2017年05月20日公開

既存のメディアのロシアゲートと「トランプのアメリカ」のロシアゲート

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概要

 今のアメリカには、通常われわれが「アメリカ」という時に思い描くアメリカと、もう一つのアメリカ、つまり「トランプのアメリカ」がある。

 その厳然たる事実を、われわれは昨年11月の大統領選挙で、痛いほど思い知らされたはずだ。

 そのトランプ大統領をめぐるロシア・ゲートが佳境を迎えている。先の大統領選挙でトランプの陣営が、ロシアと結託して選挙に影響を及ぼしたとされる疑惑だ。

 選挙戦での自らの陣営を捜査中であることを明言したFBIのコミー長官を罷免したかと思えば、ロシアの外相に機密情報を漏えいした疑惑や、FBIに側近の捜査を止めるよう命じた捜査妨害疑惑など、新たな疑惑が出てこない日がないといっても過言ではないほど、今やトランプ政権は疑惑のスーパーマーケットと化している。法務省は遂に特別検察官を任命し、ロシアゲートの調査に乗り出すという。

 ロシアゲートで指摘される問題の一つひとつは、決して軽いものではない。

 そもそもロシア政府と組んで大統領選挙に影響を及ぼした疑惑などは、もし事実だとすれば、国家反逆罪クラスの大スキャンダルだ。ニクソン大統領の辞任につながった、かの有名なウォーターゲート事件が、元々の犯罪事実は盗聴器を設置する目的で5人組が政敵である民主党全国委員会の事務所に不法侵入したことだったのに比べると、トランプのロシアゲートのスケールは余りにも大きい。場合によってはアメリカ史に残る大スキャンダルになる可能性すら秘めていると言っても過言ではないだろう。もしも調査の結果、ロシアと共謀して大統領選挙に介入し、自身が有利になるように選挙結果を左右したなどということが明らかになれば、弾劾や辞任だけでは済まされないことは言うまでもない。

 だからこそワシントン界隈が大騒ぎしているのも無理はない。

 しかし、である。一連のロシアゲート報道にはやや注意が必要だ。なぜならば、先に指摘した通り、今のアメリカにはわれわれの考えるアメリカと「トランプのアメリカ」の2つのアメリカがあるからだ。そして、確かにわれわれが普通に考えるアメリカでは、ロシアゲートは蜂の巣を突いたような大騒ぎになっているが、もう一つの、つまりトランプのアメリカでは、そんな疑惑など存在しないかのような普通の報道が続いているのだ。

 それは支持率にも表れている。政権発足後のドタバタもありトランプ大統領の支持率は現在30%台と歴代大統領の中でも最低水準にあるのは事実だが、その一方で元々のトランプ支持者の政権支持率は依然として9割を超えている。共和党支持者の間でも、トランプ政権の支持率は70%台後半から80%台を維持している。そもそもトランプは一般投票で過半数を取れなかったばかりか、ヒラリーに300万票もの差をつけて負けている不人気な大統領なのだ。全体からの支持が低いこと自体は、何の驚きにもならない。

 日本に入ってくるワシントン情報のほとんどはニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNN、ABCなど、比較的リベラルな大手メディアの報道だ。日本の報道機関もワシントンから報道しているが、その内容はほとんど上記の主要メディアの受け売りだ。そもそも日本の報道機関のワシントン支局にワシントンの政治をゼロから独自取材する力はないため、基本的にはアメリカの主要メディアの報道をそのまま報じていると考えた方がいい。そして、もちろんその中には、「トランプのアメリカ」の報道機関は含まれていない。

 トランプのアメリカのメディアでは、ロシアゲートなどは単なるでっちあげであり、既存メディアやワシントン・エスタフリッシュメントの陰謀に過ぎないとの見方が当たりまえのように日々、報じられている。

 一見、単なる陰謀史観にも見えるが、とは言え、その中には重要な指摘もある。例えば、トランプ陣営がロシアと結託して選挙戦を優位に戦ったと考えるべき具体的な根拠など、今のところ何も出ていない。そして、それは罷免される前のコミー長官や、クラッパー元CIA長官も認めている。

 わかっていることは、ロシア系のハッキング集団が民主党全国委員会のメールサーバーをハッキングし、全国委員長のメールや、ヒラリー陣営の選対委員長のメールを違法にダウンロードした上で、それをウイキリークスに流したこと。それが選挙戦ではヒラリーには不利に働いたこと。トランプが選挙戦を通じて常に、ロシア政府やプーチン大統領に対して親和的な発言を繰り返していたこと。そして、トランプ陣営の枢要な幹部が、元々ロシアと関係が深く、選挙期間中や選挙後に、駐米ロシア大使やロシア政府の高官と繰り返し会っていたことなどだ。

 確かに、トランプ陣営とロシア政府が共謀関係にあることを前提に見れば、どれも怪しい話には見える。しかし、いずれも単なる状況証拠や観測に過ぎない。これから特別検察官が調査を始めるということなので、いずれ何らかの発表があるだろうが、トランプ陣営が大統領選挙でロシアと通じていたことを示す証拠らしき証拠は、これまで何一つといって提示されていないことは紛れもない事実なのだ。百家争鳴してネズミ一匹さえ出てこない可能性も十分にある。

 この問題に限って言えば、「トランプのアメリカ」側のメディアの報道が、必ずしも間違っているとは言えないことには留意が必要だろう。

 確かに米国大統領ともあろう者が、あらぬ疑惑をもたれること自体が問題だということもできる。これは刑事裁判ではないので推定有罪の立場を取り、疑惑があればその疑惑に応えるのが公職にある者の務めだと主張することもできるだろう。しかし、既存の実際に選挙戦ではほとんどすべてのメディアがヒラリーの支持を表明しているし、そもそも既存の大手メディアはトランプ政権自体を最初から認めていない。隙があれば、叩いてやろうと手ぐすねを引いて待っている状態だ。しかし、だからといって、最初からトランプとロシアの間に共謀があったことを前提とするかのような報道は、ややメディアとしての中立性を欠いているようにも見える。

 ロシアゲートがどのような結果になろうが、現在のようにアメリカが大きく2つに分断されている限り、アメリカの政治の混乱が収束することはないだろう。仮にトランプが弾劾されるようなことになれば、トランプ支持者たちはこれを既存政治と既存メディアの陰謀の結果と受け止め、トランプ支持の度合いを益々強める可能性すらある。

 われわれが昨年11月8日の大統領選挙で学んだ教訓とは何だったのか。それを前提とすると、今日のトランプのロシアゲートをどのように見るべきなのかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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