イギリスにできてなぜ日本にできない・英のイラク戦争検証から何を学ぶか
防衛省防衛研究所主任研究官
ジャーナリスト
1973年京都府生まれ。96年立命館大学国際関係学部卒業。2004年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。専門は国際政治学、インテリジェンス研究。英国王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)客員研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、PHP総合研究所コンサルティングフェローなどを経て16年より現職。著書に『日本インテリジェンス史』、『日本軍のインテリジェンス』など。
ウクライナに撃ち込まれたロシアのミサイルやドローンから、日本製の電子部品が見つかっている。ロシアへの制裁に加わり、ウクライナを支援している日本が、結果としてロシアの戦争継続を支えているとすれば、これは看過できない事態だ。そこから見えてくるのは、輸出管理にとどまらない、日本の情報活動と政治の意思決定の弱さである。
米紙ニューヨーク・タイムズは、日本がロシアの軍事転用可能な技術や物資の調達拠点になっていると報じた。欧米から追放されたロシアの情報機関員が、監視の緩さとハイテク産業の集積に目をつけ、日本に活動の場を移しているという。記事では、航空会社職員の身分で日本に入ったロシア軍情報機関の将校が、第三国を経由する調達に関与していたと指摘されている。
日本はロシアに対する国際的な制裁の一環として、半導体などのハイテク製品の輸出を禁じている。しかし、中国やベトナム、中央アジアなどの企業を通じた迂回輸出を防げなければ、制裁は実効性を失う。ウクライナ側は日本に対応を繰り返し求めてきたが、番組で紹介した経済産業相の説明は、輸出管理に穴があるとの認識を否定するものだった。規則に従っているという説明だけで、実際に流出している部品の問題を片づけてよいのだろうか。
インテリジェンス研究を専門とする日本大学危機管理学部の小谷賢教授は、第三国の取引先がロシアとどのようにつながり、物資がどこへ運ばれているのかを調べる能力が、日本政府に欠けていると指摘する。民間企業だけで取引先の背後関係まで把握することには限界がある。政府が情報を集め、軍事転用の可能性を見極め、危険な取引先への輸出を止めるために企業を支える必要がある。
では、国家情報会議と国家情報局の設置によって、事態は改善するのか。小谷氏は、これらは情報を集約して方針を決める司令塔であり、現場で調査や情報収集を担う組織の能力が、自動的に高まるわけではないと指摘する。外務省、警察、公安調査庁、防衛省などは、それぞれの業務に必要な情報を集めてきた。省庁の壁を越えて情報を共有し、国家の判断に生かす運用が伴わなければ、新しい組織も十分に機能しない。
国家安全保障会議とは別に国家情報会議を設けた構造にも、小谷氏は官僚組織の論理を見る。政策判断と情報活動をどう結びつけるかよりも、組織同士の格付けや縄張りが優先されてはいないか。情報を集約した後、誰がそれを使い、どのような行動につなげるのかが問われる。
その中心にあるのが、政治家の役割だ。日本では官僚による事前調整や根回しが意思決定を支え、新しい情報が入っても、一度まとまった方針を変えることが難しい。小谷氏は、全員でキャンプに行くと決めたために、台風の予報が出ても中止できないようなものだと例える。本来は政治家が、何のためにどのような情報を必要としているのかを示し、状況が変われば自らの責任で判断を変えなければならない。
メディアが果たしている役割も見逃せない。事前に質問と回答を調整する首相会見の慣行は、政治家自身の判断を見えにくくする。官僚間で調整された方針を伝えることと、その方針が妥当かを検証することは別だ。政治の主体性を問うべきメディアも、同じ仕組みの一部になってはいないか。
戦後、安全保障をアメリカに依存してきたことも、日本が独自の情報活動を育てる必要性を弱めてきた。しかし、アメリカの政策自体が日本に不利益をもたらし得る時代に、同盟国から与えられる情報だけに頼ることはできない。情報を使いこなす政治家と、必要な情報を集めて分析できる専門家を、継続的に育てる必要がある。
AIが普及しても、政治の責任は軽くならない。公開情報の収集や分析が効率化する一方、人的接触でしか得られない情報は残る。また、攻撃目標を正確に選ぶことと、戦争を始めるべきか、どう終わらせるかを判断することは別の能力だ。歴史や社会への理解を欠いたまま、技術的な優位を政策の正しさと取り違えれば、精密な情報を持ちながら大局を見誤ることにもなる。
防諜の実効性を高めるための法整備も必要だ。外国代理人の登録やロビー活動の公開に加え、小谷氏は、尾行中心の監視から通信情報の活用へ踏み込む必要性を指摘する。しかし、通信の秘密や市民の権利を制限し得る権限を政府に与える以上、その乱用を防ぐ仕組みが不可欠になる。
第三者による審査や、国会の情報監視審査会の権限強化は、そのための具体策だ。行政の活動を政治が十分に統制できず、不正があっても責任が曖昧なままでは、情報機関への信頼は育たない。情報活動を強化するためにも、誰が、何の目的で、どこまで権限を行使したのかを検証できる仕組みが求められる。
日本が「スパイ天国」から抜け出すためには何が必要なのか。情報を政策に生かせない政治の構造をどう変え、情報活動の強化と民主的な統制をどう両立させるのか。日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。