パーティ券問題の本質は抜け穴だらけの政治資金規正法とこれを正そうとしない立法府の姿勢にある
弁護士、元検事
1962年東京都生まれ。87年東京学芸大学教育学部卒業。同年NHKに入局。ETV2001デスク、番組制作局チーフ・プロデューサーなどを歴任。2005年、ETV2001「戦争をどう裁くか」の自民党幹部からの圧力による番組改変を内部告発。その後、NHK放送文化研究所主任研究員などを経て09年退職し現職。NHK文書開示請求訴訟原告団事務局長。
NHKが政治に弱いのは、ある意味やむを得ない面がある。法律に基づいて莫大な受信料収入を得ている以上、NHKの運営が国会の監視下に置かれるのは避けられないことだ。
無論、だからといって放送内容にまで介入するのは憲法上の問題が生じることは論を俟たない。放送内容にまで介入できないような仕組みを作ることは喫緊の課題でもある。しかし、残念ながら今日のNHKが抱える問題は、そうした法律上の建て付けから来る宿命というようなレベルの話ではなく、肥大化した組織が大企業病に蝕まれ、業態の更なる拡大と自身の保身に血道をあげる幹部たちによって、本来の公共放送局としても、また報道機関としても、まともに機能できなくなっているところにあると断じざるを得ない。
果たしてそのような組織に公共放送の重責を任せていて本当にいいのだろうか。そもそもNHKに公共放送という民主主義における重責を担う資格があるのか。また、「公共放送」の看板を「公共メディア」にすげ替えることで、ネットへの同時配信にまで業務領域を肥大化させることが、果たして真の公共の利益に資するのか。手遅れになる前に、この問題を今ここで真剣に考える必要があるのではないか。
NHKの現状に危機感を募らせるのが、NHKのOBで現在はジャーナリスト活動のかたわら大学で教鞭を執る長井暁氏だ。
長井氏は2001年にNHKが放送したドキュメンタリー番組の放送内容に当時自民党の有力議員だった安倍晋三、中川昭一両議員から番組内容を変更するよう圧力がかかり、その後、裁判にまで発展したETV番組改変事件で、現場の当事者の一人だった。政治介入に屈して番組内容の改変を求める経営幹部の要求を現場のスタッフが拒絶するという対立構図の中で、長井氏は単独で記者会見を行い、政治介入の事実やそれに屈した経営陣を批判したことがきっかけでNHKを退職した経歴を持つ。
あの時、自民党幹部による放送内容に対する政治介入や、それに当たり前のように屈するNHKの幹部をメディアや国会が問題視し、言論介入した政治家の責任や、政治介入にいとも簡単に屈してしまう経営体制が根底から問われていれば、NHKは今日のような断末魔には陥らなかったのではないかと考えると、われわれが20余年前のあの事件ときちんと向き合えなかったことが悔やまれてならない。
あの時、政治権力に完全に屈したNHKは、その後、政治主導で送り込まれてきた経営委員会と委員長の下で翻弄され続ける。また、政治権力への隷属に加え、自律性を失った組織は、ジャニーズ問題ともまともに向き合えなくなっているようだ。
長井氏によると、NHK7階のリハーサル室はほぼ旧ジャニーズ事務所に占有されている状態にあり、NHKが放送していた「ザ少年俱楽部」のオーディションや稽古だけでなく、他局の番組向けのジャニーズジュニアのオーディションなどのために大勢の少年たちが毎日のように忙しなく出入りしていたという。もちろんジャニー喜多川氏(本名・喜多川擴=2019年7月9日死去)もそこには姿を見せていた。そのような状況の下で、7階トイレの個室などNHKの館内でジャニー氏から性被害を受けたという告発が出てきているのだ。
長井氏はNHKと旧ジャニーズ事務所の関係は、リハ室の占有にとどまらない可能性が高いと語る。例えば旧ジャニーズ事務所がNHKの近くに保有する3棟のビルにはNHK本体の他関連会社が軒並み入居しているという。どちらがどちらにどのような便宜を図っているのは定かではないが、NHKと旧ジャニーズ事務所のズブズブの関係をうかがわせるには十分な事例だ。
こうしたことを含め、NHKは他の民放が行ったような第三者機関による調査を行うべきだとの声は日に日に大きくなっているが、NHKは外部識者による実態調査を頑なに拒み続けている。長井氏は、あまりにも酷い実態がすべて明るみに出れば、NHKは持たないと考えているからではないかとの見方を示す。第三者による調査を拒否しつつ、NHKは12月4日に放送した検証番組(クローズアップ現代)で自主検証の結果として、「NHK内部の聞き取りでは、性加害について知っていたNHK職員はいなかった」などと報じているが、長井氏は、関係者はみな知っていたことで、NHKの職員が誰も知らなかったというNHKの公式見解は「ありえない」と、これを一蹴する。
旧ジャニーズ事務所自身が第三者による厳しい検証を行い、民放放送局の中にも外部委員による調査を実施しているところがあるにもかかわらず、法律で義務づけられている受信料という事実上の税金で運営されているNHKが外部監査を拒絶することが許されるはずがない。
この番組では東京五輪をめぐるNHKへの政治介入や、かんぽ生命の詐欺商法を告発した番組に対する元総務事務次官で当時日本郵政副社長だった鈴木康雄氏からの介入と、NHKがそれにいとも簡単に屈してしまった実態などを過去にも取り上げてきた。そうした事例を見ても、政治権力には全面降伏し、そしてまた視聴率を保証してくれる旧ジャニーズ事務所ともズブズブの関係にあった可能性が指摘されていながら、まともな外部調査さえ受け付けないNHKだが、そのNHKが今「公共放送」から「公共メディア」への脱皮を図っているというのだから驚きだ。NHKはすでに地上波とBSの各番組の「NHKオンデマンド」における有料配信を2008年からスタートしており、地上波では2018年から「NHKプラス」を通じた同時配信も始まっている。NHKは更にその先に、テレビを持っていない人からも受信料をせしめようと目論んでいるようだ。
総務省の有識者会議が今年8月にとりまとめた報告書では、テレビを持たずにスマホやパソコンだけで番組を見る視聴者に対しても相応の費用負担を求めるという考え方が示された。日本が人口減少局面に差し掛かり、若い世代にはテレビを持たない人も増える中、受信料のみで運営されているNHKが現在の肥大化した巨大な図体を維持するためには、新たな収入源を必要としている。そこでネット配信を行い、いずれはネット利用者からも漏れなく受信料を徴収しようというのだ。
NTTやJRについても同じことが言えるが、法律によって守られて放送事業を行ってきたNHKのネット進出については、もっと慎重に議論する必要がある。NHK番組をインターネット上でも見られるようになるのは、一見便利で良いことのように思えるかもしれないが、それはNHKが本当に報じなければならないものを報じていればの話だ。そうでないならば、膨大な受信料を元に制作した番組がインターネットという自由競争の場に流れることは、政治的な忖度なく報じるべきことを報じたい民間企業を圧迫し、かえって日本全体の報道の質を低下させてしまう可能性がある。
今回の番組ではビデオニュース・ドットコムが独自に入手した、今年4月19日に秘密裏に開かれたNHK臨時役員会の議事録の内容と、それが浮き彫りにするNHK経営陣の実態も明らかにする。そこでは、総務省の認可を受けていない、つまりその時点ではまだ違法だったBS放送のネット同時配信に勝手に予算を付け国会まで通してしまったことが後に明らかになった際、NHKの経営陣がいかにしてこれを隠蔽し誤魔化すかを事細かに議論している様が浮き彫りになっている。
NHKはこの役員会の内容は一切公表せず、それとは似ても似つかぬ内容の形式的な会議の議事会を公表している。つまり、公表されているものは事実上虚偽の議事録だったということだ。
NHKはいつまでジャニーズ問題から逃げ続けるつもりなのか。こうした問題とも向き合えず、政治権力には全面的に屈服する現在のNHKは公共放送の担い手に相応しいと言えるのか。すでにガリバー並に肥大化しているNHKにネット進出などさらなる事業の拡大を認めることが市民社会の真の利益につながるのかなどについて、元NHKチーフ・プロデューサーの長井暁氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
(※番組中に使用したフリップ「特捜部の処罰基準」の表記に誤りがありましたので、修正の上、差し替えました。ここにお詫び申し上げます。2023年12月18日19時)