時代錯誤の再審制度のままでは冤罪被害者を救えないではないか
弁護士、日弁連再審法改正実現本部本部長代行
福井県生まれ。早稲田大学法学部卒業。弁護士活動を経て2005年衆院初当選。内閣府特命担当大臣(行革・国家公務員制度担当)、防衛大臣、自民党政調会長、同幹事長代理などを歴任。党整備新幹線等鉄道調査会会長。衆院8期(福井1区)。著書に『強くて優しい国』、『私は日本を守りたい』など。
日本の刑事司法には、長年「開かずの扉」と呼ばれてきた制度がある。再審制度だ。
再審とは、確定判決に重大な誤りがあり、新たな証拠などによって有罪認定に合理的な疑いが生じた場合に、あらためて裁判をやり直す制度のこと。日本では再審開始までのハードルが極めて高く、手続きに関する規定も十分に整備されていないため、冤罪被害者やその支援者、弁護士らが長年にわたり法改正を求めてきたが、再審制度を所管する法務省は抜本的な改正に慎重な姿勢を取り続けてきた。結果的に開かずの扉の向こう側で、無実の人間が何十年も塀の中に閉じ込められてきた。
しかし、袴田事件や福井事件など再審によって一旦は確定した有罪判決が覆る事例が相次いだことで、再審制度を70年ぶりに見直す機運が高まり、現在、再審法(刑事訴訟法の再審条項)の改正案が今国会で審議されている。ところが、提出された法案の中身と、そこに至る審議の過程を仔細に見ていくと、この改正が本当に冤罪被害者を救うためのものなのか、大きな疑問を抱かざるを得ない。
まず、今回の法改正議論の背景にある冤罪事件のすさまじさを確認しておきたい。
袴田事件では、1966年の逮捕から2024年の再審無罪確定まで、何と58年もの歳月が費やされた。逮捕から釈放まで実際に袴田巌氏が拘禁された期間は47年7ヵ月に及ぶ。しかもその大半を、袴田氏はいつ刑が執行されるかわからない死刑囚として、恐怖の中で過ごすことを強いられた。
福井事件はさらに露骨だ。1986年に起きた女子中学生殺害事件で逮捕された男性に対し、検察は客観的な裏付けとなるテレビ番組の放映日を偽った捜査報告書を隠蔽し、事実上有罪判決を騙し取っていた。男性が逮捕から38年を経て2025年に無罪を勝ち取るまでの道のりは、筆舌に尽くしがたいものだった。
なぜ冤罪被害者の救済にこれほどの時間がかかるのか。要因は2つある。検察による不服申し立て(抗告)が認められていることと、証拠開示規定の欠如だ。裁判所が再審開始を決定しても、検察が抗告を繰り返せば手続きは際限なく長期化する。実際、袴田氏は最初に再審の決定が下ってからも、検察が抗告を繰り返したために、無罪の確定までに9年もの不要な年月を費やすことになった。しかも検察には弁護側に証拠を開示する義務がないため、被疑者や被告人の無実を証明する証拠が検察の倉庫に眠ったまま、そもそも再審の扉を開くこともできない事態が常態化してきた。
今回の法改正はこうした状況を正すことが目的、のはずだった。ところが、今回法務省が提出した法案は、被害者救済の観点からは到底満足できる内容になっていない。
法案では検察の不服申し立ては原則禁止とされているが、「十分な根拠がある場合」には例外的に認めるという大きな抜け穴を残した。もう一つの焦点である証拠開示についても、裁判所が請求理由に関連があると判断したものに限って開示させる「提出命令制度」の新設にとどまっている。さらに問題なのは、証拠の目的外使用を罰則付きで禁止する条項が盛り込まれたことだ。この規定により、冤罪の第三者検証や、メディアによる報道までもが処罰の対象となる危険性が指摘されている。冤罪被害者を救うための法改正が、冤罪の検証を妨げる道具になりかねないのだ。
なぜこのような骨抜き法案が提出されることになったのか。実は当初、国会内では超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足し、議員立法による法改正が目指されていた。議連は自民党の柴山昌彦氏が代表を務め、昨年4月時点で与野党の国会議員の過半数を上回る384名が参加するなど、議員立法による法案の提出と可決成立は十分に可能な体制が確立していた。
議連がまとめた法案は、検察による不服申し立ての全面禁止、請求人への直接的な証拠開示と証拠一覧表の開示を定め、目的外使用の禁止規定も存在しない。冤罪被害者や弁護士らが長年求めてきた「満額回答」と言っていい内容だった。
ところが、与党自民党は途中でこの議員立法の枠組みから離脱し、法務大臣から法制審議会に諮問する方針へと転換してしまった。法制審議会の事務局を担うのは法務省であり、法務省の中枢を占めるのは検察官だ。要するに、当事者である検察の「組織防衛」が露骨に優先された形となったのだ。結果的に議連案は、野党3党の共同提出という形で国会に上程されたが、自民党を含む反対多数で否決されている。
議連で幹事長代理を務め、4月6日の自民党会合で法務省に猛抗議して注目を集めた稲田朋美衆議院議員は、権威ある法制審議会ならまともな法律を作ってくれると信じていたが、実態はまったく違ったと憤りを隠さない。法務省に騙されたとの思いを禁じ得ないと稲田議員は言う。
ここで問われるべきは、より根源的な問題だ。なぜ国民から選ばれた政治家が、一行政機関に過ぎない法務省や検察を適正に統制できないのか。その根底には、政治家の側に深く根付いた、検察の捜査権に対する「恐怖感」がある。日本では公職選挙法や政治資金規正法の解釈にグレーゾーンが広く残されており、検察の裁量や匙加減ひとつで、多くの議員がいつでも捜査の対象にされ得る。検察を統制すべき立場の政治家が、検察に生殺与奪の権を握られているという転倒した権力構造が、そこには存在している。
日本の刑事司法の現状は、国際的な常識からも大きく逸脱している。欧米の先進国では、検察による意図的な証拠隠匿は、司法妨害や職権乱用として明確な刑事罰の対象となる。翻って日本では、検察が自らに不利な証拠を長期間隠し続け、無実の人の人生を破壊した事実が発覚しても、誰一人として刑事罰に問われることはない。形式的な反省の弁が述べられることはあっても、組織としての真摯な謝罪すら拒み続けているのが実情だ。
議連案の作成に携わった稲田氏は、与党の国会議員として最終的に法務省案を飲まざるを得なかったことに悔しさをにじませる。自らが作成に参加した満点の議連案に、反対票を投じることになってしまったのだ。しかし、同時に稲田氏は、今回の政府案が成立すれば、70年以上まったく手がつけられてこなかった再審制度における小さな「一歩前進」にはなるかもしれないとも語る。
今回の改正案だけで冤罪を防ぐことはできないかもしれない。しかし、不十分な法制を今後さらにアップデートしていくと同時に、強すぎる検察権力を政治と社会がいかに民主的に統制していくかという、国家の根幹に関わる課題に、これからも私たちは向き合い続けなければならない。
今国会で可決が見込まれる再審法改正案に対する評価と、真に正義が機能する司法を実現するために何が求められるのかなどについて、ゲストの稲田朋美氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。