映画特集をお送りする。
今回取り上げたのは現在劇場公開中の3作品。いずれも、因果応報や予定調和といった私たちが無意識に信じている前提がまったく働かず、不条理や理不尽がまかり通り、世界が終わりに向かう予感の中で、人はどう生きるかを問う秀作だ。
・『シラート』(2026)オリベル・ラシェ監督
・『デッドマンズ・ワイヤー』(2026)ガス・ヴァン・サント監督
・『大統領のケーキ』(2026)ハサン・ハーディ監督
『シラート』は、砂漠のレイブパーティに参加したまま失踪した娘を捜す父ルイスと息子エステバンが、モロッコの砂漠の奥地へと分け入っていく物語だ。タイトルの「シラート」はアラビア語で、天国と地獄の間に架かる針のように細い橋を意味する。しかし、その意味が回収されるのは終盤になってからで、観客は最初から「自分は何を見せられているのか分からない」という不思議な体験の中に投げ込まれる。カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞など4つの賞を受賞した本作の白眉は、重低音を軸にした特異なサウンドデザインだ。音響が観客の精神状態そのものを作り変えていく。この作品で死は、善悪や行いの報いとしてではなく、誰に訪れるかも分からない偶然として描かれる。因果応報と予定調和に溢れた物語に慣れ親しんだ日本人には消化しにくい映画だが、まさにその消化しにくさこそが、この作品の仕掛けなのだ。分かりやすい救いは提示されない。しかし終盤、登場人物たちが同じ世界の同じ流れに乗るように踊る姿には、チクセントミハイのいうフローに通じる、救いとは別の形の感受性が確かに映っている。
『デッドマンズ・ワイヤー』は、1977年にインディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。不動産ローン会社に全財産を騙し取られたと訴えるトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、同社に押し入り役員を人質に取る。自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定し、自分と人質が引き離されれば自動発砲される「デッドマンズ・ワイヤー」という装置を自ら考案し、警察すら手を出せない状況を作り上げた。トニーはラジオやテレビの生中継に次々と登場し、事件は劇場型の様相を呈していく。メディアが犯人に同情的な文脈を作り、視聴者が犯人側に傾いていく構図は、半世紀前の話とは思えないほど今日的だ。働いて得るのではなく投資と金融操作で利益が生まれる金融資本主義の歪みが、追い詰められた個人を暴発させる。この社会の立て付けは50年前から大きくは変わっていない。事件の結末でトニーが心神喪失により無罪となる展開は、英語圏の「not guilty」と日本語の「無罪」の語感の違いも含め、罪と責任をめぐる論点を私たちに突きつける。
『大統領のケーキ』の舞台は、1990年代、経済制裁下のイラクだ。独裁者のフセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じており、9歳の少女ラミアはくじ引きでその係に選ばれてしまう。用意できなければ重い罰が待っている。日々の食材すら手に入らない極端な物資不足の中、ラミアはクラスメイトのサイードとともにケーキの材料を求めて町を駆け巡る。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描いた本作は、カンヌ国際映画祭で監督週間観客賞とカメラドールの2冠に輝いた。西側諸国による経済制裁の実害は独裁者本人にはほとんど及ばず、最も弱い立場の貧困層を苦しめる。しかも制裁が奪うのは物資だけではない。生き延びるために人が人を騙し、子どもまでもがその不条理に巻き込まれていく。制裁は人々の倫理を奪うのだ。爆撃下の逃避行が悲劇へと傾く終盤に、分かりやすい救いはない。それでもカテゴリーを超えて結ばれていく関係の中に、かすかな光が宿る。
3作品に共通するのは、世界がすでに終わりに向かっている、これまでわれわれが当たり前と考えてきた想定がとうに崩れているという前提だ。戦争、国家、金融、官僚制といった巨大な力の前で、個人は交換可能な部品のように扱われ、ほとんど無力だ。しかし3作品はいずれも、その無力さの中でなお、倫理や人間関係や身体の感覚を通じて生き方が変わり得ることを描いている。誰もが入れ替え可能な「当たり前」を回すだけの自明性の檻に安住し、平和ボケしたままでいる私たちにとって、これらの作品は檻の外の世界を垣間見せてくれる。大量動員型ではないこうした作品が今も映画館で観られること自体が貴重であり、ぜひ劇場に足を運んでほしい。
3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。